シリア、アレッポ市民を襲う連日の空爆と化学兵器

化学兵器ウォッチドッグの加盟国は、シリア政府による、自国民に対する化学兵器の使用とその実態への説明をシリアが滞っている事を批判した。

 

オランダに駐在しているオーストラリアのブレット・メイソン大使は、ハーグでの会議で、シリアによる化学兵器を使用した攻撃は「歴史上最も酷い、化学兵器会議の合意違反である」と述べている。

国連と化学兵器使用禁止委員会の共同捜査は、今年、シリア政府が3度、塩素ガスを使用した攻撃を行ない、また過激派のISISが、一度マスタードガスを使用した攻撃を行なったと纏めている。

 

f:id:HKennedy:20161129172936p:plain

             政府軍による塩素ガスの攻撃の後、治療を受ける人々

 

一方シリア側は、月曜日に行なわれた毎年恒例の、『化学兵器使用禁止団体会議』を用いて、シリア政権が自国民に対して化学兵器を使用して攻撃しているとする報道を「組織化され、繰り返されている一連の嘘キャンペーン」と非難している。

Syria Attacks Chemical Weapons Allegations as 'Campaign of Lies'

 

100歩譲って、これらの化学兵器による一般市民への攻撃を政府軍が行なっていないとしても、連日連夜の空爆で、アレッポに残ったすべての病院を破壊し、治療無くしては生存できない人々への医療サービスの供給の道を絶った責任は、シリア政府と、共に空爆をしているロシアが負うべきだ。

East Aleppo’s last hospital destroyed by airstrikes | World news | The Guardian

 

オバマ大統領が、内戦の続いているシリア・アサド政権に対し、化学兵器を使った虐殺を行なわない」と約束させ、化学兵器を以て『決して超えてはならない線(レッド・ライン)』と呼び、一応のガイドラインを設けたのは2012年8月20日の事だ。

その直前の7月、化学兵器をシリアが所有している事が認められたが、シリア政府は、これを自国民に対しては使用せず、外敵に対しての武器であると主張した。オバマ大統領は、もしシリア政府がレッドラインが超え、自国民に対して化学兵器を用いる場合、アメリカの軍事介入があると告げ、アサド政権がその責任を問われるだろうと警告した。

 

ところがアサド政権は、同年12月には、シリア西部ホムスに於いて、毒ガスを使った攻撃を行ない、7人の自国民が犠牲になったと報道された。その後2013年には化学兵器を使用した複数回の攻撃で、一般市民の犠牲は約1500人(うち、子供の犠牲者約400人)に上った。

Even after 100,000 deaths in Syria, chemical weapons attack evoked visceral response - The Washington Post

Timeline of Syrian Chemical Weapons Activity, 2012-2016 | Arms Control Association

 

しかしながら、「イラク戦争を終結させたこと」を自身の偉業と考えるオバマ政権は、約束した『軍事介入』について「議会が承認しない」という理由で尻込みし、シリアの同盟国であるロシア・プーチン大統領が仲介に立つ事態となり、ジョン・ケリー国務長官とロシアのセルゲイ・ラヴロフ外相との間に、アサド政権からの化学兵器放棄や査察を含めた約束が交わされた。

 

この時アメリカは、中東における世界の強国としての指導的立場をロシアに譲るという最大の誤りを犯してしまったと言える。

 

以来ロシアは、同盟国としてのアサド政権を支持し、ISIS制圧という名目で、アサド政権に敵対する全ての反政府派への軍事行動を続けている。例えばロシアが、2018年8月24日から11月22日までに行なった3359回の空爆のうち、約98.8%に当たる3319回は、南西アレッポ、アレッポの東部地区と南地区への空爆であり、これらは反政府派の支配する地域である。対してISISを狙った空爆は、40回。全体の1.2%でしかない。

f:id:HKennedy:20161129172459j:plain

 

ロシアに次いで空爆を行なっているのはトルコであるが、トルコによる空爆676回の空爆のうち、560回、82.8%がISISを主にターゲットにしている。残りの116回、17.2%は、シリア民主軍を狙ったものだ。

 

アメリカが主導となる連合軍による251回の空爆では、そのうち249回、99.2%がISISを攻撃対象としている。残りの3回、0.8%はJFS(アル・ヌスラ)が対象となった。

 

実に、シリアで行なわれた空爆4286回の内、ロシアによる空爆が78.3%を占め、トルコは15.7%、連合によるものは6%しかない。これらの空爆の77.4%は、反政府派が標的であり、ISISが標的となっている者は全体の約二割、19.8%でしかない。

