トランプ大統領による『選挙への不正工作』と大衆への嘘

1月3日の日曜、ジョージア州職員によって、ドナルド・トランプ大統領とブラッド・ラッフェンスパーガー州務長官の間で行なわれた前日の電話会談が公表された。この電話記録は、当初ワシントン・ポストの暴露として、問題の会話の一部分だけが公表されたが、すぐに全部分が公表されている。それを知らずにトランプ擁護者らは「会話の全内容から一部分を切り取りをしているだけ」と主張したが、全部が公表されても、トランプ擁護に徹する姿は変えていない。そもそもジョージア州側が大統領との電話会話を録音しようと考えた理由は選挙後に、トランプ氏の腹心であるリンゼイ・グラハム上院議員から選挙結果を覆すよう持ちかけられた経過がある。ところがそのいきさつを公けにするとグラハム氏側はそれを「証拠が無い」とあっさり否定した。ジョージア州では違法行為となる不正工作を持ち掛けておきながら、それを公けにされると関与を否定するのだから、証拠を残そうと考えたのは当然ではないか。(ジョージア州では、相手に断らずに会話や接触を記録する事が許されている。)

Transcript and audio: Trump call with Georgia Sec. of State Brad Raffensperger - The Washington Post

彼らはこぞって「大統領との会話をリークする事は国家安全機密に関わる」から始まって、「不正工作が行なわれた選挙の不正工作を無くすように要求しているだけ」などの弁護を熱心に行なっているが、冗談ではない。電話内容を公表した側に非があると主張する人々は、「大統領が犯す犯罪であるならば、隠してあげるのが国家の益だ」と言っているのに過ぎない。その大統領が例えば民主党のヒラリー・クリントンであったり、オバマ前大統領であったりした場合でも、彼らは同様の主張をするだろうか。こうした要求を、選挙に敗北した民主党大統領が州務長官に求めた場合、自称を含めた保守派は、「州務長官や政治家を含めた公務員らは、政治家の利益ではなく憲法と法律に従う必要があり、大統領が選挙工作を求めた場合、その情報を有権者に公開する事は公益に適う」と憤るだろう。また「国家機密」に関して言えば、国家機密となる為にはその認定が必要であるが、国家機密情報を共有する為にはセキュリティー・クリアランスの過程を経なければならない。ラッフェンスパーガー州務長官もジョージア州側の弁護士も、そうしたクリアランスを経ていない。機密情報だったとして、それをクリアランスされていない人物に漏らした責任を問われるべきはトランプ氏でしかない。

また「不正選挙の不正を無くすように要求しているだけ」という主張は、11月3日の大統領選挙後に、ジョージア州が要求に応じて行なった「票の数え直し」から、「署名の再確認作業」、「監査」など様々な作業や捜査から、「バイデン勝利を覆す不正工作は無かった」という結論を全く知らないか、無視しているだけだ。トランプ陣営は、ジョージア州の選挙結果に関する様々な陰謀説をでっち上げたが、陣営はそれらの説の証拠を一つも提出していない。陰謀説がそうであるように、一つの説を論破しても、陰謀説論者はまた別の陰謀説を『発明』する。それを論破しても、また別の陰謀説を『発明』する。そうした果てしないでっち上げや言い掛かりの一つ一つに対し、ジョージア州はウエブサイトを設け、答えている。

Fact Check | Secure The Vote GA

Fact Check: Video Doesn't Show Election Fraud In Georgia | Georgia Public Broadcasting

断るが、ジョージア州知事も州務長官も、また投票システムマネージャーも全て共和党員であり、トランプ支持者であり、トランプの再選を願っていた人々だ。その人々らが「バイデン勝利の為に工作し、トランプから勝利を盗んだ」とトランプ陣営は証拠も無いまま主張しているのだから、2015年にトランプ氏がインタビューに答えた「勝つまで文句を言い続ける」をそのまま実施しているのに過ぎない。

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            ブラッド・ラッフェンスパーガー州務長官

この電話での会話において最も悪質なのは、トランプ氏が「11,780票を見つけて欲しい」と要求している点だ。トランプ氏がバイデン氏に逆転勝ちする11,780票を見つけられなければ、ラッフェンスパーガー州務長官を「犯罪者として起訴する」と脅している。まるでマフィアのような脅しである。特定の票数を挙げる理由は、トランプ氏の関心が「不正投票を明らかにして欲しい」という「真実への追及」ではなく、「自分が勝てるよう工作される事」にあるからだろう。2週間後あまりに迫っている任期期間でなければ、弾劾され、罷免されるに相応しい、民主主義への悪質な攻撃である。下院議会による特別検察官を設置され、電話会談に参加したマーク・メドウズ補佐官や弁護士等と共に捜査されるべき「選挙妨害」である。因みにジョージア州フルトン地区のファニー・ウイリス検察官は、トランプ氏による州務長官への威圧、工作への要求を重く考え、大統領退任以後のトランプ氏の起訴もあり得るとしている。因みにジョージア州では、相手に知らせず会話を記録したり、録音する事が法律によって許されている。同州で許されないのは票の改竄や勝利宣言を要求したりする行為であり、そうした行為を行なった事は電話記録で明確にされている。

