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歴史問題と心の癒し

 
最近の事だが、ホロコースト否認者として有名な英国の歴史家、デイビッド・アーヴィングの起こした裁判を扱った『The Denial』という映画を鑑賞した。これはアーヴィングが、自分自身を「反ユダヤ主義であり、歴史の事実を歪曲している嘘つき」と呼んだアメリカの学者デボラ・リップスタッドを名誉棄損で訴えた裁判をもとに作られた映画だが、非常に興味深いやり取りが、デボラと彼女の弁護士との間で行なわれる。

Irving v Penguin Books Ltd - Wikipedia

 

ユダヤ人に対する民族浄化を目的としたホロコーストがまぎれもない歴史の事実である事を法廷で証明する為に、デボラはホロコースト生存者を証人として招こうと提案する。これは「生存者の意見を全く聞かずに、ホロコーストの有無が法廷で議論される事は耐えられない」とする生存者の願いを受けての事だが、これをデボラの弁護士は一蹴するのだ。
 
「生存者の証言は不正確なものだ。本来はドアが右側についていたものを、彼らはドアは左側についていたと証言する。否認者らは、こういった小さな矛盾をついて、生存者としての彼らの証言の信憑性を否定するのがパターンだ。彼らの通り抜けてきた苦難は想像を絶するが、彼らの苦難の記憶は否認者らの攻撃材料となるべきではない。法廷は彼らの魂の癒しの場ではないのだ。彼らの必要としているのはセラピー(カウンセリング)であって、法廷での争いではない。」
 
目撃者や被害者の記憶が不正確である事は、エリザベス・ロフタス博士も書かれている。

Creating False Memories

The fiction of memory: Elizabeth Loftus at TEDGlobal 2013 | TED Blog

 

「記憶というものは、多くの人々が考えるような、録画装置のように機能するものではない。何十年に渡る研究の結果が教えているのは、記憶は作られ、また再建されるのだ。それは、ウィキペディアのように、自分も他人も、行って変える事ができるのだ。」
 
韓国人元慰安婦たちの記憶の不正確さも、作られ、作り替えられる部分が多くあるからだろう。活動家らの期待に応えるかのように、元慰安婦たちがより過激な『体験談』を提供する場合もあるかもしれない。しかし記憶の塗り替えは、元慰安婦たちだけでなく、戦争の体験者やトラウマとなるような体験の生存者には頻繁に見られる傾向である。こうした生存者や被害者が訴えているのは自身の中の傷であり、悲惨な体験から来る痛みなのだ。
 

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そうした面を踏まえ、政治活動家や一部の学者らは、彼らの痛みに配慮した形で、彼らの証言の信憑性を疑うことなく「歴史の事実」として遺そうとする。こうした極端な「歴史の記憶」に対抗する為に、もう一方には、ホロコースト否認論者と同じように、小さな矛盾や記憶の不正確さをついて「すべてがでっち上げ」であり「悲惨なことは何も無かった」かのように反論を試みる政治活動家や一部学者が控えている。
 
しかしながら、生存者や被害者らの証言の矛盾をついて、彼らが意図的に嘘をついているかのように弁証する試みは、証言というものがどんなものだかを知る研究者らを説得する事が出来ないばかりか、大多数の人々を説得する事も出来ない。一般の人々からすれば、エスカレートする話の全てが信じられないにしても、何らかの悲惨な体験が被害者に起きた事は間違いないと思われ、やはり心情的に、実際に苦難を体験したと思われる側により同情の念を感じるたくなるのだろう。
 
ホロコースト生存者の証言が例え不正確にドアの位置を記憶していても、ホロコーストの有無そのものを争う議論に説得力が無いのと同様だからだ。
 
であるからこそ、歴史の真実を知る為には、政治的意図を持たない歴史家による、客観的な姿勢による研究が重要なのだ。歴史の真実への研究は、生存者による悲劇的な体験談よりも物的証拠を重視する。こうした研究は、『被害者』の証言を絶対視する事が無い代わりに、否定論者にとっても都合が悪い情報も容赦なく提供する。いずれの立場の心情の癒しの為にも学問は存在していないのだ。
 
プロパガンダに対抗する為には、被害者の心情に対して無慈悲と思えるほど客観的な姿勢を保ち、物的証拠によって事実関係を調査する歴史家の研究に頼るしかない。しかし同時に、こうした客観的研究は、プロパガンダに対抗する為に、真逆のプロパガンダを広めたい否認論の政治活動にとっても不都合である事を覚悟するべきだ。
 
私は「被害者」の"心の癒し"の為に、歴史研究が政治化される事には反対している。しかしながら、歴史研究が「否認論者」の"自分探しの旅"の為に政治化される事にも反対する。誠実な歴史家として欧米からは高く評価されている秦郁彦氏は、歴史論争の難しさに関して、「多くの人々が歴史問題を名誉の問題と混同している為、冷静な議論がなかなか出来ない」と嘆いておられた。秦氏の慰安婦問題への研究は高く評価されているが、同じ姿勢で研究をされた南京事件への研究に対する評価は、歴史問題を名誉問題として捉えるナショナリストの間では頗る低い。評価が低いだけではなく、秦氏の研究そのものが売国行為であるかのような怒りさえ口にする人々さえいる。それは秦氏の慰安婦に関する研究がナショナリストらの政治目的には都合が良いが、南京否定論者の政治目的にとっては都合が悪いからだろう。
 
しかしながら、歴史に『名誉』や『都合』は関係が無いのだ。「先人の名誉を守る為」「日本に着せられた汚名をはらす為」という姿勢では、都合の良い情報を選り好みした「ファンタジー史観」に浸るだけで、他者に対する説得力は皆無だ。冷静に考えれば、他者に対する説得力が皆無である限り、「日本の立場の弁護」が出来る可能性は当然皆無である。もし日本が、自分たちの極論の与えてきた影響を直視するような大人の国家であるならば、戦略の誤りには当然気付き、方向転換をしていただろう。しかし日本は、国家が国民の感情的必要を含め全ての責任を負う「Nanny State(ナニー国家)」と揶揄される通り、愚行の責任を政府に押し付け、個人が負うことはない国なのだ。
 
こうした幼稚な思い違いは、勿論日本人ナショナリストに限った事ではない。韓国人活動家にしても、本当に元慰安婦たちの「名誉回復」や「心の癒し」を求めるならば、80歳を過ぎた老婆を世界中引きずり回し、70年前の恨みや憎しみ、悲しみに浸る生活を強要するべきではないのだ。
 
高齢の元慰安婦たちの心の癒しを本当に求めるならば、日本軍に性サービスを行なっていた過去を恥としなくて良い社会環境を整えるべきだ。その際には、親日であった事が売国行為であるかのような反日社会は、改められる必要があるだろう。元慰安婦たち以上に和解のハードルを高くする韓国人活動家らは、自らの「慰安婦ビジネス」の為に問題を拗らせているという印象を与える。
 
また日本人ナショナリストらは、長い日本の歴史上の一時的政策や行動への批判を、自らの全人格への否定でもあるかのように受け取るべきではない。一時の政府の行動や政策に関する批判ならば、今日も普通に行なわれている筈だ。戦時中の日本政府の政策や軍事行動への批判する事は、村山元首相や鳩山元首相、また安倍現首相への批判が、日本の名誉を汚した事にはならないのと同様である。歴史の紐を解けば、一時の政策や行動に評価するべき点があるのと同時に、批判すべき点が見つかるのはどの国にとっても自然な事であり、日本もそれを免れない。
 
