反日大統領トランプによる『TPP脱退』と、客観的な分析や証拠に反してトランプに心酔する日本人ナショナリストの奇怪

どこの国でも、ナショナリストたちは、自国を美化する神話には興味を示すが、自国へ深刻に影響を及ぼす現実の安全保障や経済にはあまり関心を持たない。彼らにとって守るべきは『名誉』や、「他者に何と言われるか」であり、国の平和や近代民主主義、自由主義国家としての安定では無いようだ。胸を悪くするような反対意見や報道ならば、法律によって罰せられる事すら願う。「言論、表現、思想、報道の自由」が、自分の異論を広める為に用いられる時には、これらの自由の制限をすら求めるが、これらの自由の制限をすれば、どんな権力の乱用を可能とするか、将来的な観測が出来ない。また、自由が保障されている社会だからこそ、経済発展を成し遂げる事が出来るという側面にも気づいていない。

 
さて、私は今回、日本人ナショナリストを批判するつもりでこれを書いているが、ナショナリストと言っても、特にトランプ支持のナショナリストを指している。私は以前、オバマ大統領を「アメリカ史上最悪の大統領」と批判してきた。またヒラリー・クリントンの不正についても書いてきた。FBIのジェームズ・コーミイ長官が、大統領選挙投票数日前にヒラリー・候補への捜査を開始した時にも、彼女を庇いはしなかった。確かに彼女には不正があったからだ。
 
ところがトランプ氏の不正は、ヒラリー・クリントン元国務長官の不正を凌ぐ不正である。そして彼は、もし彼が選挙中の公約を実現すれば、アメリカ経済だけでなく、日本経済を含む世界的な不況を起こし兼ねない政策を掲げているのだ。しかも彼の対日観は、1980年代の貿易不均衡、日本との貿易摩擦が激しかった頃のまま、「日本の為に、アメリカ人は職を失ない、日本の貿易の為にアメリカは負担を強いられている」という被害者妄想にとり付かれたままなのだ。
 
近年のアメリカ大統領で、彼ほどあからさまに日本への敵意を表している大統領はいない。日本については、パートナーとしてよりもアメリカから搾取する経済大国としか考えていないのだ。ところが何故、ここまで日本についての敵意を表すトランプ大統領を支持する日本人ナショナリストがいるのだろう。

 

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トランプは在日米軍に関して、日本が「少しも負担額を払っていない」と主張した。ワシントン・ポストの記者に、「日本は50%払っています」と窘められると、「何故100%ではないのだ」と聞き返している。あくまでも日本が全額負担するまでは、アメリカにとって「アンフェア」であると言いたいのだろう。またトランプ氏は日本が「アメリカから何も買っていない」と非難している。これについてもメディアはトランプ氏の誤りを指摘しているが、トランプ氏には貿易不均衡が是正されるまで、「搾取されている」という被害者妄想から抜け出せないのだ。これはトランプ氏が自由貿易の何たるか、貿易不均衡が何故生じるかを全く理解していない証拠である。
 
トランプ氏の掲げる対日政策は、日本の安全保障と経済を著しく傷つけるものだ。トランプ支持のナショナリストは、ビジネスマンとしてのトランプの経歴で以て、これは交渉をする上での前提であるとトランプを弁護するが、これはそもそもビジネスマンとしてのトランプの経歴を知らないからだ。
 
トランプはトランプ大学の詐欺事件でも知られている通り、弱小のビジネスや個人から資金を巻き上げ、賃金を払わず、意図的な借金を負い18年間税金を支払わず、カジノ経営による4回の破産後、アメリカの銀行から融資を断られた後はロシアの資本から援助を受けてきた人物だ。この経歴からいくつも分析ができるが、日本にとって良い交渉相手ではない。
 
安倍政権がトランプの要求を無理に満たそうとすれば、必ず日本経済の犠牲が伴う。トランプが要求する通り、貿易不均衡を正すため、日本は大量のアメリカ車を購入出来るだろうか。米軍基地負担100%が支払えるだろうか。これらを国民は承諾するだろうか。このようなトランプの無理な要求を呑もうとすれば、日本経済は必ず打撃を受け、国民生活に支障が出る。経済成長を果たせなければ、安倍政権は支持を失い、自民党は敗北する。代わりに控えるのは、さらに親中派の政権である事をナショナリストは全く考えていない
 
私のまわりには、日本人の中の自国への国防意識の欠如を嘆く人々がいるが、彼らとて自衛隊に勤務している人ばかりではない。その通り、世論調査によれば、日本人のおよそ11%のみが自国を守る為に戦うと答えているだけだ。この数は先進国の中で最低のレベルである。

Only 11% of Japanese people willing to fight for their country: Gallup survey ‹ Japan Today: Japan News and Discussion

 
トランプ支持の日本人ナショナリストらは、米軍の撤退を機に、日本人の中に国防の意識が芽生える事を期待しているようだ。もしかしたら、日本人の中の国防の意識を芽生えさせるには、米軍の撤退しかないと考えているのかもしれない。但し米軍が撤退したとしても、何も起こらなければ意識は変わらないだろうし、何か起こった後では遅いのが本当だ。
 
例えもしここで、日本の世論に突然の国防の意識が芽生えたとしても、中国は日本の変化を穏やかな目で見守ってくれるだろうか。それはあり得ない。核に対する絶対的なアレルギーを無視して日本が核開発に着手すれば、まず安倍政権は崩壊するし、中国は必ず先制攻撃を開始する。そのついでに中国が尖閣や沖縄に侵略すれば、ロシアは間違いなく中国に加勢し、北海道のあたりを侵略するだろう。日本人ナショナリストが「プーチンは柔道が好きな親日家」と期待しても、彼らの淡い期待くらい何も無かったかのように踏みにじる冷酷さは、プーチンの得意とするところだ。(もっとも、最近のプーチン大統領の発言を見れば、日本側に過度の期待をしないように牽制しているように聞こえる。それでも淡い期待を寄せるのがナショナリストなのだ。)
 
仮にトランプの無理な要求に何とか応えようと安倍内閣が努力すれば、日本経済は深刻な打撃を受け、政権は支持を失う。その時に、中国が強硬姿勢を取らず、懐柔政策を行なう場合も考えられる。トランプ政権は4年、長くて8年しか続かないが、中国は南京などの歴史問題や尖閣などの領土問題をこの先20年、50年取り上げないと提案するかもしれない。中国にとって、これくらいの期間の先を読んで外交を行なうことは簡単だ。日本経済のパートナーとして中国がさらに重要な位置を占めれば、親中派の議員が有力となり、日本の外交政策も親中路線へと変更せざるを得ない。勿論、同じ誘惑の誘いが中国から韓国に対してなされる事も当然あり得る。フィリピンのドゥテルテ大統領就任とともに、中国は対フィリピン政策を強硬外交から懐柔外交へ変更した。中国がその期を判断し、強硬路線を改める事は出来る。
 
但し、もし中国が「歴史、領土問題をしばらくは取り上げない」と約束したとしても、この蜜月期間の後には、或いはトランプ政権後には、中国が再び折りを見て歴史、領土問題をぶり返す事は、明らかである。しかしながら日本には、その時に機敏に対応できるほどの柔軟性はないし、親中議員に国会は牛耳られているだろう。
 
トランプは今日にもTPP撤退の大統領特別指令に署名し、アメリカはアジア制覇の役割を中国に押し付けた。アメリカの脱退は安倍政権を直撃する。中国の張俊中国外務省国際経済部長は、この降って湧いた好機に、「もし、中国が指導者としての立場を取ったと言いたい人々がいるなら、それは中国が突然指導者として自らを推したからではない。それは元々のフロントランナーが突然後ろに下がり、中国を前面に押したからである。」と語っている。

