平和のために

『帝国の慰安婦』を書かれ、日本人の間でも知られている世宗大学教授、朴裕河氏の『和解のために』を読んでいる。「歴史教科書」、「従軍慰安婦」、「靖国神社」、「竹島(独島)」などのテーマ別に、事実関係を挙げた上で、さまざまな意見に対し丁寧に耳を傾けながら、日韓の和解に向けた道筋を探っている作品だ。『和解のために』という著書名である事からも理解できる通り、朴氏は日本と韓国の間に横たわる、いくつかの諸問題の背景やいきさつ、相違する主張を紹介し、説明されながら、日韓の双方がお互いを理解し、許し合えるように導かれようとされている。

一方、自分の信じる主張のみ取り上げてくれる著者による、歯切れの良い主張、単純明快にどちらの側が正しく、どちらの側が間違っているかを明確にし、間違っている側を罵ってくれるような『勧善懲悪』を求める読者にとっては、不満極まりない作品だろう。ソーシャル・メディアの発達により、自分の意見とは異なる主張をする人々と一切関ずに、同じ意見を持つ仲間との関わりだけで、充分事足りる日常になってきたせいか、異なる考えを持つ人々の意見に時間をかけて耳を傾け、しかも肯定的な人間関係を保つ必要が少なくなったからだろうか。異なる意見を真剣に聞く姿勢が、多くの人々に欠けているように思われる。
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とは言うものの、私自身、こうした風潮に慣れてしまっている。余りにもくだらないと思われる主張には、じっくり時間を割く気にならないのだ。勿論、それでも一応は知っておかなければならないという目的のため、我慢して、読んでいる類だ。こういう態度だから、誰かの意見を批判する場合にも、その人にとってみれば「私の言っているのは、そういう事ではない」と不満に思われる可能性もあるだろう。朴氏の書かれたものを読む限り、朴氏には、私が持ち得るような高慢な姿勢は全く感じられない。また異なる意見を批判するだけではなく、人格攻撃をする事によってその主張の正当性を損ねようと試みる事もされていない。日本と韓国との間の諍いが終結する事を願いながらも結局は相手側に完全な譲歩を求める人々の多い中、そうした姿勢では決して和解が得られない事を、朴氏はご存じなのだろう。

私が強調したいのは、「反対意見を唱える人、イコール、敵」ではないという点だ。政治趣向が余りにも二極化してしまうと、つい反対の意見を持つ人々に対して、あたかも彼らが道徳的、倫理的、或いは知識の上で劣っていると考えたり、関係すら遮断してしまう傾向がある。しかしながら、意見の違いは道徳観や知識量の差だとは限らず、反対意見の中にもそれなりの理屈、論理はあるのだ。元々のリベラル派の基本は、「反対の意見を持っている人々も、道徳的、倫理的に優れた人であり、意見が異なっても、それは事実関係に於いての知識が足らない訳ではない」という「価値観における多様性」の受け入れであった筈だ。一方ナショナリストらは、「国の名誉を守る」という形で、結局は自分以外の他者に関わる名誉を重んじていた筈だ。リベラル派にせよ、ナショナリストにせよ、余りにも偏狭な正義感によって、友人、味方となり得る人々を押しやってしまうべきではない。

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私がこう書くのは、日本にとっても韓国にとっても安全保障の問題が重くあり、同じ脅威に直面する間柄、日米韓という枠組みの中での協力関係を強固にする必要があるからだ。シリアの北部に於いては、数週間前まで、米国務省によっても、米国防省によっても米国との同盟関係固持を保証されていたクルド人部隊(SDF)が、トランプ大統領とトルコ、エルドアン大統領との直接電話会談の結果、あっさり見捨てられ、トルコ軍らによるクルド人、ヤディジ人らへの民族浄化が進められている現実がある。もともと米国には、国際紛争における介入を渋る傾向を持つ民主党と、アメリカには世界の警察官としての特別な使命があると信じる共和党がある。しかしながら、外交に於いては一国平和主義のリベタリアン主義的傾向があるトランプ氏が共和党からの大統領である為、同盟相手を見捨てる暴挙に出た大統領の政策を、共和党議員らは止められないのだ。トランプ氏によるストロングマン(暴君)への陶酔は著しく、北朝鮮の金正恩などに対しては「私たちは恋に落ちたんだ」と豪語している。北朝鮮によるミサイル発射に際しては「大した事ない」で済ませてしまったし、核兵器開発の情報が国防省からあっても、自国の軍からの情報すら否定している。2020年以降の大統領がトランプ氏であろうが、民主党からの大統領であろうが、今までのような米国介入の保証は期待できないのが本当だ。例えば、近い将来、北朝鮮が核ミサイルの発射を日本海に向けて行なったとして、そうした場合の危機を自国のものとして真剣に向き合ってくれるのは、同じ脅威に直面した国でしかない。だからこそ地政学上からの理由によって、日韓相互の協力が不可欠なのだ。

因みに朴氏は、事実を知らせる事が和解に繋がると信じられているように見受けられる。一方私は、今日の安全保障における協力関係の必然性を説くべきだと考える。また経済繁栄を目指す貿易パートナーという側面から、歴史問題ではなく今日の政治を重視するべきだと考える人々もいる。それぞれ違う考え方ではあるが、平和への道を探ろうとしている点では一致する。

率先して、関係改善に向けて歩み寄りたくないという人もいるだろう。そういう人々は、せめて、互いに対する憎しみを煽動したり、改善に向けた道を探ろうとしている多くの人々が働きにくい環境を作るべきではない。私にとって最も納得し得る理屈で言えば、愛する家族や友人の安全が脅かされる極東有事の際に、日韓が一致して対処する事よりも「彼の国との協力関係は破棄したい」と願う人は殆どいないのだから。