バイデン大統領就任---「オーディナリー・ジョー」を選んだアメリカ

アメリカでは、ごく普通の男性、凡人でありきたりの男性を指す言葉として「オーディナリー・ジョー」という呼び方がある。ビリオナーやミリオナ―ではないが、貧困に苦しんでもいない。カリスマ性など無い、だからと言って眉をひそめるような悪行を犯すような過激な人物ではない。「ジョー」という平凡な名前が表す通り、「オーディナリー・ジョー」には「どこにでもいるような、普通の男性」という意味がある。

バラク・オバマとドナルド・トランプという二人の大統領は、両極端でありながら似通った点が多くある。二人とも自己愛が強く、専門家よりも自分の方が知識があると豪語して止まなかった。特にイスラエルを除く中東、NATO、極東軍事外交戦略に関して、二人は積極的にアメリカの不介入を唱えてきた。オバマは「アメリカには外国の事情に介入できるほど優れた国家ではない」と示唆し、世界はアメリカが介入しない方が良くなるとでも言うかのように米軍の撤退を実現させた。一方、トランプは「アメリカは同盟国によってさんざん利用されてきた。アメリカはこれ以上、世界に笑われるお人好し国家ではない」と主張し、トランプ政権下においてドイツやシリア、アフガニスタン等からの米軍撤退がなされている。オバマは「アメリカは多くの過ちを犯した」という主張であり、トランプは「アメリカ・ファースト」という立場である。それぞれの動機は違うものの「アメリカの不介入」という面では同じ姿勢である。

オバマとトランプという、カリスマ性と特定メディアや支持者らによる崇拝的支持を背景に持った二人の大統領に続いて、アメリカが選んだ大統領は「オーディナリー・ジョー」である。彼を熱狂的に支持する人々はいない。「サンダースよりはマシ」「トランプよりはマシだろう」という支持理由が殆どだろう。

ジョー・バイデンの就任演説は、国民の一致や国民の間の癒しの必要を強調したもので、大国アメリカの46代大統領のそれとしては、強いメッセージ性に欠ける。カリスマ性やメッセージ性に欠ける一方、バイデンは78才という高齢の為に、健康問題にも不安があったようだ。大統領選挙に立候補する際にも大きな躊躇いがあったと思われる。その為、立候補自体が他の民主党候補者よりもかなり後れを取っており、民主党からの大統領選候補者は、自称社会主義者であるバーニー・サンダース上院議員とエリザベス・ウォレン上院議員の争いになると思われていた。

ところがナンシー・ペロシ下院議長などの民主党指導者らは、サンダースやウォレンでは、共和党現職大統領のトランプに勝てないと理解していたようだ。また同様に、民主党自体が左極化する事を危惧した民主党支持者からの声も上がる。世論調査では、バイデンが立候補する以前から、サンダースよりもバイデンへの支持が高くなっていた。穏健派と見られるバイデンの出馬を願う声が党内から強まり、バイデンは他の候補者ら対して数か月の遅れを取ったのち、ようやく立候補をする。

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    就任式において聖書に手を置き、宣誓をするジョー・バイデン46代大統領

バイデンの支持母体は急進的左翼ではない。共和党議員らとの協調や連携をしてきたバイデンに対して、急進的左翼やニューヨーク・タイムズのような左派メディアは支持をしなかった。アンティファやブラック•ライヴズ•マター活動家らが支持してきたのはサンダースである。彼らの目指す流れに逆らうと思われているのだ。民主党討論会でも、カマラ・ハリスから『人種差別主義者』であるかのようにレッテルを貼られ、やり玉に挙げられたのは、バイデンである。バイデンはアイオア州の民主党予備選で4位となり、ニュー・ハンプシャー州予備選では5位となる。ネヴァダ州では2位となるが、1位のサンダースには大きく引き離されており、彼はサウス・カロライナの結果次第では、選挙戦を脱退するだろうと危ぶまれていた。

そのバイデンが圧倒的な得票を得て民主党候補者となったキッカケは、サウス・カロライナ州選出の黒人民主党議員ウイップ・ジム・クライバーンからの応援があげられる。サウス・カロライナにおける選挙に勝つ為には、黒人層からの支持が欠かせない。バイデンはクライバーンからの応援、支持を得て、同州から48.4%の得票率を上げ、2位となったサンダースの19.9%を大きく引き離した。

「社会主義者が民主党候補となっては、トランプ相手に勝てない」というペロシ議長ら民主党指導者の懸念は正しい。急進派の声に引きずられる形でサンダースやウォレンをノミネートしていれば、共和党支持者らは大きく反発し、普段はトランプ政治の在り方に否定的な穏健派共和党支持者らが、不承不承ながらトランプへ投票していたからだ。大統領選に勝つためには、党内からの強い支持だけが必要なのではない。一般投票において、相手候補者への票をどれだけ減らせるかが重要なカギとなる。熱狂的な支持者を党内に持ちやすい極右や極左の候補者は、共和党と民主党が争う大統領本選の際に、インディペンデントや穏健派からの票を相手候補に奪われ易いからだ。大統領本選に有利となるのは、何よりも穏健派である事が重要となる。民主党がトランプに勝つ為には、バイデンをノミネートできるか否かが大きな課題となっていた。それを実現したのが、サウス・カロライナ勝利のキッカケを作ったクライバーンであった。

バイデン大統領就任式に参列したジョージ・W・ブッシュ元大統領は、クライバーンに対して以下のように感謝している。

「今回の政権交代を救ったのは、君だ。君がバイデンを応援していなければ、今回の政権交代はあり得なかったのだから」

クライバーンによる応援が無ければ、サンダースが民主党からの大統領候補者として選ばれ、大統領本選においてトランプに敗れ、結果としてトランプ政権が続いただろうと言っているのだ。

Clyburn: Bush called him a ‘savior’ for boosting Biden - The Washington Post

バイデンは民主党大統領として、トランプ政治を変えていくだろう。勿論トランプ政治の全てが悪い訳では無い。バイデン政権によって、却って後退する事例も多くあると思われる。しかしながら、現実的な見方をすれば、この先民主党が政権を握る事は無いと考える方が誤りである。いずれ民主党が政権を握るのであれば、出来るだけ穏健な民主党大統領が好ましい。ところが急進的左極化を進める今日の民主党内では、そうした穏健派(しかも知名度がある穏健派)は他に殆どいないのだ。

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  バイデン大統領就任式で歓談するブッシュ前大統領、オバマ前大統領夫妻、ペロシ下院議長

トランプという人物が共和党内で人気を集めた理由は、急進派と見られたオバマへの反発が関係する。同様に、民主党が左極化した背景には、トランプへの反発がある。その反発に流されるのではなく、却ってその反発を抑える目的で穏健派のバイデンが就任した事は、共和党支持者だけではなく、穏健な政治を願い、国民間の断絶を癒し、争いに終止符を打つことを求める人々に安堵の息をもたらしたようだ。

保守派のコラムスト、アンドリュー・サリバンは、バイデンが就任した20日、「就任式の映像を見た後、犬を散歩させていたら涙が流れてきた」と書いている。「これが安堵の涙なのか、愛国の涙なのかはわからないけれど、あの就任式によって、心の内側にある何かが回復されたんだ」

共和党支持者にとっても、民主党支持者にとっても、自分たちの支持する政策の実現が好ましいのは本当だろう。ところが振り子のように行ったり来たりする両極端な政治政策に疲れたアメリカ人は、「普通のジョー」を大統領として選んだ。彼に望まれているのは、国民生活に直接的な影響をもたらす『抜本的な改革』などでは決してない。また政治趣向の違う相手を罵る『強さ』でもない。対立する政策を乗り越えて共に国の為に考え、助け合いつつ、気がついたら4年経っていた、8年経っていたと国民の大半が思える平凡な政治なのだ。

勿論、民主党大統領として、党内の声に配慮する必要もあるだろう。しかしながら、議事堂襲撃という前代未聞の衝撃からアメリカが立ち直る為には、バイデンはTwitterから遠ざかり、「普通のジョー」「つまらないジョー」として政治を行なってくれる事が、何よりも望ましい。

トランプを弾劾・罷免し、再選の道を閉ざせ

トランプの行なった事は何だと定義したら良いだろう。トランプが大統領でなければ「クーデター」と呼ばれた類いかもしれない。時期大統領バイデンの選出プロセスをとどめる為に彼が支持者らを嗾けた事は否定できない。ところがトランプ自身が米国政府を代表する大統領である。選挙に敗れた現役大統領が選挙によって当選した次期大統領選出プロセスを阻む為に、支持者らを首都議事堂に嗾けた前例など米国史には無い。

尤もトランプは、彼の支持者らが警察官の殺害や警官何十人かを入院させるに至る程の暴行を行ない、また自身の選んだ副大統領ペンスや、ペロシ下院議長、マコーネル上院議長などの殺害を叫び、制止を破り議事堂に乱入すると考えていただろうか。ライフルを抱え、ペンス副大統領やペロシ下院議長の射殺を呼びかける暴徒が議事堂に乱入し、パイプ爆弾や火炎瓶が民主党全国委員会本部と共和党全国委員会本部付近から発見されている。審議中の議会への乱入は、一人の警官が身を挺して2分間の時間稼ぎをした為に、議員らが無事に避難出来た後となったようだ。

ベン・サシー共和党上院議員がホワイトハウス側近に聞いた話によれば、暴徒乱入の様子がテレビで放映される間トランプは、支持者らが自分の為に立ち上がった事を喜び、側近や陣営関係者がなぜ自分と同じように議事堂で起きている様子に歓喜していないのか理解できなかったらしい。

https://www.nytimes.com/2021/01/09/us/pelosi-threat-Cleveland-Grover-Meredith.html?smtyp=cur&smid=tw-nytimes

https://www.toocool2betrue.com/the-simpsons-predicted-the-future/?utm_source=tw-infinite2&utm_template=infinite2&utm_campaign=tc-tw-us-d-simposonsdidit-21.01.10-skd_n_91_is2&utm_medium=tc-tw-us-d-simposonsdidit-21.01.10-skd_n_91_is2

当初、トランプが暴力的反乱を煽動しているつもりが無かったとして、もし彼らがバイデン次期大統領就任前に、ペンス副大統領やペロシ下院議長、マコーネル上院議長、シュマー上院副議長、及びバイデン次期大統領、またハリス次期副大統領を殺害してバイデン新政権誕生を阻止した場合、トランプは果たしてその違法性、暴力性、国家への裏切りと民主主義への攻撃を厳しく咎め、そのような暴徒のもたらす『政治目標』との関わりを絶とうとしただろうか。実際にトランプ支持者らは、バイデンが大統領として就任する1月20日に首都に結集する事を計画しているが、もし暴徒化した支持者らがトランプに「盗まれた選挙を取り返したら」トランプはそれを喜んで受け取り、大統領自由勲章の一つや二つを送ったのではないだろうか。
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   議会に乱入する暴徒化したトランプ支持者たち「マイクペンスを首吊りにしろ」と叫んでいる

暴徒による議事堂乱入の様子や二桁に上る入院が伝えられていた時に、トランプは自分の支持者たちが議事堂を襲う姿にすっかり感心して見入っていたようだ。複数の側近らによれば、議事堂で起きている襲撃を生中継するテレビに見入っており、側近らの強い勧めにもすぐには耳を貸さなかったという。トランプはその途中、暴徒の乱入によって、共和党議員らが怯えてしまい、バイデン選出への反対票を投じられなくなるかもしれないと心配したらしい。ケリアン・コンウェイ、ケヴィン・マッカ-シー、イヴァンカ・トランプ、ジェアード・クシュナー、クリス・クリスティー、リンゼイ・グラハムらの説得によって、トランプが暴徒に対して家に帰るように勧めるツイートを送るのは、議事堂乱入からおよそ二時間が経過していた時だ。

「あなた方の痛みはわかっている。あなた方の傷もわかっている。我々は選挙に勝ったのに、それを取り上げられてしまったのだ。これは大勝利の選挙であり、本当は全ての人が認めている事です。特に民主党は知っています。これは不正選挙でした。ですが反対者の手に乗ってはなりません。平和を保たなければなりません。家に帰りましょう。あなた方の事は愛しています。あなた方はとても特別な人々です。」

トランプ氏の口調に暴徒の不法行為や暴力性を咎めるトーンは全く感じられない。事もあろうに、暴徒の不満に同調し、怒りの炎にガソリンを注いでいるのだ。ツイッターはすぐさまこのビデオを「暴力を煽動する」として削除する。

それからしばらくしてトランプ氏が自ら進んで投稿したツイートは更に酷い。

「これらの事柄や出来事は、神聖な圧倒的選挙勝利が、実に長い期間に渡って酷く不公平に扱われてきた偉大な愛国者たちから、無作法に、凶暴に取り上げられてしまった時に起こるのだ」

トランプのツイートには、国旗を使用して議事堂警察らを殴打し、バイデン選出を行なおうとする副大統領や議長らに危害を加えて審議を阻止しようとする暴徒らへの支持、感謝すら見えてこそすれ、非難など全く感じられない。こうした考えこそ、トランプの本心なのだ。トランプ政権内では、トランプ支持者らによる議事堂乱入を以て、運輸省長官と教育省長官の閣僚二名が辞任する。また補佐官などが次々辞任し始める。
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暴徒化したトランプ支持者らにより引きずり出され、国旗でもって殴打される警察官。この警察官が殉死したブライアン・シクニック氏かどうかは不明。 

(https://twitter.com/bellingcat/status/1348288680474128384?s=09)

