同盟破棄による民族浄化の危機とISISの再興

最近のニュースとして、トルコのエルドアン大統領との直接電話会談の直後、トランプ大統領がシリアからの米軍撤退をツイッター上で発表し、トルコはすぐさまシリア北部に侵略、及び空爆し、先週まで米軍と共にISIS制圧に向けて戦っていたクルド人部隊(Syria Democratic Forces, SDF)やクルド人の一派であるキリスト教徒、ヤジディ人らの虐殺を始めた事が挙げられる。中東にありながらクルド人部隊の多くは、世俗主義のイスラム教徒やキリスト教徒、ゾロアスター教徒らであり、イスラム教原理主義とは全く異なる。クルド人部隊は、周辺を囲む過激イスラム教徒らから自らの土地を守る為に武装しており、過激イスラム教徒のジハーディストやISISらの制圧に向けた同盟の相手として、西側との価値観を共有し得る相応しい同盟相手だ。国内にもクルド人を多く抱えるエルドアンにとって、彼らは反乱を起こし兼ねない民族、テロリストであり、今日(10月13日)の記者会見では「クルド人であろうが、ヤジで人であろうが、彼らを人間とは考えていない」とまで述べている。https://twitter.com/abdbozkurt/status/1183361848747483136?s=20

ウォール・ストリート・ジャーナル紙によれば、米政府高官は、シリア侵略を望むトルコと、ISISから獲得した地域を確保しつつ安全地帯を設け、クルド人らの安全を確保する為の協議を何か月にも渡って続けてきたが、トルコがシリア北部の国境を超えないようにエルドアン氏に対して釘をさすべきトランプ氏は、電話会談の「台本から離れ」、トルコ侵攻の邪魔にならない事を同意したらしい。https://www.wsj.com/articles/the-turk-and-the-president-11570834334?redirect=amp&fbclid=IwAR1SRoqA0ZQXrGkpknQGh5MWTYWvNC5SQ-nvyxLXPNPcArz_Gr4pDa9ZSVw#click=https://t.co/JGvugGB4HL

直接電話会談から一週間経過した10月13日現在、実際の米軍撤退は未だ行なわれていないものの、米軍によるトルコ軍への反撃は禁じられており、米兵は、今まで共にISIS制圧に向けて戦っていたクルド人部隊、またヤジディ人を多く含む民間人らがトルコ軍によって虐殺されていくのを見過ごすしか無い。トランプ大統領は「ISISは制圧された」と豪語したものの、実際にISISを制圧し、その戦闘員を捕虜にしているのはクルド人部隊であり、クルド人部隊が壊滅すれば、約一万一千人に上るISIS捕虜はそのまま逃亡できる。実際にシリア北部への空爆で、ISIS捕虜が逃亡し始めている事は報道済みだ。https://www.independent.co.uk/news/world/middle-east/isis-turkey-syria-prison-bombing-kurds-sdf-a9152536.html

トランプ大統領の突然の軍事政策変更は、国防省だけでなく、トランプ氏の軍事顧問らにも知らされておらず、シリアからの米軍撤退を要求するエルドアン大統領との電話の直後、独断で決められたようだ。シリアからの撤退を2016年の大統領選挙に向けた選挙公約と掲げ、以前にもシリア撤退をツイートした為にジム・マティス国防長官やISIS制圧に向けてのブレット・マッガーク大統領特別安全保障問題顧問の辞任を招いたトランプ氏であるが、こうした宣言を実行に移す前に、国防省や国家安全保障問題顧問であったジョン・ボルトン氏などによって覆えされてきた経緯がある。実際、最近では8月にも米軍との同盟関係に変化が無い事をクルド人部隊に確約してきた国防省だが、彼らとて寝耳に水のまま軍事作戦変更を余儀なくされたのは、マティス氏、ボルトン氏などの辞任により、ホワイト・ハウス内にトランプ氏の暴走を止められる人物がもはやいなくなっているからだろう。https://www.nytimes.com/2019/10/07/world/middleeast/syria-turkey-kurds-military.html?fbclid=IwAR1qIFvoEZuRHXa_L_W3l5H68HUj5dZNW3ZxzWDk3Sn5AiuBr_1mugnoxm8

