ヘイトスピーチと「日本らしさ」の限界

最近私は、知日派のアメリカ人と議論を交わすことが多い。

勿論、アメリカ人と言っても様々な考えがあり、ナショナリストや保守派から始まって、左翼、リベラル派まであるのだが、一致しているのは、「日本の評判は、中韓の流すヘイトスピーチやプロパガンダではなく、現在の日本人の言動によって落とされている」という点だ。

アメリカ人の中には現在日本の政治事情に詳しい人もおり、一部『ネットウヨ』の主張を目にする事も多いようだが、自称人権派でなくても、人権に関する概念の育った環境で暮らした事のある人間にとって、「~人を殺せ」等というあからさまなへイトスピーチや、「韓国人を見たら泥棒を見たと思え」等の表現が、殆ど批判される事なく一部保守派の間で横行している現状は、日本在住の日本人が考えるよりも遥かに悪印象を与える。

あるアメリカ人は、ソーシャルメディアが発達した現在、フェイスブック上の議論によってファナティックな日本人のヘイトスピーチに接し、慰安婦問題において中国人学者の流すプロパガンダをすっかり信じてしまうようになった。彼の信じ込んだ誤解を解くには、こうしたヘイトスピーチの影響を過小評価したり、或いは「韓国人の方がもっと悪い」とファナティックな日本人ナショナリストを弁護する事ではなく、「こうしたヘイトスピーチがどれ程間違っているか」に同意する、普遍的な道徳心を示すことが先決となる。

 

こうした問題を考えていた矢先、桜井よしこ氏が2014年に書いた記事を目にした。

櫻井よしこ氏 ヘイトスピーチは日本人の誇りの欠如が原因│NEWSポストセブン

 

『最近、在日韓国人や在日朝鮮人に対するヘイトスピーチが問題になっています。残念ながら日本人としての誇りや道徳が欠如していることの表われだと思います。根拠なく日本に罵詈雑言を浴びせ続ける中国人や韓国人と同じことをするとしたら、彼らと同じレベルに落ちてしまうことを自覚すべきです。』

 

桜井氏は、一応ヘイトスピーチに反対をなさっているようだ

しかしながら、ヘイトスピーチに反対されるその理由は、「根拠なく日本に罵詈雑言を浴びせ続ける中国人や韓国人と同じことをするとしたら、彼らと同じレベルに落ちてしまう」と、さりげなく中国人、韓国人への差別意識を覗かせている。

在日韓国人や在日朝鮮人に対するヘイトスピーチを行なう人々にとっては、「中国人や韓国人と同じことをしている」と警告される事が、その行動を思いとどまらせるキッカケとなると考えられているのだろうか。たとえそうであっても、差別表現を含むヘイトスピーチを思いとどまらせる為に「あの人たちと同じになる」と差別を示唆するのでは、元も子も無い。

加えて、桜井氏によるヘイトスピーチへの対処法は、①「私たちが『日本らしさ』を持つ」ことと、②「外国から来た人にもそれを理解し、受け入れてもらうこと」にあるらしい。

①に関しては、「『日本らしさ』の根本とはいったい何でしょうか。日本が日本である所以、国柄の大もとになっているもの、それは皇室の存在です。王室を戴く国は世界に27ありますが、万世一系で悠久の歴史を保ち続けてきたのは日本の皇室だけです。皇室の歴史、それを支える宗教観や文化、暮らしのあり方、伝統を日本人自身があらためて認識できれば、そのことだけで私たちは大きな力の源泉を得られると思います。それが危うくなっている今、まず私たち自身が日本の歴史や日本国の成り立ちを学んで、本当の『日本らしさ』を身に付けることが大事でしょう。日本の国柄を守り、価値観を守り続けるために、日本人は学び続け、成長し続け、新し時代に応じて変わるべきところでは変わらなければならないのです。」と書かれている。

しかしながら、ヘイトスピーチを行なっている人々は、主に『日本の名誉』や『日本の誇りを取り戻す』ことを掲げている層の一部であり、そうした教育を幼稚園児のうちから徹底している筈の森友学園そのものが、中国や韓国の人々へのヘイトスピーチを行なっていたのではないだろうか。

桜井氏は「外国から来た人にもそれを理解し、受け入れてもらうことです。そうでなければ、外国人が増えていった時に日本が日本でなくなってしまう可能性があります」と書かれているが、外国人が理解しなければならない「それ」とは、その直前の段落で述べられている「皇室の歴史、それを支える宗教観や文化、暮らしのあり方、伝統」であり、「日本の国柄」または「価値観」を指すのが適当な解釈であるようだ。但し、ヘイトスピーチが行なわれる原因が「日本らしさの欠如」であり、日本らしさの欠如が「(日本らしさを)理解し、受け入れない外国人が増えること」にあるならば、結論的にヘイトスピーチの生じる非の一端は、外国人にあると言っているのに等しい。

実際には、ヘイトスピーチは排他的ナショナリストの産物であり、更に愛国心に立ち返るように諭しても、撤廃への効果は無い。却って正義を振りかざしている左翼やリベラル派の方が、少数派へのヘイトスピーチを無くそうと努力している。

何でも『日本らしさ』や『日本』に問題への解決があるかのような考え方は、完全な誤りだ。

 

もちろんの事、ヘイトスピーチやヘイトクライム、人種や国籍による差別は、日本だけの問題ではない。ある意味これは、多数派と少数派との確執を抱える国家に共通したユニバーサル的な問題なのだが、その解決法が「本来の国の姿に立ち返る」事である筈がない。アメリカでも一般的マイノリティーへの差別意識が強いのは、リベラル派よりも保守派層であるし、ヨーロッパの例を見ても、極右になればなるほど排他的になる事がわかる。尤も欧米では、イスラム教徒の移民が増えるに従って反ユダヤ主義がリベラル派の中に広がるが、リベラル派の中にユダヤ系以外のマイノリティーへの差別が少ない点は明らかだ。

伝統的保守派でありながら排他的ナショナリズムに陥らず、ヘイトスピーチや差別から距離を置く人々は、絶対的、或いは『普遍的な善悪の基準』を原則としている人々だ。

一部右派の間に見られるヘイトスピーチを撤廃する為には、「中国人や韓国人と同じことはしたくない」と自分に言って聞かせることや「日本らしさ」に没頭する事でもない。愛国や日本らしさなどといった『愛国無罪論』によってヘイトを行なうような人々には、彼らの誇りに訴えるよりも、普遍的な道徳心の欠如を指摘する方が先だろう。

 

因みに思い出していただければ、「普遍的な人権論」を「日本独自の考え方」、或いは「日本らしさ」に置き換えようとする論理こそが、普段は日本の憲法改正に賛成をするような米国保守派メディアをして、自民党憲法改正論に懸念を抱かせる根拠となっていた筈だ。

ナショナル・レビュー誌の書く『ファシズムに逆戻りする日本』 - HKennedyの見た世界

 

「日本らしさ」という「特別な日本論」に、他者を騙せるほどの魔法の力は無い。普遍的な人権論や道徳心を「西洋的な考え」を否定せずに、その重要性に立ち返る事も必要ではないだろうか。

 

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         愛国教育で有名な森友幼稚園の父兄に宛てられた手紙