閣僚、補佐官らの辞任、またTwitterのアカウント停止がプレッシャーをかけたのか、翌日ホワイトハウスにおいて、トランプは短く演説する。『人質ビデオ』のような不自然さを持つこの演説において、トランプは支持者らを「犯罪者」と呼び非難するが、これは計画そのものがトランプの考えを基にしたものでもなく、その言葉も心からの言葉でない事は、明らかである。実際、補佐官らの言葉を記した報道によれば、翌日のトランプは、暴徒化した支持者を非難しつつ秩序ある政権移行を約束した演説を後悔し、大統領の職を辞めるつもりが全く無い事を明確にしたと言う。バイデン就任式への欠席をツイートした金曜日、トランプ氏のツイッターアカウントは、暴力を煽動する恐れがあるとして停止された。自身のアカウントが停止された事に怒りを燃やしたトランプは、その後『トランプ陣営』のアカウントら別の3つのアカウントから怒りをツイートしたようだが、ツイッターはこれをモグラ叩きのゲームのように次々と停止させる。

https://www.washingtonpost.com/politics/trump-mob-failure/2021/01/11/36a46e2e-542e-11eb-a817-e5e7f8a406d6_story.html

https://www.sltrib.com/news/nation-world/2021/01/07/trump-concedes-some-call/

https://www.nytimes.com/2021/01/08/us/politics/democrats-trump-impeachment.html

トランプ擁護者たちは次々に、ジョージ・フロイトの死をきっかけとした左派による暴動を持ち出して、トランプ支持者による反乱が一日で終わり、放火も無く、死者も少ない事で事件を相対化しようとしている。

春から夏の間中、アメリカの各地で、ブラック・ライブズ・マターやアンティファのメンバーらによるデモンストレーションや暴動、放火や略奪が続いた事はその通りだ。シアトルの一角はアンティファが『自治区』を宣言し、ポートランドでは連邦政府の建物が放火されたり放火などの攻撃の対象となった。各地では歴史的偉人の像がデモ隊や活動家らによって取り壊され、奴隷解放戦争を行なったリンカーン大統領の像や、元奴隷でありながら初の副大統領候補となったフレデリック・ダグラスの像などが破壊された。メディアや民主党支持者らはこの様子を「黒人の感じる怒りを受け止めるべきだ」「黒人が怒るのは当然なのだ」と容認し、圧倒的大多数の黒人コミュニティーが警察による地域へのパトロールの増加を求めていたにも関わらず、「警察組織解体」を掲げた事は記憶に新しい。

一部左派による度を越した警察や法の秩序への攻撃に怒った保守派は「ブラック・ライブズ・マター」に反抗する形で「ブルー・ライブズ・マター(警察の命も価値がある)」や「オール・ライブズ・マター(すべての人の命には価値がある)」を掲げていた。警察組織を敵視する左派に対して、右派は『法の支配』を訴えていたのだ。

ところが暴徒化したトランプ支持者は、誤った犠牲者精神と愛国心、また群集心理に駆り立てられ、何十人もの議事堂警察官らを襲い、法による手続きを阻止して、自分たちの政治目的を達成しようとした。「警察による黒人への扱いに差別や暴力性が見られる」と主張し、国旗掲揚や国家斉唱の際に跪くNFL選手を批判していたトランプ支持者は、民主主義手続きが行なわれている議事堂を守る警察官を国旗によって殴打したのだ。

私はここで、左派による暴動を過小評価したり擁護するつもりは全くない。但しブラック・ライブズ・マターやアンティファらによる抗議運動、暴動、略奪、放火、殺人などの犯罪と、米国議事堂への襲撃とは、もたらす意味が違う。何ヶ月も続いた左派による暴動には、何百、何千の直接の被害者がいる。比較して6日の反乱の被害者は5人、自殺を含めれば6人、しかしながら著しい被害を被ったのは米国の民主主義であり、政治システムであり、しかも副大統領や議長らの殺害を叫ぶ反乱を率先したのは、大統領その人なのだ。
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議事堂に乱入した暴徒の通過を防ぎ、議員たちが避難する時間稼ぎをする警察官ユージーン・グッドマン

自分たちが正しいと信じる政治目的達成の為には、或いは仲間の為には、どのような手段を使っても許されるのだろうか。不当に扱われているという怒りが溜まれば、暴力や不法行為は正当化されるのか。そうではない。偽りや暴力、不法行為などは、本人がどのように崇高な目的を持ち、正しいと信じても、容認されるべきではない。BLMが行なってもMAGAが行なっても同様である。『基本に立つ』『原則を守る』とは、同じ物差し、同じ秤で測る事を意味するからだ。

ベンガジ事件は911テロを記念する9月11日に、在リビア米国大使館を襲ったイスラム教過激派によるテロ事件である。当時のオバマ政権は、反米感情の高まりを感じ、警備の補強を要求した米大使の警告を無視する。この事件の為に4人のアメリカ人が虐殺されたのだ。しかもオバマや当時国務長官であったヒラリー・クリントンらは「事件の背後にはイスラム教に批判的な映画がある」と嘘をつき、映画製作者を別件逮捕させた。事件の真相が判明するにつれ、特に保守派や共和党支持者から批判が高まり、ヒラリー・クリントンの政治生命は大きな打撃を受けた。

1月6日の議事堂を襲った反乱での死者は、ベンガジ事件を一人上回る5人となった。ベンガジ事件は反米イスラム教徒のリビア人らによるアメリカへのテロ攻撃であったが、今回の反乱は、大統領自らが何ヶ月も前から支持者に対して「選挙が盗まれた」と嘘をつき、法的プロセスを阻止させる為に彼らを議事堂に嗾けた結果なのだ。

反乱を煽動した責任をトランプに求めようと、民主党下院議員らはトランプを弾劾する計画を立てている。これに対し何人かの共和党議員やトランプ擁護者らは「弾劾は怒り狂っているトランプ支持者たちを更に怒らせ、国の分断を悪化させる」と反対している。共和党下院議員らは連名でバイデンに対し、ペロシを説得して弾劾を思いとどまってくれるよう嘆願している。これは卑怯な甘えでしかない。彼らが嘆願し、説得するべきは本来、自分たちが庇い続けるトランプではないか。トランプが国に対して、選挙に不正工作は無かった事を認め、支持者に対して嘘をつき続けた事、偽りによって「選挙を盗もうとしていた」事を謝罪するべきなのだ。勿論、トランプが自分の虚言を認める事は決して無いだろう。数か月もの間、選挙についての嘘をつき、自身の副大統領の殺害さえ計画させるような反乱を嗾け、死者5人を含む数十人が死傷した事件を起こしながら、秩序ある政権移行を誓った翌日にはその約束を後悔し、決して大統領の職を辞任する事は無いと明言するような人物に、自省などあり得ない。
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        民主党はインチキを行なったというボードを掲げるトランプ支持者

トランプに投票した人々の票は奪われていない。民主主義は奪われていない。システムは機能していたのだ。支持者の怒りには、理由が無いのだ。虚言によって偽りの怒りと被害者意識を植え付け、或いは濡れ衣を着せ、互いに敵対するように仕向けた責任を、トランプは必ず負わなければならない。嘘には支払われるべき代価が伴う。トランプは自身が政界に残り、再立候補する事を示唆しているようだが、その道は絶対に閉ざされなければならない。弾劾裁判、罷免は当然である。

共和党が真に一致といやしを願うならば、民主党と共に、トランプ再選の道を閉ざさなければならない。

https://twitter.com/JanNWolfe/status/1348327073773985802?s=20 

(暴徒化した支持者乱入の様子)

https://twitter.com/59dallas/status/1346963199778828290?s=20

(「マイク・ペンスはどこだ」と叫びながら乱入する暴徒化した支持者)

https://twitter.com/joshscampbell/status/1347749675777011714?s=20

(暴徒化した支持者らによりドアに挟まれる警察官)

「選挙が盗まれた」という虚言と米国議事堂襲撃事件に至るまで

 

ドナルド・トランプとその支持者

「私が5番街の真ん中に立って誰かを撃っても、票を失なう事はない」

アイオア州の予備選を控えたドナルド・トランプが自身と支持者の強いつながりを豪語したのは、今から5年前の2016年1月だ。人通りの絶えないニューヨーク5番街の真ん中で堂々と殺人という罪を犯しても、彼の支持者は忠実に彼について来るという意味だ。トランプを熱心な支持者との関係は、トランプが正しい事をしているか否か、トランプが憲法に則り政治を行なうか、選挙公約を守るか、不正腐敗を行なうか、嘘をつくか、或いは中絶反対の立場をとるか、或いは賛成の立場をとるか、更にはキリスト教徒となるか、イスラム教徒となるか等とは、全く関係が無い。「殺人という、言い逃れの出来ない不法行為を犯しても、支持者はついて来る」と言っているのだ。

2016年の大統領選挙を控えた頃、私は何度もトランプ支持者と議論した事がある。トランプ・ビジネスやトランプ本人による不正や、マフィアとの繋がりは、何年も前からファイナンシャル・タイムズなどで既に報じられており、トランプについては、ニューヨーク出身の民主党員が、共和党から立候補する為に急遽共和党に移籍したとも思われていた。トランプの人格も、他の共和党政治家とは明らかに違っている。トランプが掲げる公約も実現不可能なものが多い。言っている事の辻褄が合わなかったり、前日の発言とは正反対の発言を行なっていたりする。ところが多くのトランプ支持者はトランプがどの立場を取っても支持をすると言う。(因みに私は、トランプの欠点を全く無視してトランプを支持する人々を「トランプ支持者」と呼び、トランプの欠点を知りつつ、選挙においてトランプに投票する人々を「トランプ投票者」と呼んで区別をつけている。ここで取り上げているのは「トランプ支持者」である。)

「あんたたちはわかっていない」一人の支持者はトランプに対する彼の忠誠心を理解しない他の保守派にしびれを切らしたように言った。「俺は、トランプが俺の家に侵入をしてきて、寝室で寝ている俺を銃で撃っても、俺はベッドから這い上がって投票所に行き、トランプの為に投票するよ。」

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      トランプ支持暴徒に襲われる首都ワシントン・DCの議会議事堂

トランプ支持者がトランプに対して抱く無条件な忠誠心は、他の政治家と支持母体との結びつきとは違う。一番近い例えは、カルト教団のリーダーとその信者との関係かもしれない。尤も、オバマ大統領を支持していた人々もカルト的傾向がある。但しオバマにはトランプに比べてずっと一貫性がある。トランプのように、昨日言った事と今日言う事が正反対だという事は、オバマには無かった。一方、トランプ支持者たちは、トランプが発言の内容を変えても気にする事は無い。トランプの言う事であったら、どんな事でも狂喜して受け入れる。トランプが北朝鮮との戦争を示唆すれば、その強気な姿勢を熱心に支持し、金正恩を礼賛すれば平和路線を支持する。トランプ支持者の多くは、トランプの政策や方針が好きで彼を支持しているのではない。言ってみれば、彼が「正しい」から支持しているのでもない。「家に侵入し、無抵抗の自分を拳銃で撃っても、彼を支持をする」という発言通り、トランプが犯罪を犯しても彼を支持をする、その魅力が彼にはあると言っているのだ。

トランプ当選後の4年間、毎時間のようにトランプはツイッターに向かって政敵を冒涜したり、メディアを罵ったり、突然の政策発表を行なったり、或いは側近や閣僚を追放したり、時には意味不明の発信を行なった。その間、不法移民親子の隔離収監政策や、メキシコとの国境沿いの壁建設費を巡る議会との衝突で、国家非常事態宣言や政府のシャットダウンを行なうなど、多くの国民からの強い批判を浴びた政策や、選挙資金を利用して性的関係を持ったポルノ女優に口止め料を支払った問題、ウクライナ大統領との電話会談における「見返り」問題、またそれを発端とした弾劾、コロナウイルスを「ただのインフルエンザ」と軽視し、初期の対策ミスやマスク着用の拒否など、普通の大統領や政治家であれば致命的な失敗と見做される失政や、言動の問題などが多々あった。しかしながらトランプの支持率が、それほど浮き沈みを見せた事は無い。トランプに反対する人々は何があってもトランプを評価しないが、トランプを支持する人々は何があってもトランプを評価してきたのだ。

病的虚言癖の持ち主

トランプは2015年8月には「私は不満を言う。勝つまでは言い掛かりをつける」と答え、2016年2月の共和党予備選でのアイオア州の選挙では勝利した「テッド・クルーズ議員が選挙を盗んだ」と主張していた。クルーズについてのトランプの嘘はそれだけには止まらない。「複数の女性と不倫関係を持った」「父親はケネディ大統領暗殺に関わった」「クルーズの夫人に関する悪い情報を流出する事も考えている」等、キリがない。これに反論する形でクルーズ氏はトランプ氏について「彼は病的虚言癖のある人物で、口から出る言葉の殆ど全てが嘘である。真実と嘘の区別がつかないのだろう」と答えている。

ワシントンで政治を行なう人々の全てはトランプの病的虚言癖について認めている。トランプが共和党予備選に勝利したあと態度を急変させた共和党議員たちも、予備選の段階では「トランプを当選させてしまえば、共和党は大変な事になる」と考えていたのだ。

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    ドナルド・トランプは病的虚言癖の持ち主だと述べるテッド・クルーズ

「トランプ支持者に言いたい事は、あなた方が誰なのか、なぜこの男が好きなのかはわからない。」「彼は変人だ。彼は狂人でもある。大統領の職務に就くのに相応しい人物ではない。」「もし我々がトランプを共和党候補者として指名すれば、彼によって党は崩壊するだろう。それは我々にとって当然の報いなのだ。(リンゼイ・グラハム現共和党上院議員)」

「彼は自分がした事が何であっても、相手がそれしていると訴える。彼には嘘と真実の区別がつかないのだ。この国がかつて見た事の無い自己愛の持ち主で、様々な嘘を混合させている。(テッド・クルーズ現共和党上院議員)」

「ドナルド・トランプは、私が自分の子供に幼稚園でしてはいけないと教えたその全てです。(ニキ・ハリー)トランプ政権元国連大使」

「ドナルド・トランプは、先日、『(大統領としての)自分が兵士にしろと命ずる事は、(戦争犯罪であっても)兵士はそれをしなければならない』と答える人間だ。 (マイク・ポンペオ現国務長官)」