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 撤退と応戦不可の命令を受け、同盟軍や民間人の虐殺を目前に項垂れる米兵士たち

トランプ氏によるクルド人部隊への裏切り行為は、民主党議員、共和党議員や、現役の軍関係者や退役軍人らから非難が続いているが、トランプ氏自身はシリアからの撤退を弁解する為に、もしトルコが「私が決めた限界を超えれば、偉大で比類なき私の知恵によってトルコ経済を崩壊させる」とツイートしているが、一体何が「超えてはいけない線」なのかは明確にされていない。既に行なわれたトルコ軍によるシリア北部侵略、米軍基地近くへの空爆、クルド人部隊や民間人らへの虐殺についてトランプ氏が何も言及していない事を考えれば、これらは「限度内」なのかもしれない。クルド人部隊が抱える一万一千人に上ISIS戦闘員捕虜のうち、約二千人はヨーロッパ出身であり、クルド人部隊が捕虜を管理出来なくなれば、これらの二千人はヨーロッパへ逃げるだろうとトランプ氏は認めている。そしてトランプ氏にとって、約二千人のISISがヨーロッパに逃げる事は、彼らがアメリカにやってこない限り、どうでも良い、些細な問題なのかもしれない。https://www.cnn.com/2019/10/13/politics/syria-marine-general-john-allen-trump/index.html

https://www.cnn.com/videos/world/2019/10/09/trump-isis-fighters-europe-kurds-prison-hit-ward-sitroom-vpx.cnn

シリア撤退が、家族を抱える個人としてのアメリカ兵を慮った決断であるかのように「アメリカ兵を家に帰すのだ」として正当化していながら、実際には撤退は行なわれておらず、却ってサウジアラビアに向けて新しく何千人かの部隊を送る事を決定している。トランプはマリーン1が米国を発つにあたり、「よく聞くように。私の要求に対し、サウジは米軍の費用を全て負担すると同意したんだ。我々が彼らを助ける為の費用、全てだ。我々はこうした同意を歓迎している」と記者団に述べている。これではまるで米軍は、一番高い値段で競り落とした相手の用心棒となる為に多少の危険は顧みない商売人ではないか。米兵が、自らの命を犠牲となる可能性を承知で、それでも米兵として戦う事に誇りを持てたのは、「自由」や「民主主義」、「平和を守る」等の為に戦うという崇高な使命感があったからの筈だ。ところがベトナム戦争中には足の病を偽って兵役を回避しながら、性病に罹らず女性関係を多く持ったことを自慢にし、しかも捕虜となり拷問に耐えた故ジョン・マケイン上院議員にあてて「ジョン・マケインは英雄だと言われるが、彼が英雄だと言われるのは、捕虜となったからだ。私は捕虜にならなかった人々の方が好きだ」と嘲ったトランプ氏には、自らの犠牲を払って他者に奉仕するという行為そのものが、お人好しの馬鹿げた行為だと思えるのだろう。良識や崇高な理念も無く、損得勘定だけで同盟相手を裏切り、米国の軍事行動を競売にかけるかのような行動を、全く恥じる様子もない。ISIS制圧作戦に於いて米軍に殆どの犠牲が出ずに済んだのは、クルド人部隊が代わりに犠牲を払ったからだ。そうした同盟相手を裏切るに当たってトランプ氏は、「クルド人はISIS相手には共に戦ったが、第二次世界大戦中やノルマンディー上陸の際には共に戦っていない」と述べ、同盟相手としての犠牲が充分で無いかのような批判をしている。同盟を裏切るだけでなく、そうした非は、裏切られた方にあると言っているのに等しい。(実際には、クルド人は国を持っていなかったにも関わらず、連合国側に味方して第二次世界大戦を戦った記録がある。)