実質的な癒しや名誉回復が双方に起こらない理由は、実は双方のナショナリストらが歴史や政治問題を、自らのアイデンティティーの延長線上に見出している点に尽きるだろう。
 
 

 

ボリス・ネムツォフ故ロシア副首相の死を悼むロシア国民の無言の抵抗

ロシアの副首相ボリス・ネムツォフが、深夜12時近く、モスクワのボリショイ・モスクワレツキー橋を渡っている最中、背後からの銃撃による4弾発を頭や胴体に受けその場で即死したのは2年前の2015年2月27日の事である。プーチンによる恐怖政治や同僚への迫害を批判し、ウクライナ侵攻に反対する平和行進を提案したその数時間後、彼は帰らぬ人となってしまった。55歳の若さだった。モスクワでは何千人もの人々がロシア国旗を掲げて、花束やろうそく、写真を持ち寄り、ネムツォフの死を悼んで、無言の反抗を行なっている。日中ロシア当局は、花束などを「治安への妨害」として除去してしまったが、日が暮れると人々はまた花束等を持ち寄り、ネムツォフの死を悼み、プーチン政権への怒りとロシア民主化の儚い希望を表している。

https://www.nytimes.com/2015/03/03/opinion/the-brilliant-boris-nemtsov-a-reformer-who-never-backed-down.html?_r=0

Boris Nemtsov: Moscow state workers demolish memorial to slain Russian opposition leader | The Independent

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        故ネムツォフ副首相の死を悼むモスクワ市民による花束

ネムツォフが暗殺される直前の2月10日、彼は「彼がいつかプーチン大統領に暗殺されるのではないか」と87歳になる彼の母親が憂慮している事を書いている。彼の母親は同様に、プーチン大統領による、ミハイル・ホドルコフスキーやアレクセイ・ナヴァルニーの暗殺も心配していると書かれているから、こういった憂慮が杞憂ではない事がわかる。

Boris Nemtsov - Wikipedia

ロシア一のビジネスマンであり、プーチン対抗候補者とも言われていたミハイル・ホドルコフスキーは、ロシア政府によって賄賂や脱税への冤罪を着せられた後、逮捕、禁固9年の実刑判決を言い渡され、プーチンに対抗して選挙に立候補する資格を奪われている。欧州人権委員会は、逮捕、一連の裁判や収監中に、彼に対する重大な人権侵害があったとして、ホドルコフスキーに対してロシア政府に2万4500ユーロの支払いを命じているが、刑期を終え釈放後の現在ホドルコフスキーはスイスに亡命している。

Mikhail Khodorkovsky - Wikipedia

プーチン大統領が最も恐れる男と言われる、弁護士であり、民主化活動家であるアレクセイ・ナヴァルニーに至っては、ロシア政府による被害者のいない『窃盗』の言い掛かりで実弟が刑務所に送られ、自身も軟禁状態にある。勿論、ロシア政府によってありもしない不正が言い立てられ、プーチンに対抗して立候補する権利を剥奪されてしまった。プーチンは「ナヴァルニーなど取るに足らない男だ」と豪言しているのだが、だったら不正をでっち上げる事なく、ナヴァルニーの被選挙権を剥奪する必要など無い筈だ。

Alexei Navalny - Wikipedia

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        プーチンが最も恐れる男と呼ばれる民主運動家のアレクセイ・ナヴァルニィー

プーチンによる反対者やジャーナリストへの迫害、暗殺などを書く度に、「あれだけ支持率の高いプーチン大統領が反対派を殺害する訳がない」などという意見を耳にする。支持率の高さが圧制や反対者への迫害が無い証拠ならば、トルコの残虐な独裁者、エルドアン大統領も反対派を弾圧していないと言うのだろうか。トルコよりも、もっと日本人には身近な話題かもしれない、北朝鮮の金正恩などの支持率などは100%を超える場合もあるようだから、彼こそ全国民の支持を受ける偉大な指導者ということになる。
 
こういった高支持率を背景に、「弾圧などある筈がない」と主張する発言は、「投票しなければ罰せられる」という恐怖感が行き渡る国での選挙というものを、恐らく理解していないからだそろう。
 
ロシア政府による暗殺や殺害には、何種類かある。
 
ボリス・ネムツォフ故副首相の暗殺のように、プーチン大統領の政敵やジャーナリストなどの批判者が暗殺される場合。またもう一つは、プーチン政権初期に、クレムリン政権高官や治安部高官が突然謎の死を遂げ足り、暗殺される場合だ。初期に突然の不審死を遂げた高官で最も有名な事件は、KGBのアナトリー・トロフィモフ将軍の殺害だと言える。ただ最近になり、こういった暗殺事件が再発し、短期間に10件ほどの外交関係者、治安部高官の暗殺が続いている。
ボリス・ネムツォフ故副首相の暗殺に関しては、ネムツォフ氏を非常に憎んでいた、ラムザン・カディロフ、チェチェン共和国大統領の仕業である事が、ほぼ間違いないだろうと言われている。ネムツォフ故副首相の暗殺に関しては、プーチンは事前に知らされていなかった可能性すらあるが、プーチンもカディロフを反対する事は決して無い。カディロフは、誰でも自由に殺害、暗殺できる力を有し、実際に多くの人々を殺害している。

Ramzan Kadyrov - Wikipedia

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             故ボリス・ネムツォフ副首相の暗殺に抗議するモスクワ市民

カディロフとプーチンとの関係は、北朝鮮と中国の関係と似ている。カディロフは腐敗した強権専制君主であり、多くの殺害を侵してきている。但し彼は、自分への批判に対して非常に繊細であり、批判者に対しては脅迫し、あるいは暗殺の実行者を送っている。チェチェンからの迫害を逃れた亡命者によれば、カディロフは自分に批判的なチェチェン国民を誘拐し、拷問を加え、殺害し、ロシアにいる人々まで刑事免責を利用して暗殺していると証言されたが、この亡命者も殺されてしまった。権威のあるロシア治安局高官でさえカディロフを警戒しているが、プーチンがカディロフを必要とし、メダルを与え続けているため、誰も彼を排除する事が出来ない。
プーチンがカディロフの暴走を止める事は、中国が北朝鮮の暴走を止めるようなものだろう。第一に、プーチンは、人々を恐怖に陥れるカディロフの残忍さや暴政を利用している。プーチンを公けに批判しても、プーチン本人が脅迫めいたことを語る事はない。プーチンの代わりに、「このような人間は、厳しい教訓が教えられるべきだ」等の脅迫をするのが、カディロフだ。
 
実際に彼は、何人ものプーチン批判者を暗殺し他と言われている。自身の手を直接汚す必要が無い為、カディロフはプーチンにとって都合が良い。カディロフはチェチェンを恐怖でもって支配し、絶えずどこかで戦闘があるものの、比較的に安定した政権を保っている。カディロフは、プーチンが直接関連付けられたくないような、最も残酷で野蛮な方法を使って都合の悪い人々を拷問する為、プーチンはカディロフの与える恐怖の有効性を評価し、プーチンが彼を手放すことはない。勿論、時としてカディロフの過激さを不快に思う時もあるだろうが、カディロフの与える恐怖感こそが、プーチンの独裁を安定させているからだ。

 

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     アパートのエレベーターで射殺されたジャーナリスト、アンナ・ポリトコフスカヤ

私は、自由な立場にあるものとして、厳しくプーチンを批判する。命の危険を侵してこれらを主張してきたロシアのジャーナリストや民主活動家らに比べれば、私の批判など何でもないだろう。
 
