トランプによるクルド人への裏切りと、トルコへの完全譲歩
10月6日のトランプ大統領と、トルコのエルドアン大統領からの直接電話会談から11日目の17日、アメリカとトルコの間に休戦が合意された。この合意内容は、クルド人部隊(SDF)の完全武装解除、シリア北部クルド人地区から5日以内でのクルド人強制撤退、トルコに対する経済制裁の中止等である。当然、当事者の筈のクルド人勢力はこの休戦合意に反対をしており、しかもトルコは休戦合意の直後、空爆を続けている。マイク・ペンス副大統領をトルコに遣わし、休戦の合意を結んだと誇示したいトランプ氏は、記者団に対して「これで何百万人もの人命が失われずに済んだ」と自画自賛するだけではなく、「エルドアン大統領には、感謝と称賛をしたい。彼は私の友人であり、彼との間に問題が生じなくて良かったと思う。彼は偉大な指導者、強靭で強い男だからだ。」と述べている。
当然の事ながら、クルド側は、自分たちを裏切ったアメリカ政府に、休戦の合意を取り付ける仲裁役としての権限を与えていない。またトルコ側は「これは作戦の一時停止であって、休戦ではない」と繰り返している。つまり5日間だけ作戦を停止するだけで、その後について何ら不明瞭なままである。シリア北部のクルド人自治区にトルコ軍が駐屯する事や、同地域に対するトルコ軍の警備を認めており、武装解除がクルド軍だけに求められるとすれば、5日後にトルコ側が市民を虐殺し始めても、誰も止める者がいない状態だ。実際、今回のシリア北部クルド人自治区への攻撃に際して、トルコ側はトルコ正規軍だけではなく、親トルコ派シリア民兵や、その他の過激イスラム教徒民兵を使っており、クルド人衛生士やジャーナリストらを含む民間人への虐殺は、こうした民兵が率先して行なっている所業である。トルコがこれらの民兵を撤去させるか、また果たしてそうした事が可能なのかも不明である。今回の協議と合意は、トルコ政府関係者も認める、今までの協議の中で最も容易な協議であり、「トルコの要求するものが全て与えられた」合意だ。
余りにも幼稚で弱いトランプ外交を嘲笑し、トルコ政府はトランプ氏がエルドアン氏に宛てた手紙を揶揄し、「タフガイを気取るな等の文言は、外交上、政治上に使われる言葉ではなく、時期が来たら、この非礼に対し、それなりの報復をする」と記者団に語っている。また元駐米トルコ大使は、トランプ氏がエルドアン氏に宛てた書簡内容を、子供がサンタに宛てた手紙に見立て「合意を結ぼう。プレイステーション4をくれたら、歴史はお前を良く評価してくれるよ。タフガイを気取るなよ。バカになるなよ。あとで電話するから。それか、デパートのサンタ会場であうかも」と揶揄したツイートしている。
トランプ大統領がエルドアン大統領に宛てた直接書簡を揶揄った風刺画 https://twitter.com/NamikTan/status/1185060253458714625?s=20
https://www.marketwatch.com/story/erdogan-says-turkey-cannot-forget-trumps-unusual-letter-2019-10-18
一方クルド側とすれば、約二週間前には信頼できる同盟相手であったアメリカによって裏切られただけではなく、武装解除までさせられ、故郷を奪われる羽目となった最悪の結果である。少数民族であるクルド人は、今までもトルコや、シリアのアサド政権から迫害され、民族浄化の危機に晒されてきた。2012年のシリア内戦によって確保した自治区を勝手に取り上げられれば、到底やりきれないだろう。西側自由社会にとって大きな脅威であるISIS相手の戦いで、1万1千人のクルド人が命を落としたが、その西側自由社会のリーダーであるアメリカによって故郷が奪われるのだ。
しかもこの「合意」の後も、トルコ側はシリア北部を空爆、砲爆し続けている。「休戦」であろうが「作戦の一時停止」であろうが、その合意はたった一日も守られていないのだ。https://www.nytimes.com/2019/10/18/world/middleeast/syria-ceasefire-kurds-turkey.html?fbclid=IwAR3o0i9J0ZKxPSEaNh52Y77sjm7v4T6FzeLVQARfi8J36YRG9dZyNetDsWw#click=https://t.co/XeschVjKEc
