釜山総領事館前慰安婦像設置を巡る、安倍政権「在韓外交官召還」の大失敗

日本政府は慰安婦像を合意の精神への違反だと考える。しかし政府の管轄外にある市民団体の行動に対する日本によるハイレベルの応酬は、モグラ塚から山を作るようなものだ。極東地域におけるアメリカの同盟国同士の協力関係が重要である時に、日韓関係を危機に陥れるような、戦略的判断の誤りである。アメリカは日韓の緊張緩和と関係改善に向けて、日本の方向転換をさせなければならない。

日本は外交接触や一般の抗議などによる反対にとどめる事も出来たはずだ。しかし、それと引き換えに、大使を召還し、経済協議の延長を決め、この争論の輪郭を一気に高め、政府の協力姿勢と全く関係のない市民による行動を関連付けてしまっている。こういった行動は、戦時中の非難されるべき行動への誠意に対する疑いを搔き立て、日本への批判を力づけるだけだ。

韓国内の反日感情を考えるが、2015年のピュー・リサーチセンターの世論調査では、日本はマレーシアやフィリピン、ヴェトナムとオーストラリアから80%以上の好感度を得たが、韓国からの好感度は25%に過ぎなかった。ソウルに拠点を置くアサン研究所の調査では、韓国人は、バラク・オバマ、習近平とヴラジミール・プーチンを安倍晋三よりも遥か高く評価している。安倍への好感度は、2014年から2016年の調査では、北朝鮮の金正恩への好感度に近い。

今年の韓国では、慰安婦問題をめぐる日韓合意を取り付けた朴大統領の腐敗による弾劾をもって、日韓関係は更に微妙な位置にあると言える。対抗する大統領候補らは多いが、韓国の政治にとって、合意を取り付けた朴大統領の不人気さは、日本を更に安易なターゲットとし、大統領選の課題とさえなり得るのだ。新大統領の可能性のある文在寅候補は、すでに合意の再交渉を示唆している。」

Japan’s Terrible Mistake on ‘Comfort Women’ | The Diplomat

 

韓国・釜山の日本総領事館前に慰安婦像を設置した問題で、日本政府は長嶺駐韓国大使および森本在釜山総領事の一時帰国、釜山総領事館職員による、釜山関連行事への参加見合わせ、日韓通貨スワップ取り決めについての協議の中断、日韓ハイレベル経済協議の延期などを決めた。

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日本政府は、韓国側が釜山の日本総領事館前に慰安婦像を設置した事を非難し、「日韓合意での取り決めを韓国政府が着実に履行していくこと」を求めているようだが、日本政府は、韓国政府がどのように合意違反を行なったと考えているのだろう。

日韓合意は、日韓双方の政府が、双方の国民の間に広がる反発を抑えて、政府による互いの批判を国際舞台の場では控えるという合意である。当初から言われていた通り、これは、民間の言論や行動を制限するものではない。

実際に、「安倍政権が自民党右派及びその背後の右翼の無知、偏見を的確に批判し、日本政府の公式見解に反することを厳しく処断することができるかどうかが問われる」と投稿し、合意に反対する日本側右派の言論を規制しようとした民主党ブレーンとされる山口二郎法政大教授の意見については、『民間の言論をも「処断」するよう政府に求め、言論の自由への抑圧を主張したとも受け止められかねない発言だ』と、産経新聞は批判していた筈だ。言わずもがなだが、日本側にある合意への反対意見や言動が規制されるべきでないならば、韓国側の合意への反対意見や言動も規制されるべきではない。

【「慰安婦」日韓合意】政府に言論弾圧要請? 民主ブレーン山口教授「公式見解に反したら処断を」(1/2ページ) - 産経ニュース

確かに合意の一部には、日本大使館前の慰安婦像について、日本政府が、大使館の安寧・威厳の維持の観点から懸念していることを認知し、韓国政府としても、可能な対応方向について関連団体との協議を行うなどして、適切に解決されるよう努力する」という項目がある。一部の合意反対派が主張していた通り、民間の設置した慰安婦像撤去を約束するものではなく、政府として設置運動を進める団体と協議し、「適切に解決されるよう努力」する事が、韓国政府の負う責務であった。日本側の合意反対派の主張のよりどころは、この合意が、大使館前の慰安婦像撤去を約束したり、強制撤去させるものではない事にあった筈だ。彼らの不満の通り、日韓合意は慰安婦像撤去を約束していないのだから、撤去が不可能となったり、釜山の総領事館前に新たな慰安婦像が設置されたからと言って、韓国政府が合意に違反した事にはならない。