「私は、トランプが憲法を読んだことが無いと思う。何が憲法に書かれているか知らないのではないか。(グレン・ベック・保守系ラジオホスト)」

「ドナルド・トランプは詐欺師です。(マルコ・ルビオ現共和党上院議員)」

私がここで挙げて人々は全て共和党員及び共和党議員であり、現在は全てトランプ派として知られている人々、或いはトランプ政権で働いている(た)人々だ。彼らだけではない。ケリアン・コンウェイ元トランプ大統領上級補佐官やケイリー・マケニー現報道官なども、トランプ氏の人となりを「信用されるべき人物ではない」と、厳しく批判していた人々だ。これらの人々に共通するトランプへの批判は、トランプ氏には病的虚言癖があるという点だ。

トランプ氏の虚言癖について、指摘し、批判しない方がおかしいだろう。クルーズ氏の父親は、本当に故ジョン・ケネディ大統領の暗殺に関与していたのか。関与していた筈が無い。本来ならば名誉棄損そのものの中傷である。但しあまりにも馬鹿らしい虚言である為に、誰も真剣に取り合わなかったのだ。クルーズ氏は本当に不法を行なって選挙を盗んだのか。これも事実ではない。クルーズの妻には暗い秘密があるのか。これも特に無い。恐らく長年の友人であるデイビッド・ペッカーが所有する『ナショナル・エンクワイア―』のような三流ゴシップ雑誌にでたらめな記事を書かせ、スキャンダルを作り上げるつもりだったのだろう。ところがトランプの虚言癖が真剣に問いただされた事は無い。それは恐らくトランプ氏の虚言癖が威勢の良さを表すものとして受け取られ、大言壮語をする派手な人物として有名になっていたからだろう。彼にはそもそも、言葉に注意をしながらも真実を語る政治的誠実さなどは求められていなかったのだ。

トランプ氏の虚言、嘘、偽りの数々は、ワシントン・ポスト紙が数えていたが、2020年7月に2万の虚言を記録したきりだ。(*2)  同年10月には、一日平均が50回の虚言、及び嘘と数えられている。(*3)  今はいくつになったのかも知らない。勿論、保守派の中には、メディアの偏見や不正確な報道を取り上げてこれらの数が行き過ぎであると異議を唱える人もいるだろう。しかしトランプ氏に虚言癖が無いと真に信じる人はいるだろうか。もしトランプに虚言癖が無いならば、クルーズ氏の父親は、本当にケネディ暗殺に関与していたのか。メキシコとの国境沿いの壁は建設され、資金はメキシコによって支出されたのか。政府支出を増やして景気回復を狙う為の「プライミング・ポンプ(呼び水)」という言葉を発明したのは、トランプ氏なのか。(*4) 税金について、選挙法について、経済について、軍事作戦やISIS、ウイルス、裁判所について、一般法律について、借金、政治家について、貿易、ヴィザ、政府システム、ソーシャルメディア、ドローン、技術、再生可能エネルギーについて、トランプ氏は専門家を含む誰よりも知っているのか。

そうでは無い事は、それほどの思慮や考察に依らなくても、常識さえあれば理解できる。一人の人間が全ての分野について「誰よりも知っている」筈が無いのだ。これらの虚言について、特に選挙中の対抗馬であったテッド・クルーズに関する虚言について「選挙中の、対抗馬や政敵に勝つための発言」として片付ける人々は、それでは大統領である現在、選挙に勝つために彼が繰り返した「選挙が盗まれた」「ジョー・バイデンが、…」「民主党が…」「ヒラリー・クリントンが…」「ハンター・バイデンが…」などは、どこまでが真実なのか。

トランプ支持者、擁護者らは、トランプの虚言癖には薄々感づきながら、彼の口からでるその一つ一つの言葉のうちの、何が嘘であり、何が嘘ではないかに関心を持たない。彼らとトランプの繋がりは真実にあるのではないからだ。ではトランプと支持者は何によって繋がっているのだろう。

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                議事堂に押し入る暴徒

議会議事堂襲撃

2020年の大統領選挙が行なわれる数か月前から、トランプは「選挙が盗まれる」と主張していた。これは各種意識調査だけではなく、一重に自身の陣営が行なった有権者の意識調査からもトランプの敗北が伝えられていたからだろう。選挙敗北の後にも敗北を認められず、各州にやり直しを求めたり、法廷に票の取り消しを訴えた裁判を起こしたが、その全てに敗北する。トランプはツイッターを通して、1月6日に行なわれるバイデン選出への反対を行なう呼び掛ける。「我々は立ち上がり、戦わなければならない」と言うのだ。当日、一万人を超すトランプ支持者たちが首都ワシントンDCに集まり、米国議会議事堂を襲撃した。その直前にはトランプ本人が支持者らに語り、選挙が彼から盗まれたことを訴えている。「我々は決して諦めない。我々は決して敗北宣言しない。そして今、我々は議会議事堂へ向かう。」「議事堂で行なわれている認定プロセスに反対しなければならない」トランプ自身も(バイデン氏選出に反対する為に)議事堂へ向かうと言っていたのだ。(*5)

全米各地から集まった多くの支持者たちは、トランプの言う「選挙が我々から盗まれた」という主張を信じている。「ドミニオン投票機がトランプ票をバイデン票に変えたのだ。証拠はユーチューブにある。」「共和党員の州知事も、投票所の職員も、州裁判所や連邦裁判所の判事らは、数多の証拠を退け、不正工作に加担している。」「バイデンが勝てば、アメリカがアメリカでなくなる。」「ジョージ・ソロスの資金とヒラリー・クリントンが絡み、子供たちが誘拐され、未成年の子供に売春させるジェフ・エプスタインの組織に売られている。」「連邦最高裁のジョン・ロバーツ裁判所長は、未成年の子女を売春させる組織に関係しており、トカゲ連隊に脅されている。(*6)」

勿論これらの陰謀説に証拠は無い。これらの陰謀説を流しているのは、トランプ陣営の弁護士であったシドニー・パウエルや再選委員会の担当弁護士であったリン・ウッドである。ルディー・ジリアーニ弁護士やトランプ自身もこれらの陰謀説を示唆している。特に悪質なのは、ウッド弁護士だろう。彼はオバマ政権時代にはオバマ大統領への寄付を行なっており、前回のジョージア州の上院選挙では、共和党現職であったデイビッド・パーデューに対抗する形で民主党のジョン・オソフを応援していたのだ。ウッドは1月5日のジョージア州選挙において、現職共和党議員らが共和党支持者らの票を得るに値しない事を熱心に演説して回っている。「トランプ大統領を充分に守っていない」と言うのだ。トランプに至っては「選挙は盗まれている」「ドミニオン投票機によって、票が入れ替わる」を繰り返し、2か月前の選挙では有利であった現職共和党議員らはこうして敗れた。ジョージア州の結果を以て、共和党は上院においても少数派となった。

オバマ大統領支持者であったウッドが、なぜトランプ支持者となったのかはわからない。しかしながら彼はジョージア州選挙や6日に行われた議会における時期大統領選出の審議プロセスを前に、「マイク・ペンス副大統領への銃殺隊による処刑」を呼びかけていたのだ。彼はこの主張を悪びれることなく「トランプ大統領を守り切っていない」と説明している。(*7)

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   議事堂前広場に設置されたマイク・ペンス副大統領の首を吊る為の首吊り台

因みに、「ドミニオン投票機がトランプ票をバイデン票に変えている」という陰謀説は、州による手作業の数え直しの結果、投票機を使った計算と手作業による計算に於いての違いは数十票程であり、殆ど無かった事が監査の結果から判明している。しかも当然ながら、これは不正というよりも誤りであるだろうし、投票機の方が正しかったのか、手作業に誤りがあったのかは不明である。この程度の差では、市の選挙結果であっても覆す事は出来ないし、この程度の誤りは、全世界の国のどの選挙でも行なわれているのだ。

勘違いが多いようだが、選挙というものは完璧ではない。「誤りの起こり得ない、完璧な選挙」というものあるとすれば、それは中国や北朝鮮、ロシアのような、政府側が工作する、対抗馬すら存在しない選挙だろう。民主主義社会の選挙では一つの不正行為や一つの誤りも起こらない選挙というものは存在しない。出来るだけ不正や誤りが存在しないように、いくつもの確認プロセスを通し、両側の監視のもとに開票、計算や集計が行われるのだ。トランプ陣営が「選挙が盗まれた」と主張するどの地域、どの投票所(開票所)でも、共和党や陣営側の監査が入らなかった場所はない。

「死者による不正投票」はトランプ支持者によるものもある。しかしこれらはどんな小さな市の選挙結果を覆せる不正数ではない。その他、挙げられているどの疑いや不安材料等を考慮しても、2016年、2012年の選挙の選挙を含む、歴代の米国政治選挙でも存在した不正や不法行為とは違う、大規模なレベルの不正が2020年の選挙にあったという証拠が皆無である。だからこそトランプ政権下のウイリアム・バー司法長官やクリス・クレブ国土安全保障庁サイバーセキュリティー部長らが「選挙結果を覆すレベルの不正工作の証拠は無い」と答えているのだ。

また「証拠は裁判所が認めていない」のではない。そもそもトランプ陣営の弁護士らが裁判所に提出していないのだ。裁判所に提出する為には、誰がいつどのような目的で録画したのか、誰が何をしているのか、わからないような動画では証拠とはならない。例えば「同じ票が集計所の職員によって何度も数えられている」と言われている動画では、その動画に登場する職員からの証言が必要となる。職員の証言が、動画制作者が注釈している内容と違えば、勿論不正への証言とはならないし、嘘の証言をすれば偽証罪に問われる。あやふやな情報や伝聞では物的証拠として裁判所に提出できないのだ。しかもペンシルバニア裁判所への書類では、トランプ陣営弁護士は「不正工作を示す証拠は無い」という同意書に署名をしている。その他の州への法廷でも証拠は無いと認めている。「疑いがある、噂がある、だから選挙を無効にしてくれ」と言っているに過ぎない。「疑いがある」だけで不正の証拠となるならば、言い掛かりやでっち上げがまかり通る事になる。ヤクザ社会ではそれでも良いだろうが、法の支配に則った社会ではそうとはならない。本来、不正の証拠は訴える側が立証する義務がある。「証拠がない証拠を出せ」などといったヤクザ論理は成り立たないが、強いて挙げるならば、「トランプ陣営弁護士団が、証拠はないと裁判所に対して認めている」事こそが不正の無い証拠である。嘘をつけば偽証罪に問われる法廷の場に対して「証拠はない」と弁護士団が認める言いがかりを社会が認める訳にはいかない。

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 暴徒に消火器でもって頭部や身体を殴打され殉職した警察官のブライアン・シクニック

トランプは、次期大統領承認審議プロセスにおいて、トランプ氏が負けた激戦州の選挙人票を認めず、それぞれに州に戻し、選挙のやり直しを即すようペンスに求めたが、ペンスはこれに「憲法上、副大統領にはそのような権限は無い」と答え、トランプを激怒させている。ペンスの解釈は正しい。憲法が副大統領に認める権限は選挙人の投票を数える事で、これは儀式的な意味しか持たない。実際に各州が投票した結果を覆す事は出来ないのだ。第一、もし副大統領が勝手に次期大統領を決めて良いならば、2000年の選挙でジョージ・W・ブッシュ候補(当時)に敗れたアル・ゴア副大統領(当時)は、自分自身を選出すれば良かったではないか。2008年の大統領選挙では、ディック・チェイニー副大統領(当時)が、バラク・オバマ候補(当時)ではなく、同じ共和党からのジョン・マケイン候補(当時)を選出する事も出来た筈である。2016年に至ってはジョー・バイデン副大統領(当時)は、ドナルド・トランプ候補(当時)ではなく、民主党からのヒラリー・クリントン候補を選出する事も出来た。もし、副大統領が理由を付けて、各州選挙人が投票した結果を指し戻したり、覆す事が出来たら、である。ところがそのような憲法解釈は、どんな政治家や学者も行なっていない。どのようにトランプ氏が癇癪を起し、怒りをぶつけても、ペンスには憲法で認められている権限を越える事は出来ないのだ。

共和党上院議員の中にはテッド・クルーズやジョシュ・ハウリーを筆頭に「10日間の監査の期間を設けなければ、激戦州による票を認めない」と反対する議員が11人出た。ルディー・ジリアーニは、何人かの共和党議員に電話をし、明日には不正工作の証拠が出るから、審議を出来るだけ伸ばすよう訴える。トランプがホワイトハウスに引き上げた後は、トランプやジリアーニの要請を無視して始まる審議に、トランプや支持者の怒りが高まっていた。ジリアーニがトランプ支持者に向けてスピーチをする。「戦闘による法廷を開こう」

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            暴徒乱入を受けて身を隠す議員たち

審議を始めるにあたって、議会では共和党のミッチ・マコーネル上院議長は「36年間にわたる議員生活の中で一番重要な票であった」とし次のように述べた。

「我々の前には、選挙の結果を覆すような大規模な不正を示す物は何も出されていない。また一般(有権者)による(不正が行なわれたのではないか)という疑いも、その一般有権者の感じる疑いそのものが証拠の無いまま煽動されてあれば尚更、次期大統領の選出を遅らせると言った過激な行動を正当化する事は出来ない。」(*8)

マコーネルの演説は、普段は亀のように寡黙で温厚な彼の演説の中で、ひときわ優れていた。選挙に負けた側が毎回「選挙結果を認めない」という負のスパイラルに陥ってはならない。我々の先祖が勝利した時だけではなく、敗北した時にこそ見せた、愛国心から来る勇気を奮い立たせなければならない。国を二分する復讐心の終わりの無いスパイラルよりも高い使命がある事を思い起こさせる演説であった。

