2020年大統領選挙 : 左派の広める陰謀論

2020年の大統領選挙において、陰謀説を垂れ流すのは、敗北を認められないトランプ氏とその支持者だけだと考えていたが、左派も負けじと陰謀説を流していたようだ。https://www.newsweekjapan.jp/amp/pakkun/2020/11/post-59.php?page=1

この記事を書いた「パックン」なる人物は、まず2000年のブッシュ/ゴア陣営による争いが共和党に雇われた活動家によって再集計作業が中止に追い込まれたと主張するが、(再)集計という重要な作業を止めたのは「異なる郡で異なる計数基準を用いる事は憲法の平等保護条項に違反する」という最高裁判事9人中7人の判断による。7対2の多数による匿名意見の中で、フロリダ州最高裁の命じた投票の数え直しの方法は、アメリカ合衆国憲法修正第14条の平等保護条項に違反すると判示した。5人中4人の判事は、フロリダ州によって設定された期限内には、代わりの手段をとることは不可能であると判示が示されている。またフロリダ州のキャサリン・ハリス州務長官がブッシュ州知事(当時)及び大統領候補の選挙対策フロリダ共同委員長であった事は「不思議なこと」ではない。ブッシュ・キャンペーンの選挙対策委員会の共同委員長とは肩書き職であり、更に重要な任務は選挙中法が破られていないか監視し、選挙証明を行う事にある。ハリス州務長官が、党利ではなくフロリダ州の法に則って再集計中止を宣言した事は、1989年の州務長官選挙において対立候補であったサンドラ・モーサムが認めている。

しかもこの記事は、

共和党はブッシュ対ゴアの経験から、ある作戦に目覚めたようだ。例の機械トラブルは主にフロリダの都市部の投票所で起きたため、都市部に集中する民主党支持者の票がいくらか少なくカウントされたもよう。後々、「あっ、あれは偶然だが、同じことを人工的に再現できたら僕らに有利だ!」と、火山の下の秘密基地の中で白い猫をなでながらひらめいたと、僕は妄想する。

と書くのだが、ご本人も認められているように、妄想の域を過ぎない。実際、2008年には民主党のオバマ大統領が共和党の故ジョン・マケイン上院議員を相手に当選し、2012年にもオバマ大統領はミット・ロムニー元マサチューセッツ州知事(当時)を相手に再選を果たしているではないか。

次にこの記事は「投票抑制策」を取り上げて、特に都市部やマイノリティーへの組織的投票妨害が行なわれたと主張する。

分かりやすいのは、一方的な有権者登録の削除。された人は再登録しない限り投票ができない。実は例のフロリダ州務長官も2000年にやっていたが、今もよく見る手だ。例えば、ウィスコンシン州は昨年20万人以上の登録削除を発表したが、その多くは民主党支持者の多い地域に住む人で、黒人が白人の倍ほどの確率で削除対象となっていた。同じようなことが今年だけでペンシルベニア、ノースカロライナ、オハイオ、ジョージアなどでも問題になっている。これらの州の共通点は? はい、激戦州だ。ちょっとの差だけでも選挙結果が変わり得るところ。 

「投票抑制策」は、有権者登録名簿からの名前の削除だが、これは選挙権が取り上げられている犯罪者らを有権者名簿のリストから省く政策である。有権者名簿のリストの見直しが頻繁に必要である事は、既に死亡した有権者に誤って投票用紙など郵送されたり、選挙法違反となる違法行為が行なわれないようにする為でもある。但しこの策によって犯罪者ではない、無実の有権者がリストから外された例があるが、これらは同姓同名などによる誤り、或いは単なる誤作業による。この策が黒人からの選挙権剥奪が目的であったという証拠が無い事は、州の記録、職員の内部emailや証言等が示している。黒人の中に選挙権を剥奪された人が多かった理由は、彼らが選挙権を剥奪された犯罪者だったことが原因にある。

この人物が「マイノリティーをターゲットにしている」証拠として挙げる「投票抑制策」が行なわれないとすれば、違法投票を放置する事になる。激戦区の州を挙げて「ちょっとの差だけでも選挙結果が変わり得るところ」とするが、ちょっとの差だけでも選挙結果が変わる場所であればあるほど、不法投票は取り締まりを厳しくするべきだろう。共和党支持者の中で「死んだ人々にも投票用紙が郵送され、不法投票がなされている」「多くの犯罪者が投票をしている」という陰謀説を唱える人々がいるが、そうした事例があったとすれば、それは「投票抑制策」が不完全であった場合である。民主党支持者が、トランプ陣営や共和党支持者による「不法投票があった」という陰謀説を否定したければ、「投票抑制策は黒人やマイノリティーをターゲットとしている」という自分たちの側の陰謀説を棄て去り、「投票抑制策」を評価するべきだろう。「不法投票」は無いと言いながら不法投票を放置する二枚舌は許されないのだ。

さらに続けてこの記事は、投票日が火曜日である事を以て「投票日は例年平日。仕事を休んで長時間並べない黒人の多くは日曜日に期日前投票をしていたが、オハイオやフロリダなどは日曜日の投票もなくした。隙がない!」とするが、仕事を休んで長時間並べないのは白人もアジア人もヒスパニック系も同様だ。だからこそ郵送による投票を行なう人々が多いのだろう。因みに投票日が火曜日である事は、1845年米国議会が11月の始めの月曜日の翌日を投票日と決めて以来の伝統である。その当時は女性や黒人には選挙権が与えられていなかった。選挙権が与えられていない黒人をターゲットにする為に、「選挙は火曜日」と設定されたはずが無い。https://www.history.com/news/why-is-election-day-a-tuesday-in-november

 

