ロシア工作員が笛を吹き、保守派が躍る---スタニスラフ・レフチェンコの証言(2)

昨今の一部保守派に見られるプーチン・ロシアへの期待感や親近感は、ヴラジミール・プーチンという独裁者の醸し出すイメージに操作されているだけで、ロシアの実態を無視した非論理的な感情論である。
 
ロシアは、近代化された中国の軍に対して立ち向かえるような軍事力を有していない。核兵器にしても老朽化が進んでおり、核を有していない日本の世論を恫喝する事には使えても、アメリカや中国、インドのような核保有国に対する恫喝として使用することは絶対に無い。ロシアの核が使い物にならない事が露見されれば、ロシアの軍事的威信は回復できない程傷つくからだ。
 
国が最先端技術の軍事力を有するには経済力が欠かせないが、もともとロシアの経済力はメキシコに等しく、クリミア侵略によって発せられた西側からの経済制裁の為に、深刻な打撃を受けているのが本当だ。確かに中国からの脅威は深刻であるが、これに対して協力して対抗し得る近隣国は、中国と軍事協力関係にあるロシアではない。
 
安倍・プーチン会談をもって、中国の脅威に対応する為の「地政学を鑑みた安倍外交」と称えるような報道や論調は、「中国が日本を攻撃することは無い」と楽観視するリベラル左翼のナイーブさを嗤うことは出来ない。このような主張を、スタニスラフ・レフチェンコ氏によって「KGBエージェント」として自社の山根卓二東京本社局長を名指しされた事がある産経新聞が報道している点においては、ロシア工作の影響が、山根局長の退職後も産経社内に残っている事を伺わせる。
 
仮に日露が何らかの軍事協力条約を結んだとしても、もし中国が尖閣なり沖縄に侵攻すれば、ロシアは間違いなく中国につく。これはレフチェンコ氏が証言しているし、当たり前過ぎて真剣に論じられる事が少ないが、ロシアに対する過度の期待が高まる折には、欧米メディアは牽制する意味で、それとなく言及する。
 
だからこそ、このようなロシアに対する希望観測的主張を、元KGB少佐だったスタニスラフ・レフチェンコ氏にKGBエージェント」として自社の山根卓二東京本社局長を名指しされた事がある産経新聞が報道している点は奇異であるし、山根局長退職後もロシア工作の影響が産経社内に残っている事を疑わせる。
 
産経新聞社だけでなく、あからさまなロシア製プロパガンダを流布する馬渕睦夫氏のような元外交官や、鈴木宗男、また佐藤優のように、ロシア工作員への便宜が問題視されたような人物を、保守派メディアが多く登用する理由は何だろう。馬渕氏の主張については、本人が何と弁解しようと、ロシアのアレクサンドル・ドゥギンを教祖とする「反米、反イスラエル、反ユダヤ主義、ロシア・ナショナリズム」を説く新興宗教の主張そのものである。この新興宗教の「反米、親露主義」は、ロシア政府も利用している事が明らかであり、ウクライナ大使時代に馬渕氏がロシア・エージェントに接し、すっかりこれに取り入れられたとしても不思議はない。
 
鈴木宗男と佐藤優に関して言えば、以下の記述がある。
 
2000年2月末頃、警視庁公安部外事第一課が視察対象にしていたSVRロシア対外情報庁)東京駐在部長だった在日本ロシア大使館参事官のボリス・スミルノフについて、視察をやめるように警察庁警備局長に働きかけていた事件。

警視庁公安部外事第一課の第四係はスミルノフに対して連日、強行追尾を含めた視察作業を行っていた。スミルノフは当時親交のあった佐藤優に相談。佐藤優を介して鈴木宗男から警察庁警備局長に圧力が掛り、視察作業は中止させられたといわれる。証人喚問でこのことを聞かれた際に上田清司に質問された時には「覚えておりません」と証言し、その後に原口一博に同じ質問された時には「そういったことはなかったというふうに考えております」と証言した。』

鈴木宗男事件 - Wikipedia

 

ウィキペディアには、ページ作成者の視点や解釈が反映される場合があり、事実関係と意見の境が曖昧な場合さえあるが、この記載に関して言えば、KGBの後を引き継いだSVR工作員の尾行をしていた公安に対して、佐藤優と鈴木宗男が「やめるように」圧力をかけた事は真実かどうかを、上田清司議員と原口一博議員に証人喚問で質問された、という事実関係に関するものである。そしておそらく、両氏がこれまでも絶えず、ロシアとの友好的な関係が日本にとって欠かせないかのようにロシアの行動や主張の弁護を繰り返し、日本外務省の行動に対しても、日本の国益よりも、ロシアの便宜を図ってきたを考えれば、公安の捜査に対して圧力をかけたという疑いは、事実あった事なのだと考える。
 
公安の捜査に対する圧力は、国家に対する背信行為である。この行為を犯罪扱いしない国は、日本だけではないだろうか。鈴木、佐藤両氏は起訴され、実刑判決を受けている。これについて、彼らはいかに自分たちへの起訴が間違ったものだか語るが、彼らへの起訴は、国に対する背信行為という重大な犯罪が、犯罪として定められていない日本として処罰できる限界だったのではないだろうか。

 

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鈴木宗男や佐藤優のような、自らの立場を利用して国に対する背信行為を行なってきた人物の主張を、何かの理があるかのように右派メディアが扱い続ける理由は何だろう。レフチェンコ氏は、ロシア工作員の影響が日本のメディアにも浸透している事を証言したが、メディアは左翼に支配されているとしか考えない保守派を、ロシア産の反米、反中ナショナリズムや、親露プロパガンダで騙す事は、さぞ簡単だろう。
 
アメリカに亡命を果たした元KGB少佐であるスタニスラフ・レフチェンコ氏の自叙伝「KGBの見た日本」また「On The Wrong Side」には、至極常識的な意見が多く書かれている。
 
「アメリカと緊密な同盟関係にあり、日米安全保障条約を結んでいる日本は、すぐにも防衛に立ち上がってくれる外国の軍事力に守られている。外国からの脅威を知覚する力を失った日本には、自国を防衛するということの本当の意味が分からなくなっている人が大勢いる。日本の政治家の間で人気のある言葉に、『全方位外交』というのがある。日本はいずれの国とも等しく友好関係を維持し、ソ連のような敵意ある大国とさえもそのような関係を保つというのが、その言葉の意味なのである。この"だれでも歓迎"主義は、実際には日本の安全保障を損なうものであるにもかかわらず、日本人の間では、一種の固定観念になっているのだ。日本人の中には、はっきりとした理由もなしに、自分たちが至極安全だと思うあまり、どの国が本当の味方で、どの国が敵なのか見分る感覚を喪失してしまっている人が多い。」(KGBの見た日本126頁)
「日本は中立国ではない。自由世界第二位の工業大国として、重大な国際的責任を負っているのだ。日本の多くの政治家や企業経営者は、保護貿易主義やインフレーション、高金利といった、国際貿易で新たに持ち上がった問題を非常に憂いている。しかし彼らは、日本と全自由世界にとっての本当の脅威は実はソ連なのだという事を忘れているのである。ソ連は核ミサイルをちらつかせて世界の至る所で強請を働いている、横暴極まりない軍事大国なのだ。」(KGBの見た日本257頁)
 
日本が中立国であり得ないことは、強調してもし過ぎることは無い。日本はアメリカと同盟を結んでいるのだ。日本の準同盟関係を結べる相手は、アメリカの同盟国でもある、その他の民主主義、自由国家から選ぶのが、同盟というものの常識である。ロシアも中国も、アメリカにとっては敵対国なのに、ロシアとも軍事協力関係が結べるかのような非常識な期待感を膨らませる事は、日本が中立国ではない事を真に理解していないからだろう。
 
しかも「はっきりとした理由もなしに、自分たちが至極安全だと思うあまり、どの国が本当の味方で、どの国が敵なのか見分る感覚を喪失してしまっている人が多い」のは本当だ。保守を自称する人々が、「世界の反日活動の裏にはアメリカがある」等の陰謀説に踊らされ、日本の安全保障を担うアメリカを敵視し、ロシアのプーチンは「柔道が好きな親日家」などという恥知らずなプロパガンダに喜んでいる様は、結局彼らのメンタリティーが、彼らの嗤う左翼のそれに勝るものではない事を表している。
 
だからと言って、この点も、レフチェンコ氏にも同意するが、ロシアとの関係を断つべきだというつもりもない。但し、「ロシアとの友好関係は、日本にとって非常に大切です」などと鈴木宗男のような人物が語る度に思うのだが、「日本との友好関係はロシアにとって非常に大切だ」とプーチンは思っているだろうか。
 
