ロシアによるハッキングと、レックス・ティラーソン(エクソン会長)国務長官登用への懸念

2012年の大統領討論に於いて、当時二期目の当選を狙うオバマ大統領は、共和党からの対候補者であるミット・ロムニー元マサチューセッツ州知事の「ロシアはアメリカの安全保障に対する一番の脅威である」と主張した事に対し、「80年代の政策だ」とあざ嗤った。

 
当時の共和党は、オバマ大統領がロシアからの脅威を理解していない事を危惧していた。その後の4年間は、2012年のシリア、アサド政権による自国民への化学兵器使用問題に於いて、ロシアに中東問題への発言権を許した事をキッカケに、2014年にはロシアがクリミアに侵略し、現在も不法併合が続いたままである。
 
ミット・ロムニー元知事に限らず、ジョン・マケイン議員などの共和党議員は、オバマ大統領の外交認識の無さ、現実認識の無さを批判していた。オバマ大統領は間違っていたのだ
 
ところが、2015年には共和党からドナルド・トランプ氏が立候補した。自身がロシアとのビジネス利権を抱えるトランプ氏は、クレムリンとの関係を色濃く持つ外交アドバイザーや軍事アドバイザーらに囲まれ、数百人のジャーナリストや自身に批判的な弁護士、民主運動家らを殺害、投獄してきたプーチン大統領の指導力を公けに称賛してみせた。
 
今日CIAによって、2016年の大統領選挙に於いて、民主党、共和党両党のシステムに、ロシア政府の意向によるハッキングがあったと結論付けられた。これは、ウィキリークスを通して民主党に不利な情報を流出し、トランプ氏当選に向けた情報操作をする目的であったようだ。

http://www.nytimes.com/2016/12/09/us/obama-russia-election-hack.html?_r=0

 
いくら共和党からの候補者の支援に働いているからと言って、マルコ・ルビオ上院議員などはウィキリークスの情報流出を警戒し、それに関心を払うことによってロシアのハッキングを報いないように呼び掛けていた。
 
私はウィキリークスからの流出によって公的知識となった事案について議論はしません。我々の諜報組織(CIA)が報告したように、これらの情報流出は、外国政府による我々の選挙への介入の努力の賜物であり、私はここから益を得たくはありません。更に、これらの情報流出を政治活用したがる他の共和党員に対して警告しますが、今日は民主党がターゲットでも、明日には共和党がターゲットとなるかもしれないのです。
 
それが愛国心と良識のある共和党議員というものだろう。
 
実際に、ロシアがハッキングを行なったのは民主党に対してだけではない。以前から言われていたが、共和党に対してもである。ロシアは、現在は共和党がらみの情報を保留しているが、クレムリンに対して厳しい姿勢で臨もうとする議員らへの妨害や、親露政策への工作の一環として、使用される可能性もある。
 
ビル・クリントンのアドバイザーの一人であったポール・べガーラは認める。「オバマ大統領は間違っていた。私はそれに賛同したが、私も間違っていた。ロムニーが正しかった。」
 
民主党次期上院議長のチャック・シュマーは、超党派によるロシア・ハッキングの捜査をCIAとの協力の下に勧めるべきだと提案している。

Schumer demands congressional inquiry on Russian meddling - POLITICO

 
これはもはや、民主党対共和党ではない。ロシアとの諜報戦に詳しいジョン・シンドラー氏の言う通り、「どんなに骨の髄までヒラリーが嫌いであっても、彼女への妨害になるからと言って、11月8日のアメリカの大統領選挙に外国政府のスパイ介入を容認するなら、自分を愛国者などと呼ぶべきではない。」
 
ところがトランプ次期大統領は、ロシアによるハッキングがあったとするCIAの報告を認めようとしていない。300万の不法投票があったと何の証拠もないのに主張する一方、CIAによる捜査報告は否定している。
 