ハッキリと述べるが、プーチンは大量殺人者である。プーチンが権力の座についたのは、そもそも300人に及ぶ自国民を意図的に犠牲にし、カティロフ以前のチェチェン共和国の犯行とした『アパートメント爆破事件』が背景にある。彼はチェチェンへの憎しみを煽り、第二次チェチェン戦争の指揮をとる事で、強い指導者を演出し、国民の支持を集めた。自身の権力欲の為には300人の自国民の犠牲も厭わない、KGB体質の典型である。
 
私はロシア人に反対をしているのではない。ロシア人がアメリカや西側、民主主義国家、あるいは人道への敵なのではない。プーチンがロシアの敵であり、アメリカや西側、民主義国家、また人道への敵なのだ。ロシア人の敵はプーチンである。
 
「どのようにロシアとの協調を図るべきか」といった議論が、西側諸国では語られる。しかしなぜ、プーチン・ロシアは「どのように西側との協調を図るか」考えなくて良いのだろう。平和共存や共存の道を探らなければならないのは、プーチン・ロシアの方だ。西側の責務は、プーチン・ロシアに対して人道への原則を示し、それを変えずに、プーチン後のロシアを迎える用意のある事を、示すより他はない。
 
 

『植民地支配』と『併合』の違いについての誤解

日本が韓国を『植民地支配』したか、或いは『併合』したのか、これだけの議論でもずいぶん誤解がある。『植民地支配』が住民にとって残酷な一方的搾取であり、『併合』が軍による侵攻と関係の無い平和的な合併であるかのような誤解は、無知を基にしているのではないだろうか。特に植民地支配が搾取の一方であり、住民の奴隷化を意味するかのような誤解は、あまりにも事実とかけ離れている。
 
実は、『植民地支配』と『併合統治』の違いは、形式以外殆どない。
『併合』における一応の最終的目票は、併合された土地の住民の権利を本国住民の権利と同等にする事にあり、併合された土地の『独立』を約束するものではない。原則的に、併合された土地の住民は、本国の住民の所持する権利と同等の権利を与えられると約束されるが、多くの場合はこれに即してはいない。
 
例えばアメリカがフィリピンを植民地化した時、将来的なフィリピンの独立を約束していたし、一方日本が朝鮮住民に対して約束していたのは、日本本土の住民と同等の権利の将来的付与だ。
 
因みに日本が朝鮮半島を『併合』した際に、朝鮮人には日本人と同等の権利が完全には与えられていなかった。朝鮮総督は、歴代の陸海軍大将現役や予備役が歴任している。朝鮮総督府の枢要なポストは日本人が握り、韓国人は下位のポストを占めていた。こういった日本統治の形に最も近い支配は、実はイギリスによるインド植民地政策であるし、日本はイギリスの統治を真似て朝鮮半島を支配しようとしていたのだ。
 
選挙権についても書こう。
日本本土は、1889年に大日本帝国憲法及び衆議院議員選挙法が公布され、「一定以上の財産」を持つ「25歳以上の男子」に選挙権が与えられ、また改正を経て、1925年に「25歳以上の男子全員」に選挙権が与えられているが、朝鮮半島の住民に対して国政選挙権が付与されたのは1945年になってからだ。4月3日、改正衆議院選挙法と改正貴族院令が発令されたが、戦局の悪化の為、朝鮮人の貴族院議員は日本に渡航し貴族院に登院する事ができなかった。また衆議院選挙は1946年に実施される筈であったから、1910年4月から1945年9月までの日本統治時代に、朝鮮半島の住民にとって実質的な選挙権が与えられた記憶が無いのは仕方がない。

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『併合』が意味するのは、それが本土の一部として付加される事だけである。併合された土地は住民がいない場合もある。それが軍事侵攻によるか否かには関係が無いが、勿論、多くの併合された土地には住民が住んでおり、ロシアによるクリミア併合では軍事侵攻によっての併合がなされており、併合が平和的統一を意味する事はない。
 
同様に、植民地支配が意味するのは、『天然資源などの搾取』や『現地住民の奴隷化』などは全く関係ない。『植民地』とは、植民地化した土地に共同体をつくる為に「本国」から入植者を送り作られたものだ。事実、アメリカはイギリスの植民地であったが、アメリカ人がイギリスの奴隷であったことは無いし、アメリカがイギリスから天然資源を搾取された事実もない。
 
因みに植民の歴史は古く、古代ギリシャ帝国にまで遡る。古代ギリシャでは、ギリシャ人らは自分の国から遠い土地に都市を作り、この新しい土地を植民地と呼び、入植者たちを送った。植民地に対する近代的な考えが発達し、征服という形や、全く関係のない住民を支配する要素が生まれたのは、19世紀に入ってのことだ。しかしそれでも、資源の搾取が植民地支配の目的であるかのような考えは、無知やマルクス主義者が流したプロパガンダがもととなっているようだ。
 
南米の殆どの植民地は、以下のように作られている。まず第一に個人の入植者らが、働ける土地や金、貿易、或いは布教の為に遠い土地に移住する。そして入植地を建設する。もしそこで先住民やその他の国からの入植者との間に諍いが起きた場合には、本国からの支援を要求する。最後に、これらの『本国』は、しばし消極的に、これらの地に軍や総督を派遣し、植民地が出来る。大抵時間が経つに従って、入植者たちは『本国』から送られてくる総督による支配に嫌気がさし、反逆を起こす。そして独立を勝ち取る。本質的に、これがラテン・アメリカ諸国が作られた経過である。
 
第一にエルナン・コルテスやフランシスコ・ピサロのような探検家は、個人としてすでに国が築かれていた南米大陸を征服した。この後、スペイン王はスペイン軍を入植地に派遣するよう説得されている。ピサロのような初期の入植者らの何人かはスペイン政府に反対した為、投獄や処刑の憂き目に遭っている。これらの植民地はスペインからの征服者によって統治され、多くの人々がスペインから渡ってきた。これらのスペイン人は先住民と雑婚し、新たな混血の人種となった。最終的には彼らはスペインに抵抗し、『本国』相手に激しい戦いを戦った。ブラジルやメキシコは一時期皇帝を戴き、新たな帝国を築いている。南米の国々は全て、スペインかポルトガルの植民地であったし、人種もスペイン人かポルトガル人の血と原住民と連れてこられた黒人の血が混ざっている。スペイン人やポルトガル人は雑婚をしていったのだから、原住民を奴隷化した事実はない。勿論、探検家らはこれらの新世界に金が多くあることを期待して出かけて行っただろうが、『搾取』とも全く関係が無い。
 
因みに、アメリカの先住民が新たな入植者によって虐殺され、絶滅したかのような誤解があるが、これは事実を基にしていない。勿論アメリカ先住民が入植者との戦いで殺害された事実はあるが、まず先住民同士の部族間の戦いで多くが死んでいる事実もある。ヨーロッパ人の入植によって死んだアメリカ先住民の8割から9割は、戦闘による死亡ではなく、入植者が持ち込んだ腺ペスト、天然痘や麻疹、チフスなどの病気に罹った事が死因とされている。

American Indians and European Diseases | Native American Netroots

 
日本人の間に、アメリカ先住民とヨーロッパ入植者との関係に誤解がある一方、アイヌ先住民を事実上奴隷として使用していた歴史について、日本ではあまり知られていない。かつては本州にも『倭人』と同じくらい住んでいたアイヌが、現在では北海道に僅かばかりとなった理由は何だろう。勿論『倭人』との雑婚により、同化したアイヌもいくらかはいるだろう。『倭人』との戦闘によって死亡したアイヌも多くある。しかしアイヌの死の殆どは、天然痘や麻疹など『倭人』の持ち込んだ伝染病に罹った事が原因にある。
 