ところがマコーネルの演説が終わり、ペンス副大統領がトランプ大統領から来るひどい怒りとプレッシャーを感じつつ票の結果を読み上げ、バイデン候補が次期大統領であると宣言する頃には、外ではおよそ一万人あまりの熱心なトランプ支持者たちが議会を取り囲み、議会建物の中に侵入して「ペンスはどこだ」「ペンスを首吊りにしろ」と探していた。議事堂前の広場では、首吊り代が設置され始める。

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       バイデン選出審議で演説する共和党のミッチ・マコーネル上院議長

普通の、善良なアメリカ人

メディアによって報道されたり、あるいは自分たちで投稿した写真や映像を見る限り、議事堂に乱入した殆どのアメリカ人は、ごく普通のアメリカ人にも見える。映像の中には、修学旅行の学生のように、秩序正しく議事堂の中に進み入る人々もいる。彼らはフレンドリーで、楽しい事が好きな、普通のアメリカ人ではないのか。ソーシャルメディアには、徐々に、議事堂の中にいる議員やメディア関係者などから「緊急避難命令が出た」「私は無事です」「銃声が聞こえました」などのメッセージが投稿され始める。その中には、誰が撮影したのか、ナンシー・ペロシ下院議長がイスの陰に隠れているものもある。けが人が出始めたと報道される。数時間後には何人かが入院し、その中には重体に陥っている人間もいると言う。けが人の中には警察も含まれているらしい。整然と並んで議事堂に入り、建物の中を自由に見物したり、自分の携帯電話で写真やビデオを撮影するような、言ってみれば呑気な光景もあった一方、別の場所では、暴徒化した圧倒的多数のトランプ支持者が、警察やバリケードによる制止を振り切って議事堂の中に入り込んだようだ。恐らく、群衆心理も働いたのだろう。議事堂の建物の外側を上る暴徒、警察にペッパースプレーを噴射され、同様にペッパースプレーで応戦する暴徒がいる。(*9)

発砲によって重体に陥った人物は「アシュレイ・バビット」という女性だ。彼女は叫びながら警察の制止を振り切ってドアを破り、議会に乱入しようとしたところを撃たれ、ほぼ一時間後、その場で死亡する。

アシュレイ・バビット

トランプ支持者の中には、以前はオバマ大統領を支持していた人々が多い。2008年の大統領選挙においてオバマは「変化」を訴え、トランプは「沼の溜まりを流す」とどちらとも既成システムやエスタブリッシュメントへの反対を主張する。

トランプは、オバマ大統領について「ケニアの生まれであり、大統領としての資格である、生まれながらのアメリカ国籍保持者ではない」という陰謀説を流していた張本人であるが、トランプ支持者の中にはオバマ支持からトランプ支持へ立場を変えた人々が一定以上の割合でいる。

アシュレイ・バビットもその一人である。彼女は議会審議が行なわれている最中の議事堂に、ドアを破り侵入しようとした暴徒の一人であり、議事堂警察に撃たれて死亡した。(*10)


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   引きずり出され暴徒らに殴打される警察官。暴徒らの中には国旗を使って殴打する者もいた。

バビットは、熱心な愛国者、忠実なトランプ支持者として家族からは評価されていた。

バビットは自身をリバタリアン派と呼んでいた。リバタリアンとは共和党の一部と考えられ、国政については共和党主流派の「(外国の人権問題や軍事問題への」介入主義」と主張を同じくするが、外交に関しては民主党主流派の「不介入主義」と主張を同じくする。オバマが中東や極東、NATOへの関わりを減らし、特にアフガニスタンやイラク、シリアからの撤退を主張し、実践させたのと同様、共和党大統領でありながらトランプも撤退を実行し、ジェームズ・マティス国防長官の辞任を招いた事は事実である。外交政策という面で言えば、トランプは伝統的共和党の立場を取っておらず、リバタリアン的な「アメリカ不介入主義」を貫こうとしていた。トランプにとってアメリカは、外国から良いように利用されるお人好しの被害者だ。バビットはリバタリアン派の共和党議員であるランド・ポールや、不介入主義を信望する保守派識者にも共感していたようだ。

2019年9月の彼女のツイートを見る限り、彼女は既存のシステムやエスタブリッシュメント、グローバル主義、ハリウッドのエリート達を敵視していたようだ。それが二ヶ月経つと、ピザゲートなどの陰謀説を投稿するようになる。「エリート・メディアは報道しないが、ジョージ・ソロス(*11)やヒラリー・クリントンなどが関係する、ワシントンDCのあるピザレストランにおいて、誘拐された子供たちに強制売春させる闇の組織がある」という陰謀説だ。

バビットは、2020年3月にはフォックス・ニュースよりも明確にトランプ支持を主張するオンライン陰謀論メディアのQANONをフォローし、3月にはリツイートし始める。バビットは、選挙が民主党や不正工作によって盗まれるという陰謀説を選挙前から説き、民主主義や自由を取り戻さなければならないと主張し始める。トランプが敗北した11月の選挙後には、彼女が参加していたオンラインのグループでは、議事堂を焼き尽くすべきかの議論さえ堂々となされていた。ツイッターよりも極端な言論が盛んなパーラーでは、公けにペンスの処刑が語られている。

サンディエゴからワシントンDCに飛び、議会議事堂前でトランプによるスピーチを聞くバビットは、自分と周りにいる群衆が自由を愛し、民主主義を愛し、不法に対して立ち向かう勇敢な愛国者であるとの感動をツイートする。彼女の周りには「ペンスを探せ」「ペンスを首吊りにしろ」と叫ぶ人々がいる。彼らも正義の為に立ち上がっている、善良で実直なアメリカ人だという意識しかない。

民主党全国委員会の建物、また共和党全国委員会の建物にはパイプ爆弾が仕掛けられる。火炎瓶を積んだトラックも駐車している。銃を携帯する元軍人、警察官ら、大勢の、今まで国の治安を守る為に命を捧げてきた人々が仲間にいる。バビット自身が元空軍の軍人だった。ナンシー・ペロシ下院議長やチャック・シュマー下院副議長、ミッチ・マコーネル上院議長を始め、トランプ大統領を守ろうとしない議員らを引きずり出し処刑できるよう軍や警察で使う類の手錠を持つ人々もいる。乱入を防ごうとする警察の列を圧倒的多数の仲間と共に破り、バリケードを破る。議事堂警察官らが血だらけになり、そのうちの一人は消火器で頭や体を殴打され意識不明の重体に陥るが、正義は自分たちと共にあるという意識しかない。

バビットは「ここはやつらの家じゃない。国民の家だ」という怒りの合唱と共に、審議の進められている議事堂にドアを破って入ろうとする。銃声と共にバビットが倒れたのはその時だ。

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         議事堂に押し入ろうとするトランプ支持の暴徒

システムへの不信

バビットと共に議事堂に乱入し、各所に爆弾や火炎瓶をしかけ、副大統領の暗殺を叫んだ「普通のアメリカ人」らには、トランプ政権のビル・バー司法庁長官、クリス・クレブ国土安全保障庁サイバーセキュリティー部長、ミッチ・マコーネル共和党上院議長、ジョン・ボルトン元国家安全保障問題担当補佐官、その他実際選挙に関わった共和党知事や、保守派判事、保守派一流紙であるウォール・ストリート・ジャーナル紙、フォックステレビのニュース部門、保守派識者や検察官らによる「選挙結果を覆すような不正工作の証拠は無い。選挙は盗まれていない」という声は、全く届かない。リベラル派や民主党議員、左派メディアだけではない。彼らは、トランプ支持をしながらも客観的な視点から、事実を基に「不正工作は無かった」という、責任ある立場の声も無視してしまう。不正工作の可能性について捜査を行なった司法庁のバー長官でさえ「ディープ・ステート」と一蹴されるのだ。大きな影響力を持つ一人の人の虚言によって、アメリカには、同じ事実に対する全く異なる解釈が存在するだけではない。全く異なる「事実」が存在するようになったのだ。

乱入したトランプ支持者にとっては、バー長官による捜査結果よりも、病的虚言癖があるトランプ氏の声、「トカゲの形をした人々が陰で政治を操っている」と主張するリン・ウッドの声、「ドミニオン投票機は、(2013年に死亡したベネズエラの独裁者)ヒューゴ・チャベスも不正当選させた」と主張するシドニー・パウエルの声の方が、信用に値するのだ。それは、議事堂に乱入したトランプ支持者の多くが、既存のシステムや国家組織による陰謀を強く信じる人々であり、そのような層を狙って「選挙はあなた方から盗まれた」と嘘を教えた輩がいるからだろう。トランプと支持者を繋げていたのは、あるいは共通点としてあるものは、自分が既存のシステムやエリート集団による陰謀の被害者であるという意識だったのではないか。

テッド・クルーズの罪

ドナルド・トランプに敵対して2016年の共和党指名候補を最後まで争ったのは、テキサス州のテッド・クルーズである。彼は元弁護士であり、非常に饒舌であり、弁説に長けている。指名選の最中、彼はトランプの病的虚言癖を指摘し、対照的に自分は憲法を重視していると訴えてきた。ところが彼は共和党内からの評判が良くない。マコーネルが上院議長となる以前に上院議長を務めた共和党のジョン・べーナーは、クルーズを「サタンの化身、ルシファーだ」と嫌った。「自分は民主党議員を含め、色々な人間と働いたが、クルーズほど卑怯な人間はいない」と手厳しい。あからさまに下品で知的ではないトランプとは違い、クルーズにはおのれの野心の為にはどんな手段でも使う卑怯さを『弁護士的』な饒舌で覆ういやらしさがある。彼はおろかではない。2020年の選挙に不正工作の証拠が無かった事など、彼にはわかり切っている。バイデンが不正なく当選した事も承知している。ところが彼は2024年の大統領選挙共和党指名を狙って、トランプ支持者を継承したい政治的野心がある。その為には、どこまでもトランプの為に戦ったという印象を支持者に与えたいのだろう。であるから彼は1月6日のバイデン選出を、「議会による10日間の監査を経ないで承認する事は出来ない」と主張する。勿論、彼がバイデン認証に対して反対票を投じても、上院、下院ともに多数によって認証される事は分かり切っている。その上で、出来るだけの事を行なったというパフォーマンスを行ないたいのだ。

常識的に考えて、議会という『政治の場』で、司法庁による捜査、また州による調査や、裁判所による判断以上の監査が出来る訳はない。クルーズの卑怯な主張に対して、ウォール・ストリート・ジャーナルのペギー・ヌーナンは厳しい。

『悪魔の見習いである、ジョシュ・ハウリー上院議員、テッド・クルーズ上院議員。彼らはずる賢い、高学歴の、社会的信頼もある、延々と饒舌である。彼らは自分たちを保守派の光だと考えているが、このドラマで、彼らは下劣な政治を行なう下劣な人間だと証明してしまった。彼らは、自分たちのまわりにある何の価値もわかっていない、彼らを取り囲む環境がいかに脆いものだか理解しない人々、大きな富をただ継承してしまった為に、他の人々の労苦による財産の価値に気付いていない人々、「だってパパがくれたから」と、偉大な富を継続させる労苦について責任を感じない人々とまったく同様なのだ。彼らは先代が大きな犠牲を払って築いた国の、組織機関の、政党の継承者としては軽率過ぎる人々だ。

彼らは(選挙が盗まれたという)嘘をバックアップし、あり得ないトランプ勝利の可能性という『キメラ(*12)』を提供し、「ただ単に、全ての側にフェアであり、不正投票の捜査をしたいだけ」などといった見せかけに隠れた。彼らのやっていることと言えば、冷静で弁護士っぽい洗練さで、支持者というよりも、支持者の『病気』をもてあそんでいるのだ。彼らは立ち上がり、真実を述べるべきだった。民主主義は前進するのだと。(2020年の)選挙は、完璧な選挙ではなかったが、どの選挙も完璧ではないのだ。しかもパンデミックの最中のルールであれば尚更ではないか。そういうルールは変えていけば良いのだが、事実は、アメリカの有権者は、トランプとペンスではなく、バイデンとハリスを選んだのだ、という事を言うべなのだ。』

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             侵入を防ごうとする議事堂警察

暴徒が去った後の議会は急遽議員らを集合させ、バイデン選出のプロセスを完成させた。この際、2012年に共和党大統領候補者であったミット・ロムニー上院議員はバイデン選出に反対しようとする幾人かの同僚、共和党議員らに向けて次のように述べた。

「我々が今ここに集まっているのは、一人の人間の自分勝手な傷付いたプライドの為、そして彼による2ヶ月あまりに及ぶ嘘を信じた、怒り狂う支持者たちによる今朝の行動の為である。今日ここで起きた事は、米国大統領によって煽動された反乱だ。

民主主義選挙の結果に反対を唱えるという形で、彼の危険な手法を支持し続ける人々は、我々の民主主義を攻撃した共犯者として永遠に覚えられるべきである。彼らは永遠に、この米国史の中の恥ずべき出来事の役割でもって記憶されるであろう。それが彼らの残す遺産だ。選挙結果認定に反対する人々は有権者の代わりに監査を要求しているに過ぎないと言う。選挙が盗まれたと信じる多くの人々を満足させる為だと言うのだ。お願いする。(バカを言うべきではない、という意味。)議会による監査がこれらの有権者を説得する事は不可能だ。特に大統領自身が選挙は盗まれたと主張をし続けるのだから。我々が、怒りを抱える有権者に対して敬意を払える最良の方法は、真実を述べる事だ。それが我々の負うべき重荷である。それが指導者としての義務なのだ。真実とは、バイデン次期大統領が今回の選挙に勝利し、トランプ大統領は敗北したという事だ。裁判所、大統領自らの司法長官や、共和党、民主党共々による各州選挙担当者らが達した、否定できない結論だ。」(*13)

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 「反乱の責任は大統領による嘘が原因だ」と上院で演説を行なうミット・ロムニー