Trump’s Pacific Trade Retreat - WSJ

 
安倍首相は、この期に及んでもまだ、TPPの重要性をトランプ大統領に説明しようとしている。稲田防衛庁に至っては、在日米軍基地がいかにアメリカの国益に叶っているか述べているが、これはトランプにとっては挑発でしかない。アメリカの主要メディアはTPP脱退の政策が安倍政権を直撃するだろうと懸念を発している。悪い事に、大統領就任後のトランプ氏は、複数の政策顧問の反対意見を押し切って、TPP脱退を含む大統領指令に署名したようだ。この先いくつ「複数の政策顧問の反対を押し切って」愚かな決定を下していくのだろう。

The first days inside Trump’s White House: Fury, tumult and a reboot - The Washington Post

 
SNAニュース・ジャパンはトランプ大統領によるTPP撤退を天才的戦略とは見做さず、却って「精神障害を負った男」とトランプを表現している。トランプは大統領就任後3日間の間に、大統領特別指令を発し、自分が大統領に就任した2017年1月20日を記念して、北朝鮮さながらの『愛国心の日(National Day of Patriotic Devotion)』と制定した。そのうち気が付いた時には、いつの間にか彼の誕生日が国民の祭日となっているかもしれない。

Donald Trump's 'day of patriotic devotion' has echoes of North Korea | US news | The Guardian

 
トランプ支持の日本人ナショナリストらは、トランプの主張を鵜呑みにし、主要メディアが嘘をついていると信じているようだ。但し、トランプの日本への偏見を正しているのは、ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポスト、ウォール・ストリート・ジャーナル紙などの主要メディアである。トランプのお抱えメディアである、ブレイトバート誌などの三流誌が、トランプの偏見に対して物申すことなどは決してしない。
 
「日本の名誉を取り戻す」ことを掲げる日本人ナショナリストが、なぜ現在の日本に対するトランプによる冒涜や捏造、誇張、偏見に対して物申さないのか、彼を弁護する理由は何故なのか、なぜ客観的な分析や証拠も無く、もっと明確に言えば、客観的な分析や証拠に反してトランプを弁護し、彼に期待し、心酔するのか、到底理解できない。事実に反して、トランプ政権で日米関係が良く変わるかのように吹聴するナショナリストらは、連日の連敗にもかかわらず日本の勝利のみを宣伝した戦時中のプロパガンダよりもひどい。
 
トランプ大統領の下で日米関係が好転する事は無い。日本にとっては、いくらリベラル派であり、民主党であり、腐敗していても、ヒラリークリントンの方がマシであったのだ。そもそも自由貿易を阻止しようとするトランプを保守派に仕立て上げ、トランプとヒラリーの対決を保守派対リベラル派であるかのように宣伝したトランプ支持者は、保守が何を意味するかも理解していないのだ。
 
この先も、トランプ支持の日本人ナショナリストらは、日本を誤った方向に導くだろう。
 
 
 
 
 

 

平成天皇の譲位

83歳になられた今上天皇が、高齢を理由に公務への差し障りがあるとして、譲位の願いを述べられている。憲法に定められ、また、ご自分の義務感から、歴代の天皇に勝る公務の量をこなしてこられた平成の明仁天皇に対する国としての配慮は、天皇ご本人がご自身のご意向を述べられなかった事を良い事幸い、手つかずになっていたのが本当だろう。
 
私はイデオロギーにとらわれず、常識的な意見を申し上げる。天皇や皇族方に対する言葉使いも、意図が伝わるように、丁寧語だけで書かせていただく。

 

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83歳になられる天皇が譲位を願われているなら、「譲位は許されない。摂政を代わりにおくべき」「国家の在り方は別である」などと理屈をこねて、人間的な不可能を押し付けるべきではない。

櫻井よしこ氏ら「譲位ではなく摂政を」 天皇陛下の生前退位で有識者ヒアリング

 
都合の良い時は「先人たちは皇室と日本国の将来の安定の為に譲位の制度をやめた」と「伝統」を持ち出すのは卑怯である。真に伝統にこだわるならば、天皇が自らの意向に従い皇太子を選び、宮家を設立し、譲位できる体制こそ、日本の伝統であった事を認めるべきだし、「先人たち」を持ち出し、彼らの将来的予測や知恵が絶対であったかのように絶対視するべきではない。明治時代に設定した皇室典範の制度が、現実にそぐわない事もあり得るのだ。真に『保守派』を気取るならば、非現実的な精神性を、天皇や皇族であっても、他者に求めるべきではない。
 
科学的、生物学的な困難は、精神力によってどうこう出来る事では無い。「日本精神さえあれば、竹槍をもってでもB29を撃退できる」と科学を否定したファナティックな旧日本軍の軍人と、今日の日本は違うのだ。
 
「憲法違反の恐れ」と言うならば、外国からの攻撃を受けた場合、現行憲法内で何をするのか。憲法が制定された時点で想定されてなかった事態が生じる場合、国民の安全に関する事ならば、新たな事態に対応できるように憲法解釈を変更してきた筈だ。
 
実際、戦後直後には、昭和天皇は譲位を考えられていたし、政府も皇族方もそれを支持していたが、譲位を止めたのは、マッカーサー元帥の知恵である。当時、12歳であった今上天皇の年齢を考えれば、昭和天皇が在位し続けた方が、日本統治が容易だったことは占領軍の判断として理解できる。まさか、マッカーサーの政治判断を、「先人の知恵」と呼ぶ訳ではあるまい。
 
緊急事態に直面して、臨機応変な対応をしなければ、生身の人間からなる皇室はどうやって存続し、安定し、繁栄できるだろう。「高齢は緊急事態ではない」と、臨機応変な対応が皇室に対して出来ないならば、「他者の痛みは我慢できる」という野蛮な仕打ちを、国が皇室に対して続けているとしか映らない。
 
天皇に対する期待も、皇族方に対する期待も、度を越せばそれらはただの野蛮の一言につきる。天皇が摂政を置く事ではなく譲位を願われているならば、天皇の望む通りに対応をするべきだ。譲位をすることと、摂政を置く事の違いは、誰よりも天皇がご存じの筈である。まさか「私の方が皇室の伝統、責務、公務、祭祀の務めにおいて、天皇陛下よりも詳しい」と、誰が言えるのか。
 
勝手な憶測ではあるが、例え摂政を置いたとしても、天皇である事の精神的な重みから解放をされる訳ではない。その重みから解放され、新たな天皇としての現皇太子の姿を見て安心をしたいと願われているとすれば、それは人間として、また親として、当然の心情である。
 
いずれにせよ、選択肢を多く出すことは重要であるが、何よりも汲まれるべきは天皇の意向である。
 
本当に皇室の安泰や繁栄を願うならば、安泰し得る皇室、繁栄し得る皇室、また更に一言付け加えるならば、嫁ぎ易い皇室へと、皇室を支える体制も含めて変えられてゆく必要がある。
 
 

女性大行進とトランプの奇妙な共通点

トランプ新大統領の就任式から一夜明けた21日、昨日のトランプ大統領就任式を見ようと駆け付けた群衆を遥かに上回る数の女性たちが、首都のワシントンDCやシカゴ、ロサンゼルス、ニューヨーク、タラハシーなど全米各地でトランプ大統領に反対するマーチを行なっている。このデモは、アメリカだけでなく、カナダの首都オタワやロンドン、パリなど、西側諸国で一斉に行われているようだ。

 