『植民地支配』や『併合』、『先住民』との問題にせよ、欧米諸国のした事はすべて悪で、日本のした事だけは潔白であったと考える事は、思い込みに根差した誤りである。政治的動機を持ち込まずに学問的探究心から歴史を学ぶのでなければ、客観的な判断は、いくら学んでも出来ないと思われる。余りにも政治的主観が行き過ぎれば、学んだ結果はプロパガンダとしかならないだろう。
 

韓国の『反日ナショナリズム』を理解する

以前も書いたが、ナショナリズムとは、自国を美化する神話を含んだ国家意識と共に、国民を別の集団に反対してまとめる主義を指す。ナショナリズムは、米国、日本、ロシア、韓国など、多くの国に存在し、その主張には、他国のナショナリストには共感し得ない、自国への美化や正当化が羅列されているが、特に「パトリオティズム(郷土愛)」と異なるのは、ナショナリズムには必ず『敵』と『被害意識』が存在している点だろう。
 
ロシアのナショナリズムは、欧米や西側を敵視する。実際、ロシア人ナショナリストらは、アメリカ人がロシアについて考える以上に、アメリカ人によっていかに自分たちが敵視されているかを信じ込み、アメリカ人への敵対心を「挑発への反発」として煽動する。彼らにとって『反西側主義』は、実際には攻撃されていないのにもかかわらず、『自衛』でもあるのだ。
 
アメリカのナショナリズムは、外国人を敵視してきた。但し最近の傾向では、イスラム教徒やメキシコ系だけでなく、同盟国、また国内のリベラル派も「アメリカにとっての直接的な脅威」と見做されている。自分たちが守ろうとしている生活様式への脅威が、リベラル派によってもたらされていると感じているからだろう。
 
日本のナショナリムズは、韓国、中国、またアメリカを敵視している。特に韓国に対する敵愾心は近年にない激しさを見せているが、日本のナショナリストらは一葉に、自国を守る気概を口にする。例え「韓国人は死ね!」等と書かれたプラカードを掲げる反韓国のデモ行進者であっても、自分たちこそ攻撃を受けているのだと信じているようだ。
 
韓国のナショナリズムは、反米、反日でまとめられていると言って良いだろう。特に日本に対しては、韓国人ナショナリストらは海外に在住していても活動を続けている。日本人ナショナリストと同様、活動を続ける人々の多くは戦後生まれの筈だが、それでも、たった今見てきたように「日帝」の犯した悪を語ってくれる。
 
こうしたナショナリストたちの主張が、いついかなる場合にも変わらないという悲観はしていない。論理的議論や、知見を広げることによって『被害妄想』から抜け出す場合もある。私は日本のナショナリズムを厳しく批判するが、勿論、韓国やアメリカ、ロシアのナショナリズムに対しても同様である。
 
但し、意外と知られていない韓国の反日ナショナリズムの背景について、以下に在韓アメリカ人学者、ロバート・ケリー教授の記事を訳してご紹介する。まず、韓国に蔓延しているかのように見られる「反日ナショナリズム」について、まず原因を知る姿勢も必要に思えるからだ。

Why South Korea Is So Obsessed with Japan | The National Interest Blog

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『北朝鮮の真のイデオロギーが社会主義ではなく、朝鮮民主主義人民共和国が外国勢力から民族を守っているといった、『民族』をもととした韓国ナショナリズムである事は、今では広く受け入れられている。国際化した経済、米軍基地、文化の西洋化、韓国に住む外国人の存在などの為に、北には『ヤンキーの植民地』と呼ばれる韓国は、北の『民族の純血』を強調した史観には太刀打ち出来ないのだ。
 

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こうした事も、もし韓国の政治アイデンティティ―が、人種を超えた真の民主主義であったならば、問題とはならなかっただろうが、政治アイデンティティーは違うのだ。『民族』への神話は、韓国内にも深く共鳴されているのだ。韓国の教育はそれを教え、国営メディアはそれを広め、業界はそれを強調し、私の教え子たちもそれを称賛した文体で書いていた。何年か前までは、国の忠誠の誓いは、民主主義国家『韓国』ではなく、『民族』に対してなされていたのだ。また韓国の民主主義は民族を基本としたナショナリズムに対抗できる強固な正当性を与えていないのだ。また一部の特権階級が政治的機会に恵まれるような機構は、路上デモの文化を作り出し、選挙結果が尊重されていない徴しとなっている。
 
もし韓国が民主主義を通して、か細く自身を正当化するとして、強力な民族ナショナリズムを背景に、ソウルは、『民族』と『5,000年の輝かしい歴史』の擁護者であるかを平壌と競う場合、接戦を迫られるのだ。しかし、北朝鮮による「虚偽の歴史を作り出す意欲」の為だけではなく、米軍の存在、市民の間に人種混合を推進する多文化主義の発達などによって、韓国にはこの戦いに勝ち目はない。北の純粋な民族主義ナショナリズムは、韓国でも何十年に渡り、絶えず共鳴されてきた。独裁者であった朴正熙故大統領は民族による正当性を強調し、最近の議会選挙では、10%の国民は公けに親北朝鮮の政党に投票をしているし、主な左翼政党は、北朝鮮よりも米軍基地の存在の方が韓国に対する脅威であるかのように、一貫して態度を曖昧にしてきた。
 
さてここに、韓国にとって「都合の良い他者」として本来ならば北朝鮮が占めるべき場所に、日本が登場する。北朝鮮、韓国に関係なく、朝鮮半島の全ての人々は日本による植民地支配(併合)が悪であった事には同意している。北朝鮮を非難する事は、すぐさま「誰がより優れた民族の後継者か」という問題を再熱させるが、日本を非難する事への道徳性は議論の余地が無い。本来ならば、これは必要のない議論なのだ。西ドイツは東ドイツに対して自らのアイデンティティーを明確にし、正当性の争いに勝つことが出来た。ところが北はマルクス主義を捨て、韓国も共鳴する民族の正当性に置き換えてしまったが、民主主義はこれに打ち勝つ力はないのだ。
 
であるから、日本を罵倒する事は、優れた『解決策』なのだろう。日本を非難する事で、韓国は民族の擁護者となり、あからさまな北へのシンパシーを煽動し兼ねない北との激しい民族ナショナリズムの競争から一歩退く事が出来る。また、財閥と呼ばれる凝り固まったエリートらを韓国政治から一掃する必要が生じる韓国の政治的正当性を、長期的に民族から民主主義へと変える為の議論を避ける事ができるのだ。とどのつまり、反日本主義は、韓国の多くの問題を管理するのに都合が良い戦略なのだ。しかも、アメリカが安全保障を担ってくれる限り、地政学的な代価を払わなくて済むのだ。
 
何の問題があるだろう。韓国が反北朝鮮になる事が出来ないならば、反日本で良いではないか。』
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また、以下はアンジェイ・コズロウスキー教授の書かれた日中韓のナショナリズムに関する洞察だ。
 
『中国の反日プロパガンダを反米の予行演習か何かであるような吹聴は、全く馬鹿げている。実際、中国は反米プロパガンダを反日プロパガンダよりずっと以前から行ってきているのだ。しかも中国による反米プロパガンダの主張は、日本人ナショナリストらの主張と同じなのだ。また中国と韓国には大きな違いがある。
 
