トランプ次期大統領の掲げる『関税35%』政策の危険

多くのトランプ支持者は、「トランプ氏は思ったことを、そのままハッキリとわかるように言ってくれる」ことを、既成の政治家には無いトランプ氏の魅力と主張してきた。この、「トランプ氏は、自分の考えをそのまま分かり易い言葉で述べる」とは、一部支持者だけではなく、サロゲートと呼ばれる援助者や、実娘のイヴァンカ・トランプも「長所」として述べていたトランプ氏の特徴だ。

 
ところが支持者らは、メディアや政策専門家らがトランプ氏の過激発言の数々を"文字通り"受け取た上でそれを問題視すれば、「トランプ氏の意図するところは、そういう意味ではない」から始まって「トランプ氏は言っているだけで、行動はしていない」と擁護する。
 
またトランプ氏の掲げた外交政策や経済政策の問題点を指摘すれば、支持者らは「選挙公約を言葉通りに受け取るべきではない」と、トランプ氏の言葉をそのまま受け取った側を批判する。
 
ヒラリー・クリントンを「嘘つき」と批判する一方、「嘘つき」でないトランプ氏の言葉は、隠しマイクに納められた本人の言葉であっても、トランプ氏が乱発するツイートであっても、選挙中の公約であっても、信じてはいけないらしい。
 
勿論、トランプ支持者によって、指導者としての言葉の重みや、公約についての理解が定められる訳ではない。
 
トランプ氏が、本業の不動産業やリアリティーTVのスター以上の存在を目指し、次期大統領として選出されたのであれば、尚更、彼の言葉には重きが置かれるべきだろう。批判に対し、「Get Over it (グズグズ言うな) 」、また「次期大統領となるトランプ氏は、一切の批判を免れるべきだ」と言うかのような理屈は通らないし、もしそのような極論を振りかざすトランプ支持者がいれば、彼らは嘘や誇張も混ぜながら、オバマ大統領を8年間厳しく非難してきた層だろう。
 
因みに、こうした「Get Over it」を主張する支持者はアメリカでも南部に多いのだが、彼らが南北戦争での南軍の旗を振りかざして「Get Over it. You Lost (諦めろ。お前らの負けだ)」と訴える姿は、本人は気付いていない皮肉でしかない。

 

さてトランプ氏は、次期大統領としての軍事ブリーフィングも当選後は殆ど受けておらず、その代わりに全米ヴィクトリー・ラリー(勝利大会)を計画しているようだ。また、約200日近く、記者団からの質疑応答を受けるような記者会見を開いてはおらず、自身のツイートによって、方針や考えを述べている。
 
今朝のトランプ氏のツイートによれば、彼は外国で製造され、輸入される製品に35%の関税を設けるとしている。勿論トランプ氏の会社が作っているネクタイやスーツなどは中国製、メキシコ製である。実娘のイヴァンカ・トランプが経営するファッション会社のドレスなどは、全てアジアで作られている。トランプ氏の「方針」の基となる考えは、アメリカ企業が人件費の安い外国に工場を移し、アメリカ人が職を失なっている事と、貿易不均等を悪とする考えだ。
 
トランプ氏は、以前のインタビューでも中国と日本をやり玉に挙げ、フォーブス誌は「大概のアメリカ人は、大統領討論会を聞き、アメリカには2つの外敵があるという思いが残ったろう。一つはISISで、もう一つは日本だ」と書いている。

With Trump's Implosion, U.S. Employees Of Japanese Automakers Can Breathe Easier

 
フォーブスは続けて「トランプの論理ゼロのレトリックは、日本バッシングが盛んだった古き悪き時代を思い起こさせる。しかし時代は変わっているのだ。アメリカで販売された日本車の75%は、北アメリカで製造されている。マニー・マンリケズとの電話インタビューで、彼が語ってくれたが、マンリケズは当然これに詳しい人物だ。彼こそが日本自動車製造協会(JAMA)のジェネラル・ディレクターなのだから。彼によれば『日本車業界は、アメリカにおける実質的ゼロの製造だったものが、アメリカの製造業界に大きな功績を残すまで変化をしました。アメリカには日本車製造工場が26か所にあり、17の州に36の研究開発施設があります。』
 
 
 
日本へのバッシングで痛い想いをするのはアメリカなのだ。皮肉なことに、自動車業界が破たんしかかった2009年に、アメリカを再び偉大な国にするように助けてくれたのは日本の自動車メーカーだ。『在米日本車製造工場による雇用率の上昇は、全国平均が5%であった時に、20.8%に上っていたのだ。』」と述べたが、実際、在米日本車製造工場で働く人々の多くはアメリカ人である。
 
トランプ氏は、今朝3時41分から4時23分までの6回に渡るツイートで、
 
「アメリカは企業に対する税金と規則を大幅に減少させる。しかし我々の国を離れ、外国に行こうとしている企業、従業員を解雇する企業、新しい工場や製造工場を他国に作ろうとする企業、しかもその製品を逆輸入しようとしている企業に対してはそうではない。これらの企業が報復やその代価を払わない事は間違っている。これらの製品、車、エアコン、部品などを戻ってきて売ろうとする企業に対しては、直ぐに補強される国境(税関)に於いて、35%の税金が課せられる。この税金は、彼らが外国に逃げていくのを資金的に困難にするだろう。だが、これらの企業は50州、どの州に移動しても良いのだ。(国内に留まる限り)税金や関税がかけられることは無いのだ。ずいぶん高くつく間違いを犯す前に、警告を受け取ってほしい。アメリカはビジネスを歓迎する。」

