一流メディアと『フェイク・ニュース』

政治について、私は右派とも左派とも議論を交わし、事実関係や理解において自分が誤っていたと考えた時には、随時誤りを認めてきた。左派の主張が正しいと思われた時にはそれを認め、その主張が誤っていると思われた時にはそれを批判してきた。右派についても同様である。

多くの人々が関わる政治や言論の場は、完全な正義や完全な悪が存在し得る場ではない。少なくとも、ある場合には正義に立っていた人々が別の機会には誤っている事もあり得る。またある点に関してはそれなりに正しいが、

例を挙げれば、中国共産党支配下にある中国で、法輪功の信者らが生きたまま臓器を摘出される『強制臓器摘出』等の、醜悪でおぞましい人権侵害を受けている事は、事実である。法輪功信者の人権侵害は看過されるべきではないし、彼らの信教の自由も保証されるべきだ。また彼らが発する中国政府による人権侵害には、耳を傾ける価値がある。

しかしながら、では法輪功信者が設立したメディア『エポック・タイムズ』が発するニュースは常に正確かと言えば、必ずしもそうとは言えない。むしろ意図的な情報操作を行ない、政治目的を達成しようとしているメディアの一つであると言える。同社は『反ワクチン』や『ディープ・ステート』『終末裁判』等の陰謀説を流し、つい最近も、米国大統領選挙に関して、トランプ大統領が獲得した選挙人を232人とする傍ら、バイデン元副大統領が獲得した選挙人を227人とし、『トランプ氏リード』と報道している。どのように選挙人数を計算したかについて、エポック・タイムズは他社メディアの取材に答えていない。恐らく、未だ集計が全て終了していない州、及び、トランプ陣営が裁判に訴えたアリゾナ州、ジョージア州、ミシガン州、ペンシルヴァニア州、ウイスコンシン州の選挙人数をバイデンから引く一方、集計を11月12日まで続けるノース・カロライナ州はトランプ勝利と見做しているのだろう。2019年には、トランプ再選に向けたフェイスブックの広告を、トランプ陣営に次いで多く出している。それらを考慮すれば、同メディアがトランプ再選に向けた意図的な情報操作を行なっているのは、明らかだ。

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https://www.usatoday.com/story/news/factcheck/2020/11/12/fact-check-electoral-maps-showing-donald-trump-lead-false/6261153002/?fbclid=IwAR1eWgqjl6rdVvJcJQW96CajXS-_WZhppwFcKhAIZuRH7ahF17JbqKBxs2Y

バイデン氏の勝利は、ニューヨーク・タイムズやCNNなど、トランプ氏に批判的な主要メディアだけではなく、ウォール・ストリート・ジャーナルのような一流の保守系新聞や、トランプ氏に近いフォックス・ニュースも伝えている。

熱心なトランプ支持者をはじめ、ジャーナリズムに詳しくない人々は、CNNやニューヨーク・タイムズなどを左派メディアとして受け取り、その報道の全てが誤りであるかのような誤解をしている。こういった誤解は、特にトランプ大統領が主要(左派)メディアを指して『フェイク・ニュース』と呼ぶ事によって、更に煽動されてきた。ところがニューヨーク・タイムズやCNNなどの左派メディアであろうと、或いはやや中道寄りのワシントン・ポスト、及び保守派メディアであるウォール・ストリート・ジャーナルやフォックス・ニュースであろうと、ニュース報道に関しては、大差は無い。報道部門においては、リベラル派メディアが民主党に不利となる情報を報道しなかったり、保守派メディアが共和党に都合の悪い報道を控える事も無い。例を挙げれば、ヒラリー・クリントンのemail疑惑を暴露し、第一に報道したのはニューヨーク・タイムズであり、またバイデン氏のアリゾナ州勝利をいち早く予測したのはフォックス・ニュースであり、同氏の選挙人獲得数を270人超して見積もり、CNNやニューヨーク・タイムズに先立ち当選確実と報道したのは、ウォール・ストリート・ジャーナル紙である。そしてこれらの一流メディアの報道が誤りでは無い事は、その後に続く他社メディアの報道や引用で確かめる事が出来る。

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(トランプ氏の弁護人、ルディージリアーニ元ニューヨーク市長による「選挙において不正工作があった」とする記者会見に事実がない事を報道するフォックスニュースの記者)
https://twitter.com/brooklynmutt/status/1329503459444465666?s=09

 

メディアの政治趣向の違いが際立つのは、オピニオン部門や、インテビュー内容、或いは主張を述べる際である。であるから特にフォックス・ニュースにおいては、報道部門のクリス・ウォレスがトランプ批判をしたり、ブレット・バイヤーがバイデン勝利を認めた後に、オピニオン部門のショーン・ハニティーやローラ・イングラム、ジャニン・ピロらが「選挙が盗まれた」、「選挙は終わっていない」等、昼間の報道とは真逆の主張を、プライムタイムの視聴者に訴える流れになっている。