これは、プーチンへの親近感を強め、「ロシアとの友好関係はアメリカにとって重要だ」と主張し始めたトランプ支持者に対しても等しく投げ掛けられるべき疑問である。果たしてロシア側は、アメリカとの友好関係が重要だと考えているだろうか。
 
どのように友好関係を築くことが出来るかという質問は、実はアメリカや日本ではなく、プーチン・ロシアが考えるべき課題なのである。我々はロシアに、我々との関係を回復させ、友好関係を築くべきだと思い直させるべきなのだ。ロシアは、強権政治や人権への侵害、他国へ軍事侵攻をやめ、民主主義、自由国家との関係回復の為に改革への道を再び探らなければならない。関係改善の為に従来のやり方を変えなければならないのは、ロシアの方である。
 
口では何といっても、最近のロシアの軍事的、政治的挑発行為を見る限り、プーチン・ロシアにとって西側との関係改善は重要課題とはなっていないようだ。これは非常に残念な事ではあるが、そもそも関係改善を望まないヤクザ国家を相手に経済協力をさせて下さいと低姿勢で近寄る政策が、根本的な関係改善を齎すのだろうか。
 
レフチェンコ氏は語る。「だからと言って、日本がソ連との関係を絶つべきだ、と申しあげるつもりは無い。長い間の劣等感を捨てて、ソ連と健全で正常な交際を続ける方が日本のためになる、と申しあげたいのである。私見によれば、日本はしっかりした平等の基盤に立ってのみ、ソ連との関係を維持すべきなのである。日本は国土から見れば確かに小さな国だし、軍事的にも強国ではない。しかし、相変わらず妥協を続け、ソ連に屈服する道を歩む理由など全くないのだ。第三次世界大戦など絶対に勃発してはならないのだが、もし不幸にして再び大戦が起こるようなことがあれば、ソ連はいかなる場合でも即座に日本を攻撃し、これまでの両国間の関係など完全に無視するだろう。」(258頁)
 
関係回復を願う日本の声は、ロシアにとっては「日本側の劣等感を背景とした妥協と屈服」としか映らないようだ。例えレフチェンコ氏の分析に対しては反論があっても、日本の姿勢をロシアがどう受け取るかという視点で考えれば、彼の理解こそが正しいのだろう。

スタニスラフ・レフチェンコの証言---KGB・日本活動の実情

1979年米国に亡命した後、1982年には米国議会で日本におけるKGBのスパイ活動を暴露したスタニスラフ・レフチェンコの書いた「On The Wrong Side」を読んでいる。


レフチェンコはアメリカに亡命した後、ロシア国内での死刑判決を受けているが、KGBが彼の米国内での所在を突き止めようとしていた事が、発覚した別のKGBスパイ事件の裁判で明らかにされている。

Stanislav Levchenko - Wikipedia

 
レフチェンコの書いた自叙伝「On The Wrong Side」は1988年に出版されたが、その日本語訳である「KGBの見た日本」は、英語版より3年早い1985年に出版されている。但し、英語版と日本語版との間には若干の違いがある。日本人向けに書かれた「KGBの見た日本」の英語版の内容に編集を加えて出版されたのが「On The Wrong Side」であるようだ。例えば、「On The Wrong Side」には「KGBの見た日本」に書かれてあるような、日本称賛や賛美は繰り返されていない。また、日本語版には書かれていないKGBの活動目的やKGBそのものについての説明が「On The Wrong Side」には書かれている。「On The Wrong Side」と「KGBの見た日本」には、別の章や項目もあるから、英語ができる方には「KGBの見た日本」と「On The Wrong Side」の両方を読まれる事をお勧めしたい。
 

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          元KGB少佐・スタニスラフ・レフチェンコ氏。米国に亡命している。

 

レフチェンコ氏が「On The Wrong Side」の中で挙げられている、日本におけるKGBの活動目的のいくつかを以下にご紹介する。(Page. 237)
 
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日本における活動手段の主な目的は何ですか?
 
---我々は、とてもハッキリした側面を持つプログラムを実現するように指導されていました。我々の活動の場は日本でしたが、KGBが工作員を使用している場所に於いて、世界中殆どの場に於いてとなりますが、どこでも大体同じような使命を与えられています。日本に於いては、我々は
 
  • アメリカと日本の間に、更なる政治的、軍事的な協力関係を築くことを防ぐ
  • アメリカと日本の間に、政治的、軍事的、経済的な活動への不信感を奨励する
  • 日本と中華人民共和国との間に、特に政治的、経済的な良好な関係が更に築かれる事を防ぐ
  • ワシントン、北京、東京の間の反ソ連三角形が築かれる可能性を排除する
  • ソ連との間に近しい経済関係を築くために、まず第一に、自民党、次に日本社会党の、日本の主だった政治家の中に親ソ連ロビ―を作る
  • 高いランキングに位置する『エージェント・オブ・インフルエンス(影響を与える為の工作員)』、主だったビジネス・リーダーとメディアを使ってソ連との経済関係を大きく広げる事は重要であると説得する
  • 日本の政界の中に、日本とソ連の友好善隣関係条約を賛成する運動を組織する、等の使命を与えられていました。
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レフチェンコ氏は、全ての使命が達成できたわけではないとしているが、今日の日本の国会議員保守派論客の中にあるロシアとの経済協力を強調したり、軍事連携を期待する声を鑑みれば、そのうちのいくつかが確かに達成されつつあることは明らかだ。しかも「世界の『反日活動』の裏にはアメリカがある」という陰謀説論理を、元ウクライナ大使である馬淵睦夫氏が保守メディアを通して主張し同調者が何かの真実に目覚めたかのようにアメリカへの敵意を新たにしている事を考えれば、ソ連KGBの工作も確かに功を発揮していた事が伺える。
 
ロシアKGBの活動指令の一つが「日本と中国との間の良好な関係の阻止」である事を考えれば、反中国を叫んでいるからと言って、すなわち「愛国保守派」なのではない。「歴史問題を取り巻く世界の反日活動の裏には米国がある」などと「米国への不信」を増長させつつ、何故か中国からの軍事脅威に抵抗する為にはプーチン・ロシアの協力が必要だなどと説く主張は、ロシアによる諜報活動の影響を受けていると言えないだろうか。実際、こうした論張は、安倍・プーチン会談の功を説いた産経新聞が率先して報道したが、産経新聞こそ、レフチェンコ氏が米国下院議会で「大手新聞社の工作員1人(山根卓二東京本社編集局次長)は、オーナーがきわめて信頼を寄せる人物であり、ソ連がこの新聞を通じて自国に有利な政治状況を作るのにその工作員を利用した。」と証言した、その「大手新聞社」である。
 
レフチェンコ氏はその証言で、200人に上る日本国内のKGBエージェントや協力者についても供述したが、その供述の信憑性については、日本の公安も認めている。レフチェンコ氏が名指ししたKGB協力者のリストには、自民党の石田博英労働大臣(当時)や、日本社会党の勝間田清一委員長、テレビ朝日専務の三浦甲子二、「カント」というコードネームを持っていた産経新聞東京編集局長の山根卓二や、「クラスノフ」というコードネームを所持していた、旧日本陸軍軍人であり伊藤忠会長を務めた瀬島隆三、その他の外交官、内閣調査室などの情報機関員の名前があげられている。
 
特に瀬島に関しては、「元警察官僚で初代内閣安全室長の佐々淳行は、瀬島が東芝機械ココム違反事件において工作機器のソ連への売り込みに協力したことが判明したことを受けて、中曽根政権の官房長官で警察庁時代の上司の後藤田正晴に対して瀬島の取り調べを進言した際に、「警視庁外事課時代に「ラストボロフ事件」に絡んでKGBの監視対象を尾行している時、接触した日本人が瀬島であり、当時から瀬島がソ連のスパイであったことは警察庁内で公然たる事実であった」と報告した。報告を受けた後藤田が警視総監の鎌倉節にたずねると、鎌倉は「知らないほうがおかしいんで、みんな知ってますよ」と答えたというしかし瀬島が当時中曽根康弘のブレーンとして振る舞っていたために不問にされたとしている」とある。
 
また彼が、靖国神社におけるパル判事顕彰碑建立委員会の委員長であった事実は、「日本無罪論」や「日本の名誉を取り戻そう」といった運動に、反米感情を煽動したいソ連の思惑が潜んでいないだろうか。