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トランプ氏のように女性を性の対象としてしか見ない(と思われる)男性の大統領就任に対して、女性が嫌悪感を覚えるのは理解できる。トランプ氏は女性を容姿で判断し、本人の同意なく身体的接触を行なってきた。「有名人だから何をしても許されるんだ」と語っていた事も発覚している。

 

しかしトランプ氏は、POWや身体障碍者、マイノリティー、自分よりお金の無い人々等、男性であっても馬鹿にしている。おかしな弁護だが、トランプ氏が女性だけを差別しているわけでは無い。また女性であっても、トランプ氏に取り立てられた人々も多い。

 

トランプ氏のような低俗で、野蛮で、下劣極まりない人物の大統領就任に反対をしているのかと思いきや、デモはアメリカ内の「女性に対する賃金差別」「女性への人権蹂躙反対」など女性の権利向上への訴えに変わってきている。

 

アリシア・キーは、「私の体は私のもの。男性の好きにはさせない」とデモで語るが、彼女の体は誰かに蹂躙されたのだろうか。そうだとしても、それはまさかトランプ大統領の所業ではないだろう。マドンナは、自身も下品な言葉使いで怒りを表しつつ、「今回の選挙では、善は悪に打ち勝たなかった。それでも最後には善が打ち勝つ」と述べたが、ヒラリー・クリントンが「トランプよりマシ」である事は同意できても、あれだけ不正行為や腐敗の多いヒラリー・クリントンを善と呼ぶことには、彼女にとっての善が何であるか疑わせる。しかもマドンナは、「そうしたことが何かを本質的に変えることは出来ないと分かっている」としながらも、「ホワイトハウスを爆破でもしようかと思った」と発言している。このような過激な発言は、彼女の動機を正当化してくれない。

 

これらの有名人億万長者らが声を枯らして訴える女性の人権向上とは、何なのだろう。彼女たちはどんな人権蹂躙をアメリカで経験しているのだろう。もしかしてアメリカは、トランプ氏の表現したような「母親と子供が貧しさに閉じ込められ」ている『修羅場』のような国なのだろうか。

 

それにしてもこれらの女性は、ISISから逃げ出した元性奴隷の女性が涙ながらに国連で証言した時、サウジアラビアの女性がヒジャブを着用していない為に処刑を宣告された時に、どこにいたのだろう。これらのデモに参加する女性たちは、女性の人権を認めない原始的、過激イスラム教に対しても、『イスラム教は平和の宗教』『彼らの文化を侵害するべきではない』と擁護していたのではないか。

 

世界には、我々が声をあげるべき、人権に対する深刻な蹂躙が山ほどあるのだが、そうした人権蹂躙が本当にアメリカにあると考えているならば、彼女たちはトランプの描いた『修羅場としてのアメリカ』に同意しているのだろう。極右ナショナリストと左翼らが、右回り、左回りの違いがあるだけで、結局は一致する典型的な例である。

 

トランプ氏への批判は、その言動、政策によって、正確に行なわれるべきだ。しかしながら極論をもって極論を正すことは出来ないのだ。トランプ氏やこれらの有名人らが、金や大理石、マホガニーの御殿に住みつつ「我々は不当に扱われている」と叫んでも、熱心な支持者を喜ばせるだけで、大多数の中流アメリカ人の声を代弁しているとは、到底言えない。

ロシア工作員が笛を吹き、保守派が躍る---スタニスラフ・レフチェンコの証言(2)

昨今の一部保守派に見られるプーチン・ロシアへの期待感や親近感は、ヴラジミール・プーチンという独裁者の醸し出すイメージに操作されているだけで、ロシアの実態を無視した非論理的な感情論である。
 
ロシアは、近代化された中国の軍に対して立ち向かえるような軍事力を有していない。核兵器にしても老朽化が進んでおり、核を有していない日本の世論を恫喝する事には使えても、アメリカや中国、インドのような核保有国に対する恫喝として使用することは絶対に無い。ロシアの核が使い物にならない事が露見されれば、ロシアの軍事的威信は回復できない程傷つくからだ。
 
国が最先端技術の軍事力を有するには経済力が欠かせないが、もともとロシアの経済力はメキシコに等しく、クリミア侵略によって発せられた西側からの経済制裁の為に、深刻な打撃を受けているのが本当だ。確かに中国からの脅威は深刻であるが、これに対して協力して対抗し得る近隣国は、中国と軍事協力関係にあるロシアではない。
 
安倍・プーチン会談をもって、中国の脅威に対応する為の「地政学を鑑みた安倍外交」と称えるような報道や論調は、「中国が日本を攻撃することは無い」と楽観視するリベラル左翼のナイーブさを嗤うことは出来ない。このような主張を、スタニスラフ・レフチェンコ氏によって「KGBエージェント」として自社の山根卓二東京本社局長を名指しされた事がある産経新聞が報道している点においては、ロシア工作の影響が、山根局長の退職後も産経社内に残っている事を伺わせる。
 
仮に日露が何らかの軍事協力条約を結んだとしても、もし中国が尖閣なり沖縄に侵攻すれば、ロシアは間違いなく中国につく。これはレフチェンコ氏が証言しているし、当たり前過ぎて真剣に論じられる事が少ないが、ロシアに対する過度の期待が高まる折には、欧米メディアは牽制する意味で、それとなく言及する。
 
だからこそ、このようなロシアに対する希望観測的主張を、元KGB少佐だったスタニスラフ・レフチェンコ氏にKGBエージェント」として自社の山根卓二東京本社局長を名指しされた事がある産経新聞が報道している点は奇異であるし、山根局長退職後もロシア工作の影響が産経社内に残っている事を疑わせる。
 
産経新聞社だけでなく、あからさまなロシア製プロパガンダを流布する馬渕睦夫氏のような元外交官や、鈴木宗男、また佐藤優のように、ロシア工作員への便宜が問題視されたような人物を、保守派メディアが多く登用する理由は何だろう。馬渕氏の主張については、本人が何と弁解しようと、ロシアのアレクサンドル・ドゥギンを教祖とする「反米、反イスラエル、反ユダヤ主義、ロシア・ナショナリズム」を説く新興宗教の主張そのものである。この新興宗教の「反米、親露主義」は、ロシア政府も利用している事が明らかであり、ウクライナ大使時代に馬渕氏がロシア・エージェントに接し、すっかりこれに取り入れられたとしても不思議はない。
 
鈴木宗男と佐藤優に関して言えば、以下の記述がある。
 
2000年2月末頃、警視庁公安部外事第一課が視察対象にしていたSVRロシア対外情報庁)東京駐在部長だった在日本ロシア大使館参事官のボリス・スミルノフについて、視察をやめるように警察庁警備局長に働きかけていた事件。

警視庁公安部外事第一課の第四係はスミルノフに対して連日、強行追尾を含めた視察作業を行っていた。スミルノフは当時親交のあった佐藤優に相談。佐藤優を介して鈴木宗男から警察庁警備局長に圧力が掛り、視察作業は中止させられたといわれる。証人喚問でこのことを聞かれた際に上田清司に質問された時には「覚えておりません」と証言し、その後に原口一博に同じ質問された時には「そういったことはなかったというふうに考えております」と証言した。』

鈴木宗男事件 - Wikipedia

 

ウィキペディアには、ページ作成者の視点や解釈が反映される場合があり、事実関係と意見の境が曖昧な場合さえあるが、この記載に関して言えば、KGBの後を引き継いだSVR工作員の尾行をしていた公安に対して、佐藤優と鈴木宗男が「やめるように」圧力をかけた事は真実かどうかを、上田清司議員と原口一博議員に証人喚問で質問された、という事実関係に関するものである。そしておそらく、両氏がこれまでも絶えず、ロシアとの友好的な関係が日本にとって欠かせないかのようにロシアの行動や主張の弁護を繰り返し、日本外務省の行動に対しても、日本の国益よりも、ロシアの便宜を図ってきたを考えれば、公安の捜査に対して圧力をかけたという疑いは、事実あった事なのだと考える。
 
