スタニスラフ・レフチェンコの証言---KGB・日本活動の実情
1979年米国に亡命した後、
レフチェンコはアメリカに亡命した後、 ロシア国内での死刑判決を受けているが、 KGBが彼の米国内での所在を突き止めようとしていた事が、 発覚した別のKGBスパイ事件の裁判で明らかにされている。
レフチェンコの書いた自叙伝「On The Wrong Side」は1988年に出版されたが、その日本語訳である「 KGBの見た日本」は、 英語版より3年早い1985年に出版されている。但し、 英語版と日本語版との間には若干の違いがある。日本人向けに書か れた「KGBの見た日本」 の英語版の内容に編集を加えて出版されたのが「On The Wrong Side」であるようだ。例えば、「On The Wrong Side」には「KGBの見た日本」に書かれてあるような、 日本称賛や賛美は繰り返されていない。また、 日本語版には書かれていないKGBの活動目的やKGBそのものに ついての説明が「On The Wrong Side」には書かれている。「On The Wrong Side」と「KGBの見た日本」には、別の章や項目もあるから 、英語ができる方には「KGBの見た日本」と「On The Wrong Side」の両方を読まれる事をお勧めしたい。
元KGB少佐・スタニスラフ・レフチェンコ氏。米国に亡命している。
レフチェンコ氏が「On The Wrong Side」の中で挙げられている、 日本におけるKGBの活動目的のいくつかを以下にご紹介する。( Page. 237)
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日本における活動手段の主な目的は何ですか?
---我々は、 とてもハッキリした側面を持つプログラムを実現するように指導さ れていました。我々の活動の場は日本でしたが、 KGBが工作員を使用している場所に於いて、 世界中殆どの場に於いてとなりますが、 どこでも大体同じような使命を与えられています。 日本に於いては、我々は
- アメリカと日本の間に、更なる政治的、
軍事的な協力関係を築くことを防ぐ - アメリカと日本の間に、政治的、軍事的、
経済的な活動への不信感を奨励する - 日本と中華人民共和国との間に、特に政治的、
経済的な良好な関係が更に築かれる事を防ぐ - ワシントン、北京、
東京の間の反ソ連三角形が築かれる可能性を排除する - ソ連との間に近しい経済関係を築くために、まず第一に、自民党、
次に日本社会党の、日本の主だった政治家の中に親ソ連ロビ― を作る - 高いランキングに位置する『エージェント・オブ・
インフルエンス(影響を与える為の工作員)』、 主だったビジネス・ リーダーとメディアを使ってソ連との経済関係を大きく広げる事は 重要であると説得する - 日本の政界の中に、
日本とソ連の友好善隣関係条約を賛成する運動を組織する、 等の使命を与えられていました。
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レフチェンコ氏は、 全ての使命が達成できたわけではないとしているが、 今日の日本の国会議員保守派論客の中にあるロシアとの経済協力を 強調したり、軍事連携を期待する声を鑑みれば、 そのうちのいくつかが確かに達成されつつあることは明らかだ。 しかも「世界の『反日活動』の裏にはアメリカがある」 という陰謀説論理を、 元ウクライナ大使である馬淵睦夫氏が保守メディアを通して主張し 、 同調者が何かの真実に目覚めたかのようにアメリカへの敵意を新た にしている事を考えれば、 ソ連KGBの工作も確かに功を発揮していた事が伺える。
ロシアKGBの活動指令の一つが「 日本と中国との間の良好な関係の阻止」である事を考えれば、 反中国を叫んでいるからと言って、すなわち「愛国保守派」 なのではない。「 歴史問題を取り巻く世界の反日活動の裏には米国がある」などと「 米国への不信」を増長させつつ、 何故か中国からの軍事脅威に抵抗する為にはプーチン・ ロシアの協力が必要だなどと説く主張は、 ロシアによる諜報活動の影響を受けていると言えないだろうか。 実際、こうした論張は、安倍・ プーチン会談の功を説いた産経新聞が率先して報道したが、 産経新聞こそ、レフチェンコ氏が米国下院議会で「大手新聞社の工 作員1人(山根卓二東京本社編集局次長)は、 オーナーがきわめて信頼を寄せる人物であり、ソ連がこの新聞を通 じて自国に有利な政治状況を作るのにその工作員を利用した。」と 証言した、その「大手新聞社」である。
レフチェンコ氏はその証言で、 200人に上る日本国内のKGBエージェントや協力者についても 供述したが、その供述の信憑性については、 日本の公安も認めている。 レフチェンコ氏が名指ししたKGB協力者のリストには、 自民党の石田博英労働大臣(当時)や、 日本社会党の勝間田清一委員長、テレビ朝日専務の三浦甲子二、「 カント」 というコードネームを持っていた産経新聞東京編集局長の山根卓二 や、「クラスノフ」というコードネームを所持していた、 旧日本陸軍軍人であり伊藤忠会長を務めた瀬島隆三、その他の外交 官、内閣調査室などの情報機関員の名前があげられている。