 

ロシアがISISを制圧する為にシリアの内戦に介入をしているというのは事実に基づかないし、シリア、アサド政権との緊密な同盟関係を考えれば、ISISを制圧して反政府派の攻撃対象がアサド政権に集中する事をロシアが援助する筈がない。ロシアはシリアに対空ミサイルのシステムを設置したが、ISISはミサイルなど所持していない。これは明らかに(トルコや)米国などの西側連合側を狙ったものである。

US: Russia ships new anti-missile system into Syria - CNNPolitics.com

 

またロシアは、シリアの空域に他国機の飛行を禁止する『ノー・フライ・ゾーン(飛行禁止空域)』を設け、アメリカを含めた西側が、ロシアとの全面戦争を避けつつ、シリアの内戦に介入する事を非常に困難なものにしてしまった。

There Is a No-Fly Zone in Syria—One Russia Created | | Observer

 

ロシア戦闘機はシリア戦闘機と共に、アサド政権に敵対するすべての反政府派への軍事行動を連日連夜、行ない、市民の犠牲を増やしている。これがシリア内戦に拍車をかけ、シリアからの大量の難民を発生させている原因となっている点は否めない。ロシアは、大量の難民を発生させながら、イスラム教徒難民問題、シリア内戦解決への重要なキー・プレイヤーとして、ヨーロッパに対する発言権を持とうとしているのだろう。

 

恐らく、短期的な目標とすれば、ウクライナ不法占拠によって発動された制裁の解除を望んでいるのではないだろうか。メルケル・ドイツ首相の主導した政策によって大量のイスラム教徒の難民を受け入れたヨーロッパでは、反動的な排他的ナショナリズムが高まり、リベラル政治に対峙するナショナリストとしてプーチンを慕うヨーロッパ人が増えている。フランスなどでも、力を増している政党は全て親プーチン派であって、「どの政党が勝利してもプーチンが勝ったのと同じだ」と言われるほどだ。

Vladimir Putin Is Winning the French Election - Bloomberg View

 

シリアの反政府派活動家によれば、シリア政府による昨日の空爆で、少なくとも17人の市民が死亡したようだ。

 

ロシアの防衛相は、月曜、シリア政府軍が今回の空爆で、反政府軍によって支配されているアレッポの約半分を奪回したと発表した。これはアレッポ内12の地域、アレッポ市全体の約40%である。アレッポはシリア最大の都市であり、商業の中心である。2012年以来この地は、反政府派の拠点として政府軍による攻撃の対象となってきた。

 

アレッポに住む或る男性は、「私達は4年間、生き続けてきた。私たちは、誰かが助けに来てくれることを、ずっと待っていた。昨晩、娘が死んでしまった。もう助けはいらない」と語っていた。

母親と共にツイッターによってアレッポの様子を伝えてきたバナ・アラベッドという7歳の少女は、昨晩の政府軍による空爆で、ついに家を失なってしまったようだ。勿論食料もない。

 

f:id:HKennedy:20161129172529j:plain

                 政府軍による空爆後のバナ・アラベッドちゃん

抵抗を続ける反政府軍による籠城がなくても、これら市民は自由にはなれない。一般市民がアレッポから逃れようとしても、政府軍が全ての道路を封鎖しているからだ。アレッポから逃れようとする人々は、一般市民であっても拘束され、投獄される可能性が高い。

 

オバマ大統領は、全ての失政から手を洗い、トランプ次期大統領は、「ISISの問題は、ロシアのプーチン大統領に任せれば良い」と発言している。またある時は、アレッポの状況の酷さを語りつつも、アメリカのスラム街の方が治安が悪いと自説を唱えている。

 

アメリカが「自国の利益の為」、「軍事産業に利潤を齎し」、「世界の警察官を気取る為」、そのような動機でも良いから、なんとか軍事介入をして欲しい。メディアや国民の半数は反対するだろう。議会も反対するだろう。それでも何とか、この悲劇を終わらせる正義感、使命感を奮い立たせて欲しい。

 

日本の素晴らしさを世界に知らしめようと活動している方々は、是非、遠いシリアの地、アレッポに住む人々を忘れないでほしい。彼らの悲劇は、アメリカが起こしたものではなく、シリア政権、ロシア政権によって起こされ、アメリカが介入しない為に深刻化しているのだ。

 

私は、一国の偉大さを図るものは、全く何もしない傍観者によって痛くない腹を探られるような思いをしても、これらの地で苦しむ人々を救い出そうとする使命感であると信じている。