公安の捜査に対する圧力は、国家に対する背信行為である。この行為を犯罪扱いしない国は、日本だけではないだろうか。鈴木、佐藤両氏は起訴され、実刑判決を受けている。これについて、彼らはいかに自分たちへの起訴が間違ったものだか語るが、彼らへの起訴は、国に対する背信行為という重大な犯罪が、犯罪として定められていない日本として処罰できる限界だったのではないだろうか。

 

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鈴木宗男や佐藤優のような、自らの立場を利用して国に対する背信行為を行なってきた人物の主張を、何かの理があるかのように右派メディアが扱い続ける理由は何だろう。レフチェンコ氏は、ロシア工作員の影響が日本のメディアにも浸透している事を証言したが、メディアは左翼に支配されているとしか考えない保守派を、ロシア産の反米、反中ナショナリズムや、親露プロパガンダで騙す事は、さぞ簡単だろう。
 
アメリカに亡命を果たした元KGB少佐であるスタニスラフ・レフチェンコ氏の自叙伝「KGBの見た日本」また「On The Wrong Side」には、至極常識的な意見が多く書かれている。
 
「アメリカと緊密な同盟関係にあり、日米安全保障条約を結んでいる日本は、すぐにも防衛に立ち上がってくれる外国の軍事力に守られている。外国からの脅威を知覚する力を失った日本には、自国を防衛するということの本当の意味が分からなくなっている人が大勢いる。日本の政治家の間で人気のある言葉に、『全方位外交』というのがある。日本はいずれの国とも等しく友好関係を維持し、ソ連のような敵意ある大国とさえもそのような関係を保つというのが、その言葉の意味なのである。この"だれでも歓迎"主義は、実際には日本の安全保障を損なうものであるにもかかわらず、日本人の間では、一種の固定観念になっているのだ。日本人の中には、はっきりとした理由もなしに、自分たちが至極安全だと思うあまり、どの国が本当の味方で、どの国が敵なのか見分る感覚を喪失してしまっている人が多い。」(KGBの見た日本126頁)
「日本は中立国ではない。自由世界第二位の工業大国として、重大な国際的責任を負っているのだ。日本の多くの政治家や企業経営者は、保護貿易主義やインフレーション、高金利といった、国際貿易で新たに持ち上がった問題を非常に憂いている。しかし彼らは、日本と全自由世界にとっての本当の脅威は実はソ連なのだという事を忘れているのである。ソ連は核ミサイルをちらつかせて世界の至る所で強請を働いている、横暴極まりない軍事大国なのだ。」(KGBの見た日本257頁)
 
日本が中立国であり得ないことは、強調してもし過ぎることは無い。日本はアメリカと同盟を結んでいるのだ。日本の準同盟関係を結べる相手は、アメリカの同盟国でもある、その他の民主主義、自由国家から選ぶのが、同盟というものの常識である。ロシアも中国も、アメリカにとっては敵対国なのに、ロシアとも軍事協力関係が結べるかのような非常識な期待感を膨らませる事は、日本が中立国ではない事を真に理解していないからだろう。
 
しかも「はっきりとした理由もなしに、自分たちが至極安全だと思うあまり、どの国が本当の味方で、どの国が敵なのか見分る感覚を喪失してしまっている人が多い」のは本当だ。保守を自称する人々が、「世界の反日活動の裏にはアメリカがある」等の陰謀説に踊らされ、日本の安全保障を担うアメリカを敵視し、ロシアのプーチンは「柔道が好きな親日家」などという恥知らずなプロパガンダに喜んでいる様は、結局彼らのメンタリティーが、彼らの嗤う左翼のそれに勝るものではない事を表している。
 
だからと言って、この点も、レフチェンコ氏にも同意するが、ロシアとの関係を断つべきだというつもりもない。但し、「ロシアとの友好関係は、日本にとって非常に大切です」などと鈴木宗男のような人物が語る度に思うのだが、「日本との友好関係はロシアにとって非常に大切だ」とプーチンは思っているだろうか。
 
これは、プーチンへの親近感を強め、「ロシアとの友好関係はアメリカにとって重要だ」と主張し始めたトランプ支持者に対しても等しく投げ掛けられるべき疑問である。果たしてロシア側は、アメリカとの友好関係が重要だと考えているだろうか。
 
どのように友好関係を築くことが出来るかという質問は、実はアメリカや日本ではなく、プーチン・ロシアが考えるべき課題なのである。我々はロシアに、我々との関係を回復させ、友好関係を築くべきだと思い直させるべきなのだ。ロシアは、強権政治や人権への侵害、他国へ軍事侵攻をやめ、民主主義、自由国家との関係回復の為に改革への道を再び探らなければならない。関係改善の為に従来のやり方を変えなければならないのは、ロシアの方である。
 
口では何といっても、最近のロシアの軍事的、政治的挑発行為を見る限り、プーチン・ロシアにとって西側との関係改善は重要課題とはなっていないようだ。これは非常に残念な事ではあるが、そもそも関係改善を望まないヤクザ国家を相手に経済協力をさせて下さいと低姿勢で近寄る政策が、根本的な関係改善を齎すのだろうか。
 
レフチェンコ氏は語る。「だからと言って、日本がソ連との関係を絶つべきだ、と申しあげるつもりは無い。長い間の劣等感を捨てて、ソ連と健全で正常な交際を続ける方が日本のためになる、と申しあげたいのである。私見によれば、日本はしっかりした平等の基盤に立ってのみ、ソ連との関係を維持すべきなのである。日本は国土から見れば確かに小さな国だし、軍事的にも強国ではない。しかし、相変わらず妥協を続け、ソ連に屈服する道を歩む理由など全くないのだ。第三次世界大戦など絶対に勃発してはならないのだが、もし不幸にして再び大戦が起こるようなことがあれば、ソ連はいかなる場合でも即座に日本を攻撃し、これまでの両国間の関係など完全に無視するだろう。」(258頁)
 
関係回復を願う日本の声は、ロシアにとっては「日本側の劣等感を背景とした妥協と屈服」としか映らないようだ。例えレフチェンコ氏の分析に対しては反論があっても、日本の姿勢をロシアがどう受け取るかという視点で考えれば、彼の理解こそが正しいのだろう。

スタニスラフ・レフチェンコの証言---KGB・日本活動の実情

1979年米国に亡命した後、1982年には米国議会で日本におけるKGBのスパイ活動を暴露したスタニスラフ・レフチェンコの書いた「On The Wrong Side」を読んでいる。


レフチェンコはアメリカに亡命した後、ロシア国内での死刑判決を受けているが、KGBが彼の米国内での所在を突き止めようとしていた事が、発覚した別のKGBスパイ事件の裁判で明らかにされている。

Stanislav Levchenko - Wikipedia

 
レフチェンコの書いた自叙伝「On The Wrong Side」は1988年に出版されたが、その日本語訳である「KGBの見た日本」は、英語版より3年早い1985年に出版されている。但し、英語版と日本語版との間には若干の違いがある。日本人向けに書かれた「KGBの見た日本」の英語版の内容に編集を加えて出版されたのが「On The Wrong Side」であるようだ。例えば、「On The Wrong Side」には「KGBの見た日本」に書かれてあるような、日本称賛や賛美は繰り返されていない。また、日本語版には書かれていないKGBの活動目的やKGBそのものについての説明が「On The Wrong Side」には書かれている。「On The Wrong Side」と「KGBの見た日本」には、別の章や項目もあるから、英語ができる方には「KGBの見た日本」と「On The Wrong Side」の両方を読まれる事をお勧めしたい。
 

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          元KGB少佐・スタニスラフ・レフチェンコ氏。米国に亡命している。

 

レフチェンコ氏が「On The Wrong Side」の中で挙げられている、日本におけるKGBの活動目的のいくつかを以下にご紹介する。(Page. 237)
 
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日本における活動手段の主な目的は何ですか?
 