特に瀬島に関しては、「元警察官僚で初代内閣安全室長の佐々淳行 は、瀬島が東芝機械ココム違反事件において工作機器のソ連への売 り込みに協力したことが判明したことを受けて、 中曽根政権の官房長官で警察庁時代の上司の後藤田正晴に対して瀬 島の取り調べを進言した際に、「警視庁外事課時代に「 ラストボロフ事件」に絡んでKGBの監視対象を尾行している時、 接触した日本人が瀬島であり、 当時から瀬島がソ連のスパイであったことは警察庁内で公然たる事 実であった」と報告した。報告を受けた後藤田が警視総監の鎌倉節 にたずねると、鎌倉は「知らないほうがおかしいんで、 みんな知ってますよ」と答えたという。 しかし瀬島が当時中曽根康弘のブレーンとして振る舞っていたため に不問にされたとしている」とある。
また彼が、靖国神社におけるパル判事顕彰碑建立委員会の委員長で あった事実は、「日本無罪論」や「日本の名誉を取り戻そう」 といった運動に、 反米感情を煽動したいソ連の思惑が潜んでいないだろうか。
因みに、 コードネームを与えられた山根卓三や瀬島龍三のような正式なKG B工作員とは違い、「エージェント・オブ・インフルエンス」 と呼ばれる「工作員」が多く存在する。「エージェント・オブ・ インフルエンス」とは、 本人とモスクワの繋がりが露にされない方法で、自らの立場、 名声、権力や社会的信用などの影響力を行使し、 ロシア工作の目的を達成させる工作員を指す。
「エージェント・オブ・インフルエンス」には、 大きく分けて3種類の工作員があると言われている。レフチェンコ氏によれば、その一つは、 KGBによってリクルートされ、 命令によってロシアの国益に叶う工作を行なう「コントロールド・ エージェント」、もう一つは正式なリクルートがないものの、 ロシアの目的を意識しながら協力する「トラステッド・ コンタクト」、最後に、 本人の自覚が無いままロシアの益の為に利用される「 アンウィティング・エージェント」である。
レフチェンコ氏にKGB工作員として名指しされた人々の中には、全くその自覚が無かった人もいるだろう。こうした人々は、その自覚の無いままに、自らの影響力を行使してロシアの対日工作やその目的達成への協力を行なっているのだろうが、売国行為に意図の有無は関係しない。
レフチェンコ証言を扱った産経新聞。社会党の疑惑を追及する姿勢は見せるものの、自社員の山根卓二編集局次長について清算しているとは言えない。
勿論、現在ソ連は存在しない。 しかしゴルバチョフ大統領とエリツィン大統領初期に改革を試みた ロシアは、共産主義国家とはなくなったものの、民主化に失敗し、 KGBの申し子であったプーチン大統領の下、 再びKGBと組織犯罪が支配する社会に戻っている。 KGBは名称をFVR RFとGRUに変えただけで、活動内容には大きな変化はない。西側に台頭する極右運動やナショナリズムは、 リベラル左翼による政治に嫌気がさした国民の支持を得ながらも、 プーチン政権からの資金援助を受けている場合が目立つ。 左翼の進める『得体の知れないグローバリズム』に対峙する『 ナショナリズムの英雄』として、 何故か他国への軍事侵略を行なったプーチンがあげられるのだから 、開いた口が塞がらない。
昨今の日本保守派にある「北方領土返還には、ロシア国内の反発を抑える事の出来るプーチンの強権が必要だ」などという主張は、プーチンがその強権によって法や条約を重んじた事が無い事実を無視している。専制君主の独裁者一人に取り入るられれば、外交が進展し、問題解消につながるなどという期待は、軍や国内のクーデターに怯える独裁者や独裁政権の実情を全く理解していない。
プーチンは真に強い指導者ではない。真に強い指導者は、自分に対する国民からの疑問に答え、批判に耐えられるのだ。プーチンが、自分への批判記事を書く300人近いジャーナリストや、反対者を殺害した理由は、彼の弱さにある。その他の独裁主義国家に等しく、権力を行使して批判者を弾圧しなければ、権力の維持が出来ないのが実情だ。弾圧や挑発は、政権維持の為の強さの演出でしかない。強権を振るう指導者は、国民の支持が無いための強権である事を忘れるべきではない。
また、頼みの核兵器でさえ老朽化が進み、使い物にはならない。ロシアが中国との軍事協力関係を結んでいる事を考えても、産経新聞が報道したように、中国からの脅威に対抗する為に日本が協力を期待できる相手ではないのだ。
日本はプーチン・ロシアを見誤ってはならない。強権を振るう独裁者プーチンを過大評価し、彼に期待することは、強権を振るったナチス・ドイツを過大評価した過ちと同じ類の過ちである。
日本の安全保障を担う米国への不信感や反感の煽動、プーチン・ロシアに対する誤った親近感と期待感は、KGB時代から続くロシア工作活動の一端である。レフチェンコ氏の記述を信頼に値しないと一蹴する事も可能だ。それでも、KGBがアメリカに亡命しているレフチェンコ氏の行方を追い、彼の暗殺を考えていた事を考慮すれば、レフチェンコ氏の主張が、KGBにとっては一蹴できるものではなかったと理解できる。