無知な日本人ナショナリストの主張とは異なり、中国人の間では日本に対する敵愾心は殆ど無い。中国の田舎に出かけた事のある人間ならば、これに同意するだろう。実際に中国人とかかわった事のある人間ならば、一般の中国人の間に日本への憎悪がない事は明らかなのだ。第一彼らには日本に関する知識も無いし、政府の流すプロパガンダを読んだり聞いたりすることも無いのだ。中国では意図的に反日感情を煽るのは政府であり、共産党である。彼らは自分たちの都合に合わせてこうした感情を煽動しているのだ。
 
しかし韓国は逆である。韓国のナショナリズムは実在し、日本の植民地支配によって反日感情はナショナリズムの中心を占めている。日本人ナショナリストは認めようとしないが、韓国人ナショナリストらは反中国でもある。また韓国政府は、大抵反日ナショナリズムを煽動しようとせず、抑える方向で働くが、北朝鮮はこうした韓国政府による対日本への穏健な姿勢を、絶えず弱さの兆候として宣伝してきた。そうする事で、韓国人ナショナリストからの支持を得られるからだ。日本のナショナリストらとは違い、韓国のナショナリストらは左派(親北派)が多い。勿論韓国人ナショナリストの間には右派も存在するが、左派ナショナリストよりも声が小さい。
 
日本の場合は、これとは逆である。左派が「インターナショナリスト」であり、ナショナリストらは自分自身を「愛国者」と呼んだり、「保守派」と呼び、右派に属する。勿論、こうした定義は単純化されている。例えば、日本人ナショナリストらは、基本的に左翼と全く同じ、西側やアメリカなに対する『世界観』を持っている。それでも彼らは自分たちを右派であると信じているのだ。』
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韓国の反日ナショナリズムついて反感を持つにしても、反日ナショナリズムの台頭と北朝鮮からの圧力の狭間にある韓国政府の微妙な立場を理解する事は、日本外交の成否を決める上で欠かせない知識である。
 
こうした微妙な外交の現実は、実は日本だけが抱えているのではない。
 
約3,000人のアメリカ人が殺された911テロのハイジャッカーたちの多くは、エジプト人、またサウジアラビア人であり、両国はアメリカにとって敵対国ではない。911テロに関して、特に同盟国であるサウジアラビア政府の関与が疑われていたが、アメリカはサウジアラビアとの同盟関係、またテロリストやテロに関する情報提供の協力を重視し、サウジアラビア政府の責任を追及していない。サウジアラビア政府は、国内のイスラム教徒にとっては世俗主義と考えられており、サウジアラビア政府の責任が公式に問われ、政権が転覆でもされれば、更に反米イスラム主義国となる可能性が濃厚だからだ。道徳的、あるいは倫理的怒りや反発に任せてサウジアラビア政府に圧力をかけた場合の結果は、アメリカが意図しないものとなる事がわかり切っているからだ。
 
日本の場合も同様だ。(尤も、アメリカがサウジアラビア人に恨まれるよりも、韓国人に憎まれるべき要因が日本には遥かにあるのだが...) 誰が政権に立っていても、韓国政府への圧力は、更なる民間の反発を招くし、そうした民間の活動に圧力をかけようとすれば、更に反日的要素のある政権が誕生するだろう。
 
「元々は韓国政府が蒔いた反日感情の種が手に負えなくなっただけ」として理解すら拒めば、しっぺ返しは必ず日本にもやって来るだろう。

釜山総領事館前慰安婦像設置を巡る、安倍政権「在韓外交官召還」の大失敗

日本政府は慰安婦像を合意の精神への違反だと考える。しかし政府の管轄外にある市民団体の行動に対する日本によるハイレベルの応酬は、モグラ塚から山を作るようなものだ。極東地域におけるアメリカの同盟国同士の協力関係が重要である時に、日韓関係を危機に陥れるような、戦略的判断の誤りである。アメリカは日韓の緊張緩和と関係改善に向けて、日本の方向転換をさせなければならない。

日本は外交接触や一般の抗議などによる反対にとどめる事も出来たはずだ。しかし、それと引き換えに、大使を召還し、経済協議の延長を決め、この争論の輪郭を一気に高め、政府の協力姿勢と全く関係のない市民による行動を関連付けてしまっている。こういった行動は、戦時中の非難されるべき行動への誠意に対する疑いを搔き立て、日本への批判を力づけるだけだ。

韓国内の反日感情を考えるが、2015年のピュー・リサーチセンターの世論調査では、日本はマレーシアやフィリピン、ヴェトナムとオーストラリアから80%以上の好感度を得たが、韓国からの好感度は25%に過ぎなかった。ソウルに拠点を置くアサン研究所の調査では、韓国人は、バラク・オバマ、習近平とヴラジミール・プーチンを安倍晋三よりも遥か高く評価している。安倍への好感度は、2014年から2016年の調査では、北朝鮮の金正恩への好感度に近い。

今年の韓国では、慰安婦問題をめぐる日韓合意を取り付けた朴大統領の腐敗による弾劾をもって、日韓関係は更に微妙な位置にあると言える。対抗する大統領候補らは多いが、韓国の政治にとって、合意を取り付けた朴大統領の不人気さは、日本を更に安易なターゲットとし、大統領選の課題とさえなり得るのだ。新大統領の可能性のある文在寅候補は、すでに合意の再交渉を示唆している。』

Japan’s Terrible Mistake on ‘Comfort Women’ | The Diplomat

 

韓国・釜山の日本総領事館前に慰安婦像を設置した問題で、日本政府は長嶺駐韓国大使および森本在釜山総領事の一時帰国、釜山総領事館職員による、釜山関連行事への参加見合わせ、日韓通貨スワップ取り決めについての協議の中断、日韓ハイレベル経済協議の延期などを決めた。

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日本政府は、韓国側が釜山の日本総領事館前に慰安婦像を設置した事を非難し、「日韓合意での取り決めを韓国政府が着実に履行していくこと」を求めているようだが、日本政府は、韓国政府がどのように合意違反を行なったと考えているのだろう。

日韓合意は、日韓双方の政府が、双方の国民の間に広がる反発を抑えて、政府による互いの批判を国際舞台の場では控えるという合意である。当初から言われていた通り、これは、民間の言論や行動を制限するものではない。

実際に、「安倍政権が自民党右派及びその背後の右翼の無知、偏見を的確に批判し、日本政府の公式見解に反することを厳しく処断することができるかどうかが問われる」と投稿し、合意に反対する日本側右派の言論を規制しようとした民主党ブレーンとされる山口二郎法政大教授の意見については、『民間の言論をも「処断」するよう政府に求め、言論の自由への抑圧を主張したとも受け止められかねない発言だ』と、産経新聞は批判していた筈だ。言わずもがなだが、日本側にある合意への反対意見や言動が規制されるべきでないならば、韓国側の合意への反対意見や言動も規制されるべきではない。

【「慰安婦」日韓合意】政府に言論弾圧要請? 民主ブレーン山口教授「公式見解に反したら処断を」(1/2ページ) - 産経ニュース

確かに合意の一部には、日本大使館前の慰安婦像について、日本政府が、大使館の安寧・威厳の維持の観点から懸念していることを認知し、韓国政府としても、可能な対応方向について関連団体との協議を行うなどして、適切に解決されるよう努力する」という項目がある。一部の合意反対派が主張していた通り、民間の設置した慰安婦像撤去を約束するものではなく、政府として設置運動を進める団体と協議し、「適切に解決されるよう努力」する事が、韓国政府の負う責務であった。日本側の合意反対派の主張のよりどころは、この合意が、大使館前の慰安婦像撤去を約束したり、強制撤去させるものではない事にあった筈だ。彼らの不満の通り、日韓合意は慰安婦像撤去を約束していないのだから、撤去が不可能となったり、釜山の総領事館前に新たな慰安婦像が設置されたからと言って、韓国政府が合意に違反した事にはならない。