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しかもこの記事は、運転免許証等、写真付きの身分証明証の提示義務付けを以て「共和党員に多い、田舎の人、軍人、銃を持つ人などは早く、簡単に投票できるが、民主党員に多い都市部の人、有色人種、貧困層や若者は、投票へのハードルが毎年高くなる」とする。アメリカではアルコールを買う場合でも、運転免許証などの身分証明証の提示を義務付けている。共和党支持者に言わせると「身分証明証の提示も義務付けずに投票できるシステムが、不法投票を放置している」となるのだが、この記事は逆に「身分証明証の提示は、黒人やマイノリティー、民主党支持者をターゲットとした投票妨害だ」と主張しているのだ。この点も「投票抑制策」議論と同様、不法投票を取り締まる為の『身分証明証の提示義務付け』が、共和党支持者の考えでは充分になされておらず、その為に「不法投票が放置されている」という陰謀説の温床となり、逆にこの記事を書いた人物のような左派からは「マイノリティーをターゲットとした投票の妨害が組織的になされている」という陰謀説を産んでいる。共和党支持者による「不法投票によって選挙結果が変えられている」という陰謀説を打破する為には、民主党支持者らは、身分証明提示の義務付けが徹底されるように協力するべきではないか。繰り返すが、アルコールを買う時でも身分証明証は必要である。国政選挙に参加する際に、身分証明が無くても参政できるようにしなければ「人種差別、投票妨害だ」とは余りにも虫が良すぎる。こうした左派があってこその右派の疑心暗鬼があるのだ。

また待ち時間、コロナウイルスなどの問題点を挙げて「だから黒人などマイノリティーをターゲットとした投票妨害」説を広げても、これらの問題が郵送による投票を阻んでいない事は明らかだ。この記事も、「事前調査で共和党支持者は民主党支持者の約2.5倍の割合で投票日に投票所に行くと答えている。それに対し、民主党員は圧倒的な割合で郵便投票を好んでいたと認めている。

また「ということで、共和党の州政府は郵便投票のハードルも上げる。投票日前に投函しても投票日以降に届いた郵便投票は無効にする」と続けるが、これは事実ではない。例えばペンシルヴァニア州の知事と州上院議長は民主党議員であるが、下院議長は共和党員である。同州では投票日の後届いた郵送票であっても3日以内であれば数えられている。またミシガン州では、知事、州上院議長は民主党議員であり、州下院議長は共和党議員であるが、同州では投票日以降に届いた郵送票は数えられないと州の控訴裁によって決められている。郵送票の開票に期限が設けられている理由は、期限を設定しなければいつまでも選挙が終結しないからだ。マイノリティーを狙った投票妨害でがない。

またこの記事は、ビックリするような主張をする。

郵送で間に合わない場合、投票箱に票を入れてもいいが、テキサス州知事は投票箱を郡に1つだけ設置することにした。テキサスの一番大きな郡は、東京23区の倍ぐらいの面積。だが、東京のように公共交通手段は発達していない。街は東西にも南北にも広いが、東西線も南北線もない。

あたかもテキサス州では、郵送によるか、或いは州に一つしかない投票箱に投票するかしかない印象を与える文章だが、テキサス州の投票所は、州内254の郡内の何か所にもある。投票箱は一つしかなくても投票所は何百カ所にもあるのだ。

https://www.votetexas.gov/mobile/voting/where.htm

 

この記事は、その後、トランプ氏の言った事や、その陣営が起こした裁判によって選挙結果が覆される可能性を示唆している。この自信、或いは不安感は、トランプ陣営の弁護団よりも、トランプ陣営の主張の正当性を信頼しているかのようにも見える。残念ながら、トランプ陣営の弁護団は、裁判で結論が変わる程の証拠を全く提出していない。

つまり、今回も大統領を決めるのは、トランプに投票した約7100万人ではなく、バイデンに投票した約7500万人でもなく、抑制策に引っ掛かった無数の人でもなく、数人の最高裁判事になる可能性がある。

と、最高裁判事らが民意に反した判決を出すと述べるのだが、その根拠は、この記事が先に上げたフロリダ州のブッシュ・ゴア対決なのかもしれない。しかし今回の大統領選挙は1000票余りを争った選挙とは違う。実に複数の州、郡にまたがり、約500万票の開きのある選挙なのである。「でも、判事の責任より、卑怯な戦い方をする政党や政治家の責任が大きいと感じる。民意に訴える議論で勝てないなら、選挙で勝つ! 選挙で勝てないなら、裁判で勝つ!」とするが、「民意に訴える議論で勝てないなら、選挙で勝つ」とは、どういう意味だろう。民意とは、運動やメディアや、デモなどによって測られるものではなく、選挙によって測られるべきものだ。「選挙で勝てないなら、裁判で勝つ!」といっても、裁判はあくまで事実関係、証拠を吟味し、法によって裁く。民主主義法治国家とはそういうものだ。

この記事の唯一興味深い点は、トランプ支持の陰謀論者と同様の陰謀論を、真逆の立場から信主張しているところだろう。極右も極左も、そのメンタリティーに大差は無い。陰謀説を捲し立て、恐怖感を煽り、要はアメリカの民主主義、選挙の正当性、またシステムそのものを疑う人々を量産しようとしているに過ぎない。こうしたプロパガンダ、陰謀説の流布は、自分たちの支持する側が敗北する時に、その結果を受けいれない人々を量産する為に役立つ。

因みに陰謀論者というものは、右であろうと左であろうと、論破や説明で納得するような人々ではない。彼らは国家システムに対する不信感を抱えた人々であり、彼らの主張の誤りを事実や論理で指摘しても、次から次へと別の陰謀説を持ち出してくるだけだ。こうした人々は、過激なニヒリズムにこそ真実があると信じているのだろう。

本来ならば避ける陰謀説への反論を、大統領選挙に関しては書いてみた。