韓国政府としても、もし「撤去させる」などと約束すれば、民間の言動を政府が弾圧する事となる。実際に慰安婦像が撤去されるかどうかは民間団体の意思によるし、そこまで政府として約束が出来ないのは当然なのだ。日本政府がこれ以上の確約を韓国政府に求めれば、「政府は民間の言動を弾圧しないという民主主義国家の大原則を、日本政府が全く考慮していない」という悪印象を世界中に広める事になる。日本には、70年前の戦争で自国民や他国の人権を蹂躙したという印象があるが、今回、韓国政府による民間説得の努力を不十分とし、それ以上の介入を韓国政府に求める為に大使召還や経済協議の延期など行なえば、日本にまとわりつく威圧的なファシスト国家という誤ったイメージを、自らが演じる事となる。

ディプロマット誌は、「慰安婦問題での日本のひどい失敗」とする記事を掲載したが、この記事のあげる日本政府の過剰反応は、確かに非常識だと言える。一時的とは言え、大使召還はその他の外交手段のない事を意味する。非難の通り、大袈裟だし、馬鹿げた反応なのだ。そこまでするほどの挑発や侮辱、脅威を与えられたとは、日本人ナショナリスト以外の誰も思わないだろう。

朴政権の弾劾を迎えた上、トランプ米政権の発足で、朝鮮半島の外交、安全保障情勢が大きな転機を迎えることになりかねない現状を、全く視野に入れていないとしか考えられない。安倍政権のあまりにも無茶な期待は、残念ながら安倍外交が国際常識を持ち合わせていないことを疑わせる。

合意の通り、韓国政府は国際外交の場で、日本に対する批判を行なっていない。朴大統領が以前繰返していたような、外遊をする度に日本バッシングする姿勢からは方向転換をしたと言えるだろう。在韓大使館、釜山総領事館に向けた慰安婦像は、日本人に不快感を与えるかもしれないが、現在の日本が、市民団体の言動を弾圧するような国家だと見られる事に比較すれば、そうした不快感は、外交関係を絶ってまで我慢できないものではない。

私は、米国の教科書記述に対しても安易に日本政府の介入を求めた新聞の主張を思い出すが、政府による民間の言動、しかも外国における民間の言動に圧力をかけることを良しとするような風潮こそ、日本に対する悪い誤解を増長させるキッカケとなると指摘する。

勿論、慰安婦の像設置などは、韓国の運動家による自己満足の為の日本叩き以外の何物でもない。このようなものの設置で真の平和や女性の人権への向上などが実現できるほど、世界は単純な場ではない。こうした像が設置されれば設置されるだけ、韓国の市民団体のヒステリックな反日運動が、安全保障を無視した非常識として、国際社会からは侮蔑の対象となる筈だったのだ。実際、2015年末の日韓合意は、日本政府による外交勝利と考えられていた。

しかし日本政府は、外交官召還というあまりにも大袈裟で極端な対応に出た為に、韓国の市民団体が得る筈だった侮蔑を肩代わりしてしまったようだ。極端で愚かな市民団体がある事と、極端で愚かな政府がある事では、受ける侮蔑の種類が違う。また現在の日本に対する悪い誤解は、70年以上前の日本への悪い誤解よりも、現在生きる日本人の安全保障にとって、はるかに上回る悪影響を及ぼす。

慰安婦に関する記事を書かれたアンジェイ・コズロウスキー博士に言わせても同様だが、日本政府は、韓国政府が直接的に行なうこと以外を無視していれば良かったのだ。釜山総領事館前の新たな慰安婦像設置に関しては、「日本政府は、韓国市民団体の言動を束縛したり、弾圧するつもりは無い。韓国の人々の表現の自由は保証されている」とでも声明を発表していれば、さぞ国際的な名誉が与えられていたことだろう。

そうしなかったところに、安倍内閣の外交的、戦略的大失敗がある。安倍内閣が安全保障や同盟関係を軽視するナショナリスト内閣であり、他国の民間人による言動すら弾圧しようとする威圧的な政府だという疑惑があったとすれば、そうした疑惑は、今回の大使召還で、ただの疑惑ではなかったとお墨付きが与えられた筈だ。