Trump Threatens 35% Import Tax Which Would Be A Total Disaster | RedState

 
勿論、35%の関税が掛けられれば、今まで1ドルで購入できた商品が1ドル35セントに値上がりし、その増額を負担するのは、アメリカの消費者である。これは以前にも書いたが、関税を引き上げ、相手国の輸出を妨害すれば、アメリカは莫大なペナルティーを支払わなければならず、相手国は、報復として関税を引き上げ、アメリカ企業の輸出を妨害する事が出来る。アメリカの市場に出回る殆どの商品が35%の値上がりをすれば、消費者の購買能力に限界が訪れ、購買意識が薄れる事は間違いない。以前トランプ氏は、「(アメリカの)車の購入台数が減るかもしれないが、別に構わない」とインタビューに答えているが、購買意識が減るのは、購買能力が著しく低下するからだ。
 
ベン・サシー共和党上院議員は、この『関税案』に対して「トランプ氏の意図は良いものかもしれないが、「トランプ次期大統領の意図は良いかもしれない。しかし、彼の35%関税案は、アメリカ人一家への値上げではないのか? アメリカ人一家への35%増税でないと、どうして言えるのか?」とツイートしている。
 
勿論これは、ベン・サシー議員が指摘されている通り、アメリカの消費者に対する35%の増税である。ベン・サシー議員は共和党議員である通り、共和党のマルコ・ルビオ議員も、トランプ氏の掲げる外交政策で、賛成できないものには、反対票を投じていくと述べている。
 
この種の政策を掲げているトランプ氏への反対を、保守派対リベラル派と論じる間違いについて、保守派であり核戦争・外交専門家のトム・ニコールズ氏が指摘している。

「これは保守対リベラルではない。共和党対民主党でもない。これは、大人対子供、知対無知である」

 
トランプ氏の主張してきた『貿易不均衡』を悪とする意見は、勿論トランプ氏が初めてではないが、これについてはレーガン政権で経済アドバイザーでもあった、ノーベル経済科学賞授賞の故ミルトン・フリードマン博士が以下のように指摘している。

 

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   最も影響力のある経済学者、故ミルトン・フリードマン博士。彼の門弟にはトーマス・ソーウェル博士もいる。
 
『貿易不均衡は悪いものではない。例えば日本は約500億円の貿易黒字を抱えている。この黒字分を彼らはどうしているだろう。我々の製品を買ってくれているのだ。これで我々が傷つくことはないのだ。自由貿易というものは、小さなグループの犠牲のもとに、大多数が益を得る。ところが政治的には、小さなグループが大きな声を挙げるものだ。これを悪と人々が信じる理由は、まず製造業者の流すプロパガンダによって騙されている事がある。また変動為替相場というものの役割が理解出来ていないのだ。もし、例えば全ての日本製品がアメリカ製品よりも安く、多くの日本製品が売られるとする。日本は貿易黒字を抱え、ドルを多く所有する事になるが、そのドルで高いアメリカ製品を買うことは出来ない。日本は貿易黒字で得たドルを日本円の購入の為に売り、円高・ドル安となるが、ドル安によって、次第にアメリカ製品の方が安くなる。』

Trump vs Friedman - Trade Policy Debate - YouTube

 
故フリードマン博士をはじめ、多くの有名経済専門家が、自由貿易を「経済を活性化する」ものとして歓迎し、関税を「却って経済不況を招くもの」として反対している事は明らかな事実である。一つの産業が衰退すれば別の産業が生まれる昨今、一つの産業の支援の為に急激な変化を設ければ、別の産業が被害を被る。
 
勿論、アメリカ企業の海外撤退やオートメーション化によって多くの人々が職を奪われ、国からの職業訓練支援があっても、これらの失業者がオートメーション化に対応できる能力を身に着けられなかった事は考慮するべきだが、この複雑な経済政策問題の答えは『関税』を設ける事には見出せない。
 
トランプ氏は、複雑な経済、外交、軍事政策に対し、明確で単純な解答を提示するが、彼の提案が主張通りの結果を生まなかったことは、すでにアメリカの政治史上の失敗が語っている。1930年代後半のアメリカの『大恐慌』を招いた一因は、フーバー大統領が、外国製品に対して高い関税を設けたことにある。デマゴーグの定義が、「複雑な問題に対して、威勢の良い言葉だけで大衆を煽動する人」を指すならば、トランプ氏はまさに『デマゴーグ』ではないか。
 
故ミルトン博士は続けて、19世紀後半に「Progress and Poverty」を記したヘンリー・ジョージの言葉を引用している。

Henry George on how trade sanctions hurt domestic consumers (1886) - Online Library of Liberty

 
「戦争の時には、我々は敵が我々の製品を購入できないように、敵に対して経済封鎖を行なう。平和の時には、我々は関税を設けることによって、敵が戦争の時に我々に対して行なうことを、自分自身に対して行なう」
 
 
選挙中の公約を以てトランプ氏批判をする事が我慢できないトランプ支持者もいれば、当選を果たしたトランプ氏への批判が耐えられない支持者もいるようだが、我々は誰かを盲目的に礼拝するようなカルト宗教の信者ではない。複雑な諸問題に対して、単純明快なレトリックで大衆を煽動するトランプ次期大統領というデマゴーグに対しては、その政策や言動に懸念が生じる際には、今まで以上厳しく批判されていく必要がある。
 

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