Ryūzō Sejima - Wikipedia

 
因みに、コードネームを与えられた山根卓三や瀬島龍三のような正式なKGB工作員とは違い、「エージェント・オブ・インフルエンス」と呼ばれる「工作員」が多く存在する。「エージェント・オブ・インフルエンス」とは、本人とモスクワの繋がりが露にされない方法で、自らの立場、名声、権力や社会的信用などの影響力を行使し、ロシア工作の目的を達成させる工作員を指す。
 
「エージェント・オブ・インフルエンス」には、大きく分けて3種類の工作員があると言われている。レフチェンコ氏によれば、その一つは、KGBによってリクルートされ、命令によってロシアの国益に叶う工作を行なう「コントロールド・エージェント」、もう一つは正式なリクルートがないものの、ロシアの目的を意識しながら協力する「トラステッド・コンタクト」、最後に、本人の自覚が無いままロシアの益の為に利用される「アンウィティング・エージェント」である。
 
レフチェンコ氏にKGB工作員として名指しされた人々の中には、全くその自覚が無かった人もいるだろう。こうした人々は、その自覚の無いままに、自らの影響力を行使してロシアの対日工作やその目的達成への協力を行なっているのだろうが、売国行為に意図の有無は関係しない。

 

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レフチェンコ証言を扱った産経新聞。社会党の疑惑を追及する姿勢は見せるものの、自社員の山根卓二編集局次長について清算しているとは言えない。
 
勿論、現在ソ連は存在しない。しかしゴルバチョフ大統領とエリツィン大統領初期に改革を試みたロシアは、共産主義国家とはなくなったものの、民主化に失敗し、KGBの申し子であったプーチン大統領の下、再びKGBと組織犯罪が支配する社会に戻っている。KGBは名称をFVR RFとGRUに変えただけで、活動内容には大きな変化はない。西側に台頭する極右運動やナショナリズムは、リベラル左翼による政治に嫌気がさした国民の支持を得ながらも、プーチン政権からの資金援助を受けている場合が目立つ。左翼の進める『得体の知れないグローバリズム』に対峙する『ナショナリズムの英雄』として、何故か他国への軍事侵略を行なったプーチンがあげられるのだから、開いた口が塞がらない。
 
昨今の日本保守派にある「北方領土返還には、ロシア国内の反発を抑える事の出来るプーチンの強権が必要だ」などという主張は、プーチンがその強権によって法や条約を重んじた事が無い事実を無視している。専制君主の独裁者一人に取り入るられれば、外交が進展し、問題解消につながるなどという期待は、軍や国内のクーデターに怯える独裁者や独裁政権の実情を全く理解していない。
 
プーチンは真に強い指導者ではない。真に強い指導者は、自分に対する国民からの疑問に答え、批判に耐えられるのだ。プーチンが、自分への批判記事を書く300人近いジャーナリストや、反対者を殺害した理由は、彼の弱さにある。その他の独裁主義国家に等しく、権力を行使して批判者を弾圧しなければ、権力の維持が出来ないのが実情だ。弾圧や挑発は、政権維持の為の強さの演出でしかない。強権を振るう指導者は、国民の支持が無いための強権である事を忘れるべきではない。
 
また、頼みの核兵器でさえ老朽化が進み、使い物にはならない。ロシアが中国との軍事協力関係を結んでいる事を考えても、産経新聞が報道したように、中国からの脅威に対抗する為に日本が協力を期待できる相手ではないのだ。
 
日本はプーチン・ロシアを見誤ってはならない。強権を振るう独裁者プーチンを過大評価し、彼に期待することは、強権を振るったナチス・ドイツを過大評価した過ちと同じ類の過ちである。
 
日本の安全保障を担う米国への不信感や反感の煽動、プーチン・ロシアに対する誤った親近感と期待感は、KGB時代から続くロシア工作活動の一端である。レフチェンコ氏の記述を信頼に値しないと一蹴する事も可能だ。それでも、KGBがアメリカに亡命しているレフチェンコ氏の行方を追い、彼の暗殺を考えていた事を考慮すれば、レフチェンコ氏の主張が、KGBにとっては一蹴できるものではなかったと理解できる。
 
 

パレスチナという国家は必要か

パレスチナという国家がなぜ必要なのかについては、殆ど議論されていない。かつての独立国であり、現在中国共産党によって民族・文化浄化の危機に瀕しているチベットや、何世紀もに渡って独立を叫んできたクルドという国家ですら存在しない今日、なぜ迫害されている訳でもなければ、民族として存在した事の無いパレスチナ人による独立国家の建設が必要なのか。

たとえ宗教の自由や人権が認められていても、ユダヤ人国家の下で生きる屈辱に耐えられないとし、ユダヤ人国家の抹殺を願うパレスチナ人たちの主張の根底には、歴としたユダヤ人差別が伴う。中国共産党下に於いて自治を願うチベット人らの主張とは重きが異なる。

以下は、2013年にピューリッツァ賞を受賞したウォール・ストリート・ジャーナル紙国際面担当のブレット・スティーブンス記者が書かれた「パレスチナ国家について」という最新記事の拙訳である。

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On Palestinian Statehood - WSJ

70か国からの外交官らが日曜パリに集まり、中東問題への会議を行なう。彼らの目的は、イスラエルとパレスチナ、二国解決間解決への足固めにある。このタイミングは偶然ではない。オバマ政権残すところ5日の任期切れとなる前に、この会議によって、段階的なパレスチナ国家建設に向けた、新たな国連安全保障理事会の決議に結び付けようとしているのだ。

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日曜日イスラエルで起きたトラックを使ったテロで犠牲となった人々を悼んでライトアップされたベルリン、ブランデンブルグの門。外国がイスラエルで起きたテロを悼む例は珍しい。

 

それが一体何の為となるのか、疑問が生じる。

気候変動を別にすれば、パレスチナ国家建設は、世界的な政治の場の流行として、強迫的な中心議題となっている。しかしこれについて殆ど是非の議論がなされなかったのも確かだ。

パレスチナ国家は、本当に中東に和平をもたらすのだろうか。こうした考えは、イスラエルへの軍事負担を軽減し、アラブ近隣諸国の抱える国内の不満を和らげるという仮説の下に、これによってイスラエルとアラブ近隣国の間に和平をもたらすだろうという社会通念であった。

今日、この提案は実にくだらないものとなった。エルサレムとラマッラー(パレスチナ自治区ヨルダン川西岸地区中部に位置する都市)間の交渉が、シリア、イラクやイエメンの内戦を、どのような解決させるというのだろう。どのような交渉によっても、テヘランと彼らに委任されたレバノンやガザ地区のテロリストは、ユダヤ人国家との和解に応じることは無いのと同じだ。それでも、その他の近隣について言えば、イスラエルはトルコ、ヨルダンとエジプトとの間に外交関係を成立させ、サウジアラビアやその他の湾岸諸国との間にも実質的調整を行なう合意に達している。

「パレスチナ人の益はどうなるのだろう。彼らは自分たちの国を持ってはならないのか。」

どうだろう。パレスチナ人たちは、アッサム人、バスク人、バローチ人、コルシカ人、ドルーズ人、フラマン人、カシミール人、クルド人、モロス人、ハワイ先住民、北キプロス人、ロヒンギャ人、チベット人、ウィグル人や西パプア人ら以上に、自分たちの国を持つ特権があるだろうか。これらの人々は全て、独自の国民としての独自文化、悲劇的歴史の正当性や、国を持つ尤もな主張がある。

これらの人々が自分たちの国を持てないのに、なぜパレスチナ人の主張は受け入れられるのだろう。パレスチナ人らはクルド人たちよりも長い間、忍耐していたと言うのか。いいや違う。クルド人の自国に対する主張は、何十年ではなく、何世紀にも及ぶ。

パレスチナ人は、チベット人以上の自国文化の破壊を経験しているのだろうか。とんでもない。北京は67年にわたって、チベット文化破壊への組織的な政策を行なってきたが、パレスチナ文化への破壊はモスクや大学、メディアで話題となるだけで、実際には起こっていない。

パレスチナ人らはロヒンギャ人以上に厳しい迫害を受けてきたのだろうか。比較する事さえ馬鹿げている。

他者との比較はともかく、パレスチナ人国家は、パレスチナ人にとって益となるのだろうか。

勿論、こうした判断には主観が伴う。しかし2015年6月に『パレスチナ・センター世論調査』によって行なわれた意識調査では、東エルサレムに住む大多数のアラブ系住民は、「パレスチナ国」に暮らすよりも、イスラエルでイスラエル人と同等の権利を有する市民として暮らす事の方が望ましいと答えている。これには、イスラエルの目覚ましい経済成長が関係しているのは明らかだ。