President Trump's Post-Election Behavior Indefensible | National Review

Raffensperger: Trump could face investigation over election call - POLITICO

Fulton County DA prepared to launch criminal probe of Trump's threatening Georgia call - Raw Story - Celebrating 16 Years of Independent Journalism

さて、証拠が存在する限りの『大量の票を改竄しようとした工作』は、ドナルド・トランプ氏によるジョージア州務長官への圧力一つしかない。州務長官との電話会談中にトランプ氏は「ジョージアや他の州でも不満が高まっているだろう。あなた方だけじゃない。他の州でも、もうすぐ結果を覆してくれると思う」と述べており、ミシガン州などの激戦州の職員をホワイトハウスに招いた際、同様の圧力をかけた様子を伺わせる。

https://www.npr.org/2021/01/04/953151921/trumps-call-to-georgia-election-officials-sparks-debate-over-legality-ethics

4日に行なわれたジョージア州投票システムマネージャーのガブリエル・スターリング氏は、トランプ陣営の主張する組織的不正など「陰謀説」の一つ一つを、証拠が無かったり、誤解や嘘、誤りである事を説明した。

https://www.nytimes.com/live/2020/2020-election-misinformation-distortions#trump-georgia-election-fraud

しかしながら「不正工作」を叫ぶ張本人のトランプ氏が工作を持ち掛けているのだ。これはシグモンド・フロイドの言う「投影」の典型例ではないか。言い方を変えれば、実際に大規模な不正工作を持ち掛けるような人物であるからこそ、他者が大規模な不正工作を行なったと、証拠も無く主張できるのだ。心理学における投影(とうえい、Psychological projection)とは、自己のとある衝動や資質を認めたくないとき(否認)、自分自身を守るためそれを認める代わりに、他の人間にその悪い面を押し付けてしまう(帰属させる)ような心の働きを言う。)

投影 - Wikipedia

「ドミニオン投票機がトランプ票をバイデン票に変えた」という陰謀説を流し続けるシドニー・パウエル弁護士などへの名誉棄損をドミニオンは準備しているようだ。大統領として起訴を免れる特権を無くす、退任後のトランプ氏を起訴する事も度外視していないようだ。この陰謀説はフォックス・ニュースのショーン・ハニティーなども喜々として流し続け、これに惑わされる人も多いだろう。こうしたでっち上げを軽々しく行い、選挙への不信プライベート・ビジネスへの名誉を棄損する弁護士らや言論人は社会的責任を問われて当然である。弁護士に対しては、弁護士協会は、弁護士資格はく奪も視野に入れるべきだろう。
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米国の全ての州が、それぞれの選挙結果の認証しており、法廷における選挙結果を覆すトランプ陣営の試みは全て、陣営自ら訴えを取り下げるか、退けられている。トランプ陣営がメディアにおいて大掛かりな陰謀の訴えを繰り返しながら、それを裏付ける証拠の一つも提出してこなかったのだ。しかも証拠が無い事は陣営弁護士らが法廷への書状において認めている。自分たちが蒔いた噂だけで何千、何万はおろか、ミシガン州だけでも何十万、全米においては700万以上の票の差を覆そうとする試みは、保守派であろうが、リベラル派であろうが、許されて良い筈が無い。

アメリカがThe United STATES of America (正しい訳は合州国)である限り、州の独立性を侵したり州が認定した選挙結果を覆す事は、連邦議会には出来ない。しかも当然の事ながら、過半数以上の下院議員、上院議員が選挙結果を受け入れるとしている。

テッド・クルーズやジョシュ・ハウリー、ティム・コットンらの主張は、政治パフォーマンスにしか過ぎず、トランプ氏が退任した後の支持者の受け皿としての地位を狙っているに過ぎない。議会の長であるマイク・ペンス副大統領の務めは、投票結果を発表する事を憲法で定められているだけだ。第一、もし副大統領が各州の選挙人が投票した選挙結果を無視して大統領を選んで良いとすれば、2000年の選挙でジョージ・W・ブッシュ候補(当時)に敗れた当時の副大統領アル・ゴアは、自分の名前を勝者として読み上げれば良かったではないか。2008年には、ディック・チェイニー副大統領(当時)は、ジョン・マケイン候補を、2016年には、ジョー・バイデン副大統領(当時)は、同じ民主党からのヒラリー・クリントン元国務長官を勝者として読み上げれば良かったのだ。ところが、そういった選挙結果への不正工作は、どの党も行なってこなかった。2020年の選挙において、選挙結果を覆すよう、ペンスへの期待が声に出されている理由は、それだけトランプ政権が腐敗し、法もルールも無視している事に他ならない。