---我々は、とてもハッキリした側面を持つプログラムを実現するように指導されていました。我々の活動の場は日本でしたが、KGBが工作員を使用している場所に於いて、世界中殆どの場に於いてとなりますが、どこでも大体同じような使命を与えられています。日本に於いては、我々は
 
  • アメリカと日本の間に、更なる政治的、軍事的な協力関係を築くことを防ぐ
  • アメリカと日本の間に、政治的、軍事的、経済的な活動への不信感を奨励する
  • 日本と中華人民共和国との間に、特に政治的、経済的な良好な関係が更に築かれる事を防ぐ
  • ワシントン、北京、東京の間の反ソ連三角形が築かれる可能性を排除する
  • ソ連との間に近しい経済関係を築くために、まず第一に、自民党、次に日本社会党の、日本の主だった政治家の中に親ソ連ロビ―を作る
  • 高いランキングに位置する『エージェント・オブ・インフルエンス(影響を与える為の工作員)』、主だったビジネス・リーダーとメディアを使ってソ連との経済関係を大きく広げる事は重要であると説得する
  • 日本の政界の中に、日本とソ連の友好善隣関係条約を賛成する運動を組織する、等の使命を与えられていました。
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レフチェンコ氏は、全ての使命が達成できたわけではないとしているが、今日の日本の国会議員保守派論客の中にあるロシアとの経済協力を強調したり、軍事連携を期待する声を鑑みれば、そのうちのいくつかが確かに達成されつつあることは明らかだ。しかも「世界の『反日活動』の裏にはアメリカがある」という陰謀説論理を、元ウクライナ大使である馬淵睦夫氏が保守メディアを通して主張し同調者が何かの真実に目覚めたかのようにアメリカへの敵意を新たにしている事を考えれば、ソ連KGBの工作も確かに功を発揮していた事が伺える。
 
ロシアKGBの活動指令の一つが「日本と中国との間の良好な関係の阻止」である事を考えれば、反中国を叫んでいるからと言って、すなわち「愛国保守派」なのではない。「歴史問題を取り巻く世界の反日活動の裏には米国がある」などと「米国への不信」を増長させつつ、何故か中国からの軍事脅威に抵抗する為にはプーチン・ロシアの協力が必要だなどと説く主張は、ロシアによる諜報活動の影響を受けていると言えないだろうか。実際、こうした論張は、安倍・プーチン会談の功を説いた産経新聞が率先して報道したが、産経新聞こそ、レフチェンコ氏が米国下院議会で「大手新聞社の工作員1人(山根卓二東京本社編集局次長)は、オーナーがきわめて信頼を寄せる人物であり、ソ連がこの新聞を通じて自国に有利な政治状況を作るのにその工作員を利用した。」と証言した、その「大手新聞社」である。
 
レフチェンコ氏はその証言で、200人に上る日本国内のKGBエージェントや協力者についても供述したが、その供述の信憑性については、日本の公安も認めている。レフチェンコ氏が名指ししたKGB協力者のリストには、自民党の石田博英労働大臣(当時)や、日本社会党の勝間田清一委員長、テレビ朝日専務の三浦甲子二、「カント」というコードネームを持っていた産経新聞東京編集局長の山根卓二や、「クラスノフ」というコードネームを所持していた、旧日本陸軍軍人であり伊藤忠会長を務めた瀬島隆三、その他の外交官、内閣調査室などの情報機関員の名前があげられている。
 
特に瀬島に関しては、「元警察官僚で初代内閣安全室長の佐々淳行は、瀬島が東芝機械ココム違反事件において工作機器のソ連への売り込みに協力したことが判明したことを受けて、中曽根政権の官房長官で警察庁時代の上司の後藤田正晴に対して瀬島の取り調べを進言した際に、「警視庁外事課時代に「ラストボロフ事件」に絡んでKGBの監視対象を尾行している時、接触した日本人が瀬島であり、当時から瀬島がソ連のスパイであったことは警察庁内で公然たる事実であった」と報告した。報告を受けた後藤田が警視総監の鎌倉節にたずねると、鎌倉は「知らないほうがおかしいんで、みんな知ってますよ」と答えたというしかし瀬島が当時中曽根康弘のブレーンとして振る舞っていたために不問にされたとしている」とある。
 
また彼が、靖国神社におけるパル判事顕彰碑建立委員会の委員長であった事実は、「日本無罪論」や「日本の名誉を取り戻そう」といった運動に、反米感情を煽動したいソ連の思惑が潜んでいないだろうか。

Ryūzō Sejima - Wikipedia

 
因みに、コードネームを与えられた山根卓三や瀬島龍三のような正式なKGB工作員とは違い、「エージェント・オブ・インフルエンス」と呼ばれる「工作員」が多く存在する。「エージェント・オブ・インフルエンス」とは、本人とモスクワの繋がりが露にされない方法で、自らの立場、名声、権力や社会的信用などの影響力を行使し、ロシア工作の目的を達成させる工作員を指す。
 
「エージェント・オブ・インフルエンス」には、大きく分けて3種類の工作員があると言われている。レフチェンコ氏によれば、その一つは、KGBによってリクルートされ、命令によってロシアの国益に叶う工作を行なう「コントロールド・エージェント」、もう一つは正式なリクルートがないものの、ロシアの目的を意識しながら協力する「トラステッド・コンタクト」、最後に、本人の自覚が無いままロシアの益の為に利用される「アンウィティング・エージェント」である。
 
レフチェンコ氏にKGB工作員として名指しされた人々の中には、全くその自覚が無かった人もいるだろう。こうした人々は、その自覚の無いままに、自らの影響力を行使してロシアの対日工作やその目的達成への協力を行なっているのだろうが、売国行為に意図の有無は関係しない。

 

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レフチェンコ証言を扱った産経新聞。社会党の疑惑を追及する姿勢は見せるものの、自社員の山根卓二編集局次長について清算しているとは言えない。
 
勿論、現在ソ連は存在しない。しかしゴルバチョフ大統領とエリツィン大統領初期に改革を試みたロシアは、共産主義国家とはなくなったものの、民主化に失敗し、KGBの申し子であったプーチン大統領の下、再びKGBと組織犯罪が支配する社会に戻っている。KGBは名称をFVR RFとGRUに変えただけで、活動内容には大きな変化はない。西側に台頭する極右運動やナショナリズムは、リベラル左翼による政治に嫌気がさした国民の支持を得ながらも、プーチン政権からの資金援助を受けている場合が目立つ。左翼の進める『得体の知れないグローバリズム』に対峙する『ナショナリズムの英雄』として、何故か他国への軍事侵略を行なったプーチンがあげられるのだから、開いた口が塞がらない。
 
昨今の日本保守派にある「北方領土返還には、ロシア国内の反発を抑える事の出来るプーチンの強権が必要だ」などという主張は、プーチンがその強権によって法や条約を重んじた事が無い事実を無視している。専制君主の独裁者一人に取り入るられれば、外交が進展し、問題解消につながるなどという期待は、軍や国内のクーデターに怯える独裁者や独裁政権の実情を全く理解していない。
 