しかしそれだけではなく、政治的な側面もある。パレスチナのモハマッド・アバス大統領は治世13年、4期目の任期を迎える。(故アラファト議長によって建設された)ファター派は西岸地区を腐敗で支配しており、ハマス派は、ガザ地区を恐怖で支配している。人道支援物資はいつもテロリストの目的に利用されている。ガザからイスラエルに伸びるテロ活動の為のトンネルには800トンのコンクリートが使用され、11億円以上の費用が掛かっている。ほぼ3年の周期でハマスはイスラエルに向けてロケットを発射し、交戦となれば何百人ものパレスチナ人が犠牲となる。この状況で、なぜパレスチナ国家誕生が良いものを齎すと占う事が出来るだろう。

パレスチナ国家は、イスラエルにとっても必要ではないのだろうか。イスラエルはユダヤ人による民主主義国家としての性質を、ヨルダン川西岸に住む何百人ものパレスチナ人らを切り離さずして、保つことが出来るだろうか。

仮説上では、イスラエルは、近隣と和平を保ち、社会保障が確立し、人権を尊重し、過激主義を拒絶し、武器使用の統制が取れたパレスチナ主権国家と共存する事が望ましい。仮説上では、パレスチナはコスタリカのように、小さくても美しい国となり得る。

しかしイスラエルは、仮説で存在しているのではない。彼らは小さな過ちが決定的になる世界に生きているのだ。2000年と2007年、イスラエルの首相はパレスチナ国家建設に向けて、パレスチナ側の善意を信じた条件を提示した。それでもこれらの提案は、パレスチナ側によって拒絶され、暴力による応酬を受けたのだ。2005年には、イスラエル側はガザ地区から撤退したが、パレスチナ側はガザ地区をテロ攻撃の拠点としてしまった。先週の日曜日は、4人の若いイスラエル人らがテロ攻撃の犠牲となり、トラックに轢殺された。ユダヤ人による「何の非も見当たらないような民主主義国家」とは貴い理想である。しかしイスラエルという国家存続の危険まで侵すべきではない。

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  日曜日、イスラエルで起きたトラックによるテロ。ISISの関連が疑われている。

パリで行なわれる会議は、パレスチナ人に関して優勢的な一般論に対しては関心を持たない新たな政権が始まる直前に行なわれる。トランプがイスラエル大使に任命したデイビッド・フリードマンはユダヤ人国家としてのイスラエルを明確に支持し、在イスラエル、アメリカ大使館をエルサレムに移転させる事に強い決意を抱き、イスラエルによる入植を非難せず、「イスラエルの安全の為にはイスラエルの敵(パレスチナ)を力づける事も必要だ」というような提案には動かされない。こういった、主流の考えとは異なる「異端」を考えただけでも、彼がこの務めに相応しい事は間違いない。

同時に、パレスチナ人の将来を真剣に考える全ての人々は、パレスチナ人に対して、マシな指導者を選び、彼らの制度を向上させ、隣人(イスラエル人)への殺人が行なわれる度にお菓子を送り合って喜ぶ事を止めるように訴えるべきだ。

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パレスチナ人国家を黙認するとしても、国際社会は、ユダヤ人根絶の主張やテロ行為だけは認めてはいけない。

 

アンジェイ・コズロウスキー教授に聞く、対イスラエル非難決議とユダヤ人入植 (2)

AK: 次に、宗教的な面から見ていきますが、宗教的なユダヤ人にとっては、この地は神からユダヤ人に与えられた土地です。聖書の時代には、現在論争になっている「東エルサレム」や「ヨルダン川西岸地区」などが、当時の殆どのユダヤ人が住んでいた土地であり、ユダヤ教の聖地とされる多くの場所は、そこにあります。ですから、宗教的なユダヤ人らがそこに住みたがる事は理解できます。彼らにとって、それは神から与えられた義務なのです。

 

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現存するエルサレム神殿外壁、「嘆きの壁」に向かって祈る正統派ユダヤ教徒の男性たち (2016年、イスラエル政府によって、男女で祈りを捧げられる区域も、新たに設置されている。)
 
1947年のイスラエル建国は、宗教的な事案にはあまり興味を持たない世俗派のユダヤ人ナショナリスト達によって成されました。ユダヤ人指導者の多くは、長い間に渡って完全に世俗化、自由主義化していたのです。これらの世俗派ユダヤ人にとって、聖地や入植といった問題は重要ではなく、交渉の障害だと考えられていました。正統派のユダヤ教徒は、当時イスラエル国家の建設に反対しており、彼らの中の少数は、今でもイスラエル国家に反対する人々がいます。
 
現在はこれらの『世俗、自由主義派のユダヤ人指導者層は、影響力を失なっています。イスラエル内での力関係は変わっています。これには複雑な理由がいくつも存在します。一つは、イスラエルに暮らす大多数のユダヤ人が、もはやヨーロッパ出身者ではない事です。ヨーロッパ系ユダヤ人は世俗派であり、リベラル(自由主義)派です。建国当時イスラエル政府は彼らによって運営されていました。ところが現在のイスラエルで多数はを占めるのは、イランのようなアラブ社会出身のユダヤ人です。彼らは概して宗教的であり、アラブ社会で受けた迫害の為、アラブに対する反感があります。
 
それに伴い、多くの正統派ユダヤ教徒らの態度も変わりました。彼らはイスラエル建国当時にはユダヤ・ナショナリズムに反対し、ユダヤ人はイスラエルの国に戻る前に、まずメシヤの訪れを待つべきだと考えていました。(聖書の預言による) しかしながら、正統派ユダヤ教徒の間にもイスラエル国家を受け入れる割合が増え続け、イスラエルへの移住が始まりました。これら多くの正統派ユダヤ教徒は、聖書の時代のユダヤ人が住んだ地域、預言者が暮らし、彼らの墓がある土地に暮らしたいと願うのです。
 
 
HK: アメリカの報道から学んではおりましたが、ユダヤ人の中に世俗派と宗教右派があり、意見が大きく違う事は知りませんでした。
 
 
AK: 今日ある入植を支持する議論には、大きく分けて3つあります。一つはイスラエルの人口が増え続けている事にあり、住居の為の土地が必要だという点にあります。アラブ人の住んでいないヨルダン川西岸地区や、アラブ人から買い取った土地に住んでいけない法はありません。段階的な合意や二国間解決案を信じる人々は、これらの入植者らがアラブ側にも暮らせるようになるべきだと主張します。アラブ人らがイスラエルに住むのと同様にです。アラブ人がユダヤ人への憎悪を棄てれば、彼らの国家の中にユダヤ人が少数派として暮らす事は問題とはならない筈です。ユダヤ人は彼らの国にアラブ人少数派が暮らすことを問題とはしていないのですから。しかしながらパレスチナ人指導者らは、パレスチナの国に一人のユダヤ人が暮らすことも許さないとしています。ユダヤ人側が、パレスチナ側やユダヤ教徒が聖地と考える土に、一人のユダヤ人が暮らすのも許さないなどといった主張に長く甘んじる事は出来ません。
 
西岸の地区にパレスチナ国家を作り、イスラエルが国内へのアラブ人居住を認めているように、パレスチナ側も宗教的なユダヤ人が暮らすことも許可する案は、考えられる限り最も公平で、お互いへの配慮をした解決案ですが、アラブ側がこれを受け入れる事は近い将来期待できません。
 

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  右の頬を打たれて左の頬を差し出す事はしないと語るイスラエルのネタヤフ首相

 
HK: 入植を支持する議論の2番目に移る前に、教えて頂きたいのですが、先ほどから繰り返して仰っている「アラブ人」とは、「パレスチナ人」を指しますか? 例えばエジプト人もアラブ人ですが。
 
 
AK: そうです。私が使うところの「アラブ人」とは、「パレスチナ人」を指します。アラブという言葉を使うのは、「パレスチナ人」と言われている人々の殆どはシリア人、エジプト人、ヨルダン人、レバノン人だからです。しかも「パレスチナ人」という言葉は、以前はユダヤ人を指していたのです。パレスチナという言葉を始めに使ったのはローマ皇帝ハドリアヌス(在位西暦117年~138年)でした。彼はユダヤ人反乱軍を収め、ユダヤ人をエルサレムから追放する事に失敗した後、それまで「ユダヤの地」と呼ばれていた一体をパレスチナと名付けました。パレスチナという名前は、ユダヤ人に対する罰の一つとして、ユダヤという名称を歴史から消そうとしてつけられました。
 
HK: しかしながら、人種、或いは国民としての「パレスチナ人」とは、ソビエトによってPLOが作られた時に、創作されたのでは?
 