ミット・ロムニーはこの演説によって議員らから拍手喝采を受ける。ロムニー自身、2012年の選挙ではオバマ候補(当時)敗北した経験がある。「負けを認める事は難しい。それは私も経験済みだ」とも述べる。しかしながら選挙は盗まれたのではない、アメリカはバイデンを選んだのだ。「真実を伝える事」が指導者の務めなのだ。

陰謀論を信じ、それを吹聴する人々は、自身がシステムや組織機関への不信を持っている人々が多い。彼らは自分たちの人生に降りかかる不運の陰に、何らかの陰謀があると信じている。そう信じたいのだ。しかしながら、誰であっても対等な他者に対する尊敬の念を持つならば、これらの不幸な人々の病に付け入り、彼らに嘘をつき続けるべきではない。ましてやおのれの政治目的達成の為に、相手の不幸や無知に付け入る事は許されない悪だ。

バイデン選出に反対票を投じようとした共和党上院議員らは、議事堂襲撃という反乱の後、11人から6人と減っている。クルーズやハウリーらへの批判、風当たりは厳しい。下院でバイデン選出に反対した共和党議員の誰一人が、実はバイデンが正統的な選挙によって選出されたと認めている。ただ彼らはトランプ支持者らによる自身や家族らへの脅迫に怯えているのだ。(*14) トランプ支持者からの嫌がらせや脅迫を受ける議員らは多い。ロムニーも、リンゼイ・グラハムも公共の場で支持者らからの怒声を浴びている。しかしながら、アメリカという国が一致し、癒される為には、真実を伝えるしかない。一方がもう一方の側から、不当にも選挙を盗まれた、不正を行なわれたという嘘を教え込まれば、全ての人々が犠牲者意識と怒りを持ち続けるだろう。アメリカの国民の多くを、お互いに対して怒らせ、互いを敵対させる虚言やデマは、デマを流布した側によって、一刻も早く否定されるべきである。アメリカには、同じ事実に対する全く異なる解釈が存在するだけではない。全く異なる「事実」が存在するようになったのだ

議論や選挙、試合の負けや、友情や愛情の喪失を、潔く、且つ優雅に受け入れ、認める能力は、人としての成熟さの徴しである。自分がどれ程願っている事でも、時には思い通りに行かない場合がある。トランプ氏に、自分には別の考えや計画が用意されていると信じられる能力、試練や喪失を自身の成長への励みにする聡明さがあれば、アメリカの首都、議事堂が反乱者によって襲われるという恥ずべき事態には陥らなかっただろう。

 

追記: 1月8日、「ドミニオン投票機によってトランプ票がバイデン票にすり替えられた」と主張するシドニー・パウエル弁護士に対して、ドミニオンは1,300億円以上の損害賠償を求め、訴えを起こした。

Dominion sues pro-Trump lawyer Sidney Powell, seeking more than $1.3 billion - The Washington Post

 

(*1) https://www.youtube.com/watch?t=4846&v=Ru0LbdU1oOQ&feature=youtu.be

(*2) https://www.washingtonpost.com/politics/2020/07/13/president-trump-has-made-more-than-20000-false-or-misleading-claims/

(*3) https://www.washingtonpost.com/politics/2020/10/22/president-trump-is-averaging-more-than-50-false-or-misleading-claims-day/

(*4) https://time.com/4775731/merriam-webster-donald-trump-priming-the-pump/

(*5)  https://graphics.reuters.com/USA-ELECTION/PROTESTS/qmyvmqewmvr/

(*6)  トカゲ人とは、実際にトカゲの姿をした人々が陰で世界政府を操っているという陰謀説の一種)

(*7) https://www.thedailybeast.com/parler-deletes-lin-woods-posts-calling-for-pences-assassination?via=twitter_page

 (*8) https://www.nationalreview.com/2021/01/mitch-mcconnells-finest-hour/?fbclid=IwAR1hsHkglBloosJyhiJWgMaxHC1wRDfGmL_RqQ2slEE6VmV3PWpHQn5TZw4

(*9)  https://apnews.com/article/politics-shootings-democracy-electoral-college-michael-pence-34417ac51a765e297faf53eb0ad15517?fbclid=IwAR1wavM7cwi4vMpMwFMxcEQVGfAO-QT3z4WFx8IIrXPJyaSA8nP4rpFTbwA

(*10)  https://www.bellingcat.com/news/2021/01/08/the-journey-of-ashli-babbitt/?fbclid=IwAR1c909C3wdtk9u2vf2C9vrKCdjXSewnOtU8bE10FQ0WygRahaWHDXJbwPI

 (*11)  ジョージ・ソロスとは民主党やリベラル派の団体に寄付するユダヤ系実業家であり、保守派で陰謀説を好む人々にとっては格好の人材だ。「ソロス」と言えば、保守派陰謀論者にとって『反キリスト』『反アメリカ』を意味するほどの『パブロフの犬』的反応を起こさせる。リベラル派の陰謀論者は、保守派実業家の「チャールズ・クーチ」及び兄弟の「デイビッド・クーチ」に対して、パブロフの犬的な反応を示す。いずれにせよ、思考を必要としていない反応である。

(*12)  ライオンの頭、蛇の尾、ヤギの胴をもち、口から火を吐くというギリシャ神話の怪獣

(*13)  https://www.romney.senate.gov/romney-condemns-insurrection-us-capitol

(*14) https://reason.com/2021/01/08/amash-successor-peter-meijer-trumps-deceptions-are-rankly-unfit/?amp&__twitter_impression=true

 

 

トランプ大統領による『選挙への不正工作』と大衆への嘘

1月3日の日曜、ジョージア州職員によって、ドナルド・トランプ大統領とブラッド・ラッフェンスパーガー州務長官の間で行なわれた前日の電話会談が公表された。この電話記録は、当初ワシントン・ポストの暴露として、問題の会話の一部分だけが公表されたが、すぐに全部分が公表されている。それを知らずにトランプ擁護者らは「会話の全内容から一部分を切り取りをしているだけ」と主張したが、全部が公表されても、トランプ擁護に徹する姿は変えていない。そもそもジョージア州側が大統領との電話会話を録音しようと考えた理由は選挙後に、トランプ氏の腹心であるリンゼイ・グラハム上院議員から選挙結果を覆すよう持ちかけられた経過がある。ところがそのいきさつを公けにするとグラハム氏側はそれを「証拠が無い」とあっさり否定した。ジョージア州では違法行為となる不正工作を持ち掛けておきながら、それを公けにされると関与を否定するのだから、証拠を残そうと考えたのは当然ではないか。(ジョージア州では、相手に断らずに会話や接触を記録する事が許されている。)

Transcript and audio: Trump call with Georgia Sec. of State Brad Raffensperger - The Washington Post

彼らはこぞって「大統領との会話をリークする事は国家安全機密に関わる」から始まって、「不正工作が行なわれた選挙の不正工作を無くすように要求しているだけ」などの弁護を熱心に行なっているが、冗談ではない。電話内容を公表した側に非があると主張する人々は、「大統領が犯す犯罪であるならば、隠してあげるのが国家の益だ」と言っているのに過ぎない。その大統領が例えば民主党のヒラリー・クリントンであったり、オバマ前大統領であったりした場合でも、彼らは同様の主張をするだろうか。こうした要求を、選挙に敗北した民主党大統領が州務長官に求めた場合、自称を含めた保守派は、「州務長官や政治家を含めた公務員らは、政治家の利益ではなく憲法と法律に従う必要があり、大統領が選挙工作を求めた場合、その情報を有権者に公開する事は公益に適う」と憤るだろう。また「国家機密」に関して言えば、国家機密となる為にはその認定が必要であるが、国家機密情報を共有する為にはセキュリティー・クリアランスの過程を経なければならない。ラッフェンスパーガー州務長官もジョージア州側の弁護士も、そうしたクリアランスを経ていない。機密情報だったとして、それをクリアランスされていない人物に漏らした責任を問われるべきはトランプ氏でしかない。

また「不正選挙の不正を無くすように要求しているだけ」という主張は、11月3日の大統領選挙後に、ジョージア州が要求に応じて行なった「票の数え直し」から、「署名の再確認作業」、「監査」など様々な作業や捜査から、「バイデン勝利を覆す不正工作は無かった」という結論を全く知らないか、無視しているだけだ。トランプ陣営は、ジョージア州の選挙結果に関する様々な陰謀説をでっち上げたが、陣営はそれらの説の証拠を一つも提出していない。陰謀説がそうであるように、一つの説を論破しても、陰謀説論者はまた別の陰謀説を『発明』する。それを論破しても、また別の陰謀説を『発明』する。そうした果てしないでっち上げや言い掛かりの一つ一つに対し、ジョージア州はウエブサイトを設け、答えている。

Fact Check | Secure The Vote GA

Fact Check: Video Doesn't Show Election Fraud In Georgia | Georgia Public Broadcasting

断るが、ジョージア州知事も州務長官も、また投票システムマネージャーも全て共和党員であり、トランプ支持者であり、トランプの再選を願っていた人々だ。その人々らが「バイデン勝利の為に工作し、トランプから勝利を盗んだ」とトランプ陣営は証拠も無いまま主張しているのだから、2015年にトランプ氏がインタビューに答えた「勝つまで文句を言い続ける」をそのまま実施しているのに過ぎない。

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            ブラッド・ラッフェンスパーガー州務長官

この電話での会話において最も悪質なのは、トランプ氏が「11,780票を見つけて欲しい」と要求している点だ。トランプ氏がバイデン氏に逆転勝ちする11,780票を見つけられなければ、ラッフェンスパーガー州務長官を「犯罪者として起訴する」と脅している。まるでマフィアのような脅しである。特定の票数を挙げる理由は、トランプ氏の関心が「不正投票を明らかにして欲しい」という「真実への追及」ではなく、「自分が勝てるよう工作される事」にあるからだろう。2週間後あまりに迫っている任期期間でなければ、弾劾され、罷免されるに相応しい、民主主義への悪質な攻撃である。下院議会による特別検察官を設置され、電話会談に参加したマーク・メドウズ補佐官や弁護士等と共に捜査されるべき「選挙妨害」である。因みにジョージア州フルトン地区のファニー・ウイリス検察官は、トランプ氏による州務長官への威圧、工作への要求を重く考え、大統領退任以後のトランプ氏の起訴もあり得るとしている。因みにジョージア州では、相手に知らせず会話を記録したり、録音する事が法律によって許されている。同州で許されないのは票の改竄や勝利宣言を要求したりする行為であり、そうした行為を行なった事は電話記録で明確にされている。

President Trump's Post-Election Behavior Indefensible | National Review

Raffensperger: Trump could face investigation over election call - POLITICO

Fulton County DA prepared to launch criminal probe of Trump's threatening Georgia call - Raw Story - Celebrating 16 Years of Independent Journalism

さて、証拠が存在する限りの『大量の票を改竄しようとした工作』は、ドナルド・トランプ氏によるジョージア州務長官への圧力一つしかない。州務長官との電話会談中にトランプ氏は「ジョージアや他の州でも不満が高まっているだろう。あなた方だけじゃない。他の州でも、もうすぐ結果を覆してくれると思う」と述べており、ミシガン州などの激戦州の職員をホワイトハウスに招いた際、同様の圧力をかけた様子を伺わせる。

https://www.npr.org/2021/01/04/953151921/trumps-call-to-georgia-election-officials-sparks-debate-over-legality-ethics

4日に行なわれたジョージア州投票システムマネージャーのガブリエル・スターリング氏は、トランプ陣営の主張する組織的不正など「陰謀説」の一つ一つを、証拠が無かったり、誤解や嘘、誤りである事を説明した。

https://www.nytimes.com/live/2020/2020-election-misinformation-distortions#trump-georgia-election-fraud

しかしながら「不正工作」を叫ぶ張本人のトランプ氏が工作を持ち掛けているのだ。これはシグモンド・フロイドの言う「投影」の典型例ではないか。言い方を変えれば、実際に大規模な不正工作を持ち掛けるような人物であるからこそ、他者が大規模な不正工作を行なったと、証拠も無く主張できるのだ。心理学における投影(とうえい、Psychological projection)とは、自己のとある衝動や資質を認めたくないとき(否認)、自分自身を守るためそれを認める代わりに、他の人間にその悪い面を押し付けてしまう(帰属させる)ような心の働きを言う。)

投影 - Wikipedia

「ドミニオン投票機がトランプ票をバイデン票に変えた」という陰謀説を流し続けるシドニー・パウエル弁護士などへの名誉棄損をドミニオンは準備しているようだ。大統領として起訴を免れる特権を無くす、退任後のトランプ氏を起訴する事も度外視していないようだ。この陰謀説はフォックス・ニュースのショーン・ハニティーなども喜々として流し続け、これに惑わされる人も多いだろう。こうしたでっち上げを軽々しく行い、選挙への不信プライベート・ビジネスへの名誉を棄損する弁護士らや言論人は社会的責任を問われて当然である。弁護士に対しては、弁護士協会は、弁護士資格はく奪も視野に入れるべきだろう。
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米国の全ての州が、それぞれの選挙結果の認証しており、法廷における選挙結果を覆すトランプ陣営の試みは全て、陣営自ら訴えを取り下げるか、退けられている。トランプ陣営がメディアにおいて大掛かりな陰謀の訴えを繰り返しながら、それを裏付ける証拠の一つも提出してこなかったのだ。しかも証拠が無い事は陣営弁護士らが法廷への書状において認めている。自分たちが蒔いた噂だけで何千、何万はおろか、ミシガン州だけでも何十万、全米においては700万以上の票の差を覆そうとする試みは、保守派であろうが、リベラル派であろうが、許されて良い筈が無い。

アメリカがThe United STATES of America (正しい訳は合州国)である限り、州の独立性を侵したり州が認定した選挙結果を覆す事は、連邦議会には出来ない。しかも当然の事ながら、過半数以上の下院議員、上院議員が選挙結果を受け入れるとしている。