韓国政府としても、もし「撤去させる」などと約束すれば、民間の言動を政府が弾圧する事となる。実際に慰安婦像が撤去されるかどうかは民間団体の意思によるし、そこまでしか政府として約束が出来ないのは当然なのだ。日本政府がこれ以上の確約を韓国政府に求めれば、「政府は民間の言動を弾圧しないという民主主義国家の大原則を、日本政府が全く考慮していない」という悪印象を世界中に広める事になる。日本には、70年前の戦争で自国民や他国の人権を蹂躙したという印象があるが、今回、韓国政府による民間説得の努力を不十分とし、それ以上の介入を韓国政府に求める為に大使召還や経済協議の延期など行なえば、日本にまとわりつく威圧的なファシスト国家という誤ったイメージを、自らが演じる事となる。

ディプロマット誌は、「慰安婦問題での日本のひどい失敗」とする記事を掲載したが、この記事のあげる日本政府の過剰反応は、確かに非常識だと言える。一時的とは言え、大使召還はその他の外交手段のない事を意味する。非難の通り、大袈裟だし、馬鹿げた反応なのだ。そこまでするほどの挑発や侮辱、脅威を与えられたとは、日本人ナショナリスト以外の誰も思わないだろう。

朴政権の弾劾を迎えた上、トランプ米政権の発足で、朝鮮半島の外交、安全保障情勢が大きな転機を迎えることになりかねない現状を、全く視野に入れていないとしか考えられない。安倍政権のあまりにも無茶な期待は、残念ながら安倍外交が国際常識を持ち合わせていないことを疑わせる。

合意の通り、韓国政府は国際外交の場で、日本に対する批判を行なっていない。朴大統領が以前繰返していたような、外遊をする度に日本バッシングする姿勢からは方向転換をしたと言えるだろう。在韓大使館、釜山総領事館に向けた慰安婦像は、日本人に不快感を与えるかもしれないが、現在の日本が、市民団体の言動を弾圧するような国家だと見られる事に比較すれば、そうした不快感は、外交関係を絶ってまで我慢できないものではない。

私は、米国の教科書記述に対しても安易に日本政府の介入を求めた新聞の主張を思い出すが、政府による民間の言動、しかも外国における民間の言動に圧力をかけることを良しとするような風潮こそ、日本に対する悪い誤解を増長させるキッカケとなると指摘する。

勿論、慰安婦の像設置などは、韓国の運動家による自己満足の為の日本叩き以外の何物でもない。このようなものの設置で真の平和や女性の人権への向上などが実現できるほど、世界は単純な場ではない。こうした像が設置されれば設置されるだけ、韓国の市民団体のヒステリックな反日運動が、安全保障を無視した非常識として、国際社会からは侮蔑の対象となる筈だったのだ。実際、2015年末の日韓合意は、日本政府による外交勝利と考えられていた。

しかし日本政府は、外交官召還というあまりにも大袈裟で極端な対応に出た為に、韓国の市民団体が得る筈だった侮蔑を肩代わりしてしまったようだ。極端で愚かな市民団体がある事と、極端で愚かな政府がある事では、受ける侮蔑の種類が違う。また現在の日本に対する悪い誤解は、70年以上前の日本への悪い誤解よりも、現在生きる日本人の安全保障にとって、はるかに上回る悪影響を及ぼす。

慰安婦に関する記事を書かれたアンジェイ・コズロウスキー博士に言わせても同様だが、日本政府は、韓国政府が直接的に行なうこと以外を無視していれば良かったのだ。釜山総領事館前の新たな慰安婦像設置に関しては、「日本政府は、韓国市民団体の言動を束縛したり、弾圧するつもりは無い。韓国の人々の表現の自由は保証されている」とでも声明を発表していれば、さぞ国際的な名誉が与えられていたことだろう。

そうしなかったところに、安倍内閣の外交的、戦略的大失敗がある。安倍内閣が安全保障や同盟関係を軽視するナショナリスト内閣であり、他国の民間人による言動すら弾圧しようとする威圧的な政府だという疑惑があったとすれば、そうした疑惑の念は、今回の大使召還で払拭された筈だ。

反対者への『国籍による人種差別』---塚本幼稚園問題

学校法人「森友学園」が運営し、教育勅語の唱和や「愛国心と誇りを育て」る教育を幼稚園児に施すことで知られる『塚本幼稚園』が、保護者に宛てて「邪(よこしま)な考えを持った(名前は日本人なのですが)在日韓国人である・支那人であるそれらを先導する人、それに金魚のフンのようについてくる人は近づいてきます。」と書かれた文書を配布していた事が、日本からの話題としてアメリカにも伝わっている。勿論、日本に対する良い印象を与えるニュースではない。

Nationalist Osaka preschool draws heat for distributing slurs against Koreans and Chinese | The Japan Times

上記の文章だけでは理解しにくいのだが、要は、インターネットのブログによって塚本幼稚園に対する批判が起こった際、それを「韓国・中華人民共和国人等の元不良保護者」の仕業であるとしているらしい。

塚本幼稚園、保護者にヘイト文書 「民族差別の疑い」大阪府が調査 

 

また幼稚園の公式サイトで、塚本幼稚園を批判するブログを開設した保護者に対して「専門機関による調査の結果、投稿者は、巧妙に潜り込んだ K国・C国人等の元不良保護者であることがわかりました。(元々の表現は、韓国・中国人等の元不良保護者)」としているが、『専門機関』とは何の事だろう。

http://www.tukamotoyouchien.ed.jp/wp-content/themes/tukamoto/pdf/attention2.pdf

 
園長と学校法人の理事長を兼ねる籠池泰典氏は、塚本幼稚園の公式サイトの『園長の部屋』でも「この国がなければ世界はまさにルールに基づいて動く。全てが民主的にルールに乗っ取って動く世界に駄々をこねて世界平和を乱す元凶は中華人民共和国(支那)なのだ。...かの国がない方が世界平和につながるので、4つ位の国に分裂させるか、なくしてしまうことだ。」と書いている。

平成25年7月23日 教育も外交も同じこと|平成25年|園長の部屋|塚本幼稚園幼児教育学園

 

中国の軍事拡張主義は、確かに警戒されるべきだ。しかしながら、よほど中国以外の専制独裁国等の動向に無頓着でなければ、「この国がなければ世界はまさにルールに基づいて動く」「世界に駄々をこねて世界平和を乱す元凶は中華人民共和国(支那)なのだ」とは言えないだろう。たとえ中国が「4つ位の国に分裂」されたり、消滅してしまったとしても、「世界平和」は訪れない。

 

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籠池泰典園長の余りにも単純な論理は、軍事、及び外交戦略、経済関係を視野に入れた複雑な世界情勢への深い知識を基にした主張とは到底思えない。また、書かれてある文面から察しても、教育者である事すら疑わしく思われる程の文章力である。
 