AK: そうです。19世紀まで、パレスチナの土地に住んでいたアラブ人のうち、自らを「パレスチナ人」と呼ぶ人間はいませんでした。その当時まで、「パレスチナ人」と言えば、パレスチナに住むユダヤ人を、それ以外の土地に住むユダヤ人と区別して呼んでいただけです。

 

HK: 入植への議論の2番目は何ですか?

 
AK: 入植を支持する2番目の論理は、少し違った論理です。イスラエルは今まで、(パレスチナ側に対して)多くの譲歩を行なってきました。それに対しての見返りは何もありません。このことは彼ら(パレスチナ側)の方針です。パレスチナ側はこの方針に従って、イスラエルに対して入植を止め、入植者の撤退を求めてきました。多くの世俗派のユダヤ人は、パレスチナ側から何かの妥協を引き出せるなら、喜んで入植を止めるでしょう。ところがパレスチナ側は、ユダヤ人に対して代わりに与える条件は何もなく、ただユダヤ人側が入植を止めなけらばならないと主張しています。ネタヤフ首相の言っている「我々はもはや、何の見返りも無しに、ただ譲歩だけをすることは無い」とは、こういう状況を指してのことです。彼がユダヤ教の保守派から懸念されている理由は、ここにあります。彼らはネタヤフ首相が「和平の為」として、入植を止めるのではないかと疑っているのです。勿論、和平の道筋など立ってはいないままで、です。
 
最後に、宗教的な論理があります。これは比較的単純な論理です。聖書によれば、この地はユダヤ人に与えられています。この地が神によってユダヤ人に与えられた事は、キリスト教徒も認めていますし、コーランですら繰り返し述べています。ですから信者にとっては、ユダヤ人らは自分たちに与えられた土地に住むだけなのですから、何の問題もないと考えています。そして、宗教論争に於いて常にそうであるように、宗教上の信念を不信者の為に妥協させる事はあり得ません。

 

HK: それでもイスラム教徒と国連は、エルサレムはイスラム教徒の聖地であると主張していますね。
 
AK: エルサレムがイスラム教徒にとっての聖地だとする主張は、最近創作された発明品です。勿論、これに関する全てを説明する事は複雑なのですが、簡単に言えば、エルサレムという言葉はコーランの中では一度も言及されておらず、何世紀にも渡ってエルサレムが聖なる土地であるといった主張は、イスラム教にとっては異端の教えとされてきました。それだけでなく、コーランはこの地域全域にわたって神によってユダヤ人に与えられたと明確に記されているのです。
 

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   エルサレムのイスラム教寺院、「岩のドーム」に背を向け、メッカに向かって祈るイスラム教徒
 
HK: 仰る通り、イスラム教の聖地はエルサレムではなく、サウジアラビアにあるメッカとメディナです。では、宗教的なイスラム教徒が、神がその地をユダヤ人に与えたと知っているならば、なぜ彼らはエルサレムの地を奪おうとしているのでしょう。
 
AK: その問題は、多くのイスラム教徒が、コーランの定めたユダヤ人の土地に住む権利がないと信じているからです。彼らは、全ての「良いユダヤ人」は既にイスラム教に改宗してあり、イスラム教に改宗しなかった「悪いユダヤ教徒」は、神の敵であり、神は一度ユダヤ人に対して与えた特権の全てを、イスラム教徒に与えられたと教えられています。
 
「全ての良いユダヤ人は、イスラム教に改宗した」という教えは、近代のイスラム主義者の間では標準的な教えとなっています。この教えは、あるハディース(モハメッドの語ったとされる教え)に基づいています。もともとモハメッドはユダヤ教徒に対して、彼の教えを受け入れると期待していた為、友好的でした。ところがユダヤ人らがイスラム教徒に改宗しなかった為、モハメッドは冷淡になりました。ですから初期に書かれたとされるコーランの部分は、ユダヤ人に対して友好的ですが、後期に書かれたとされる部分はユダヤ人を非常に敵視しています。勿論、キリスト教に改宗したユダヤ人がいたように、イスラム教に改宗したユダヤ人がいなかった訳ではありません。イスラム教に改宗したユダヤ人の中には、イスラム教に影響を与えた人々もいます。ところがこれらのユダヤ人らは、イスラム教を「ユダヤ教化」していると、絶えず疑われていました。彼らがイスラム教の教えへの解釈を変え、ユダヤ教に似たものにするのではないか、という疑いです。ですから、エルサレムを聖なる都と言うようなイスラム教徒は、「ユダヤ教化されている」という疑いが掛けられました。19世紀後半に『シオニズム運動』が起こり、ユダヤ人らが彼らの国を建国し、首都をエルサレムに置くと言いだしてから、イスラム教徒らはエルサレムが彼らにとっての聖地であると主張し始めたのです。
 
HK: レバノン系アメリカ人学者のフィリップ・ヒッティがパレスチナについて言ったことを読みました。パレスチナという国が地球に存在した事は一度もない、という歴史的見解です。
 
AK:  実際には、コーランの教えに厳格に従って、エルサレムを含める聖地の全てがユダヤ人に属すると主張するイスラム教学者もいます。かなりの少数派になりますが、ハディースにはよらず、コーランの教えでもって解釈しているのです。
 
HK: これらの教えが国連で無視される理由は何ですか? 多数派を占めるイスラム教国に対する配慮でしょうか。
 
AK: この教えはアラブ諸国にとって、政治的不利益であり、コーランだけでなくハディースの教えを信じる全てのイスラム主義者によって反対をされているからです。エルサレムを含むパレスチナの地はユダヤ人に与えられているという教えは、コーランだけを忠実に解釈した場合の教義です。
 
 
HK: 最後に、ヨルダン人、エジプト人、シリア人、レバノン人らが「パレスチナ人」として纏まり、ユダヤ人によるイスラエルに反対をするのは何故でしょう。それ程ユダヤ人との共存が嫌ならば、例えばヨルダン人であったら、ヨルダン王国に帰る事も出来ませんか? ヨルダン人にしても、エジプト人にしても、彼らは既に別にヨルダンという独立国、エジプトという独立国を持っています。 オットーマン・トルコ帝国の時代にも、彼らはトルコ人によるトルコ帝国における少数民族であった筈ですが、ユダヤ人によるイスラエルにおける少数民族の立場を拒絶し、パレスチナ人という新しい「民族」となり、ユダヤ人によるイスラエルイスラエルの地からユダヤ人を追い出して「パレスチナ」という国を作ろうとする理由は、何故でしょう。
 
 
AK: ローマ帝国がユダヤの地からユダヤ人を追放した後、ローマはこの地を『シリア・パレスチナ地方』と名付けました。実際シリア共和国が建国されて以来、アサド政権を含むシリア政府は、この地がシリアの一部であったと主張しています。ヨルダンになると話は違います。ヨルダンの人口の大多数は「ヨルダン系パレスチナ人」と同じ(?)ですが、王室や支配階級、軍などはベドウィンに起源を持っており、自分たちをパレスチナ人と考えてはいません。ヨルダン王国は、パレスチナ系が増える事を避ける為に、パレスチナ人がヨルダン国籍を取得する事を非常に困難にしました。ベドウィン系と違い、王室への忠誠を感じない「パレスチナ系」は、ヨルダン王家にとって脅威であるからです。
 
また多くのイスラム教徒にとって、非イスラム教徒の下に暮らすことは非常な屈辱です。イスラム教の方が、優越であると信じているからです。しかもイスラム教徒にとって、ユダヤ教は最も侮蔑されるべき人種だと考えられています。長年にわたり、ユダヤ人はイスラム教社会で差別されてきたからです。

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       ヨルダン川西岸の入植地に向かってパレスチナの旗を掲げるパレスチナ人男性

 

HK: それは恐らく、ユダヤ人に対するキリスト教世界からの差別も関係しているのでしょうね。他者に侮蔑されている人々を更に侮蔑する事で、自らの優位性を高めたいのでしょう。
 
本日は、いろいろ教えて頂き、有難うございました。
 
 

日本の右派が抱える危機(2) 各国の極右ナショナリストに近づくプーチン・ロシア

さて、『日本の保守派が抱える危機(1)』の冒頭にあげたジョシュア・ブレイクニー氏は、ホロコーストを否定しているだけではなく、9・11テロをアメリカによる自作自演と主張されている。典型的な『陰謀論者』である。それだけではない。彼は、旧ゾヴィエト時代からのロシア政府お抱え宣伝機関紙であるプラヴダ紙に寄稿し、ロシア政府のプロパガンダを流す『ロシア・トゥデイ』にも出演している。

