サウジアラビア訴訟とテロとの戦い
水曜日、9/11テロリストらを支援したとして、 犠牲者家族らがサウジアラビアを法的に訴えられるように立法化し た米国議会は、オバマ大統領の『大統領拒否権』 を大多数の投票によって無効としましたが、一日が過ぎ、 サウジアラビアからの反発やオバマ大統領の危惧を受け、 共和党のポール・ライアン下院議長らは、 オバマ大統領の懸念に理解を示し、この法案によって、「 犠牲者家族の権利に理解を示しつつ、 これからの対テロ作戦や米軍の行動の足枷とならないよう、 新たな改正案を考えなければならない」と、 後悔とも受け取れる声明を発表しています。
ポール・ライアン下院議長
911テロ犠牲者家族らによるサウジアラビアに対する訴訟は今までにも試みられましたが、ハイジャッカーらテロリストとサウジアラビアという国家を直接的に結び付ける根拠が乏しいとして、ことごとく退けられてきました。ところが今年7月にまとめられた議会調査報告書によって、全容解明ではないものの、サウジ王室の一員やワシントン駐在のサウジ人外交官がハイジャッカーらに金銭援助をしていた事実があり、被害者家族らによる訴訟を可能とした法案が可決され、オバマ大統領による拒否権を議会は無効とした上での「改正案」の言及となっています。
この法案に限らず、 ブッシュ元大統領から現在のオバマ大統領に至るまで、 イスラム教過激派のテロに対する軍事・ 外交政策や失敗を巡って多くの憶測や陰謀説、 強硬案から懐柔案など、様々な言説が流れています。
ですから、これらを理解せずに、 ISISの使用している武器の中に米国務省の許可を得て米軍から 支給された武器が含まれてあるからと言って、「 オバマ大統領やヒラリー・ クリントン元国務長官がISISを支援している」と主張する「 陰謀説」もありますが、これは明らかな誤りです。
サウジアラビアの加担についても、 スンニ派イスラム教徒が多数を占めるサウジアラビアは、 その宿敵であるシーア派イスラム教徒に対する弾圧や攻撃の一環と して、スンニ派イスラム教徒の過激派を支援しますが、 この中にはスンニ派過激イスラム教徒のアルカイダに加担したり、 アルカイダから枝分かれした後、 現在アルカイダと敵対している同じスンニ派イスラム教過激派、 ISISとの関わりを持つグループもあるでしょう。
また、サウジアラビアだけでなくヨルダンのような国家では、 王家や政府はイスラム教に対する裏切り者だと考えられています。 これらの国家の王制や政府は、西側の協力がなければ、 イスラム教諸宗派や諸部族による反乱によって制度廃止の危機に陥 ります。だからと言って西側との協調関係を強調すれば、 異教徒との敵対を奨励し、 聖戦を訴える伝統的イスラム教徒からの反発が強まります。 これらの国家に於いて王室や政府は、 制度維持に欠かせない欧米との協力関係を保ちつつ、 不安材料となる敵対グループへの弾圧や、 敵対グループに敵対する別のグループを支援し続けているのが現実 です。
サウジアラビアという国の王族や外交官が、9/ 11テロの実行犯であるハイジャッカーやテロリストと関わりがあ ったとしても、「 これらのハイジャッカーがアメリカ本土を攻撃しようとしていたと 承知の上で支援していた」という決定的な証拠はなく、9/ 11テロ以前のアルカイダに向けた米国の制圧作戦を妨害していた 疑惑に関しても、 当時のサウジアラビアがアルカイダをどのように認識していたか、 という点が解明されていません。 もしテロ以前のサウジアラビアが、 同盟国であるアメリカの敵とアルカイダを認識する以上に、 自らの敵を攻撃してくれるグループと考えていた場合、現在、 シリアのアサド政権がISISを制圧せずに、 却ってISISに敵対する米軍の友軍グループへの攻撃を繰り返す ことと全く同じ理屈となります。
当時のサウジアラビアの王室関係者や外交官の考えを解明するには 、かなり込み入った捜査が必要となりますが、 たとえ幾人かの王室関係者や外交官の責任を追及できても、 この為にサウジアラビアという国家の責任を問う事はほぼ不可能で あると思われます。これはオバマ大統領が言及された通り、 主権免除という国際法上の概念によって、国家や行政機関は、 外国の裁判権に服することは無い」と定められているからです。
この国際法の慣習をアメリカ側が破れば、「アメリカン・ エクセプショナリズム」の基に、人道や自由、 民主主義の擁護者として特別な使命が与えられている事を確信する アメリカの外交政策の足枷になるとオバマ大統領が危惧を示したの は尤もなことです。
9/11のテロ後、 国際過激イスラム教テロ組織はその攻撃の範囲を戦闘地域以外の欧 米やアジアにも広めましたが、この戦いには、 彼らと対立関係にあるイスラム教武装グループや、 穏健派イスラム教徒らの協力が欠かせないのが現実のようです。
但し、先ほども述べました通り、 中東のイスラム教宗派やグループの場合、 誰もが皆何らかの形で関わりを持ちつつ、 相互に敵対しながら流動的な敵対関係や友好関係を結んでいる事を 考慮しなければなりません。
法治国家である米国が、 中東におけるその同盟相手とも流動的な友好関係を結ばざるを得な い主な原因は、 余りにも複雑に絡み合ったイスラム教諸宗派や部族間の争いが、 ある意図しない出来事によって思わぬ結果へ導かれる場合が多々あ るからです。因みに、これらの『予期しない出来事』が生み出す『 意図しない結果』が多々ある事を忘れる場合、 ありとあらゆる陰謀説が幅を利かせることになるようです。
また、9/11テロ以降、アルカイダやISISだけでなく、 ヘジボラやアルヌスラなどの国際過激イスラム教テログループなど によるテロが多発していますが、 ISISよりも米国にとって脅威となっているのは、 もともとのアルカイダから枝分かれしたAQAP( アラビア半島のアルカイダ)やAQIY(イエメンのアルカイダ) 、シリアに於いてアルカイダから枝分かれしたコラサン・ グループだと言われています。
Ex-CIA head: Other terror groups more dangerous than ISIS | TheHill
これらのグループが米国をターゲットにする理由は、「 十字軍への報復」「米国の外交政策、及び米国文化への反発」 などが囁かれますが、最も基本的な理由として、 他の国際過激イスラム教テロ組織らを意識した、力、 及び正当性の誇示だと考える方が真実に近いでしょう。 これらのテロ組織は米国や異教徒への攻撃を、 アラーの命令への従順と考えています。 力の強い異教徒に大打撃を与えれば、 それだけアラーから与えられている使命を全うしている事となりま す。テロ行為の後に彼らが出す犯行声明は、我々の感覚から見る「 犯人による犯行の自供」ではなく、 ライバルイスラム教徒グループを意識した成果の誇示だと見るべき です。