ロシア、アメリカ、日本のナショナリストの抱える危険

現在のロシアにあるのは、共産主義というイデオロギーではなく、プーチン大統領を筆頭にしたマフィア集団に政権を牛耳られたロシア・ナショナリズムです。これを要約すれば「すべて周りの国々は我々に対抗している。我々は敵によって周りを囲まれている。我々は強く在らなければならず、プーチンを必要としている。プーチンのみが我々を救う事が出来る」という考えです。

但し、言ってみればこのような主張は、ロシアのナショナリストだけではなく、日本のナショナリストやアメリカのナショナリスト(多くのナショナリストはトランプ支持者です)の間にも広まる『被害者意識』に繋がります。

外国や周辺国が危害を与えようと自分たちの国に敵対しているという『陰謀説』から来る『被害者意識』の蔓延るナショナリズムには、他者(他国)との共存や協力は全て『売国奴』『国の敵』と映ります。ここから考えても、国中にプロパガンダを流してナショナリズムを鼓舞しているプーチン大統領が、外国との連携や協調路線や柔軟路線をとることは無く、又対日外交で言えば、北方領土を返還する意思が微塵も無い事はあまりにも明らかであり、強権を振るうプーチン大統領なら「解決するかもしれない」のではなく、プーチンだからこそ「解決にならない」ことを見極めるべきです。

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北方領土返還の交渉が進まない根本的な理由は、日本にではなくロシアにあります。日本人気質の中に、自身が一生懸命、減私奉公でもって努めれば、努力が報われるというような期待がありますが、必ずしもそうでなかったことは第二次世界大戦が表している筈です。外交や経済などは「この場合にはこうすれば良い」という一律のルールがある類のものではなく、特に外交となれば、相手国の如何によります。私は日本政府や外務省を弁護する意図はありませんが、交渉が先に進まず、領土が返還されない理由は、日本政府や外務省によるのではなくクレムリンにあります。

いずれの国のナショナリズムでも、その特徴として、神話のような自国の偉大さや栄光を回復させようとする傾向があります。美辞麗句を飾ったスローガンや愛国心に訴えるレトリックによって「偉大だった祖国」の回復を図ろうとしますが、ここで犠牲になるのは外交であり、良好な対外関係において発展される経済であり、ひいては安全保障です。

ところが安全保障というものは、目の前に危機を突き付けられたり、危機を常に念頭に置かない限り、現実としての実感がわかないようです。

アメリカのナショナリストの殆どはドナルド・トランプ支持者ですが、彼らは、ヒラリー・クリントンが大統領となった際に実施されるだろう、「性同一性障害者と公共のトイレを共有する」「最高裁判所判事がリベラル派の判事となる」等のリベラル的な政策への恐怖感は募らせますが、核戦争や1930年代を思わせる恐慌などについては、「何とかなる」としか考えていません。

日本のナショナリストらは、戦時中の日本に着せられた汚名を晴らすことを優先させ、「そもそも一知半解の安全保障論で安易に『政治』を『歴史』に優先させてはならない」と主張します。

また特徴として、日米のナショナリストらは、プーチンの打ち出す強硬姿勢に共感し、指導者としての彼を評価し、彼との協力関係が築けるかのような期待をしますが、プーチンが西側を敵と考え、西側に対する対決姿勢を打ち出している点を全く考慮していません。

今日のニュースでは、ロシアのディミトリー・メドヴェージェフ首相は「ロシアは、世界のどこでもロシア国民を守る。オセチアとクリミアは、ロシアの自国民への保護への良い例である」と発言しています。つまり、世界中どこの国であっても、自国民を守るという名目で軍事侵攻や併合する意思のある事を宣言しているのですが、日本との関係で言えば、例えばロシア系住民が北海道に少数民族として居住すれば、ロシアが北海道へ軍事侵攻する口実となり得ます。

日本のナショナリストとアメリカのナショナリストが、こうも簡単にプーチン率いるクレムリンの宣伝に騙されるのは、ナショナリストの特徴として、「自分にとって都合の良い情報のみを聞く」誘惑や、「真の敵は友好国にある」というような「陰謀説」に靡く資質があるからでしょう。

もっとも、クレムリンがプロパガンダ流布を得意としている事は否めません。

クレムリンの戦法として最も顕著なのが、偽の情報やプロパガンダを流すことで、最近では米国大統領選にソーシャル・メディアやウィキリークスを使って介入した事は知られています。またNATO参加を議論するスウェーデンでは「NATOに加入すれば、スウェーデン人女性はNATO加盟国兵士によって戦争犯罪に問われる事なく強姦をされる」「NATOに加入すればストックホルムの土地は核兵器の倉庫となる」「NATOはスウェーデン政府の同意に関係なく、スウェーデンからロシアを攻撃することとなる」等の事実無限のデマが、ソーシャルメディアを使ったトロールによって流され、国民の間に困惑を広めています。

クレムリンが西側への情報操作を行ない、西側の世論を自国にとって有益に働くように導いている事は否めません。

http://www.nytimes.com/2016/08/29/world/europe/russia-sweden-disinformation.html?_r=0 

 

私たちは、陰謀説やプロパガンダに惑わされ、真の敵がどこにあるか見誤るべきではありません。その為にも、現在のロシアがどのような国家であるのか、プーチン大統領という人物がどのような人物であるのか、希望的観測を棄て、冷静に見極めるべきです。

そうでなければ、プーチン政権下、自由や人権の為に戦った多くの無辜の人々の死が浮かばれないだけでなく、これらの人々の命を奪った恐怖政治の延命に手を貸す事となるでしょう。

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       2006年に暗殺されたジャーナリスト、アンナ・ポリトコフスカヤ