テッド・クルーズやジョシュ・ハウリー、ティム・コットンらの主張は、政治パフォーマンスにしか過ぎず、トランプ氏が退任した後の支持者の受け皿としての地位を狙っているに過ぎない。議会の長であるマイク・ペンス副大統領の務めは、投票結果を発表する事を憲法で定められているだけだ。第一、もし副大統領が各州の選挙人が投票した選挙結果を無視して大統領を選んで良いとすれば、2000年の選挙でジョージ・W・ブッシュ候補(当時)に敗れた当時の副大統領アル・ゴアは、自分の名前を勝者として読み上げれば良かったではないか。2008年には、ディック・チェイニー副大統領(当時)は、ジョン・マケイン候補を、2016年には、ジョー・バイデン副大統領(当時)は、同じ民主党からのヒラリー・クリントン元国務長官を勝者として読み上げれば良かったのだ。ところが、そういった選挙結果への不正工作は、どの党も行なってこなかった。2020年の選挙において、選挙結果を覆すよう、ペンスへの期待が声に出されている理由は、それだけトランプ政権が腐敗し、法もルールも無視している事に他ならない。

この期に及んでバイデン勝利、バイデン政権の正当性が揺らぐ事はあり得ない。ソーシャルメディアや集会、テレビ等によるトランプ陣営の主張を鵜呑みにする識者は、無知、無責任の極みである。また当然ながら「正当的な選挙結果を以てバイデンが勝利した」と訴える事は、バイデン支持や民主党傾倒を示す事ではない。ジョー・バイデンという政治家やその息子であるハンター・バイデン、カマラ・ハリスという政治家や民主党政策などにどのような不満や不信感があったとしても、バイデンが700万票に及ぶ差を以て勝利した事実とは関係が無いのだ。「民主党支持者ではない保守派、及び共和党支持者であるならばトランプ勝利を疑うな」とでも言うかのような『識者』こそ、自ら信じる政治目的の為には、言って見れば「さらに優れた公共の益の為には、嘘をついても良い」と考えている卑怯な嘘つきである。

リベラル派の政治家であろうが、保守派を自称する政治家であろうが、或いは『識者』であろうが、有権者に嘘をつくという事は、有権者を軽視している証拠に他ならない。政治家や識者の嘘を容認すれば、有権者の為に行なう政治ではなく、有権者の不満を利用する政治手法を認める事となる。有権者の不満、不安、憤りを利用して、彼らが望む願望が真実であるかのように情報を操作する人々は、大衆を騙しているに過ぎない。

明日のジョージア州上院選挙で共和党候補が敗退した場合、その責任の大半はトランプにある。自身の敗北が認められない為に選挙への不信を抱かせるデマと陰謀説を流し続け、「どうせ不正が行なわれるであろうジョージア選挙をボイコットせよ」という陣営のリン・ウッドのような弁護士を野放しにし、民主党に大統領府、上下院議会の全てを引き渡したトランプの責任は重い。

もともとジョージアは保守色が強く、伝統的に共和党が強い。決して激戦州ではないのだ。トランプはアリゾナ州でも敗北したが、アリゾナ州で民主党候補者が勝った例はここ何十年か無い。これらの伝統的保守州で共和党が敗退する理由は、トランプへの嫌悪感とトランプ陣営が植え付ける選挙への不信感が原因にある。トランプやトランプ弁護士の主張を信じるのは、熱心な共和党共和党支持者でしかない。しかし彼らが「この選挙では不正が行なわれ、共和党議員に投票しても民主党議員に票がすり替えられる」と信じるならば、そうした選挙に赴く必要があるだろうか。しかもトランプ弁護士であるリン・ウッドは、「ジョージアから立候補しているデイビッド・パーデューも、ケリー・ローフラーも、トランプ支持が徹底していない。彼らは共和党支持者の票に値しない」と繰り返し主張している。しかもトランプ自身も、選挙における不正工作を主張する為には、パーデューもローフラーも落選した方が良いと考えているという。

Georgia Senate races: Some Republicans think Trump is trying to sabotage GOP, Mike Allen says

共和党がジョージア州で敗北すれば、上院は民主党が多数派となる。バイデン政権やその政策への歯止めは無くなるだろう。

トランプにとっては、それでも良いのだ。ジョージア州における共和党敗北も、自身の主張を捕捉してくれれば、それで満足らしい。私益のみで、国政も国益も全く顧みないトランプが、「国民の為に自身の勝利を訴えている」「ただ真実が知りたいだけ」などカルト信者のような純真さで信じる人々は、騙されたいマゾヒズム的願望でもあるのかと疑う。

政治家や弁護士、言論人らによる「嘘であっても公けの為である」という欺瞞を人々が受け入れれば、結局は払拭できない不信感だけが長く残り、信じるべき情報とそうでない情報の判別が出来ないまま、実際的な問題の解決からは更に遠のくだけだ。

トランプ氏本人を含め、その陣営に於いて不正工作を訴え、選挙結果を覆そうとした輩は、誰であっても政治家としての務めには相応しくない。政治家は憲法を守り、法に則り、自分の権力や野心の為では無く(反対意見を含む)公共の為に尽くさなければならない。共和党が再び法と秩序を重視する「リンカーンの政党」及び保守派の骨頂である「レーガンの政党」と真顔で主張し、受け入れらるまでには、これから長い年月が要求されるだろう。

 
 

『心の部屋』2

 中学生や高校生というのは、小学生時代の無邪気な顔を見せながら、とても残酷になったりする。尤も、小学生の時代にも残酷さを見せる子供もいるのだから一概には言えないのだが、中学、高校の時代のいじめは、それ以前の年齢では見せられない、またそれ以降の年代では社会的に受け入れられないような攻撃性や洗練された陰湿さを見せる。

中学に入って早々、一年生の夏、私は一つ上の学年の先輩たちに呼び出され、いじめを受けた事がある。どういう訳だかロッカー室に呼び出された私は、5人から8人くらいの女の先輩たちに周りを囲まれ、「あんた、F村に、『バーカ』って言ったんでしょ」と言われた。何のことだかサッパリわからない。F村さんという人が誰なのかも知らない。「あんた、言ったでしょ」と責められるので、「言ってない」と答えると、「タメ口聞くんじゃないわよ、先輩に対して」とまた怒鳴られた。『タメ口』というのが何の事だかわからなかったが、先輩というのは一学年違うだけで、こんなに偉いものなのか、ビックリした。第一、F村さんというのは誰なのか、見当もつかなかった。

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                 いわさきちひろ画

授業の間にあった10分間の休みが終わると、次の休みにもまた同じ先輩達がクラスに来て私をロッカー室に呼び出した。どうやらF村さんという人は、彼女たちと同じ学年の女子の一人らしい。何だか大変な事になったと分かるのだが、自分にはF村さんをいう先輩に会った事も無いし、ましてや彼女に対して「バーカ」と呼ぶ筋合いも無い。どうしたら良いのかわからずにただうなだれていると、「ほら、あんた、この子にバーカって言われたんでしょ」と当のF村さんが連れて来られた。色白で茶色がかった、大人しそうな人だった。F村さんという人は、私と目を合わせずに、何か口ごもっていた。彼女も「とんでもない事に巻き込まれた」というかのように戸惑っていた。

そうして次の休み時間も呼び出され、怒鳴られ続けていると、全く別の先輩の一人が現れ、「あなた、べつに、バーカとか言ってないんでしょ? だったら帰って良いわよ」と助け舟を出し、解放してくれた。その後、その助け舟を出してくれた女の先輩が、未だ苛め足りなさそうな顔をしている他の先輩方に良い加減にするように注意をしているのが聞こえた。

一人の女の先輩の介入によって救い出されたのだが、教室に戻っても泣きたくなった。当時、とても仲の良かった友達が「大丈夫?」と慰めてくれたのだが、悲しさも恐怖感も収まらなかった。

何回かに及んでずいぶん怒鳴られた間、私は、その中で一番怒っていた先輩の顔を見つめていた。その人は、くっきりとした二重瞼で、ウエーブのかかった髪、小さな鼻と形の良い口元の、羨ましくなるような、とても可愛らしい顔をしていた。怒鳴っていたのは殆どこの先輩だったので、恐らくリーダー格なのだろう。私は何という人に睨まれる事になったのだろうと考え、途方に暮れてしまった。当時の私は真剣にも、これから5年余り、これらの先輩たちが卒業するまでずっといじめられ続けるのだと考え、悲嘆に暮れてしまった。その後何日か経ち、私は彼女たちの担任の先生に、このイジメについて、相談する事となった。そのいきさつは全く記憶に無い。もしかしたら私はこれについて母に相談し、母から私の担任の先生に話が伝えられたのかもしれないのだが、この部分の記憶がすっかり抜けている。覚えているのは、彼女たちの担任の先生にクラスのアルバムを見せられ、ロッカー室に呼び出し、イジメに関わった先輩方の顔を割り出す指示を受けた事だ。覚えている先輩の顔を指で指すと、彼女たちの担任の先生は、静かにノートにメモをしていった。

彼女たちは後日、担任の先生から注意を受けたのだろう。そうして、そのイジメは、何事も無かったかのように終わってしまった。私は二度と彼女たちに呼び出される事も無かった。「私はいじめられた時に、どうして良いかわからない」と考えたのだが、今になって思えば、先生に報告する事でイジメは止んだのだから、私はその時に恐らく、出来る限りの最善の行動を取ったのではないか。そして、何度か怖い思いもしたが、助け舟を出してくれた先輩がいた事も考えれば、誰も助けてくれる人がいなかった訳でもない。

それでもこの経験は、子供の私にとってとてもショックな出来事で、私はこれから立ち直る事がなかなか出来なかった。むしろ「私はいじめられっ子なのだ」という思いが私を縛り続ける事になる。「あんな風にイジメられるなんて、私はバカで、ダメなんだ」という絶望的な思いが心に圧し掛かり、その重みに溜息が出た。何よりも私にとって悲劇であったのは、イジメのような恐怖の体験からの快復を落ち着いて望める家庭環境ではなかった点だ。母はとにかく私がイジメられたという事を情けなく、恥を感じたようで、弱く、もろく、或いは嫌われるような存在となった私を罵倒し、責め続けた。この悲劇こそが、イジメそのものから受けた傷よりも、もっと私に負の影響を与えたと言える。

実はこの体験にはいくつかの後日談がある。私が通ったのは私立のミッションスクールであったが、何年かして私が教会に通うようになると、同じ教会の学生会にF村さんも参加していた。学校で見かけるF村さんはとても大人しい人で、どちらかと言えば一人でいる事が多かったように記憶しているが、教会でのF村さんは、むしろ楽しい人だった。とてもキレイな声で、うっとりするほど歌が上手だった。またイジメの間は黙っていたが、率先して怒っていた先輩と共に行動していた一人の先輩は、私が社会人となった時に訪れた、ある教会の牧師先生の娘さんだった。学生の間は、いつも怒っているような表情をされていたと覚えていたのだが、教会では普通に親切で、気さくな方だった。

もう一人、一番怒鳴っていて、とても怖かったあの可愛らしい顔の先輩は、お医者さんの娘さんだったのだが、何年も経ち、社会人となってレストランで食事をした時に、ご両親と食事をされようと、たまたま隣の席に着かれた事がある。ご両親と和やかに笑い、楽しそうに食事をされていた彼女は、もはや怖い存在では無かった。彼女も私に気付かれたようだが、私も彼女も、何も言わなかった。私と彼女を繋ぐ学生時代の共通話題はあのイジメの一件だけであり、大人となった時分に「ああ、あの時の…」と言って気まずく、居心地の悪い思いをするのは彼女の方だ。F村さんにしても、牧師令嬢にしても、あの件を持ち出されていれば、バツの悪い思いをされていただろう。

その通り、いじめというものは残酷であり、暴力的であり、イジメられた人々の心を長い間縛る場合がある。しかしそうした言動が社会に出て許される事はない。成人し、社会人としての自覚と責任感を持つ頃に、過去にイジメた側とイジメられた側が対面した場合、気まずい思いを味わうのは、イジメた側である。ただ渦中にある子供には、そうした事実はなかなか見えてこない。その子供に対し、人生の長さ、不思議といった視点を示せるのは、大人の役目だと言える。

『心の部屋』

中学や高校時代の思い出というものは、その人の一生を温かな思いにする場合もある一方、大人になってからもその人を苦しく縛る場合がある。多くの場合、そうした苦しい思い出は、学生時代のごく一時期に起きた出来事であるにも関わらず、その時期の全てを象徴したり、その他全ての出来事を台無しにしてしまうような力を持っているかのようだ。

勿論、学生時代を楽しく、明るく過ごす人々も多いだろう。私の子供、特に末の息子などは、そういった類いの一人である。ところが殆どの人は、一つや二つのイヤな思い出を抱えたり、「高校なんて、人生の最低の時代だな」と苦々しく思い出す事があるようだ。

私の場合を言えば、どの時代の事を考えても、それなりにイヤな思い出を抱え、あまり良い事は思い出せないうちの一人である。今にして思えば、私にはどのように他人と接するかの知恵が欠けていた。親とすれば、社交などは学校という子供の為の社会に出て学ぶものという考えがあったのかもしれないが、それでも親と子との間で、或いは親が他人にどのように接しているかを通して、予めの良い知識を得られていれば、どんなに大きな助けとなっていただろう。ところが私の場合、親が良い模範を与える存在では無かった為、特に洗練された家庭の子女が通う私立の学校に入学すると、本当にどう振る舞って良いか見当もつかなかった。それどころか、自分がどのように振る舞うべきかわかっていなかった事を、大人になって気付いたくらいである。

