トランプ支持者による途方もない陰謀説

トランプ陣営が「民主党員による不正工作によって勝利を奪われた」と主張する2020年の選挙だが、トランプ陣営が裁判所に提出した訴えの内容は、「不正な投票があったかもしれない」という類いであって、トランプ氏に勝利をもたらした2016年の選挙や、それ以前の選挙での不正投票を越える不正工作の証拠を提出した訴えではない。裁判所に虚偽の提出をすれば偽証罪に問われる為、陣営の弁護士でもいい加減な主張はできない。裁判での発言は、ツイッターやテレビでの発言とは重みが違う。だからこそ、その主張の真実さは、宣誓のもとで何が言われているかにある。トランプ陣営の裁判を受け持つ弁護団のうち9人が、「アメリカ民主主義の正当性を、証拠失くして疑わせる行為に加担をしているのではないか」という罪悪感を匿名で語るのも頷ける。

Election 2020: What Are the Trump Legal Claims? - WSJ

Growing Discomfort at Law Firms Representing Trump in Election Lawsuits - The New York Times

 
またアメリカを含むどの民主主義国家の選挙においても、誤りや不正投票はいくつかある。しかし今回の選挙でトランプ氏が主張しているのは、民主党の工作によって選挙結果が覆ったというスケールの主張だ。ツイッターやビデオ、YouTube等でこういった主張をする人々は、訴えている陰謀のスケールの大きさに気付いていないのだろう。
 
第一、「郵便票が書き変えられた」等の陰謀説は、「郵便局の配達員がそれぞれ膨大な数ある郵便物の中から、封じられた投票用紙の入った専用封筒を全て開封し、その中にある、油性ペンでマークされたトランプ票を、何らかの方法によってバイデン票にマークしなおすという途方の無い作業を、誰にも暴かれる事なく行なった、或いは協力者と共謀して行なった」という主張だ。しかし郵便局という職場は、民主党支持者だけの職場ではない。ほぼ同数の共和党支持者が働く職場でもある。どうにかして誰にも暴かれずにいくつかの票が書き換えられても、次は既に開封され改竄された票であると気付かれずに計算される必要がある。トランプ陣営はデトロイトのあるウェイン郡の選挙結果に異議を唱えているが、ウェイン郡だけでも投票所は180ヶ所あり、ウェイン郡での結果を書き換える為には、同僚の共和党支持者や不審者を取り締まる警察を含め、誰にも気付かれず、32万票改竄され、計算される必要が生じる。
 
その他にも「投票用紙を燃やしているビデオがある」説があるが、燃やされたのは投票用紙のサンプルであると判明している。しかも、もし本物の投票用紙だとしても、たった一つの郡の選挙結果を覆す数でもない。
 
また「すでに死亡している人々が投票した」という主張は「既に死亡した親戚に宛てて投票用紙が送られてきた」というフェイスブックの投稿を基にした都市伝説でしかない。恐らく選挙民の死亡情報を定期的にアップデートする郡職員や選挙管理委員による誤りの範疇であろう。こうした誤りによって、都合よく誰かが2票入れられても、たかだかウェイン郡の選挙結果を覆す為にも、気の遠くなる程の不正工作が奇跡的に成功する必要が生じる。勿論、そのような証拠や報告はない。繰り返すが、選挙には共和党支持者も多く関わっているのだ。多くの人々が関わるアメリカの選挙では、小さな市町村選挙であっても、不正工作によって結果を覆す事は不可能である。
 
国政選挙の結果を覆す為には、草の根にような一般の支持者には依らない、政府主導の、大規模な、組織化された共謀が必要となる。世界の国々で選挙に不正工作が成功した例は、ロシア併合に賛成するクリミアの住民投票や、ロシアの大統領選挙、中国の選挙、北朝鮮の選挙など、政府与党が主導した場合だ。
 
アメリカ政府はトランプ率いる共和党が導いており、民主党は今回の選挙でも議席を減らしている。しかも民主党が党として不正を共謀し、工作した証拠は、皆無である。
 
もう一つ付け加えるが、私はフェイスブックに於いても、トランプ氏の敗北を認めたくないトランプ支持者から「不正が行なわれた。トランプ・ラリーに来る人々は多かったが、バイデンの選挙ラリー来る人は少なかった」という反論を受ける。ラリーでの熱狂と実際の選挙とは、全く関係が無い。ラリーは、投票用紙が置かれている訳でもないのだから、よほど熱狂的な支持者しか行かない。しかもトランプに投票した人々にトランプへの熱狂的支持が伺われる一方、バイデンに投票した約7割近い人々は、バイデンへの投票を「バイデン支持ではなく、トランプへの反対票」と位置付けているのだ。バイデン・ラリーがあった事すら私は知らなかったが、選挙ラリーに駆け付ける支持者によって実際の選挙は測れない。また同じ人は「私の教会員の全てはトランプ氏に投票しました。同じように考えた教会はその他7つあり、このように考えたクリスチャンは、サクラメントで少なくとも2,000人います。それなのになぜカリフォルニア州全てがブルー(民主党バイデン勝利)になったのでしょう」とコメントしている。これは選挙人計算の仕方を知らないからだ。
 
米国では、より多く得票した候補者が全ての選挙人を得るか、或いはその割合によって選挙人を分けるか違う。カリフォルニア州で見れば、サクラメントやモドク、ラッセン、シャスタなど人口の少ない郡を多数勝利しても、ロサンゼルスやサンフランシスコ、サンディエゴなど人口の多い郡を失えば、55人全ての選挙人を失う仕組みとなっている。であるからトランプ氏がカリフォルニア州全体で500万以上の票を得たにも拘らず、およそ990万票得たバイデン氏により55人の選挙人が奪われ、よってカリフォルニア州全体がブルーに塗られ、「民主党勝利」と数えられたのは何の不思議も無い。

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トランプ氏敗北の選挙結果が受け入れられない人々は、色々な説を唱えて何とか不正工作を唱えるが、多くは途方もない陰謀説や無知を基本としているに過ぎない。繰り返すが、選挙結果を覆す規模の不正行為が行なわれた証拠が皆無なのだ。そして負けを認めないトランプ陣営の主張を擁護し、繰り返す人々は、ドナルド・トランプといった一人の人物の傷付いたエゴを守ろうとしているか、「目的実現の為には手段を選ばず」を信条としているか、或いは無知なだけだ。
 
私は資本主義と相反する社会主義や共産主義に強く反対する。トランプに投票したのも、民主党議員や支持者による社会主義や共産への共感や傾倒を強く非難したからだ。しかしながら、もし国民の多くが、選挙という民主主義を通して社会主義者や共産主義者を選んだ場合は、その結果を受けいれざるを得ないだろう。民主主義とは、危険性を孕むものの、それでも今まで試された政府選出手段の中では、よりマシな手段なのだ。
 
以前も書いたが、ある人の言論の自由への真の理解は、 その人が反対する言論に対してどのように対するかで試される。 同様に、ある人の民主主義への真の理解は、選挙が自分の望まない結果をもたらした時に、その人がどのように対するかで試される。
 
全く同意できない意見を述べる自由を許し、好まない結果をもたらした選挙を受け入れてこそ、自由や民主主義は保たれるのだ。