プーチンは真に強い指導者ではない。真に強い指導者は、自分に対する国民からの疑問に答え、批判に耐えられるのだ。プーチンが、自分への批判記事を書く300人近いジャーナリストや、反対者を殺害した理由は、彼の弱さにある。その他の独裁主義国家に等しく、権力を行使して批判者を弾圧しなければ、権力の維持が出来ないのが実情だ。弾圧や挑発は、政権維持の為の強さの演出でしかない。強権を振るう指導者は、国民の支持が無いための強権である事を忘れるべきではない。
 
また、頼みの核兵器でさえ老朽化が進み、使い物にはならない。ロシアが中国との軍事協力関係を結んでいる事を考えても、産経新聞が報道したように、中国からの脅威に対抗する為に日本が協力を期待できる相手ではないのだ。
 
日本はプーチン・ロシアを見誤ってはならない。強権を振るう独裁者プーチンを過大評価し、彼に期待することは、強権を振るったナチス・ドイツを過大評価した過ちと同じ類の過ちである。
 
日本の安全保障を担う米国への不信感や反感の煽動、プーチン・ロシアに対する誤った親近感と期待感は、KGB時代から続くロシア工作活動の一端である。レフチェンコ氏の記述を信頼に値しないと一蹴する事も可能だ。それでも、KGBがアメリカに亡命しているレフチェンコ氏の行方を追い、彼の暗殺を考えていた事を考慮すれば、レフチェンコ氏の主張が、KGBにとっては一蹴できるものではなかったと理解できる。
 
 

パレスチナという国家は必要か

パレスチナという国家がなぜ必要なのかについては、殆ど議論されていない。かつての独立国であり、現在中国共産党によって民族・文化浄化の危機に瀕しているチベットや、何世紀もに渡って独立を叫んできたクルドという国家ですら存在しない今日、なぜ迫害されている訳でもなければ、民族として存在した事の無いパレスチナ人による独立国家の建設が必要なのか。

たとえ宗教の自由や人権が認められていても、ユダヤ人国家の下で生きる屈辱に耐えられないとし、ユダヤ人国家の抹殺を願うパレスチナ人たちの主張の根底には、歴としたユダヤ人差別が伴う。中国共産党下に於いて自治を願うチベット人らの主張とは重きが異なる。

以下は、2013年にピューリッツァ賞を受賞したウォール・ストリート・ジャーナル紙国際面担当のブレット・スティーブンス記者が書かれた「パレスチナ国家について」という最新記事の拙訳である。

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On Palestinian Statehood - WSJ

70か国からの外交官らが日曜パリに集まり、中東問題への会議を行なう。彼らの目的は、イスラエルとパレスチナ、二国解決間解決への足固めにある。このタイミングは偶然ではない。オバマ政権残すところ5日の任期切れとなる前に、この会議によって、段階的なパレスチナ国家建設に向けた、新たな国連安全保障理事会の決議に結び付けようとしているのだ。

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日曜日イスラエルで起きたトラックを使ったテロで犠牲となった人々を悼んでライトアップされたベルリン、ブランデンブルグの門。外国がイスラエルで起きたテロを悼む例は珍しい。

 

それが一体何の為となるのか、疑問が生じる。

気候変動を別にすれば、パレスチナ国家建設は、世界的な政治の場の流行として、強迫的な中心議題となっている。しかしこれについて殆ど是非の議論がなされなかったのも確かだ。

パレスチナ国家は、本当に中東に和平をもたらすのだろうか。こうした考えは、イスラエルへの軍事負担を軽減し、アラブ近隣諸国の抱える国内の不満を和らげるという仮説の下に、これによってイスラエルとアラブ近隣国の間に和平をもたらすだろうという社会通念であった。

今日、この提案は実にくだらないものとなった。エルサレムとラマッラー(パレスチナ自治区ヨルダン川西岸地区中部に位置する都市)間の交渉が、シリア、イラクやイエメンの内戦を、どのような解決させるというのだろう。どのような交渉によっても、テヘランと彼らに委任されたレバノンやガザ地区のテロリストは、ユダヤ人国家との和解に応じることは無いのと同じだ。それでも、その他の近隣について言えば、イスラエルはトルコ、ヨルダンとエジプトとの間に外交関係を成立させ、サウジアラビアやその他の湾岸諸国との間にも実質的調整を行なう合意に達している。

「パレスチナ人の益はどうなるのだろう。彼らは自分たちの国を持ってはならないのか。」

どうだろう。パレスチナ人たちは、アッサム人、バスク人、バローチ人、コルシカ人、ドルーズ人、フラマン人、カシミール人、クルド人、モロス人、ハワイ先住民、北キプロス人、ロヒンギャ人、チベット人、ウィグル人や西パプア人ら以上に、自分たちの国を持つ特権があるだろうか。これらの人々は全て、独自の国民としての独自文化、悲劇的歴史の正当性や、国を持つ尤もな主張がある。

これらの人々が自分たちの国を持てないのに、なぜパレスチナ人の主張は受け入れられるのだろう。パレスチナ人らはクルド人たちよりも長い間、忍耐していたと言うのか。いいや違う。クルド人の自国に対する主張は、何十年ではなく、何世紀にも及ぶ。

パレスチナ人は、チベット人以上の自国文化の破壊を経験しているのだろうか。とんでもない。北京は67年にわたって、チベット文化破壊への組織的な政策を行なってきたが、パレスチナ文化への破壊はモスクや大学、メディアで話題となるだけで、実際には起こっていない。

パレスチナ人らはロヒンギャ人以上に厳しい迫害を受けてきたのだろうか。比較する事さえ馬鹿げている。

他者との比較はともかく、パレスチナ人国家は、パレスチナ人にとって益となるのだろうか。

勿論、こうした判断には主観が伴う。しかし2015年6月に『パレスチナ・センター世論調査』によって行なわれた意識調査では、東エルサレムに住む大多数のアラブ系住民は、「パレスチナ国」に暮らすよりも、イスラエルでイスラエル人と同等の権利を有する市民として暮らす事の方が望ましいと答えている。これには、イスラエルの目覚ましい経済成長が関係しているのは明らかだ。

しかしそれだけではなく、政治的な側面もある。パレスチナのモハマッド・アバス大統領は治世13年、4期目の任期を迎える。(故アラファト議長によって建設された)ファター派は西岸地区を腐敗で支配しており、ハマス派は、ガザ地区を恐怖で支配している。人道支援物資はいつもテロリストの目的に利用されている。ガザからイスラエルに伸びるテロ活動の為のトンネルには800トンのコンクリートが使用され、11億円以上の費用が掛かっている。ほぼ3年の周期でハマスはイスラエルに向けてロケットを発射し、交戦となれば何百人ものパレスチナ人が犠牲となる。この状況で、なぜパレスチナ国家誕生が良いものを齎すと占う事が出来るだろう。

パレスチナ国家は、イスラエルにとっても必要ではないのだろうか。イスラエルはユダヤ人による民主主義国家としての性質を、ヨルダン川西岸に住む何百人ものパレスチナ人らを切り離さずして、保つことが出来るだろうか。

仮説上では、イスラエルは、近隣と和平を保ち、社会保障が確立し、人権を尊重し、過激主義を拒絶し、武器使用の統制が取れたパレスチナ主権国家と共存する事が望ましい。仮説上では、パレスチナはコスタリカのように、小さくても美しい国となり得る。