以下は私の学校時代の思い出を、思いつくまま正確に記録しつつ、現在の自分の視点を書いたものである。

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私の記憶には幼稚園での思い出は殆ど無い。生前、母親から聞かされた話によると、私はどういう訳か、一度幼稚園を変えている。恐らく母の考えか都合によるのだろうが、一番目の幼稚園の記憶は、どうしても思い出せない。二番目の幼稚園での記憶は、バスの運転手さんが優しかった事と、担任の先生が可愛らしい女の先生で、何故かその可愛らしさを「トマトのようだ」と感じた事、幼稚園の旅行で、電車でリンゴ狩りに行き、途中駅の売店で買い物をしていた母親が発車のベルが鳴っても座席に戻って来なかった事、また年中さんのクラスには「バラ組」や「ユリ組」など綺麗な花の名前のクラスがあったのに、年長さんになると、「ヒマワリ1組」「ヒマワリ2組」と、全てがヒマワリ組となってしまった。当時の私には「ヒマワリ」という花が優雅さの欠片も無い、とても大雑把な花に思え、残念に思えた事を覚えている。

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            『子犬と雨の日の子供達』(1967年 ちひろ美術館蔵)

幼稚園から小学校にどのように移ったのかの記憶が曖昧なのだが、小学校に入ると、自分には大人しい性格と大人しくない性格の二つがあると、ぼんやり考えた事がある。二年生くらいの時に「一年生の時には、ずいぶん大人しかったのに、今はおしゃべりが出来るようになった」と何となく不思議に思えたのだ。尤も「大人しい性格」は、どの学年になっても顔を覗かせ、先生が何か言って、その意味が分からなくて困っても質問できず、また自分の気持ちを説明できないといった弊害を生んでしまった。

私の家は同じ小学校に通う家庭の中でも裕福な家として知られ、母もPTAの副会長であった為か、同級生からは「先生に贔屓されている」とからかわれる事があった。ところが実際には、先生方はどなたも優しい方々だったのにもかかわらず、私にとっては怖い存在であった。

小学校時代の思い出として今の私が不可解に考えるのは、なぜか宿題や美術のクラスの作品を提出できない事が多々あった点だ。

美術の先生は、少し年配の男の先生で、とても穏やかな方だった。先生は私の作るものや描く作品を「これは、いいね」などと褒めて下さるのだが、私にはそうした作品を完成させたり、提出する事が出来なかった。時折、先生からそれとなく「この間の作品、きちんと出しなさいね」と注意されるのだが、結局出さずに済ませる事が殆どだった。私は提出を促す先生を恐れ、なるべく先生を避けて時間を過ごしていた。美術の時間でなくても、先生に声をかけられるのが怖くて、遠くから姿を見つけると、隠れたりもした。手先は器用な方であったし、それなりの良い作品も作れた事があるのだから、なぜ作品を完成させ、提出できなかったのだろう。

またどういう訳だか、洋服の胸元に付けるべき名札や宿題を忘れる事が多々あった。うっかりしていて忘れたのかどうかもハッキリしない。ただ名札の提示や、宿題を答え合わせる時には恥かしさと恐怖感で一杯になっていた事を覚えている。同級生からは「先生に贔屓されている」とからかわれながらも、私にとっては不安感と戸惑いで一杯の時間を過ごす事が多かったのだ。そこまで恥かしい経験をしたのだから、忘れ物が減るかと思えば、そうではない。次の日には、昨日の恐怖など全く経験しなかったかのように、新たな忘れ物をしているのだ。

また小学校時代の思い出として、私はとても不安を感じる子供だった事があげられる。今思い出しても説明の仕様が無いのだが、私の不安感は、給食を準備する時に校内のスピーカーを通して流れてくる「手を洗おう」という歌によって更に煽られた事を覚えている。なぜだか私は給食の時間に泣きたい思いを抱えていた。その衝動を必死で堪えている時に明るく大きな音で流れる音楽が、治っていない傷口に荒々しくまとわりつく動物のように感じられたのだ。私にはなぜ給食の時間が怖かったのか、思い出せない。ただ『手を洗おう』を思い起こす度に、当時感じた、言いようのない不安感がよみがえるのだ。

小学校時代の自分にはそれなりに友達もいたし、成績も良い方であった事を考えれば、何を恐怖に感じ、何に怯えていたのか、説明するのが難しい。ただ、忘れ物が多かっただけではなく、宿題や作品を完成させたり提出させる事が出来なかった事を併せて考えた場合、私は当時、何かの思いで一杯になっており、体はそこに在っても心はそこに在らずだったのではないかと推測する。

こうした学校に関する記憶と関連して、小学校の時代の思い出として、一部分ではあるが鮮明に残っている記憶がある。

ある夏の朝、父の乗っていたバイクの後ろに座っていた弟が、バイク後部マフラーの隙間に足首を挟まれ「熱いー!」という大きな叫び声をあげた事がある。父はバイクを急遽止め、バイク前部に座っていた私は急いで降りた。弟を見ると、弟の足首の皮膚がドロドロに溶け、弟は泣き叫んでいた。私は恐怖で一杯になり叫び声をあげてその場から逃げた。逃げながら「私はこの世界から遠くまで逃げる。これ(弟のケガ)が起こっていない世界にまで逃げて行く」というようなことを必死で考えていた。そしてその後の記憶がスッポリかけてしまっている。私はどのように家に帰ったのだろう。弟は病院に行ったのだろうが、どのように病院に行ったのか、救急車を呼んだのか、父が運転して連れて行ったのか、全く覚えていない。それが起きた場所も、弟の叫び声も覚えていながら、その後の出来事をキレイに忘れている点を考えると、私は一定以上の酷い記憶や経験というものを、随時『今は考えない部屋』という『心の部屋』に、無意識のまま閉じ込めてしまい、その扉を固く閉じてしまってきたのではないだろうか。記憶がスッポリ抜けてしまうような経験は、私の場合それ以降、大人になっても続く。そうした経験の起きた場所や、誰がその場にいたかなどは思い出せても、その直前、直後、何があったのか全く思い出せないのだ。

高校の頃のある日、自分の心の中に、その部屋の存在が意識された事がある。「自分の心のどこかには部屋があり、一定以上のイヤな事がそこに閉じ込められている。私はそこには絶対に近寄ってはいけない」という漠然とした思いだ。私はその時々の自分にとって耐え難い一定以上の経験をその部屋に閉じ込め、「無かった事」にしてきてしまったのだ。そして「無かった事」にされたそれらの経験やそれから来る感情は、時折、私の防衛能力が最も無防備である睡眠時に悪夢として現れ、現在の私が苛まされているのだ。

私は専門的に学んだセラピストでも心理学者でも無いので、こうした経験にどのように対処するべきか、権威を以て他者に助言できる立場ではない。しかしながら自分の経験として考えた場合、トラウマとなるような過去の経験だけでなく、幼少期や学生時代のイヤな体験は、忘れるように努力するよりも、大人として思い出してあげる必要があるのではないかと思う。「イヤなことは忘れて前進しよう」で済ませられるのなら、それで良いかもしれないが、夢にまで見たり、後味の悪さを感じるような経験は、前進する事でそのひどい体験を生き抜いた大人として、思い出し、感じ、言葉にした方が、その時の自分の救いや癒しに繋がるのではないかと思える。

そうした事を考えながら、次回は中学生時代の事などを綴ってみたいと思う。

大統領選挙:証拠の無い陰謀論を流布する人々

11月3日の大統領選挙において、トランプ現大統領がバイデン元副大統領に敗北して一か月が経過した。自身の敗北を認めないトランプ大統領とその選挙陣営は、40を超す訴訟を激戦区の州に次々と起こしたが、ペンシルバニア州で起きた100票以下を争う(*)訴訟を除いて、その全てが裁判所により棄却されたり、或いは陣営によって取り下げられている。(*この訴訟は、身分証明を伴わず投票しようとた人々に、3日の投票期間延長を与える権限が州務長官にあるかを争った訴えである。身分証明を示さず投票しようとした人々は、同州内で100人に満たないと見られている。)

11月12日には、米国政府内のCISA(サイバーセキュリティー・アンド・インフラストラクチャー・セキュリティー・エージェンシー)が2020年の大統領選挙について、「アメリカの歴史上、最も安全公正の確保された選挙であった」と公式声明を発表し、12月1日には、トランプ政権のウイリアム・バー司法庁長官がAPのインタビューに答える形で、2020年の選挙について「選挙結果を覆すような不正工作は無かった」と述べている。

https://www.cisa.gov/news/2020/11/12/joint-statement-elections-infrastructure-government-coordinating-council-election

https://time.com/5911518/2020-election-most-secure-history/

https://apnews.com/article/barr-no-widespread-election-fraud-b1f1488796c9a98c4b1a9061a6c7f49d

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     選挙結果が覆った証拠は無いと答えるウイリアム・バー司法庁長官

ジョージ・W・ブッシュ元大統領や、その弟のジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事、2012年には共和党大統領候補であったミット・ロムニー上院議員やスーザン・コリンズ上院議員、ベン・サッシー上院議員や、マサチューセッツのチャーリー・ベーカー州知事、ヴァ―モントのフィル・スコット州知事、ユタのスペンサー・コックス州知事、またトランプ政権では国家安全保障問題担当補佐官を務めたジョン・ボルトン元国連大使など、錚々たる共和党政治家の面々がバイデン次期大統領に祝意を表し、トランプ勝利を主張して止まないトランプ陣営と立場を異にするのは、選挙結果の如何が、共和党対民主党、或いは保守派対リベラル派といった政治趣向とは関係が無いからだ。

https://www.forbes.com/sites/andrewsolender/2020/11/23/these-are-the-republicans-who-have-acknowledged-bidens-victory/?sh=39607cf1597d

トランプ弁護団も訴えていない「組織的不正工作」

「不正工作によって選挙結果が盗まれた」などという主張には、証拠が全く無い。実際に注意深く読めば、トランプ弁護士団はどの法廷においても「不正工作」を訴えていない。むしろ「不正工作は無かった」と同意しているのだ。トランプ陣営のコーリー・ランゴーファー弁護士はアリゾナ州マリコパの法廷において、「我々はこの訴訟で、不正工作を訴えているのではありません。我々は誰それが選挙を盗んだ等と主張しているのでもありません。我々は、混乱の中、悪意の無い誤りが発生し、いくつかの票が数えられない不公平があったかもしれない事を問うているのです」と述べている。またペンシルバニア州の法廷では「不正行為、及び不正工作が行われた証拠は無い」と、文書に署名している。

https://www.wsj.com/articles/trump-cries-election-fraud-in-court-his-lawyers-dont-11605271267

https://lawandcrime.com/2020-election/trump-campaign-attorneys-admit-there-is-no-evidence-of-any-fraud-in-connection-with-challenged-ballots-in-bucks-county-pa/

https://www.washingtonpost.com/politics/2020/11/19/trumps-own-lawyers-keep-undermining-his-voter-fraud-claims/

ツイッターや記者会見、インタビューで何を主張しようと偽証罪に問われることは無い。宣誓の上での主張ではないからだ。ところが宣誓をした後の発言に虚偽があれば、偽証罪に問われる。トランプ陣営が言葉の使い分けをしている事を無視し、法廷での発言よりもソーシャルメディアでの主張を鵜呑みにするような人々は、真実について興味を持っているとは言い難い。こういった人々は、法律や政治について語らない方が良いのではないだろうか。

さて、不正を訴えるトランプ陣営への反論として特に注目を浴びたのが、ペンシルバニア州の裁判所が下した、トランプ陣営によるバイデン勝利を取り消す要求への判決だ。この訴訟は、11月21日土曜日朝、ペンシルバニア中部地区連邦裁判所のマシュー・ブラン連邦判事によって『最終的(With Prejudice)』に退けられている。英語の判決文は『With Prejudice』という言葉を使っているが、多種の英語圏メディアの日本語訳では、何故かこれを「偏見を以て」と訳している。Prejudiceの意味として「偏見」という役が最も頻繁に使われているからだろうが、判決などに用いられる法的用語の意味として、With Prejudiceは、「最終的に」と訳されるのが正しい。裁判においては、原告側の訴えを却下する場合でもDismissal Without Prejudiceの場合は、同じ問題について再び訴えを起こす事ができる。これに対しDismissal With Prejudiceの場合は、「同問題について同じ訴えを再び起こす事を禁じる」と意味する。日本語では「既判力」すなわち、『前の確定裁判でその目的とした事項に関する判断につき、当事者は後の裁判で別途争うことができず、別の裁判所も前の裁判の判断内容に拘束されるという効力』と言われる。但しこれは必ずしも控訴を禁ずるものではない。控訴の場合でも、同じ訴訟内容を新たに訴え直す事は出来ない。

実際にトランプ陣営は、日曜にフィラデルフィア第三巡回控訴裁判所に上告をしているが、控訴内容は、先にペンシルバニア中部地区連邦裁判所に提出した「開票所の職員らが、主にバイデンへの不正票と見られる郵送票を加算する為に、オブザーバー達を排除した」という訴えの訂正受理を要求しているだけだ。

陰謀説を流布する人々

ブラン判事の判決は、「原告側は(700万人近い有権者からの票を無効かする)法的根拠を示す事が出来なかった」とし、陣営の主張は「論拠に乏しく推測にすぎない」「フランケンシュタインの怪物のように、適当に(部分部分を)つなぎ合わせたものである」と厳しい。

ブラン判事の言うように、部分部分をつなぎ合わせ作られる怪物は、何もフランケンシュタインだけではない。陰謀説と呼ばれる説は、大抵、都合の良い事実の一部を憶測でもってつなぎ合わせたものに過ぎない。