この期に及んでバイデン勝利、バイデン政権の正当性が揺らぐ事はあり得ない。ソーシャルメディアや集会、テレビ等によるトランプ陣営の主張を鵜呑みにする識者は、無知、無責任の極みである。また当然ながら「正当的な選挙結果を以てバイデンが勝利した」と訴える事は、バイデン支持や民主党傾倒を示す事ではない。ジョー・バイデンという政治家やその息子であるハンター・バイデン、カマラ・ハリスという政治家や民主党政策などにどのような不満や不信感があったとしても、バイデンが700万票に及ぶ差を以て勝利した事実とは関係が無いのだ。「民主党支持者ではない保守派、及び共和党支持者であるならばトランプ勝利を疑うな」とでも言うかのような『識者』こそ、自ら信じる政治目的の為には、言って見れば「さらに優れた公共の益の為には、嘘をついても良い」と考えている卑怯な嘘つきである。

リベラル派の政治家であろうが、保守派を自称する政治家であろうが、或いは『識者』であろうが、有権者に嘘をつくという事は、有権者を軽視している証拠に他ならない。政治家や識者の嘘を容認すれば、有権者の為に行なう政治ではなく、有権者の不満を利用する政治手法を認める事となる。有権者の不満、不安、憤りを利用して、彼らが望む願望が真実であるかのように情報を操作する人々は、大衆を騙しているに過ぎない。

明日のジョージア州上院選挙で共和党候補が敗退した場合、その責任の大半はトランプにある。自身の敗北が認められない為に選挙への不信を抱かせるデマと陰謀説を流し続け、「どうせ不正が行なわれるであろうジョージア選挙をボイコットせよ」という陣営のリン・ウッドのような弁護士を野放しにし、民主党に大統領府、上下院議会の全てを引き渡したトランプの責任は重い。

もともとジョージアは保守色が強く、伝統的に共和党が強い。決して激戦州ではないのだ。トランプはアリゾナ州でも敗北したが、アリゾナ州で民主党候補者が勝った例はここ何十年か無い。これらの伝統的保守州で共和党が敗退する理由は、トランプへの嫌悪感とトランプ陣営が植え付ける選挙への不信感が原因にある。トランプやトランプ弁護士の主張を信じるのは、熱心な共和党共和党支持者でしかない。しかし彼らが「この選挙では不正が行なわれ、共和党議員に投票しても民主党議員に票がすり替えられる」と信じるならば、そうした選挙に赴く必要があるだろうか。しかもトランプ弁護士であるリン・ウッドは、「ジョージアから立候補しているデイビッド・パーデューも、ケリー・ローフラーも、トランプ支持が徹底していない。彼らは共和党支持者の票に値しない」と繰り返し主張している。しかもトランプ自身も、選挙における不正工作を主張する為には、パーデューもローフラーも落選した方が良いと考えているという。

Georgia Senate races: Some Republicans think Trump is trying to sabotage GOP, Mike Allen says

共和党がジョージア州で敗北すれば、上院は民主党が多数派となる。バイデン政権やその政策への歯止めは無くなるだろう。

トランプにとっては、それでも良いのだ。ジョージア州における共和党敗北も、自身の主張を捕捉してくれれば、それで満足らしい。私益のみで、国政も国益も全く顧みないトランプが、「国民の為に自身の勝利を訴えている」「ただ真実が知りたいだけ」などカルト信者のような純真さで信じる人々は、騙されたいマゾヒズム的願望でもあるのかと疑う。

政治家や弁護士、言論人らによる「嘘であっても公けの為である」という欺瞞を人々が受け入れれば、結局は払拭できない不信感だけが長く残り、信じるべき情報とそうでない情報の判別が出来ないまま、実際的な問題の解決からは更に遠のくだけだ。

トランプ氏本人を含め、その陣営に於いて不正工作を訴え、選挙結果を覆そうとした輩は、誰であっても政治家としての務めには相応しくない。政治家は憲法を守り、法に則り、自分の権力や野心の為では無く(反対意見を含む)公共の為に尽くさなければならない。共和党が再び法と秩序を重視する「リンカーンの政党」及び保守派の骨頂である「レーガンの政党」と真顔で主張し、受け入れらるまでには、これから長い年月が要求されるだろう。