トランプ氏登場後のメディアの傾向として、リベラル派一流紙の一つであるワシントン・ポストの中道路線化が挙げられる。保守派一流紙であるウォール・ストリートが取り上げてくれないトランプ批判を共和党支持者が行なう際には、そうした寄稿文はワシントン・ポストに多く寄せられる。共和党タカ派であり、トランプ政権では国家安全保障問題担当補佐官を務めたジョン・ボルトン元国連大使は、ウォール・ストリート・ジャーナル紙だけではなく、ワシントン・ポスト紙にも多くの寄稿文を寄せている。2018年に死去したチャールズ・クラウサマ―は、フォックス・ニュースとワシントン・ポストの政治解説員を務め、また一流週刊誌である『タイム誌』にも寄稿している。保守派のコラムがニューヨーク・タイムズに掲載され、リベラル派の意見がウォール・ストリート・ジャーナル紙に掲載される事もある。「反対派の意見は掲載しない」となれば、「私たちは偏向しています」と自ら宣言するようなものだ。保守派によるコラムであっても一流紙の基準に恥かしくない内容であったり、またその価値があると認められれば、ニューヨーク・タイムズは掲載をする。ウォール・ストリート・ジャーナル紙も同様だ。トランプ氏があれだけ「フェイク・ニュース」と罵倒しながら、ニューヨーク・タイムズにせよ、ワシントン・ポストやCNN、またタイム誌などの評価を気にしていたのは、彼らが一流メディアであると認めていたからでしかない。

但しオピニオンや主張であっても、一人のジャーナリストなり、記者なりの考えが、すべて左右のバイアスを通して語られる訳ではない。CNNのジェイク・タッパーはトランプ批判も行なうが、一方『ネーション・オブ・イスラム』を指導するルイス・ファラカーンの反ユダヤ主義も厳しく批判する。もともとウォール・ストリート・ジャーナル紙のジャーナリストであったブレット・スティーブンズは、ニューヨーク・タイムズ社に籍を移した後も、トランプ批判を行なう傍ら、左派の行き過ぎにも厳しい。ウォール・ストリート・ジャーナル紙のペギー・ヌーナンは、右派にも左派にも厳しい批判をする傍ら、称賛されるべき点は惜しみなく称賛する。それはそうだろう。ジャーナリズムに忠実であろうとすれば、事実を無視する事は出来ないし、右派にも左派にも極論や誤りがある一方、称賛されるべき事柄もあり得るのだ。

当然ながら、主要メディアの報道であればすぐに「フェイク・ニュースだ」と一蹴する人々は、米国ジャーナリズム界を担う人々の名前を挙げる事ができない。また彼らのプロフェッショナルな責任感や使命感、報道歴を知る事も無い。プロフェッショナルなジャーナリストと『政治商人』やプロパガンディストの区別をつける事が出来ないのだ。だからこそ十把一絡げに全てのメディアを『フェイク・ニュース』を呼べるのだろう。「フェイク」を連発する人々は、CNNならCNNだというだけで『フェイク・ニュースだ』と決めつけているにすぎない。繰り返すが、CNNもFox Newsも、事実そのものを報道するニュース部門においては、大差はないのだ。

私は特に、右派への批判を念頭に入れてこれを書いている。彼らの最大の誤りは、フェイク・ニュースに警戒する事は良いとして、一方、『エポック・タイムズ』や、『QANON』『OANN』『インフォワー』、『ゲイトウェイ・パンディット』、『ブレイトバート』など、陰謀論を唱えるメディアや完全なプロパガンダ・メディア、それこそ『フェイク・ニュース』と呼ばれるメディアの主張を鵜呑みにしている点にある。

この点について、ウォール・ストリート・ジャーナル紙のペギー・ヌーナンは11月19日のオピニオン・コラムで以下のような洞察を記した。

『続々誕生した保守派のリーダーたちは、バーチャー(反共産主義の右派陰謀論グループ、ジョン・バーチ・ソサエティー支持者ら)を恥かしく感じ、保守派運動が(これらの人々によって)台無しにされる事を望まなかった。しかしバーチャーらに同情的な有権者たちを疎外する事もしたくなかった。(どの運動にも愚か者はいる。)ところがラッセル・カーク、バリー・ゴールドウォーター,ウイリアムF・バックリーは(こうした懐柔主義)を押し返し、バーチャー・ソサエティーのリーダー、ロバート・ウェルチを「常識から乖離し過ぎている」を呼ぶ。アイン・ランドですらこの声に加わる。「(アメリカの苦難が共産主義国による共謀であると考える事は)子供のような幼稚さであり、軽薄である。」ともかく「彼ら(バーチャーら)は資本主義者とは言えない。反共産主義と言える訳でもない。」