しかしイスラエルは、仮説で存在しているのではない。彼らは小さな過ちが決定的になる世界に生きているのだ。2000年と2007年、イスラエルの首相はパレスチナ国家建設に向けて、パレスチナ側の善意を信じた条件を提示した。それでもこれらの提案は、パレスチナ側によって拒絶され、暴力による応酬を受けたのだ。2005年には、イスラエル側はガザ地区から撤退したが、パレスチナ側はガザ地区をテロ攻撃の拠点としてしまった。先週の日曜日は、4人の若いイスラエル人らがテロ攻撃の犠牲となり、トラックに轢殺された。ユダヤ人による「何の非も見当たらないような民主主義国家」とは貴い理想である。しかしイスラエルという国家存続の危険まで侵すべきではない。

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  日曜日、イスラエルで起きたトラックによるテロ。ISISの関連が疑われている。

パリで行なわれる会議は、パレスチナ人に関して優勢的な一般論に対しては関心を持たない新たな政権が始まる直前に行なわれる。トランプがイスラエル大使に任命したデイビッド・フリードマンはユダヤ人国家としてのイスラエルを明確に支持し、在イスラエル、アメリカ大使館をエルサレムに移転させる事に強い決意を抱き、イスラエルによる入植を非難せず、「イスラエルの安全の為にはイスラエルの敵(パレスチナ)を力づける事も必要だ」というような提案には動かされない。こういった、主流の考えとは異なる「異端」を考えただけでも、彼がこの務めに相応しい事は間違いない。

同時に、パレスチナ人の将来を真剣に考える全ての人々は、パレスチナ人に対して、マシな指導者を選び、彼らの制度を向上させ、隣人(イスラエル人)への殺人が行なわれる度にお菓子を送り合って喜ぶ事を止めるように訴えるべきだ。

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パレスチナ人国家を黙認するとしても、国際社会は、ユダヤ人根絶の主張やテロ行為だけは認めてはいけない。

 

アンジェイ・コズロウスキー教授に聞く、対イスラエル非難決議とユダヤ人入植 (2)

AK: 次に、宗教的な面から見ていきますが、宗教的なユダヤ人にとっては、この地は神からユダヤ人に与えられた土地です。聖書の時代には、現在論争になっている「東エルサレム」や「ヨルダン川西岸地区」などが、当時の殆どのユダヤ人が住んでいた土地であり、ユダヤ教の聖地とされる多くの場所は、そこにあります。ですから、宗教的なユダヤ人らがそこに住みたがる事は理解できます。彼らにとって、それは神から与えられた義務なのです。

 

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現存するエルサレム神殿外壁、「嘆きの壁」に向かって祈る正統派ユダヤ教徒の男性たち (2016年、イスラエル政府によって、男女で祈りを捧げられる区域も、新たに設置されている。)
 
1947年のイスラエル建国は、宗教的な事案にはあまり興味を持たない世俗派のユダヤ人ナショナリスト達によって成されました。ユダヤ人指導者の多くは、長い間に渡って完全に世俗化、自由主義化していたのです。これらの世俗派ユダヤ人にとって、聖地や入植といった問題は重要ではなく、交渉の障害だと考えられていました。正統派のユダヤ教徒は、当時イスラエル国家の建設に反対しており、彼らの中の少数は、今でもイスラエル国家に反対する人々がいます。
 
現在はこれらの『世俗、自由主義派のユダヤ人指導者層は、影響力を失なっています。イスラエル内での力関係は変わっています。これには複雑な理由がいくつも存在します。一つは、イスラエルに暮らす大多数のユダヤ人が、もはやヨーロッパ出身者ではない事です。ヨーロッパ系ユダヤ人は世俗派であり、リベラル(自由主義)派です。建国当時イスラエル政府は彼らによって運営されていました。ところが現在のイスラエルで多数はを占めるのは、イランのようなアラブ社会出身のユダヤ人です。彼らは概して宗教的であり、アラブ社会で受けた迫害の為、アラブに対する反感があります。
 
それに伴い、多くの正統派ユダヤ教徒らの態度も変わりました。彼らはイスラエル建国当時にはユダヤ・ナショナリズムに反対し、ユダヤ人はイスラエルの国に戻る前に、まずメシヤの訪れを待つべきだと考えていました。(聖書の預言による) しかしながら、正統派ユダヤ教徒の間にもイスラエル国家を受け入れる割合が増え続け、イスラエルへの移住が始まりました。これら多くの正統派ユダヤ教徒は、聖書の時代のユダヤ人が住んだ地域、預言者が暮らし、彼らの墓がある土地に暮らしたいと願うのです。
 
 
HK: アメリカの報道から学んではおりましたが、ユダヤ人の中に世俗派と宗教右派があり、意見が大きく違う事は知りませんでした。
 
 
AK: 今日ある入植を支持する議論には、大きく分けて3つあります。一つはイスラエルの人口が増え続けている事にあり、住居の為の土地が必要だという点にあります。アラブ人の住んでいないヨルダン川西岸地区や、アラブ人から買い取った土地に住んでいけない法はありません。段階的な合意や二国間解決案を信じる人々は、これらの入植者らがアラブ側にも暮らせるようになるべきだと主張します。アラブ人らがイスラエルに住むのと同様にです。アラブ人がユダヤ人への憎悪を棄てれば、彼らの国家の中にユダヤ人が少数派として暮らす事は問題とはならない筈です。ユダヤ人は彼らの国にアラブ人少数派が暮らすことを問題とはしていないのですから。しかしながらパレスチナ人指導者らは、パレスチナの国に一人のユダヤ人が暮らすことも許さないとしています。ユダヤ人側が、パレスチナ側やユダヤ教徒が聖地と考える土に、一人のユダヤ人が暮らすのも許さないなどといった主張に長く甘んじる事は出来ません。
 
西岸の地区にパレスチナ国家を作り、イスラエルが国内へのアラブ人居住を認めているように、パレスチナ側も宗教的なユダヤ人が暮らすことも許可する案は、考えられる限り最も公平で、お互いへの配慮をした解決案ですが、アラブ側がこれを受け入れる事は近い将来期待できません。
 

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  右の頬を打たれて左の頬を差し出す事はしないと語るイスラエルのネタヤフ首相

 
HK: 入植を支持する議論の2番目に移る前に、教えて頂きたいのですが、先ほどから繰り返して仰っている「アラブ人」とは、「パレスチナ人」を指しますか? 例えばエジプト人もアラブ人ですが。
 
 
AK: そうです。私が使うところの「アラブ人」とは、「パレスチナ人」を指します。アラブという言葉を使うのは、「パレスチナ人」と言われている人々の殆どはシリア人、エジプト人、ヨルダン人、レバノン人だからです。しかも「パレスチナ人」という言葉は、以前はユダヤ人を指していたのです。パレスチナという言葉を始めに使ったのはローマ皇帝ハドリアヌス(在位西暦117年~138年)でした。彼はユダヤ人反乱軍を収め、ユダヤ人をエルサレムから追放する事に失敗した後、それまで「ユダヤの地」と呼ばれていた一体をパレスチナと名付けました。パレスチナという名前は、ユダヤ人に対する罰の一つとして、ユダヤという名称を歴史から消そうとしてつけられました。
 
HK: しかしながら、人種、或いは国民としての「パレスチナ人」とは、ソビエトによってPLOが作られた時に、創作されたのでは?
 

AK: そうです。19世紀まで、パレスチナの土地に住んでいたアラブ人のうち、自らを「パレスチナ人」と呼ぶ人間はいませんでした。その当時まで、「パレスチナ人」と言えば、パレスチナに住むユダヤ人を、それ以外の土地に住むユダヤ人と区別して呼んでいただけです。

 

HK: 入植への議論の2番目は何ですか?

