マスクを買い占める人々

ポールについては、先に書いた通りだ。

今日のニュースでは、ポールの勤めるデトロイトの病院では、31,600人いる職員の2%以上に当たる、734人の職員がコロナウイルスに感染しているという。恐らくもっと多くの職員が感染していると見られているが、これら職員が感染した原因は、コロナウイルス感染者への治療に当たり、医師や看護師らの職員ですら、ウイルス対策に効果的なN95マスクはおろか、使い捨てマスクといった最低限の装備すら不足している事にある。ミシガン州各地の大病院では、使い捨てマスクの在庫が数日内に無くなるだろうと予測されている。

こういったPPE(Personal Protective Equipment)の不足については、第43代大統領であったブッシュ大統領以来、オバマ、トランプ両政権が、伝染病対策を行なってこなかったとして、両政権を批判する事はできる。特に政権を取って3年経つトランプ政権が、中国政府の主張を真に受け、3月半ばに入ってやっとマスクの発注をした事を考慮すれば、あまりにも脅威を過小評価したと非難されて当然だ。

中国に関して言えば、世界の約半数のマスクを製造しながら、それらを全て買い占め、輸出させないのだから、厳しく非難されない方がおかしい。加えて中国政府の主張を鵜呑みに、人から人への感染は無いと宣伝し続けたWHOも非難は免れないだろう。またマスクを買い占め、それを高値で転売する人々への批判も、また転売業者から高値で買う人々への批判もあるだろう。

かくいう私は、転売業者から高値を承知でマスクを購入している一人である。高値で購入する輩があるからこそ、転売業者はなかなか売値を下げない、という批判は尤もだ。であるから、インターネット上の転売業者から通常の何倍もの金額を支払ってマスクを購入する時には、私自身、悪循環のサイクルに貢献してしまっている事を心苦しく感じる。しかし私は、こうして購入した使い捨てマスクの全てを、ミシガン州でコロナウイルス感染患者の治療にあたっているミシガン大学病院とヘンリー・フォード病院に寄付している。ミシガン州ではコロナウイルス感染例が米国で3番目に多く、それらの患者の多くはこれら病院に集中している。転売業者に利益を与えているという一抹の心苦しさがあるが、コロナウイルス感染者の治療を行なう医師、看護師らは、マスクが通常価格で販売されるのを待つ時間的余裕が無いのだ。

これに関連して、以前、アルコールの消毒ジェルを転売している業者の記事をニューヨーク・タイムズ紙で読んだ事を思い出す。彼は米国内でのコロナウイルス感染者発見に伴い、自分の住むテネシー州と、その近辺州のドラッグ・ストアやスーパーマーケットなどに赴き、アルコール・ジェルやワイプスの全てを買い占め、それを転売し始めたらしい。彼の買い占めたアルコール・ジェルのボトルは17,700本にのぼり、何千万円か儲けたらしいが、アマゾンが転売業者を悪質として業者リストから外した為、売る先を失い、これらの必需品は彼の家のガレージに眠っていたようだ。https://www.nytimes.com/2020/03/14/technology/coronavirus-purell-wipes-amazon-sellers.html 彼の事を書いたニューヨーク・タイムズの記事が発端となり、彼はテネシー州によって転売の容疑で捜査を受けている。

「トイレットペーパーが無くなるかもしれない」と聞けば、それを大量買いしたくなる気持ちは理解できる。小さい子供がいたり、多くの家族を抱えていたり、妊娠していたり、或いは外出制限令が出されるかもしれないと考えれば、出来るだけの生活必需品を蓄えておこうと考えるのも当然だ。しかしながら、コロナウイルスのような伝染病が、自分の住む国、地域に迫っている際に、自分の健康さえ守られれば安全だと考える事は誤っている。伝染病に対しては、コミュニティーが健康であり、感染を防いでいられなければ、自らも危険なのだ。

コロナウイルスに対する戦いを、「戦争だ」と表現する人々がいる。その意図は別のところにあるかもしれないが、私もここで戦闘の例えを使ってみる。敵との戦闘中であると仮定して、味方の武装がなされていないなか、自分だけに100本の銃が与えられ、100着のボディーアーマーがあったとする。100本の銃と100着のボディーアーマーを一人で抱えて敵と戦うよりも、それぞれ味方99人に分けた方が、自分の身も安全ではないだろうか。まして自分が戦いに慣れていないとすれば、戦い慣れた味方を充分に装備させる方が、戦略として効果的だろう。

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私たちの安全は、予備のマスクやアルコールジェルが数多く押し入れに眠っている事には無い。私たちの身を守ってくれている医療従事者が充分に装備できていてこそ、私たちの安全は守られるのだ。

家にこもる生活が続く限り、マスクもアルコールジェルも、家庭内の生活において、殆ど必要ではない。どうしても必要があって買い物に行く場合でも、他人との約2メートルの距離を保てれば、一般人には(勿論、あれば越したことは無いのだが)マスクはそれほど必要ではない。帰宅して石鹸で手を洗うまで顔を触らない注意を怠らなければ、アルコールジェルやワイプスもそれほど必要でない。勿論、家族を守る為に、これらを家庭用に購入する人々について、どうこういうつもりは無い。しかしながら世界的なパンデミックに瀕して、これらの必需品を買い占めたり、高値で売るような行為は、やはり社会の困難に便乗し、さらに不安と危険を招く悪徳なビジネスとして罰せられて当然である。彼らは自らの安全を信じきって転売をしているのかもしれないが、医療従事者らが守られない限り、実は彼らも安全ではないのだ。

私たちは、持っているところに従って、医療従事者たちを守るべきだ。また社会が機能していく為に外で働く人々を守るべきだ。コミュニティーの一員として、このパンデミックに立ち向かって行くべきだ。やがてコロナウイルス感染の勢力は収まるだろう。回復者が増え、抗体が作られ、ワクチンや治療薬も開発、販売される。いずれマスクやアルコール消毒ジェルの品切れ、トイレットペーパーの品切れも、収まる時が来る。その時に、山のようにマスクや消毒ジェルを抱え込んで安穏としていた人々は、実は自分たちの属するコミュニティー全体の安全を脅かしていた事に気付くだろう。