 

9・11をアメリカによる自作自演とし、反米、反ユダヤのプロパガンダを流す欧米ジャーナリストは、決して多くはない。また、プラヴダ紙やロシア・トゥデイに寄稿するような、西側ジャーナリストは少ない。プラヴダ紙やロシア・トゥデイは、ニューヨーク・タイムズやCNNのようなメディアではない。ニューヨーク・タイムズやCNNを以てリベラル・メディアとし、まるで偏向メディアの典型のように軽んじる声もあるが、これらのメディアは、オバマ大統領への非難を含め、政権批判も行なう。一方プラヴダ紙やロシア・トゥデイがプーチン批判を行なうことは無い。これらのロシア・メディアは、クレムリンの宣伝機関である。ブレイクニー氏がロシアのプロパガンダ・メディアに重宝されている事を考えれば、彼がロシア政府の意向を、かなり正確に反映している事がわかる。

 

ブレイクニー氏は、2014年に「Japan Bites Back」という本を出版している。日本の側から見た真珠湾攻撃と第二次世界大戦について書かれているようだが、要は真珠湾攻撃の見直し論である。彼の政治目的は、クレムリンの思惑と一致し、日本人右派の間に反米感情を起こす事にあるのではないか。

http:// http://www.nationalreview.com/article/380614/dugins-evil-theology-robert-zubrin

 

例えば、ロシアがイギリスのEU離脱を支援していた事は知られているが、イギリス独立党のナイジェル・ファラージュ党首は、公けにプーチンを礼賛している。フランスの極右政党で、マリー・ル・ペン党首が創設した「国民戦線党」は、党がロシアから940万ユーロ(約11億5千万円)の資金援助を受けている事を公式に認めた。

We should beware Russia’s links with Europe’s right | Luke Harding | Opinion | The Guardian

また1950年代に元ナチス党員によって建てられた、オーストリアの極右政党である「自由党」のハイン・クリスチャン・ストラッシュ党首は、プーチン大統領率いる統一ロシア党との経済、ビジネス、政治問題への協調関係に署名した事を発表した。

Austria’s Far Right Signs a Cooperation Pact With Putin’s Party - NYTimes.com

ハンガリーでは武装化した極右ネオナチ・グループのリーダーが、家宅捜査に入った警察官を射殺する事件が起きたが、その活動家に対して武器を提供していたのがロシア軍情報部である事が判明している。

 

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            マリー・ル・ペン党首のポスターを貼る支持者

Putin’s Support for Europe’s Far-Right Just Turned Lethal | Observer

 

冷戦時代のソヴィエトは、ヨーロッパの左派に接近していたが、現在のロシアは、リベラル政治が進めた移民政策に反発をするヨーロッパの右派に接近しているのが事実だ。ヨーロッパに於いてリベラルか排他的極右ナショナリズムかの選択肢しか残らなくなれば、他国との協調関係を結ぶことが困難になる。ロシアは、リベラル政治にうんざりしているヨーロッパ国民の意識を利用し、米国との同盟関係(NATO)やヨーロッパ共同体(EU)を重んじる保守政党ではなく、これらの極右政党を支援する事によって、米国による一極体制、及び米国主導による世界秩序の崩壊を目指しているのだろう。

 

ブレイクニー氏のようなあからさまな親ロシア派の言論人が、日本の右派に取り入ろうとしている事実には、異様な不気味さを感じる。ヨーロッパ各国で起きている極右ナショナリズムの台頭の裏にはロシア政府による支援があるが、日本の反米ナショナリズム台頭の裏にも、ロシアの意向を受けた親ロシア派言論人による煽動があるかもしれない

 

KGB出身のプーチン大統領は、大衆の支持を受ける情報操作に長けている。例えばロシア政府高官はアメリカの原爆投下についての非難を行ない、多くの日本人を喜ばせた。しかしながら、果たしてロシアは、戦中から戦後にかけてのアメリカの軍事行動を批判できる道徳的立場にあっただろうか。

 

プーチンは、日本人右派が安全保障や同盟関係よりも歴史認識を重要視している事実に対し、さぞ滑稽に感じているだろう。日本は、左翼だけでなく右派も、同盟というものに対する理解がヨーロッパに比べて圧倒的に薄い。未だに、アメリカと中国、ロシアとの中間に、ニュートラルな独立国として存在出来得ると考えている。ロシアとの間に北方領土での進展がなくても、尖閣上陸を念頭に入れた合同軍事演習を中国と毎年行なっていても、産経新聞を始め日本の右派は、何故かロシアが中国の拡張主義に対抗する為の軍事戦略的パートナーであるという錯覚を信じ、あらゆる不都合な事実には目を瞑ってくれるのだ。

Chinese, Russian South China Sea Exercise Includes 'Island Seizing' Drill

中国の膨張する脅威…安倍首相が日露防衛協力を急ぐ理由 ただ乗り越えるべき壁も (1/2ページ) - 政治・社会 - ZAKZAK

 

日本の右派にとって、中国という侵略拡張主義国家に対して、共に戦い得る国家は、戦後70年にわたって日本の安全保障を担ってきた同盟国アメリカだけではなく、呆れた事にロシアであるのだ。しかしながら、アメリカとロシアが中国を相手に共闘することは無い。アメリカにとって最大の脅威を与える敵対国はロシアである。中国という侵略国家への警戒をする右派が、中国を警戒するのは当然だが、中国と同じ侵略国家であり、2014年にはウクライナを不法占拠したロシアへの警戒を軽んじるべきではないたとえロシアが、日本人右派の誇りや名誉心をくすぐるリップサービスを行なったとしてもだ。

 

何度も繰り返してきたが、日本にとって第二、第三の同盟国となり得るのは、ロシアではなく、アメリカの同盟国でもある韓国とインドである。日本がアメリカとの軍事同盟を継続する限り、日本の同盟国となり得るのは、アメリカとの同盟関係を結んでいる国家だ。これは同盟という概念の初歩的な常識である。

 

ヨーロッパの極右であっても、日本の極右であっても、クレムリンにとって都合の良いナショナリズムを培う土壌がある。しかしながらロシアとの接近は、米国との同盟関係を損なう恐れが生じるのだ。独裁色を強めるプーチンの展開する印象操作をもって、ロシアを大国と見る人もいる。ところが実際のロシアは、経済的にはメキシコと同レベルの弱小国であり、アメリカを相手に戦争を行なえる国力はない。ロシアには、中国の拡張主義を阻むような法治主義の原則や義理は無く、軍事力もないのだ。これはプーチンが政権をとって以来のロシアの動きを見れば明らかである。

 

日本は、クレムリンの流すプロパガンダに惑わされ、安全保障を危機に陥れるような誤りを犯してはならない。

日本の右派が抱える危機(1) ホロコースト否定論者と南京否定論者

二年前、私は独自のラジオ番組を持つジョシュア・ブレイクニーというジャーナリストから、フェイスブックの機能を通してメッセージを頂いた。


「こんにちは。私はカナダ在住のイギリス人ジャーナリストです。私は自分のラジオ番組を持っていて、あなたをゲストとしてお迎えしたいと思っています。第二次世界大戦の日本の真実について、興味を持っています。私は最近国立国会図書館で、現在執筆中のほんのリサーチをしました。敬具、ジョシュア・ブレイクニー」
 
私は「私の名前をどこでお聞きになりましたか?」と聞いた。
 
ブレイクニー氏は「ヤスクニのフェイスブックのページ(グループ)で、あなたの優れた投稿を読みました」と答えてくれた。
 
それが私とブレイクニー氏が交わした会話だ。
 
当時私は、日本なりの歴史観を世界に広める事が良いと考えていたので、願ってもいない申し出ではあった。そういった申し出が他の方からあったら、願ってもいない好機と考え、喜んで出演させて頂いただろう。ところが私は、それ以後、彼に返信する事はなかった。
 
彼がホロコースト否定論者であったからだ。
 
ホロコーストを否定する人々は、欧米にも僅かながらいるが、彼らが知的な人々として一般に説得力を持つことは無い。ホロコースト否定者は『ディナイヤー』と呼ばれ、反ユダヤ主義者やネオナチ、陰謀論者と捉えられている。当然だろう。
 
