『「反日中韓」を操るのは、じつは同盟国・アメリカだった!』……元外交官による陰謀説流布

『「反日中韓」を操るのは、じつは同盟国・アメリカだった!』という馬淵睦夫氏の書かれた本がベストセラーとなっている様です。

本の帯には、『戦後70年の節目、いまこそ、「洗脳史観」を断ち切り、米中韓との歴史戦争に勝つために!』 [わが国がアジアの大国として蘇るのを阻止した正体は?そして、国際金融資本(ユダヤ)の目論見は?!]とあります。

 

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オカルト本、或いはユーモア本コーナーにあるべき内容の本ですが、なんと書かれているのは元外交官の方で、『外交関連の本』として持て囃されているようです。

 

『日本にとって面白くない一つ一つの状況の背後には、アメリカ、並びにユダヤ人の存在がある』という、判で押したような謎解きが示されていますが、本来爆弾発言である筈の主張の一つ一つを証拠立てるべく文献や資料の提示は、一切ありません。

 

しかも馬淵氏は、決して反米でも、反韓国人、反中国人でもなく、本書の目的は特定の民族を論うものではないと仰いますが、読んでいる側が気恥ずかしくなるほどの、世界史や政治に関する限りない無知とそれより酷い偏見を、実にどのページ、どの段落にも、ひけらかされています。

 

例を挙げますと、真淵氏は、ユダヤ人がローマ帝国によって、イスラエルという国を滅ぼされて以来、ディアスポラ(離散)の運命を辿った事を、以下の様に説明されています。

 

『そこで、ユダヤ民族として生き残るためにはどうしたらよいか、たとえ国を持たなくても生き残る方法はないのか等々、深刻な議論を経て到達した結果は、離散(ディアスポラ)と呼ばれる生き方でした。』 (P.18)

『ユダヤ人のディアスポラの思想は、離散して世界に散らばり、それぞれの国に禁輸で影響力を及ぼす方が自分達の安全に繋がるという生存の為の思想です。 (中略) また、ディアスポラの思想からすると、イスラエルという国は矛盾に満ちた存在です。国家を作らない事によって自分たちの民族の生き残りを図ろうとする思想に反する事になります。』(P.54~55)

 

書かれていらっしゃるのが一般の方ではなく、日本国大使として外交に携わってこられた方ですから、その分遠慮なく批判させて頂きますが、ディアスポラとは、紀元1世紀にローマ帝国によって国を滅ぼされたユダヤ人がやむなく辿った運命であり、議論の上で見出した一つの生き方だったはずがありません。

 

彼らは国を失ったのちも、ユダヤ教という民族的宗教を守る事によって、アイデンティティーを失うこと無く、1946年のイスラエル国家の再建に漕ぎつける訳ですが、勿論それまでには、ホロコーストを含めた、ありとあらゆる迫害を経験します。

 

有名な話しですが、イスラエルの再建国以前のユダヤ人同士の別れの挨拶は、「来年、エルサレムで」というものでした。国を持たない方が良いなどという思想(イデオロギー)はユダヤ人の中にはありません。

 

離散の歴史を盾に、それだからイスラエルという国家を持つことは矛盾しているという主張は、イスラエル国家の正当性を認めないパレスチナ自治政府やハマスなどのテロ組織に共通します。

また『…離散して世界に散らばり、それぞれの国に禁輸で影響力を及ぼす方が自分達の安全に繋がる…』と、既に世界経済の裏にユダヤ人が関わっているような書き方をされますが、ユダヤ人たちが国を追われたのは2世紀の事です。紀元2世紀に、いったいどのような禁輸が存在していたのでしょう。

(*ユダヤ人と一口に言っても、すべてのユダヤ人がイスラエル人ではなく、全てのイスラエル人がユダヤ人でもありませんが。)

 

どうやらアメリカを指して、「私たちが本当に言論の自由を取り戻すことが出来るかどうかは、国民の方々の意識にかかっています。 国民の方々が洗脳の事実に気づき、洗脳者にレッドカードを突きつけることができるか否かです。(P.4)」と仰るのですが、一体どんな言論が、『洗脳者』によって禁じられているのでしょう? 

 

しかも、一般人ならともかく、馬淵氏は元大使であられたわけですから、堂々とアメリカ政府やアメリカの外交官に対して持論を述べ、『レッドカード』とやらを突きつけられたら良いとも思いますが、元外交官として海外誌に投稿されたり、英語発信をするおつもりもないところを見ると、本心から仰っているのではなく、日本国内(しかもその一部)に向けた発言であるのでしょう。

 

また「韓国を使って反日をさせるアメリカ」という第5章には、「中国や韓国の行なう反日活動の裏に、アメリカがどのように目的を持って積極的に加担しているか」という裏付けや論理的説明が全くありませんので、中韓の反日活動とアメリカを結びつける目論みに完全に失敗されていると言えます。

 

この時点で、「いかにアメリカが反日中韓を操っていたのか?」という疑問を持たれてこの本を購入された方には、随分ガッカリされる内容であるはずです。

 

馬淵氏は、韓国人に対しては、その目次にあるように『対等に付き合うなら韓国を突き放せ』と書かれています。要は「甘えさせるな」という主張をされているのですが、アメリカ人に対しては、『アメリカは拉致問題の解決を支援する気はないという事です。(中略) アメリカは日本の同盟国では無かったのでしょうか。』と甘えを披露されています。

(P.194) (*ただしアメリカについては、また別のページでは「彼らに『内政不干渉』という考え方はありません。(P.112)」と矛盾する批判をされています。)

 

『韓国人の甘えを非難しつつ、アメリカの非情を非難する』という矛盾するスタンスは、特定の政治趣向を持つ一定の読者を喜ばせているようですが、韓国や中国、またアメリカに対する反感を満たしてくれるならば、論理に矛盾を抱えていても、読者は満足するのでしょうか?

 

洗脳者かどうかは別として、レッドカードは、まず馬淵氏ご自身が突きつけられるべきでしょう。