また自治区とは言え、シリア国内の領土分割をアメリカとトルコ二カ国だけで決められる筈が無い。トランプと違い、同盟相手に対して義理硬いというイメージを誇示したいロシアのプーチン大統領は、長く協力関係にあるシリアのアサド政権を見捨てる事はしないだろう。そうなれば、シリア/ロシア対アメリカ/トルコといった対立が生じる。しかもこの場合、2,3年までサリンなどの化学兵器を使用し、クルド人だけでなく、自国民の中の反政府派を虐殺してきたアサド大統領や、自他国内の区別なく自分に批判的なジャーナリストや反対者を投獄、暗殺してきたプーチン大統領の方が、むしろ正しい主張をしているように見えるのだ。西側自由主義国家は、2012年以来、反対派の自国民に対してサリンガス等の使用で虐殺してきたアサド政権を、正当なシリア政府として認めていない。NATO(北大西洋条約機構)同盟国であるという手前、アメリカだけでなく西側は、戦争犯罪を犯していると報道されるトルコに対して厳しく対応できていない。本来ならトルコはNATOから締め出されるべきだが、NATOには加盟国排除の規定がない。トルコ排除の為には、一旦NATOそのものを解体して、行動規約の順守が出来る国々だけで再出発するより手立てが無いが、元々NATOの存在価値を認めていなかったトランプが米大統領である限り、再生は困難だろう。しかもNATO解体はプーチンがそれこそ願っている事である。こうした西側の弱みを十分承知したエルドアンは、白リン弾などの化学兵器を使用してクルド人一般市民を虐殺し続けているのだ。
トランプ氏は17日夜の自身のキャンペーン集会で、「時々、駐車場で子供同士のケンカを認めるように、双方を戦わせる事が必要なのだ。お互いを戦わせ、時間が来たら引き離す」と支持者に対して説明し、トルコによる、シリア国内の自治区に住んでいたクルド人への一方的侵略、虐殺を、ケンカ両成敗である子供のケンカに例えている。これについて、ISIS征伐作戦を仕切っていたブレット・マクガーク元大統領特使は「これは、下劣で無知な声明だ。20万に及ぶ無辜の人々が故郷を追われるのだ。何百人もの死者が出ている。信頼に足る戦争犯罪の報告もある。ISISの戦闘員は逃げ出している。アメリカといえば、それまで使用していた軍事施設を爆破するか、ロシアに明け渡している。それが、駐車場で争っている子供同士のケンカと同様だというのか」と批判している。https://twitter.com/brett_mcgurk/status/1185024069491539968?s=20
またオサマ・ビン・ラディン殺害作戦の指揮を取ったウィリアム・マクレイヴン元海軍大将は、ニューヨーク・タイムズへの寄稿で「我が共和国(合衆国)は攻撃の下にあり、その攻撃は大統領から為されている」と書き、トランプ氏がアメリカに求められているリーダーシップを発揮できないのなら、別の人を大統領に選出するべきだと述べている。少し長いが、マクレイヴン氏の手記を引用しよう。
「様々な政治趣向を持つこれらの男女(アメリカ軍人)は、諜報機関、法執行機関(FBIや警察など)、国務省やメディアといった我が国の機関への攻撃を目撃してきた。専制君主や暴君の傍らに立つ我々の指導者が、まるで圧制国家の主張の方に惹かれているのも目撃した。我々が同盟相手を見捨て、我々を裏切り者と叫ぶ、戦場からの声も聴いた。フォート・ブラグでのパレードの場で、ある退役陸軍大将は私の腕を掴み、私の体を強く揺さぶりながら、「民主党は嫌いだが、トランプは国を崩壊している!」と叫んで言った。
この言葉は、今週中私の頭の中にこだましていた。ある組織を偉大にする事柄への理解が無ければ、その組織を破壊させる事は容易だ。我々が世界で最も偉大な国である理由は、航空母艦や経済力、国連安全保障理事会の座にあるのではない。我々が世界でもっとも偉大な国であるのは、我々が「正義の味方」であろうと努めるからだ。我々が世界で最も偉大な国であるのは、普遍的自由や平等といった我々の理想が、我々こそ正義の擁護者、弱き者への守護者でありたいという信念によって支えられているからだ。
しかしもし我々が我々の価値観に対し敬意を払っていないのなら、もし我々が我々の責務と名誉に対し敬意を払っていないのなら、もし我々が弱き者を助け、圧制と不正義に立ち向かって行かないのなら、自国からの支援を受ける事の出来ないクルド人、イラク人、アフガン人、シリア人、ロヒンギャ人、南スーダン人や圧制に苦しむ何百万人の人々は、どうなってしまうのだろう。
もし我々の約束に意味が無いのならば、我々の同盟相手はどうして信頼するべきだろう。もし我々が我々の国の基本的姿勢に確信を持てないなら、そうしてアメリカ軍に入隊する男女が現れるだろう。そしてもし誰も入隊しないならば、誰が我々を守ってくれるのだろう。もし我々が善行と正義の保護者でないならば、誰がその務めを負うだろう。そしてもし誰もその責務を負わないのならば、世界はどうなるのだろう。