ホロコースト否定論者が『デナイヤー(否定論者)』と呼ばれる理由は、正統的な歴史学方法論に基づいて、既成の歴史認識に挑戦する『歴史修正主義』と区別をつける為である。ホロコースト否定論には、「ナチス・ドイツの最終目的は、ドイツ国家からユダヤ人を移送することにあり、ユダヤ人に対する民族浄化は行なわれなかった」、「ナチスはユダヤ人を大量虐殺する為の絶滅収容所やガス室を持っていなかった」或いは「虐殺されたユダヤ人の数は、通説となっている500万から600万よりはるかに少ない50万から60万人であった」などの説が含まれている。
彼らは自分たちを「否定論者」ではなく「歴史修正主義者」だと主張するが、彼らの主張は自ら既に出した結論に基づいたもので、多くの物的証拠を無視している。
 
殆どのホロコースト否定論者は、「ホロコーストは、ユダヤ人によって陰謀された、他者を陥れる事によってユダヤ人の利益の躍進を図る誇張やある」と示唆したり、公言する。この為に、ホロコースト否定論は、一般的に反ユダヤ主義の陰謀説として考えられており、国によっては違法となっている。
 
因みに、親しくさせて頂いているワルシャワ大学のポーランド人教授、アンジェイ・コズロウスキー博士の父方の親戚は、父親、叔父、大叔母を除いて、全てナチスの犠牲となっている。
 
「ナチスが私の父の生まれた町にやって来た時に、彼らは全てのユダヤ人を集め、銃殺をしました。私の祖父母や、逃げ出した叔父、大叔母を除く、父方の親戚全員をです。私の叔父は少年でしたが、ドイツ兵が彼に「ナチス親衛隊がここにやって来る。奴らはあんたたち全員を殺すだろう。逃げなさい」と教えてくれたそうです。叔父はすぐに姿を隠し、それから逃げてワルシャワに辿りつきました。こういった話は、数え切らない程あります。」
 
戦時中ドイツは上海からユダヤ人追放を望んだが、ユダヤ人の虐殺を公けに認めていた訳では無い。ユダヤ人への民族浄化の情報が初めて西側に知らされたのは、ポーランド人、ヤン・カルスキによる。彼はルーズベルトに会い、ユダヤ人虐殺が行なわれている事を知らせた。こうした事実を、自らアウシュヴィッツに赴いて調べたのが、ポーランド人のヴィトールト・ピレツキーである。彼は戦後、共産主義者によって暗殺されたが、アウシュヴィッツの目撃証人として最も重要な人物の一人だ。彼が詳細に記した138頁にも及ぶアウシュヴィッツのレポートは、ポーランド語から多言語に訳されているが、日本語には訳されておらず、日本語のウィキペディアにも彼について記していない。

 

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  ヴィトールト・ピレツキー。下記のリンクは、彼が詳細にまとめたアウシュヴィッツのレポートである。

 
因みにナチスは、オーストリアを併合した後の1933年、国内の共産主義者、社会主義者、ロマ人(ジプシー)、同性愛者やエホバの証人などを強制的に収容する施設を作っている。これはこれらの人々を反社会的集団だと判断した為であるが、この収容所は「絶滅収容所」ではない。また収容所には二種類あり、強制労働の為の強制収容所と、処刑の為の絶滅収容所がある。アウシュヴィッツには強制労働の為の収容所があったが、アウシュヴィッツ近くのブジェジンカには「絶滅収容所」であった。多くのユダヤ人が送られたガス室は、アウシュヴィッツには無く、アウシュヴィッツ第二収容所と呼ばれる「ブジェジンカ(ビルケナウ)収容所」にしかなかった。
 
ごく一般の常識的認識として、ホロコーストというユダヤ人への民族浄化を20世紀最大の人道に反する犯罪である。これに対する『否定論』は、反ユダヤ主義という人種差別に基づいた、議論し合う必要のない陰謀論である。この陰謀説論者との議論は、フランスの著名な歴史家であるピエール・ヴィダル・ケナが述べるように「月がロックフォール・チーズで出来ていると断定する研究者がいるとして、一人の天体物理学者がその研究者と対話する光景が想像できるだろうか。ホロコースト否定論者たちが位置しているのは、このようなレべルなのだ」と述べた通りだと思う。議論するだけ、彼らの陰謀に正当的な関心を払うという報酬を与えることになる。
 
勿論、虐殺の原因、経緯、及びおおよその犠牲者数には研究者の間で議論があり、それらの学術研究は法的に禁止されていないが、ロコーストにより数百万人規模の計画的な殺戮が行われたこと、ホロコーストが中央で計画されたこと、およびホロコーストの実行におけるナチ指導部の役割のあったことは、膨大な物証、証言および文献によって、既に裏付けられている。このため、欧米では公共空間におけるホロコーストへの否認は、歴史の真実への研究ではなく、政治的な意図を持った煽動として扱われている。
 
ホロコースト否定論者と、南京虐殺否定論者との共通点は、驚くほど多い。ホロコースト否定論者は「真理の研究」を口にするが、その裏には「ユダヤ人による歴史の捏造に対する非難」と連合国側によって貶められた「ナチスの名誉回復」という主張がある。ホロコースト否定論者は、自分たちの主張が受け入れられない理由を、歴史が戦勝国側によって作られる証拠としている。しかし実際には、否定論者は歴史学の検証姿勢を持っておらず、膨大な資料に対する反論が、政治的な目的無しにはできないからである。
 
中東研究家の滝川義人氏は、『否定論者の行動パターンを、あらかじめ決めていた結論に一部分の事実をはめ込み、逆にその結論と矛盾する事実はすべて無視し」「小さな誤認や食い違いを、歴史をひっくり返す大発見とはやし」「当時は不可能だった対応がなかったのはそれがなかった証拠とし」「相手には厳密な証明を求めるのに、自分の意見には因果関係を証明せず、ハーフトゥルーズの世界をつくりあげる」と指摘している。
滝川氏の指摘は、歴史家の秦郁彦氏が陰謀説論者について記しているのと同じ指摘である。
 

ホロコースト否定論者の論法について、『例えば、エルンスト・ツンデルなどの否認論者は、フレッド・ロイヒターがアウシュヴィッツのガス室跡地を調査したが、シアン化物の痕跡は見つからなかったとする「ロイヒター・レポート」を、「強制収容所にガス室は無かった」と主張する上で重視している。しかしロイヒターは化学の専門家でもなく、文献資料も無視しているため、ツンデル裁判においては証拠としての価値を認められなかった。一方で1994年にクラクフ医科大学のヤン・マルキェヴィチのチームが行なった調査では、ガス室の跡地からシアン化物が発見されたという報告があるが、否認論者がこの調査を重視することはない。また否認論者が行う主張においては、『アンネの日記』などの「定説派」の文献のみならず、ポール・ラッシニエといった「否認論の先駆」である著書の文脈無視、改竄などをおこなっていることも指摘されている』とある。

 

これは、南京の虐殺を否定する為の日本側の行なう論法と酷似している。むしろ南京虐殺への否定派が、ホロコースト否定論者の方便から学んだのではないかとさえ疑わせる。

 

正直に言えば、私は以前、南京での虐殺が起こらなかったと考えていた。これは私自身がナショナリスト的な歴史観に染まっていたからであるが、しかしながら、ホロコーストについては否定しない理性が残っていた。それは、ホロコーストに対してナチス・ドイツを庇い立てする義理や政治目的が無かったからである。南京について意見を変えたのは、「日本の名誉を復活させる」といった政治的な目票を捨て、客観的と言われる歴史家の調査結果を学んでからだ。

 

私がナショナリストやその歴史観、政治発言を批判するのは、その心情は理解しつつも、議論としての論理に無理があり、既に意見を共有している仲間内での議論はともかく、他者に対する説得力に欠けるからだ。説得力に欠けるだけでなく、これらの論理や論法は、ホロコースト否定論者の知性と動機に疑いが抱かせるように、現在の日本人の知性と動機を著しく疑わせている。

 

ホロコーストは、ユダヤ人への人種差別を基とした、20世紀最大の人道に対する犯罪の一つだ。ホロコースト否定は、多くの証拠に逆らう、人種差別や陰謀論に根差した政治運動である。

 

一部保守派の間では、ホロコーストと日系人への強制収容を同一に論じられているらしい。私は、韓国人の団体が元慰安婦たちをホロコースト生存者と同一に論じた時に感じた違和感を、日系人収容とユダヤ人への民族浄化とを並べて論じる論法に感じる。

 

私たちは、政治目的の為に歴史事実を歪曲するべきではない。自らの主張の為に、数多の物的証拠を無視してホロコースト等の人道に対する罪を矮小するべきではない。500万から600万人の市民に対する民族浄化を軽んじるほど、理性を無くしてはならない。

 