 
AK: 入植を支持する2番目の論理は、少し違った論理です。イスラエルは今まで、(パレスチナ側に対して)多くの譲歩を行なってきました。それに対しての見返りは何もありません。このことは彼ら(パレスチナ側)の方針です。パレスチナ側はこの方針に従って、イスラエルに対して入植を止め、入植者の撤退を求めてきました。多くの世俗派のユダヤ人は、パレスチナ側から何かの妥協を引き出せるなら、喜んで入植を止めるでしょう。ところがパレスチナ側は、ユダヤ人に対して代わりに与える条件は何もなく、ただユダヤ人側が入植を止めなけらばならないと主張しています。ネタヤフ首相の言っている「我々はもはや、何の見返りも無しに、ただ譲歩だけをすることは無い」とは、こういう状況を指してのことです。彼がユダヤ教の保守派から懸念されている理由は、ここにあります。彼らはネタヤフ首相が「和平の為」として、入植を止めるのではないかと疑っているのです。勿論、和平の道筋など立ってはいないままで、です。
 
最後に、宗教的な論理があります。これは比較的単純な論理です。聖書によれば、この地はユダヤ人に与えられています。この地が神によってユダヤ人に与えられた事は、キリスト教徒も認めていますし、コーランですら繰り返し述べています。ですから信者にとっては、ユダヤ人らは自分たちに与えられた土地に住むだけなのですから、何の問題もないと考えています。そして、宗教論争に於いて常にそうであるように、宗教上の信念を不信者の為に妥協させる事はあり得ません。

 

HK: それでもイスラム教徒と国連は、エルサレムはイスラム教徒の聖地であると主張していますね。
 
AK: エルサレムがイスラム教徒にとっての聖地だとする主張は、最近創作された発明品です。勿論、これに関する全てを説明する事は複雑なのですが、簡単に言えば、エルサレムという言葉はコーランの中では一度も言及されておらず、何世紀にも渡ってエルサレムが聖なる土地であるといった主張は、イスラム教にとっては異端の教えとされてきました。それだけでなく、コーランはこの地域全域にわたって神によってユダヤ人に与えられたと明確に記されているのです。
 

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   エルサレムのイスラム教寺院、「岩のドーム」に背を向け、メッカに向かって祈るイスラム教徒
 
HK: 仰る通り、イスラム教の聖地はエルサレムではなく、サウジアラビアにあるメッカとメディナです。では、宗教的なイスラム教徒が、神がその地をユダヤ人に与えたと知っているならば、なぜ彼らはエルサレムの地を奪おうとしているのでしょう。
 
AK: その問題は、多くのイスラム教徒が、コーランの定めたユダヤ人の土地に住む権利がないと信じているからです。彼らは、全ての「良いユダヤ人」は既にイスラム教に改宗してあり、イスラム教に改宗しなかった「悪いユダヤ教徒」は、神の敵であり、神は一度ユダヤ人に対して与えた特権の全てを、イスラム教徒に与えられたと教えられています。
 
「全ての良いユダヤ人は、イスラム教に改宗した」という教えは、近代のイスラム主義者の間では標準的な教えとなっています。この教えは、あるハディース(モハメッドの語ったとされる教え)に基づいています。もともとモハメッドはユダヤ教徒に対して、彼の教えを受け入れると期待していた為、友好的でした。ところがユダヤ人らがイスラム教徒に改宗しなかった為、モハメッドは冷淡になりました。ですから初期に書かれたとされるコーランの部分は、ユダヤ人に対して友好的ですが、後期に書かれたとされる部分はユダヤ人を非常に敵視しています。勿論、キリスト教に改宗したユダヤ人がいたように、イスラム教に改宗したユダヤ人がいなかった訳ではありません。イスラム教に改宗したユダヤ人の中には、イスラム教に影響を与えた人々もいます。ところがこれらのユダヤ人らは、イスラム教を「ユダヤ教化」していると、絶えず疑われていました。彼らがイスラム教の教えへの解釈を変え、ユダヤ教に似たものにするのではないか、という疑いです。ですから、エルサレムを聖なる都と言うようなイスラム教徒は、「ユダヤ教化されている」という疑いが掛けられました。19世紀後半に『シオニズム運動』が起こり、ユダヤ人らが彼らの国を建国し、首都をエルサレムに置くと言いだしてから、イスラム教徒らはエルサレムが彼らにとっての聖地であると主張し始めたのです。
 
HK: レバノン系アメリカ人学者のフィリップ・ヒッティがパレスチナについて言ったことを読みました。パレスチナという国が地球に存在した事は一度もない、という歴史的見解です。
 
AK:  実際には、コーランの教えに厳格に従って、エルサレムを含める聖地の全てがユダヤ人に属すると主張するイスラム教学者もいます。かなりの少数派になりますが、ハディースにはよらず、コーランの教えでもって解釈しているのです。
 
HK: これらの教えが国連で無視される理由は何ですか? 多数派を占めるイスラム教国に対する配慮でしょうか。
 
AK: この教えはアラブ諸国にとって、政治的不利益であり、コーランだけでなくハディースの教えを信じる全てのイスラム主義者によって反対をされているからです。エルサレムを含むパレスチナの地はユダヤ人に与えられているという教えは、コーランだけを忠実に解釈した場合の教義です。
 
 
HK: 最後に、ヨルダン人、エジプト人、シリア人、レバノン人らが「パレスチナ人」として纏まり、ユダヤ人によるイスラエルに反対をするのは何故でしょう。それ程ユダヤ人との共存が嫌ならば、例えばヨルダン人であったら、ヨルダン王国に帰る事も出来ませんか? ヨルダン人にしても、エジプト人にしても、彼らは既に別にヨルダンという独立国、エジプトという独立国を持っています。 オットーマン・トルコ帝国の時代にも、彼らはトルコ人によるトルコ帝国における少数民族であった筈ですが、ユダヤ人によるイスラエルにおける少数民族の立場を拒絶し、パレスチナ人という新しい「民族」となり、ユダヤ人によるイスラエルイスラエルの地からユダヤ人を追い出して「パレスチナ」という国を作ろうとする理由は、何故でしょう。
 
 
AK: ローマ帝国がユダヤの地からユダヤ人を追放した後、ローマはこの地を『シリア・パレスチナ地方』と名付けました。実際シリア共和国が建国されて以来、アサド政権を含むシリア政府は、この地がシリアの一部であったと主張しています。ヨルダンになると話は違います。ヨルダンの人口の大多数は「ヨルダン系パレスチナ人」と同じ(?)ですが、王室や支配階級、軍などはベドウィンに起源を持っており、自分たちをパレスチナ人と考えてはいません。ヨルダン王国は、パレスチナ系が増える事を避ける為に、パレスチナ人がヨルダン国籍を取得する事を非常に困難にしました。ベドウィン系と違い、王室への忠誠を感じない「パレスチナ系」は、ヨルダン王家にとって脅威であるからです。
 
また多くのイスラム教徒にとって、非イスラム教徒の下に暮らすことは非常な屈辱です。イスラム教の方が、優越であると信じているからです。しかもイスラム教徒にとって、ユダヤ教は最も侮蔑されるべき人種だと考えられています。長年にわたり、ユダヤ人はイスラム教社会で差別されてきたからです。

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       ヨルダン川西岸の入植地に向かってパレスチナの旗を掲げるパレスチナ人男性

 

HK: それは恐らく、ユダヤ人に対するキリスト教世界からの差別も関係しているのでしょうね。他者に侮蔑されている人々を更に侮蔑する事で、自らの優位性を高めたいのでしょう。
 
本日は、いろいろ教えて頂き、有難うございました。