https://www.nytimes.com/2019/10/10/world/middleeast/trump-kurds-normandy.html

「アラフー・アクバール」と叫びながらトルコ兵らがヤジディ人の民間人らを銃殺している映像や、クルド人らの首を刎ねた映像がトルコ側のメディアからも流されている。防げた筈の民族浄化が、止める者の無いまま横行しているのだ。トルコはヨーロッパ共同体に対して、トルコの行動を「シリア占領」として非難した場合、トルコ国境を開き、約360万人もの難民をヨーロッパに向けて流出すると警告している。https://newsbreakinglive.com/2019/10/10/breaking-turkey-president%E2%80%8B-threatens-to-send-millions-of-refugees-to-europe/?fbclid=IwAR2dUBw1k7nIUglnzjTo-Ijt1msejsnFymEh_FDjDGXrhN9ENac6GhYWdeA マフィアのボスのようなエルドアン大統領の脅しに、ヨーロッパは怯むべきではないが、自由社会のリーダーである米国大統領がここまでの正義感の欠如を披露している限り、また360万人もの難民が流出すれば、経済に深刻な打撃を受けるヨーロッパにとって、国も持たない少数民族であるクルド人、ヤジディ人の将来など心に留められるだろうか。

私はここまで書いて、改めて同盟の脆さに驚愕している。現在起ころうとしている虐殺、或いはクルド人らを狙った民族浄化は、「(米国による)終わりなき戦争を終わらせる」というスローガンのもとに始まり、米軍による介入が無いという判断のもとに行なわれているのだ。アメリカを戦争の好きな国と見做し、アメリカさえなければ戦争は起こらず、人類は平和を取り戻せるといったプロパガンダを信じる人々には無視したい現実かもしれないが、北朝鮮が全朝鮮半島を共産主義下に置くべく38度線を越え韓国に軍事侵攻したのは、「韓国は米国の防衛境界線の対象外にある」とした、米国による防衛保証を否定する宣言の半年以内の事だ。https://journals.lib.unb.ca/index.php/jcs/article/view/366/578 中国や北朝鮮、ロシアや、イランのような独裁主義国が見極めようとしているのは、軍事介入に向けた米国の姿勢である。米国との同盟関係や米国による防衛保証が薄いと見られれば、こうした国々は増々軍事拡張をしてくるだろう。繰り返すが、クルド人への虐殺、及び民族浄化、何千にも及ぶISISジハーディストの脱走は、米国がシリアからの撤退を決定し、軍事同盟を事実上破棄した為に、トルコという独裁国家によって起こされているのだ。

米国内でも、左派や一部保守派にあるリベタリアンなどの一国平和主義者らは「終わりなき戦争を終わらせる」として、中東や「米国の安全保障に直接脅威をもたらさない」区域からの撤退を叫んでいる。しかしながら「米国の問題ではないから」といって介入しなければ、いずれは米国の問題となるのだ。米国が強く介入しなければ平和の秩序は保てないのだ。多くの戦争を止める労力は、戦争を未然に防ぐ為の労力よりも遥かに大きい。米軍による軍事介入が必要な事は、歴史が示している。トランプ氏とエルドアン氏の直接電話会談から一週間後、シリアの地にISISの旗が翻った。何年もかかって辿りついたイスラム教過激派制圧が、たった一週間で覆されてしまったのだ。

私は、多くの人々が人権の重視や平和を求めていると信じる。しかしながら、そうした人権の擁護や平和な社会を守る為には、自由や民主主義という理念に基づいた安全保障や軍事同盟が必要である事実を、多くの人々は拒絶しているままだ。一度崩壊した秩序や米国への信頼の回復には、多くの年月を要するだろうし、その過程では、多くの無辜の命が犠牲となるだろう。