ジョン・バーチ・ソサエティーが色褪せたのは、これらの保守派指導者らが集まり、彼らの運動を(バーチ・ソサエティーとは)別の方向に変えたからだ。こうして近代保守派は、病んだ運動ではなく、健全な運動として誕生したのだ。

私はこれらの事を考え、質問が湧いた。「もしジョン・バーチ・ソサエティーがインターネット上に在り、インターネット世代に生き、言い掛かりや、脅しや、暴力的な会話が瞬時の間に国を駆け巡り、匿名の声が利潤や快楽の為に世論を刺激する事が出来たら?」バーチ・ソサエティーはきっと廃る事なく、繁栄をしただろう。

我々は皆、インターネットの為し得るこの一面について、20年間、訴えてきた。過激主義を可能とし、奨励するインターネットの能力への我々の警告は古く、無感覚になってしまっている。しかしながら我々は今の時を、我々の中の最も無責任な者たちが、大きな土台を揺るがした時代として思い返すだろう。』

A Bogus Dispute Is Doing Real Damage - WSJ

 

ここでヌーナンが言っている「我々の中の最も無責任な者たち」は、インターネット上に在る利潤や快楽の為に世論を刺激する匿名の声を指す。また「大きな土台」とは、民主主義やシステムへの信頼を指すと思われる。

多くの人々が、フェイク・ニュースが何たるものか知らず、またプロフェッショナルなジャーナリズムの重みも知らず、情報の世界を怪しげな伝聞と大それた陰謀説で氾濫させてしまっている事に、私は恐ろしさすら感じる。多くの人々は、一流紙や社会的責任のある大手メディアに騙されまいと、陰謀説を垂れ流すフェイク・ニュースに靡いているのだ。「メディアが報道しない真実」などは殆ど無い。報道しないとすれば、報道する価値が無いからだ。「メディアは報道しないが、きっと大きな陰謀があり、我々は騙されているに違いない」というのは、単なる無知を土台とした疑心暗鬼に過ぎない。陰謀説やフェイク・ニュースに惑わされたくないならば、まず一流紙と呼ばれる新聞を丹念に読むことだろう。刺激的ニュースは少ないかもしれない。当然だろう、常識よりも非常識の方が刺激は多いものだ。

またソーシャルメディアの発達によって、多くの無責任な情報が氾濫するようになった事は、一流と呼ばれるメディアの発信を理解する為に必要な、読解力と情報処理能力の低下を促進しているようにも思える。ソーシャルメディアを使う人々の多くは、記事の内容を読まずに見出しだけで満足し、賛否を決める傾向がある。見出しというものは、出来るだけ多くの人に読んでもらう為に、興味を書き立てる表現をする場合が多い。これが却って、「記事を読まないまま、わかった気になってしまう」錯覚を生じさせているのだ。

特にツイッターなどに於いて、多くの人々がツイートされた記事を読んでいない事は、投稿に対して残されているコメントを見ればわかる。米国メディアだけではない、日本語発信も行うBBCやロイターであっても、メディア社名と見出しだけで内容を判断し、「フェイク・ニュースだ」と決めてかかる人々の、何と多い事だろう。こういった人々は、結論に至るまでの論理の辿った経過を知る事なく「大手メディアは嘘をついている」という疑心暗鬼のまま、知りたい情報を教えてくれる無責任な声に靡いている。実際には、右派メディアであろうが左派メディアであろうが、社会的責任の伴う一流紙などは、幾人もの人々が関わり、綿密な調査と論理に従って情報を提供し、誤りが認められればそれを訂正する。それに引き換え『エポック・タイムズ』や『インフォワー』などは、政治目標達成の為の情報発信をしているのであって、そもそも客観的事実の提供は視野にない。

政治趣向や意見が気に入らない場合もあるだろう。しかしながら、せめて保守派、リベラル派各社新聞の読み比べを行ない、事実はどうなのか知ってから判断する事は、決して悪い事ではない。多くの人々が、「大手メディアに騙されている」という疑心暗鬼に取りつかれたまま、プロパガンダに没頭しているのだ。

自分の期待や願望に固執する限り、事実は見えてこないだろう。これらの人々は、大手メディアによって騙されているのではない。事実に逆らい続けているのだ。事実は感情とは別に存在する。多くの人々の感情が事実から乖離して存在する限り、現実社会を理解する事は不可能だ。