籠池泰典氏は、ブログ投稿者の身元は「日本人名である」と認めつつ、「巧妙に潜り込んだK国・C国人等の元不良保護者であることがわかりました。(元々の表現は、韓国・中国人等の元不良保護者)」と断言する。籠池氏の言う通り、幼稚園に批判的なブログの投稿者の身元調査までしてくれる専門機関が果たしてあったとして、こうした表現が差別でないとするからには、投稿者の主張や意見と国籍が、どのように関係しているのかを説明する必要がある。投稿者の主張や意見が、その国籍を原因としたものでなければ、言葉を変えれば、韓国籍、中国籍であるからこそ、このような主張や意見があるのだと論理的に説明できなければ、「表現の自由」に対して「国籍による差別」をもって反論をしているだけと言える。
 
ところが、信条や信念、主張、政治趣向と国籍や民族性は殆ど関係がない。「こう考えるのは、在日韓国人だから。中国人だから」というような無知は、「在日韓国人や中国人はこう考えるに違いない」という偏見の裏返しであり、籠池氏がこれにこだわる限り、彼は教育者に相応しい思慮や知識を欠如していると言える。
 
籠池氏が人種差別主義者かという判断は、多くの人が疑いを持つだろうが、彼の信条に共感するナショナリストには「ただ事実を述べているに過ぎない」と映るだろう。
 
自分で意識しているか、いないかによらず、誰でも、他人種や他国籍への『偏見』を持つ事が多かれ少なかれ、あるだろう。こうした無知を基にした偏見を、実際に他人種や他国籍人と関わることよって解消する人もいるが、直接の関わりから得た体験こそ「特別例」と捉え、「偏見」を揺るがない「事実」であるかのように固執する人もいる。後者のような人々にその偏見や差別を指摘しても「これは差別なのではなく、事実を述べているに過ぎないのです」と悪びることがない。
 
実際、KKKのメンバーや白人至上主義者でさえ「自分は人種差別主義者ではない」と主張し、「ただ異人種間の分離主義を主張しているに過ぎない」と主張する。誰が言いだしたかは知らないが、日本人ナショナリストの間では「韓国人を見たら泥棒と思え」等のレトリックが「事実を反映しただけで、人種差別ではない」と開き直られている。
 
論理や事実の客観的把握ではなく、感情的な憂さ晴らしや他者への憎悪による一体感を得る為の言論は、一時の感情的高揚をもたらすだけで、健全な国家や社会の建設の為に何らかの良い影響を与えることはない。却って、論理的な思考を妨げ、感覚を頼みとした排他的極論を生むだけだろう。
 
排他的ナショナリズムは、自らが敵とするグループへの憎しみや偏見によって一致し、集合体の精神性に自分自身のアイデンティティーを重ね合わせているだけだ。
 
籠池氏の文書は、本人が意図したか否かには関係なく、明らかに差別的だし、思慮の浅い、低俗な理屈の羅列ばかりである。勿論、中国の軍事拡張主義、人治主義といった、氏の懸念の全てが的外れなのではない。しかしながら、懸念への現実的対処は、暴論や極論では決してできない事を、大人であるならば認識する必要がある。
 
私は、海外からこうした日本の様子を眺めているが、日本が真に尊敬に値する国になる為には、こうした排他的極論への批判が『保守派』の間から出るか否かによると考えている。その先行きが明るいとは言えない。

『フェイク・ニュース』と叫ぶトランプ政権による《報道の自由》への攻撃

毎日どころではなく、一日何度も報道されるトランプ批判の非は、誰にあるのだろう。メディアによる報道がヒステリックであればあるほど、それが却ってトランプ大統領本人や政権の潔癖を表すかのようなおかしな主張がある。これは、狂人の狂った行動への反応が大きければ大きい程、狂人の正常を表しているとするのに等しい馬鹿げた論理である。
 
トランプ大統領の錯乱ぶりやトランプ政権の無策、無知、違法性、不正腐敗等は余りにも度を越している。その錯乱や不正腐敗のスキャンダルの一部でも他の政治家のものだったら、それだけで大きな失点となっていただろう。
 
トランプ大統領は、マイク・フリン大統領補佐官の辞任に伴い、木曜日に記者会見を開いたが、CNNのジム・アコスタ記者を罵り、「ただのフェイク・ニュースじゃない。悪いフェイク・ニュースだ」と呼んでいる。実際、トランプ氏が今日の会見で非難したのは、CNNだけではない。何故か再びヒラリー・クリントン、オバマ前大統領、民主党、共和党、裁判所、裁判官、リベラル派などであるが、特筆するべきは、オーソドックス系ユダヤ人レポーターからの「反ユダヤ主義の台頭をどう対応していくのか」という質問を「悪い質問」と呼び、質問自体をトランプ氏への「侮蔑だ」と呼んでいる事だろう。

https://www.nytimes.com/2017/02/17/us/politics/trump-press-conference-jake-turx.html

 
木曜日の記者会見でのトランプ大統領の振る舞いや、メディア批判、特にCNNレポーターへの批判は、さすがに普段トランプ支持を表明するフォックス・ニュースでさえ怒らせた。フォックス・ニュースのシェプ・スミス記者は、まずCNNのジム・アコスタ記者について「会ったことは無いが、立派な記者だ」と弁護した上で、
 
「毎日、我々が目にするのは全く狂っている。完全に狂ってしまっている。彼(トランプ氏)は、全くくだらないゴミのような嘘の主張を繰り返し、まるで質問する我々が愚か者であるかのように、ロシアに関する質問には全く答えようとしない。果たしてそうなのだろうか。対戦相手がロシアによってハッキングされ、その最中に自分たちはロシアと電話をしていたのだ。一体それについて質問する我々の方が愚か者だと言うのか? 大統領閣下、そうではない。我々がこれについて聞くことは決して愚かではない。そしてこれについての誠実な答えを我々は求めている。アメリカ人はこれを知る権利が絶対にある。あなたの支持者らは、いずれにせよ、あなたを支持し続けるのだ。あなた方はロシアと何を話していたのか? 彼らは何を言っていたのか。我々にはそれを知る権利がある。あなた方が我々をフェイク・ニュースと呼び、アメリカ市民に代わって質問をする我々を、まるで子供であるかのようにあしらっている事は、論理にそぐわない。人々はこれを知る権利があるのだ。」と語っている。

Fox host Shepard Smith slams president, Trump supporters call for his head

 
またトランプ氏は、自らに批判的なニューヨーク・タイムズ紙やワシントン・ポスト紙などの一流紙を信頼するに値しないと罵り、無知なだけで知識のない支持者を狂喜させるが、これら一流紙は、勿論『フェイク・ニュース』ではない。
 
一方、トランプ大統領が「素晴らしい働き」と称えたアレックス・ジョーンズの代表する『インフォワーズ』は、陰謀説専門のサイトである。ジョーンズ本人は911テロをアメリカ政府による内部工作と呼び、2012年、コネチカット州のサンデーフック小学校で起き、28名が犠牲となった銃乱射の虐殺事件を「実はなかった」と否定している。また2016年5月にトランプ氏が「テッド・クルーズ議員の父はJFケネディーを暗殺したリー・オズワルドと一緒だったと書いてある」と主張した『ナショナル・エンクワイヤー誌』は、その半年前には「ヒラリー・クリントン、余命あと半年」と一面に飾ったタブロイド誌である。
 
トランプ氏は、自分に対して好意的な一部アルト・ライト・メディアを好意的に称えているが、批判的記事を書くメディアを指して『フェイク・メディア』と呼んでいるだけだ。
 
もちろん、ニューヨーク・タイムズ紙はその編集意見に於いてリベラル傾向が強く表れるが、調査能力や情報収集能力においては、やはり群を抜いている。例えばニューヨーク・タイムズは2014年にイラクに大量遺棄された化学兵器についてのスクープ記事を報道している。また2016年には、トランプ氏の中国銀行への多額の借金についても暴露記事を書いている。