これらの歴史的事実を、その膨大な証拠と共に無視し、改竄しようとすれば、問われるのは知性と動機である。

 

 

 

アレッポに聞く、ロシアは約束を守るか

プーチン大統領の訪日を機に、ロシアが果たして信頼に値するか、交渉での取り決めを守るかの議論がなされているようだ。今日も北方領土問題が解決しないのは、アメリカの責任であるという声も何故かある。

「ロシア国民の多くが北方領土返還に反対している中、日本に領土を返還する為には、プーチンのような強権な指導者が必要だ」という意見すらあるが、プーチンはその強大な権力を行使して、自国民の人権や他国との約束を守ってきたのだろうか。

視点を変えて、数日前に陥落したシリア・アレッポでの戦闘を考えたい。

2015年9月、ロシアはISIS掃討作戦としながら、シリアの空爆を開始した。当初から、欧米とイスラエルのメディアは、ロシア空軍のターゲットが西側の支援する反アサド派グループや一般市民であり、ISISではない事を報道していた。ロシア戦闘機が空爆を行なっている地域は、ISISが支配している地域ではなかったからだ。

Russia launches first airstrikes in Syria - CNNPolitics.com

2011年に中東で広がった民主化を求める大規模なデモ『アラブの春』に参加した一般市民に対する攻撃で、少なくとも147人が犠牲となった。アメリカ国務省とFBIは、シリアから持ち出された2万7千枚の写真の分析で、アサド政権に拘束されていたヨーロッパ国籍の10人を含む約1万1千人の市民に対する拷問や殺害が行なわれていたと判定し、アサド大統領を人道に対する犯罪人に定め、辞任を要求していた。

U.S. Says Europeans Tortured by Assad's Death Machine - Bloomberg View

2013年には反政府派を含む自国民に対して、サリンと思われる化学兵器で大量殺害している。この時の犠牲者数はまちまちだが、281人から1,729人が犠牲となったとされている。『超えてはいけないレッドライン』を設け、「アサド政権が自国民に対して化学兵器を使用する場合には、アメリカは軍事行動に出る」と約束していたにもかかわらず、オバマ政権はアメリカの軍事介入を議会にかけ、議会の反対により、アメリカの介入が見送られた。この時に仲介を名乗り出たのがロシアのプーチン大統領である。

ロシア政府監視の下、シリアによる大量破壊兵器(化学兵器)の武装解除が行なわれる筈だったが、その後2014年4月には、塩素ガスによる攻撃が、カフル・ジタなどの反体制派の支配する地域に対して使用され少なくとも200名の犠牲者を出している。国連特別委員会は2015年3月に、アサド政権に対して、塩素ガス爆弾の使用が再び行われた場合は、厳しい対抗処置がとられると警告した。2015年5月、ロイターの報道によれば、国連に対して報告されていないサリンやVXガスの製造跡が発見されている。8月には国連安全保障理事会は、決議2235号を採択し、いくつかの化学兵器を使用した攻撃の所在を調査する捜査委員会が設けられることになる。

その翌月、ロシアはシリアの反体制派の支配地域を空爆し始める。2016年10月には、ロシアは対空ミサイルシステムをシリアに配置する。勿論ISIS制圧を口実にするが、ISISに飛行機は無く、これは反アサド派を軍事支援しようとした西側に対する牽制であった。

Timeline of Syrian Chemical Weapons Activity, 2012-2016 | Arms Control Association

Russia deploys advanced anti-missile system to Syria for first time, US officials say | Fox News

ロシアによるアサド政権への軍事支援によって、人道に対する罪を犯したままのバシャール・アル・アサドは、未だ政権についている。それだけではなく、西側は同盟相手となり得た穏健派スンニ・イスラム教徒の反政権派の自由連合を失なってしまった。これから、穏健派スンニ・イスラム教徒が、アサド政権に対しての抵抗を続ける場合、彼らの行き着く先は恐らく過激派スンニ・イスラム教徒のISISしかないだろうと言われている。

西側には、自国民のうちにクルド人の独立問題を抱えるトルコに対する配慮から、クルド武装グループを支援したくないジレンマがある。

更に複雑化したシリアの問題を、ウォール・ストリート・ジャーナル紙の抜粋からも考えて見る。

Assad’s Choice: Fight Rebels but Give Way to ISIS - WSJ

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ここ数日で、シリア政府側とロシア、イランの同盟軍は大きな勝利を得、また極めて惨めな敗北となった。アレッポとパルミラという極めて重要な二つの戦闘の全く違う結果は、アサド政権とロシア、イラン同盟の優先順位を展示しているのだ。彼らの優先順位は、ISISと言った過激スンニ派との戦闘ではなく、穏健派スンニ・イスラム教徒の反政府派との戦闘である。

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実際、シリア政府軍が半年に渡って包囲し、徹底的な掃討作戦の後にその殆どを奪還したアレッポに、ISISはいない。同時にシリア政府軍は、殆ど戦うことなく、パルミラの歴史的地をISISに譲り渡している。

パルミラのあっけない敗北は、この内戦のもう一つの側面を示している。シリアのバシャール・アル・アサド大統領と彼の同盟相手の不安定さだ。5年以上も続いている戦争で、彼らの経済は限界を超えている。パルミラの敗北が示したように、政権側は自分たちの勝利を保持する事が出来ず、彼らの勝利も一晩で覆されるかもしれないのだ。

これらが意味する事は、木曜には最後の砦から市民や反政府軍が撤退しているアレッポの勝利を政権側が祝っていても、アサド大統領がシリア全土を掌中に納める事は不可能に近い。全国民の半数が非難を余儀なくされ、40万人以上が犠牲となった後でも、政府軍の完全勝利は、以前と同じように不可能なままである。

「これで内戦が終結したわけではない。アサドは勝利者ではない。彼は何らかの妥協をする必要がある」アラブ連合の事務総長であるアハムド・アバウル・ゲイト元エジプト外相が「アブ・ダビ」のインタビューで語った。

「いくつかの軍作戦に勝つことは出来る。戦車に対して戦車、大砲に対して大砲、というように。しかし政権側が反対派と交渉を行ない、適切な和解をしなければ、ゲリラ戦はシリア全土に広がるだろう。これが止むことは絶対に無い。正常な人物ならば、アサドが権力から退く事以外に道はないと気付く筈だ。」

全てのシリア反政府派はこの意見に同意している。シリア東部でクルド武装集団と共にISIS相手に戦っている、最も穏健派の反体制組織『タヤール・アル・ガド』の首脳であるモンゼル・アクビックは語る。「アサドは今勝利している。だが、どうやって彼が再び国を治めるのだ。彼に対する反乱は収まる事は絶対にない。」

シリア内戦についての議論でドナルド・トランプ次期大統領は、ワシントンはロシアとアサド政権をISISに対する共通の戦いの同盟相手として受け入れるべきだと示唆した。しかしながらアサド政権もロシアも過激派に対しての戦闘を行なっている形跡はない。彼らによる唯一の過激派に対する攻撃は、3月に、過激派が10か月間支配したパルミラを奪還した際の戦闘だけだ。

 

(中略)

今の間は、世界の目はアレッポによって行なわれた政府軍の非道に釘付けとなるだろうが、髭を生やし、覆面をつけたISIS兵士の突然の再出現を目にした時に、アサドの方がより良い悪として映るのだろう。湾岸協議会の政治問題副委員長のアブデラジズ・アルウェシェグは言う。「ダエーシュ(ISIS)は、シリア政府にとっては常に都合の良い恩恵でした。アサド政府はISISを使って、専制君主的なファシスト政府に対する戦いから、テロリストへの戦いに内容を変えてきたのです。」

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アサド政権は、西側の支援する自由連合を制圧し、むしろISISの台頭を許した。そのアサド政権の同盟相手であるロシアにとっての最大の敵は、ISISではなく西側である。

ISISに対する戦いの為に、西側がアレッポを忘れアサド政権と組む事になれば、シリアに人権は残らず、西側は自らの首をロシアに対して差し出す事となる。

くり返して書く。

プーチン大統領の訪日を機に、ロシアが果たして信頼に値するか、交渉での取り決めを守るかの議論がなされているようだ。ロシア国民の多くが北方領土返還に反対している中、日本に領土を返還する為には、プーチンのような強権な指導者が必要だという意見すらあるが、プーチンはその強大な権力を行使して、自国民の人権や他国との約束を守ってきたのだろうか。

更に絶望的な質問をしよう。軍事介入を約束したアメリカは、いざとなれば、いつでも自国軍を派遣してくれるだろうか。

アレッポの人々に聞いてみたら良い。

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