トランプ大統領は、こうした価値は重要ではなく、却って弱さの表れだと考えているようだ。彼は間違っている。これらの価値は過去243年に渡ってこの国を支えた美徳である。もし我々が世界をリードする事を願い、新しい世代の若い男女を我々の目標とするところに引き寄せたいならば、我々は今まで以上に、これらの美徳を抱かなければならない。
そしてこの大統領が、これらの重要性を理解しないのならば、この大統領がアメリカが国内外で発揮する必要のある指導力を発揮しないのならば、誰か別の人物が、大統領となるべき時が来ている。共和党であったも、民主党であっても、或いは第三政党であっても、出来るだけ早急な方が良い。我々の国の将来は、それにかかっているのだ。」
一国の指導者として必要なのは、現実的で良い政策だけだろうか。高潔な人格は政治指導者として必要無いのか。
トランプの熱狂的な支持者は、トランプの言う事、行なう事、また自らの言った事を数時間後には翻すような性質の全てを容認し、その都度支持する。オバマ前大統領や、ヒラリー・クリントン元国務長官や、民主党議員らの嘘や不正、政策の失敗について、陰謀説を持ち出してまで批判し、彼らを国賊扱いをする一方、トランプやその家族の嘘、不正、政策の失敗については、「みんな行なっている事だから」で済ませるか、「フェイク・ニュースだ」と完全否定する。彼らは、オバマ大統領が政策と掲げ、実現したアフガニスタンやイラクからの撤退を「弱腰」と呼び、無政府状態、内戦状態となっていた中東地域に力の空白を生じさせた為、ISISなどの過激イスラム教集団の台頭と招いたと批判していたが、トランプがシリアからの撤退によって、トルコ軍の侵略、クルド人部隊や市民への虐殺を招いただけではなく、何年もかけて制圧し、捕獲したISISのジハーディストらが何千の単位で逃げ出している事については、「アメリカは終わりの無い戦争を終わらせるだけだ」「アメリカには責任はない」で支持している。
彼らは外交政策や、経済政策には、ほぼ関心は無いと言って良いだろう。
彼らがトランプに求めているのは、リベラル派やプログレッシブな風潮を攻撃する事だけだ。彼らのトランプ支持の原動は、怒りでしかない。リベラル的価値観や進歩派的風潮によって、従来の価値観が見下され、自分たちのアイデンティティーが脅かされていると感じているからか、トランプによる度を越して攻撃的な言説も「反撃しているだけだ」で済ませてしまっている。
私は、多くの大人が自分の怒りを代弁してくれる言説のみに没頭し、自分の怒りを代弁してくれる人物を政治の代表として国に送り出し外交を任せる現状に、大きな危惧を感じる。また多くの有権者が、自らの支持する政治家であったら、どのような言動、政策、或いは裏切り、犯罪行為を行なっても構わないといった風潮にも反対する。自らの望む所業を遂行する為には、人はどのような理屈も付け加える事が出来る。トランプにしても、エルドアンにしても、自分たちの望む政策執行の為には様々な理由を述べ、どんな非道も正当化するだろう。その通り、トランプにしてみれば、遠い中東で起きている内乱の為に米軍を派遣し続けたくないという理屈もある。エルドアンにしてみれば、クルド人が自治区を持てば、国内に住むクルド人が独立を求めかねないといった恐怖がある。同じように、中国政府にとっては、香港デモの弾圧も、チベット人、ウイグル人への弾圧も、全て正当化できる。ロシアにとっては、自国民の弾圧を正当化し、クリミアの併合も理屈の上に叶っているだろう。北朝鮮が核兵器所持をする事にもそれなりの理屈があるのだ。
しかしながら、理屈が付けられればそれが正しいのではない。あくまでも責任を持った国家として、同盟相手への裏切りや、国境を越えての一般市民の虐殺、民族浄化などは、許されるべきではない。「アメリカは世界で一番偉大な国である」という誇りは、アメリカが正義の国であり、圧制を行なう国家によって虐げられている無辜の人々を助け、解放してきたという自負があるからだ。ナチスや共産国の収容所で苦しむ人々にとって、いつかアメリカが助けに来てくれるという希望こそ、彼らの支えとなっていたのだ。そのアメリカが、正義に関係なく、「用心棒の報酬を尤も多く支払ってくれる国に兵を派遣する」といった商売人に成り下がってしまえば、人道も平和も誰が守るのか。
トランプや彼のシリア政策を支持する全ての人々の手には、洗っても拭えない、無辜のクルド人らの血がついている。