 

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      錯乱的と言われたトランプ大統領の2月16日記者会見

 
ワシントン・ポスト紙もリベラル・メディアであった事は間違いないが、事実関係においては客観的な記事を心がけている。特にトランプ氏が共和党指名候補者に選出されてからは、これに反発する保守層が読者層に組み込まれた為、かなり客観的な記事に徹している
 
これらの二紙は確かにリベラル色があると思われるが、トランプ批判だけに徹し、民主党政治家の不正については報道しない訳ではない。
 
たとえば、ヒラリー・クリントンが私的なemailサーバーを使用した疑惑についてスクープしたのも、ニューヨーク・タイムズだ。実際、マイケル・フリン大統領補佐官とロシア大使の会話疑惑についてスクープ報道したマイケル・シュミッド記者こそが、ヒラリー・クリントンの私的サーバー使用とその違法性について一番にスクープしている。

https://www.nytimes.com/2015/03/03/us/politics/hillary-clintons-use-of-private-email-at-state-department-raises-flags.html?_r=1

 
また、ワシントン・タイムズは、「中国は『一つの中国』をトランプ大統領が認める代わりに、商標登録の権利を認めた」というような印象を受けるAP通信の報道内容について、トランプ名の商標権は既に2016年9月の判決でトランプ氏に認められており、2月14日の通知は、法的な正式通知が為されたに過ぎない事を更に詳しい時系列を含む報道によって示唆している。こうした中国の決断が、トランプ氏の大統領就任に関係があったとしても、『一つの中国』政策を認める決断と関係があったとは結論付けられない。

China awards Trump valuable new trademark

Trump gets his trademark in China. But he won’t be reaping the benefits. - The Washington Post

 
ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポストやCNNは、トランプ氏が名指しして『フェイク・ニュース』と非難するメディアの代表格だが、こうした一流メディアはその報道に於いて社会的責任が伴い、軽々しく事実関係を歪曲して報道する事は殆どない。少なくとも、意図的な歪曲はないと言って良いだろう。
 
ではAP通信は『フェイク・ニュース』なのだろうか。
 
AP通信を批判する前に、パターン化したホワイト・ハウスの策略があると見られている。
 
金曜の朝、AP通信は「トランプ政権が10万人の国境警備隊を使って、違法滞在者を一斉検挙する計画がある」と報道した。これは移民局に行き渡ったメモを基にした記事だが、これを実現する事実は無いようで、ホワイト・ハウスのショーン・スパイサー報道官は、「APは記事にする前に、我々に確認するべきだった」と発言している。

AP Exclusive: DHS weighed Nat Guard for immigration roundups   

White House denies report Trump is considering using National Guard troops for immigration roundups - LA Times

 
まず、もしAPがこの記事をデマカセや思い込みで書いたのならば、『フェイク・ニュース』だと言われても仕方がない。
 
しかしながらAPは、記事文中にもあり、またスパイサー報道官に反論している通り、何度もホワイトハウスや移民局に事実関係についてコメントを求めていたのだ。ショーン・スパイサー報道官や大統領府、移民局は、AP通信からの度重なる事実関係確認の要請を無視しておいて、記事にされるや即座に『フェイク・ニュース』と信頼性を損なわせているのだ。
 
ビジネス・インサイダー誌は、ホワイト・ハウスによるこうした傾向を以下のようにまとめている。
 
1.   メモや政策提案がメディアに流出されるのを待つ。
2.  メディアからの、メモについての信憑性や事実関係への確認には答えない。
3.  情報の真偽については、記事にされるまで待つ。
4.  メディアが事実関係の確認なく記事にしたと非難する。
 
 
ホワイト・ハウスのこうした手段に惑わされているのはAP通信だけではない。ビジネス・インサイダーによれば、ホワイト・ハウスは、ニューヨーク・タイムズ紙やウォール・ストリート・ジャーナル紙等、多くのメディアに対して同様の黙秘を続けている。記事にされる前の段階で行政側が黙秘を続けるならば、メディアは「ホワイト・ハウスはこれについてのコメントの要求に答えていない」と書くしかない。後になって、行政側から流出されたメモを基にした記事が「政策を正確に反映していない」と批判されても、その非はメディアにあるだろうか。

Fake News Or White House Manipulation? Media Reports Draft Trump Plan For 100K Anti-Illegal Immigration Enforcement Force, Trump Denies | Daily Wire

 
これだけでない。木曜夜には、トランプ政権筋の話として、解任されたマイケル•フリン補佐官の後任として、芸術史家が選考の対象に上がっているというニュースが流れた。これは主要メディアは殆ど無視したが、情報の流出は政権に近い人物が行なっているのだ。意図的にヒステリックな反応を起こす情報を流出し、メディアの不正確を指摘する目的があるのかもしれない。であるから、こうした現状を踏まえ、ワシントン•ポストの記者らは、政権側に情報錯乱の意図があると警戒している。
 
このような悪質なパターンを見る限り、ホワイト・ハウス側にメディアを陥れる悪意があるとしか思えない。トランプ政権は、政権側から流出された情報の真偽を否定せず、それが記事になった段階でメディアの信頼性を失なわせ、全てを『フェイク・ニュース』とレッテル貼りしているのだ。国民によるメディアへの信頼を損なってしまえば、あとはトランプ政権スキャンダルに関するどんな報道があっても、国民を騙し続けられると考えているのだろうか。
 
更にダメ押しでもするかのように、トランプ氏は『フェイク・ニュース・メディア(失敗しているニューヨーク・タイムズ、NBCニュース、ABC、CBS、CNN)は、私の敵なのではない。アメリカの人民の敵なのだ』とツイートをしている。
 
このツイートについて、外交アドバイザーのマックス・ブート氏はこれを「これはしばし専制君主が言うような、危険なレトリックだ。アメリカ大統領から聞いたことは無い」と警告し、ジョン・シンドラー氏も「『人民の敵』とは、レーニン、スターリンなどが、何百万人もの無辜の人々を虐殺した際に正当化する為に用いた表現だ」と述べる。ビル・クリストル氏も、「『人民の敵』という表現が、良い結末を迎えたことは無い。アメリカの通常や自由民主社会では聞かれない表現だ」と警戒している。
 
メディアの記者やジャーナリストは一般市民である。彼らは、他の一般市民に対して情報を提供しようとしているに過ぎない。勿論、国によってはこうした報道の自由の為に命を落としたジャーナリストもいる。彼らは『人民の敵』などでは決してない。大統領を始め、政治家や公職につく人々にとって、メディアからの批判に不満を持たなかった人物はまずいないだろう。
 
それでも、報道の自由は、健全な民主主義社会には欠かせないものだ。アメリカの独立宣言を起草したトーマス・ジェファーソンは、1787年、以下のように書いている。
 
「政府の元となるものは人民の見解である。まず第一の趣旨は、ここにあるのだ。もし新聞の無い政府を取るか、政府の無い新聞を取るか聞かれれば、私は一瞬の迷いもなく、後者を取ると答えるだろう。」
 
トランプ大統領は、メディアだけではなく諜報機関に対しても冒涜を続けているが、こうした『宣戦布告』が良い結末を迎える事は絶対にない。アメリカという国家の安全保障を守る諜報機関や、社会を健全なものとする『報道の自由』を弾圧しようとすれば、トランプ大統領の行き着く先は、ニクソン大統領のそれよりも、遥かに惨めで破壊的なものとなるだろう。