2020年の大統領選挙の結果が民主党による共謀工作によって覆されたという主張は、敗北を認められないトランプ氏の流す、悪質な陰謀説でしかない。そして敗北した場合トランプ氏がこのように反応する事は、選挙前から多くの人々によって予測されていた。トランプ氏が立候補を表明してから今まで、選挙は一つしかなかった訳では無い。トランプ氏は、自身がテッド・クルーズ上院議員に敗れた2015年の共和党アイオア州予備選挙でも「不正工作によって選挙が盗まれた」と主張し、票の数え直しを主張していた。2016年の大統領選挙においては選挙人投票によって当選したものの、一般票において約300万票ヒラリー・クリントン元国務長官に敗れた事を受けいれられず、選挙が工作されたと今に至るまで繰り返し主張してきたのだ。

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トランプ陣営による「民主党によって選挙が盗まれた」という主張は、11月19日にはシドニー・パウエル弁護士によって「ヴェネズエラのウゴ・チャヴェス(2013年に死去)、キューバや恐らく中国など共産主義の資金と、ドミニオン投票機の操作によって選挙結果が何百万とトランプ大統領からバイデン氏へ盗まれたという、更に大掛かりな国際的陰謀論に変わっていく。しかもパウエルは、共和党州知事や州務長官を含む全米何千もの公務員らがトランプ票をバイデン票に変える計画に関わり、実行したと主張する。勿論、主張だけで何の証拠も提示していない。ドミニオンのCEOは「ドミニオンはカナダと米国に拠点を構える会社であり、キューバや共産圏の選挙にかかわった事はない」と声明を発表している。名誉棄損の訴訟も視野に入れているのだろう。

https://www.wsj.com/articles/fake-claims-about-dominion-voting-systems-do-real-damage-11606755399

https://www.washingtonpost.com/investigations/sidney-powell-trump-kraken-lawsuit/2020/11/28/344d0b12-2e78-11eb-96c2-aac3f162215d_story.html

https://reason.com/2020/11/23/was-sidney-powells-conspiracy-theory-too-crazy-even-for-donald-trump/

こうした陰謀論には、さすがにトランプ氏に近いフォックス・ニュースのタッカー・カールソンなども「証拠が無い」とし、クリス・クリスティー元ニュージャージー州知事に至っては11月22日にトランプ弁護団の主張を「国家の恥さらし」と厳しく批判した。同日、元ニューヨーク市長で、トランプ氏の私的弁護士を務めるルディー・ジリアーニとジェナ・エリス弁護士は共同声明で「パウエル弁護士はトランプ弁護団の一員ではない」と発表する。(パウエル弁護士が弁護団の一因である事はトランプ氏本人が11月14日にツイートをしていた。但しパウエル弁護士を切る事で、これらの「狂っている」と揶揄される陰謀説からトランプ陣営が距離を置いたとは言い難い。ジリアーニ本人が同様の陰謀説を繰り返しているからだ。

https://www.newsweek.com/giuliani-claims-allies-venezuelan-government-manipulated-ballots-latest-push-overturn-election-1548823

パウエル弁護士と、トランプ派の弁護士としてジョージア州を訴えたリン・ウッド弁護士は、共にジョージア州の上院選挙をボイコットするよう、共和党支持者らに訴えている。ウッド弁護士は証拠を提示する事無くトランプ氏が7割の得票で当選したと主張し、ジョージア州選出の共和党上院議員候補2名が同州選挙結果への正式捜査を要求しないならば、選挙資金の寄付や彼らへの投票をするべきではないと共和党支持者らに呼び掛けているが、この2議員が落選すれば、上院は民主党が多数派政党となる。こうした行き過ぎに、スティーブ・バノンがCEOであったブレイトバート誌なども「ウッド弁護士は民主党への寄付や投票を何十年も続けてきた」と、ウッド弁護士が隠れた民主党支持者であるかのような批判をしている。

https://www.thedailybeast.com/trumpist-lawyers-lin-wood-tell-georgia-republicans-dont-vote-in-the-senate-runoff

https://www.breitbart.com/politics/2020/12/02/records-lin-wood-decades-voted-donated-democrats-including-barack-obama-david-perdues-2014-opponent/

https://www.politico.com/amp/news/magazine/2020/12/02/the-conspiracy-theory-that-could-hand-joe-biden-the-senate-442415?__twitter_impression=true&fbclid=IwAR0G99Gg_8KedaUpfcOyOksuK4ZulqEngV8tM9J4UAV1LQK3Rya4Iea96JM

またパウエル弁護士がミシガン州を相手取った訴訟で、不正の目撃者として採用した証言者は「ミシガン州のエディソン郡で不審な工作を目撃した」と証言しているが、ミシガン州にエディソン郡という郡は存在しない。不審であるのは証言者の方である。また同州を相手取った訴訟でジリアーニ弁護士が採用した不正行為の証言者は、泥酔状態にある為か呂律が回らず、ジリアーニ弁護士の阻止も無視して、質問しようとする共和党州議員に対して食って掛かっている。(本人は泥酔状態で無かったと否定)ちなみにこの証言者は2918年にコンピューター犯罪を犯したとして2019年9月から一年間の保護観察処分にあった。呂律の回らない元犯罪者による「3万票余りの誤りを見た」「死んだ人が投票した」という証言を、どこまで信じる事が出来るだろう。

https://twitter.com/NumbersMuncher/status/1334338794502451200?s=20

https://www.dailymail.co.uk/news/article-9015555/I-WASNT-drunk-Rudy-told-shush-says-star-witness-Trumps-voter-fraud-claim.html?ito=social-twitter_dailymailus

トランプ氏の当選を信じ、組織的不正工作を主張する人々は、「ドミニオン投票機」や「共産主義者の陰謀」云々だけではなく、一つの陰謀説が論破されると、反省を見せる事なしに、別の陰謀説を主張し始める。トランプ自身はジョージア州において署名と投票用封筒の一致確認がなされていなかったと主張するが、ジョージア州では署名と封筒の一致確認は二度なされてから計算される。またペンシルバニア州では、申請された不在票用紙の数(約190万)よりも、数えられた不在票(250万)の方が多かったという主張がトランプ氏らによって広められているが、これは6月に行なわれたプライマリーと呼ばれる予備選挙での不在票用紙の申請数と、大統領本選での不在票を混同しているからだ。予備選での不在票申請は約190万あり、返却され計算された投票数は約150万票ある。250万票とは、本選での300万票分の不在票申請に対して、返却され、計算された数である。

https://www.usatoday.com/story/news/factcheck/2020/11/28/fact-check-pennsylvania-ballot-claim-mixes-primary-general-election-data/6450032002/

https://www.electionreturns.pa.gov/

またミシガン州やウイスコンシン州などの複数の州において、不在投票用紙申請当日に、多くの不在投票用紙が返却された事を不審がる「陰謀論者」がいるが、これは郡の投票所に赴き、不在者投票用紙を申請する場合、投票所内の部屋で書き込み、投票する事を勧められるからだ。実際、私もそのように投票した一人である。

これら一つ一つの不正説(?)は、少し調べれば自分で得られる簡単な情報ですら自分で調べず、政治的に敵対するグループによる不正工作の噂であったら何でも信じたい陰謀論者によって、自省する事無く、次々に広められている。繰り返すが、トランプ弁護団は、法廷に対して、選挙結果が変わるような不正工作の証拠が無い事を認めているのだ。

呆れた事に日本ではジャーナリストを自称する有本香氏や百田尚樹のような言論人ですら、ジリアーニ弁護士による法廷闘争でもってトランプ氏の逆転勝ちの可能性があるように書くのだから、よほどトランプ勝利という願望が先に立っているか、トランプ陣営が法廷で何を主張しているか知らないのだろう。こうした事実関係への知識は、トランプ支持をするかバイデン支持をするかといった、個人の政治趣向とは関係が無い筈だ。国際投資アナリストの大原浩氏に至っては、2000年に、フロリダ州一州で1000票の行方を争ったブッシュ・ゴア両陣営の例を持ち出して、未だ勝敗が決まっていないかのような書き方をするが、バイデン氏とトランプ氏の得票の差は各州合わせ、およそ700万票に上る。12月14日の選挙人投票での正式決定をもって次期大統領が決まる事は事実であるが、一般票700万票の差と選挙登録人307人獲得という選挙結果を覆す事は『バナナ共和国』でもない限り、起こり得ないのだ。

https://www.zakzak.co.jp/soc/news/201113/for2011130003-n1.html

https://news.yahoo.co.jp/articles/00533644aa225eb53930e6d7a0c99e2cbca08055

トランプ弁護団の陳腐な主張や言動を注視すると、弁護士らが真に民主主義の為に戦っているとは考えにくいのが本当だ。彼らにはトランプ陣営によって日当200万円当たりの弁護士料が支払われているが、全てが金銭報酬の為では無いにしても、法廷では主張しない「不正工作の証拠」を、彼らが心底信じているとは思えないのだ。2016年3月には「私は、呆れるほど非論理で、矛盾していて、あからさまに愚かなトランプ支持への反論の為に、一日費やす事もできる。でもハッキリさせておくけれど、トランプ支持者らは、事実や論理なんてどうでも良いの。真実を求めている訳でもないの。トランプが誰かをニューヨーク市の真ん中で射殺したって、彼らは支持し続けるのだから。真実を求める人々よりも、ナルシシストが多い事に、この国がここまでひどくなってしまった原因があるの」と自身のフェイスブックに記していたジェナ・エリス弁護士だが、この投稿をそのまま鵜呑みに出来ないにしても、「不正工作によって選挙結果が覆った証拠がある」とメディアに向けて主張し、その主張に真実があるならば、証拠を裁判所に提出するべきだろう。

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「トランプ支持者は真実を求めていない」とトランプ支持者の非論理性を批判するエリス弁護士のフェイスブック記事

https://www.facebook.com/JennaEllisEsq45/posts/1672485549670699

尤も、自分が勝利しなかった選挙は全て「盗まれた」選挙だと主張し、特に選挙結果の開きが少ない場合にはやり直しを求め、自身が勝利するまでその選挙結果の正当性を認めない「目的の為には手段を選ばない」トランプ氏の言動こそ、トランプ支持者たちがトランプ氏に求める『強さ』なのかもしれない。トランプ氏と彼の支持者の間にある繋がりの強さにあやかろうと、以前はトランプ氏を詐欺師として批判をしていたテッド・クルーズ共和党議員らが、民主主義への攻撃を止めないトランプ陣営への批判を控え、賛同している姿は、あまりにも浅ましい。

多くの職員とオブザーバーが関わり、不正が無いよう何重にもわたるチェックがなされるアメリカの選挙システムには、選挙結果が覆る程のレベルの工作など起こり得ない。こうした既存のシステムへの信頼の欠如は、却って人々を、あり得ない陰謀説へと靡かせてしまう。

政治工作としての陰謀説

人類の歴史の多くは、予期しなかったミステークによって計画が変えられたり、偶然によって流れが決定されてきた。ところが、陰謀説を信じる人々は、そうしたミステーや偶然の存在を認めず、歴史が常に計画された陰謀によって作られてきたと信じる。陰謀論者らは、結果と都合の良い部分部分の事実をつなぎ合わせ、大掛かりなストーリーを構成する。ストーリにとって都合の悪い事実は省略されるのだ。こうして作られた陰謀説は、「JFKの暗殺はCIA、FBI、マフィアや政治家が共謀して行ない、リー・ハーヴェイ・オズワルドは捨て駒に過ぎない」「世界の指導層が属する秘密結社によってグローバル政治が運営されている」「月面着陸はステージされた偽映像である」「911は米国の自作自演である」や、はたまた「トカゲ人間が陰の政府を運営している」まで限りない。このような陰謀説を信じる事によって、「多くの人は騙されているが、自分を含めた少数だけが、隠された真実を知っている」という満足感を得易いのだろう。

大人でも、このような陰謀説の少なくとも一つを信じている人は多いのだが、興味深い事に、その人の政治趣向は陰謀説にも影響を与えるようだ。ジョージ・W・ブッシュ大統領によって世界貿易センターは爆破されたという陰謀説を信じる人々が左派に多い一方、オバマ前大統領の出生証明には不正工作がなされており、彼はアメリカ人ではないという陰謀説を信じる人々は圧倒的に右派に多い。こうした陰謀説は、むしろ政治的対極にある人々を貶める目的で流布される側面があると言えるだろう。

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2020年の大統領選挙の公正を発表したCISAディレクターのクリストファー・クレブス(当時)

https://www.bbc.com/news/world-47144738

https://www.businessinsider.com/psychologist-explains-why-people-believe-conspiracy-theories-during-uncertain-times-2020-4

2020年の選挙は、盗まれてはいない。不正工作によって選挙結果が覆った証拠は、トランプ陣営の弁護団も出していない。敗北を認めないトランプ氏の主張は、傷付いたエゴの為なのか、自身の政治的求心力保持の為なのか、或いは民主党次期政権への妨害の為なのかはっきりとはわからないが、アメリカという国にとっての攻撃である。「真実を求める人々よりも、ナルシシストが多い事に、この国がここまでひどくなってしまった原因がある」のは本当だろう。しかしながら真の愛国者ならば、己の利益やエゴ、政治的動機の為に、国のシステムへの不必要な不信感を強める行為には加担しない筈だ。                    

却って、選挙の公正を発表した為に職を追われ、トランプ再選委員会のジョー・ディジェノヴァ弁護士から「死刑にされるべきだ」と名指し非難されたクリストファー・クレブス元CISAディレクターや、クレブス元長官への脅迫や暴力への停止を求めたマシュー・トラヴァス元CISA副ディレクター(辞任)、選挙結果認証を発行したジョージアのブラッド・ラフェンスパーガー州務長官らのような、共和党支持者でありながらも自らの政治趣向によらず、また脅迫に屈する事無く、ただ民意に従った人々によって、アメリカの民主主義は辛うじて守られていると言える。

https://thehill.com/policy/cybersecurity/528251-former-cyber-official-condemns-trump-attorney-for-threats-against-krebs

https://www.usatoday.com/story/opinion/voices/2020/11/25/georgia-secretary-of-state-election-integrity-2020-column/6407586002/