それだけではなくトランプ陣営は、次期国務長官にエクソン会長のレックス・ティラーソンが最有力候補であるとしている。レックス・ティラーソンと言えば、経営するエクソン・オイルを通し、ロシア・オイルとの間に多大な取引を持つ、プーチン露大統領から直々に非ロシア人として最高の友好メダルを受けた親露派のビジネスマンである。

 

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              レックス・ティラーソン(左端)とプーチン露大統領
 
「なぜティラーソンが国務長官として相応しいと思われるのか」という質問に対し、トランプ氏は「ティラーソンはロシアとの間に多くのビジネスを持ち、交渉人だから」と臆面もなく答えている。ティラーソン自身、2014年以来のロシアに対する経済制裁に反対を表明してきた。エクソンとロシア政府間の取引は、約55兆円の取引だと言われているが、エクソンの利益を視野に国務長官を選べば、明らかな利益の衝突となる。
 
クリミア不法占領に伴い、ロシアには西側に経済制裁が掛けられているが、プーチン大統領は自国経済を救う為に、何としてもこの経済制裁解除にこぎつけたいところだろう。ロシアとの取引を行ないたいトランプ氏も、制裁解除を視野に入れていると発言している。
 
レックス・ティラーソン器用について、共和党のリンゼイ・グラハム議員は、「クレムリンからの勲章を受け取るような人物に対しては、多くの議論があるだろう」と答えている。またロシアに詳しいワシントン・ポスト紙のジャーナリスト、アンナ・アップルバウム記者は「これは億万長者の、億万長者による、億万長者の為の政治」だと呼んでいる。ロシアのシンク・タンクで活躍するディミトリー・トレニンでさえ「ティラーソンを国務長官に任命する事は、冷戦以来のアメリカ外交政策の偉大な不継続を意味する」と解釈をしている。
 
当然だろう。
 
リンゼイ・グラハム上院議員だけではなく、勿論、ジョン・マケイン上院議員もティラーソン登用には猛烈に反対すると思われる。マケイン議員は、「ティラーソン氏とプーチン氏がどのような関係を持っているかは知らないが、懸念している」と記者団に応えている。マケイン議員のスタッフ責任者として長年勤めたマーク・ソルター氏は「ティラーソン登用は、オイルとヴラジミール・プーチンの為の、NATO売り渡しだ。議会は公聴会での説明を求め、上院はこれを否決するべきだ」と述べた。
         リンゼイ・グラハム上院議員とジョン・マケイン上院議員
 
上院では、共和党議席は民主党議席より3議席多いだけだ。この3議席のうちの2人の共和党議員が反対票を投じれば、議会の承認は得られなくなる。
 
プーチン大統領率いるロシアは、シリアに於いて、アメリカの支援する反アサド組織と市民への空爆を続けてきた。プーチン大統領が政権をとって以来の人権侵害は甚だしいものがある。
 
数日前、アメリカ上院は「グローバル・マグニツキー法」を可決した。これはロシア政府の腐敗を暴き、2009年に逮捕され、モスクワの牢獄で獄死したロシア人、セルゲイ・マグニツキー弁護士(享年37歳)を記念して、外国政府による民主化活動家や人権活動家らに対する人権侵害を罰する為に、マケイン議員らによって提案された。人権侵害を行なっていると認められる外国政府為政者や責任者に対して、アメリカへのビザ発給を拒否したり、アメリカ内の資産凍結をする権限を大統領に与えるものだ。またNGOの人権調査を大統領が使用する権限も与える。国会議員や政府役人に、制裁の対象となる人物を提案する権限も与える。 

Magnitsky Act - Wikipedia

Freedom House Applauds Passage of “Global Magnitsky” Act | Freedom House

 
下院議会は、選挙直後に、アサド政権を支援する外国政府への制裁を可能とする法案を可決した。
 
トランプ次期大統領の暴走を止められるのは、議会かもしれない。