映画『主戦場』で言われた「立場の変化」とは

映画『主戦場』を視聴された方々から、「なぜ立場を変えたのか」と聞かれたり、またある記事には、「否定論者」から「肯定論者」へと立場を変えたように書かれてあったが、私自身、何についての立場を変えたと考えられているのか、理解できていない。

当然ながらこの映画は、私についての映画ではないし、私はデザキ監督がインタビューを行なった多数の方々の内の一人である。インタビューでは、「慰安婦問題について、考えを話して下さい」というような、この問題に対する私の理解と意見を求められたのではない。「ナショナリストの中にある反韓国人デモや、人種差別的言動、何其についての意見を述べて下さい」という形のものである。私の記憶としては、日本側の非だけではなく、韓国側の非難されるべき言動も意識的に付け加えた筈だが、そういった回答は、監督が私から聞き出したかった解答ではなかったのだろう。結果的に、私には辛うじて「日本政府に法的責任は無い」といった発言が遺されただけで、あとは日本側批判に徹底している印象を与えたようだ。勿論これは、監督としてのデザキ氏の権限以内の編集であるが、彼が偏向しているという批判を免れるのは困難だろう。

映画では、インタビューのうちのごく一部分が使われたのであるから、歴史観を巡る私の意見の何が変わり、何が変わっていないのかが正しく伝わっていないのも当然だろう。簡単に言えば、私は『歴史修正主義』と言われながらも、要は『日本無謬説』に過ぎない「戦前の日本は悪い事は行なわなかった」という歴史観から、「戦前の日本は、(その非難に誇張があったとしても)確かに近隣諸国に対し悪い事を行なった。戦後の日本は、戦前の姿と決別し、自由民主主義社会のうちの大国の一つである」という史観に変わっている。これは、保守派政権である安倍政権でも認めている史観だと思われる。

しかしながら皮肉な事にも、この主戦場という映画が慰安婦問題を扱った映画であり、私はその中で立場を変えたと受け取られているにも関わらず、私は慰安婦問題に関わる意見の殆どを変えてはいない。私は「慰安婦問題が女性の人権問題だと考えられている現在の国際政治状況を考えれば、誤解を受けない為にも、慰安婦をただの売春婦と呼ぶ事は、特に男性方は注意して頂きたい」と、ナショナリズムの運動に活動的であった頃から主張してきていた。だからと言って彼女たちを性奴隷と考えた事は無いし、そう定義する事は誤りであると考える。私は慰安婦は慰安婦と呼ぶのが最も適切であり、正しいと考える。慰安婦問題に関係する事柄で私が考えを変えたのは、IWG報告書への理解だけだ。例えもし日本による韓国人女性や慰安婦に対する犯罪があったとしても、それは米国にとっては機密文書化する類ではなく、したがって冷戦後のクリントン政権下によって公開された元機密文書の中に見つかる筈もない事を、まず『機密』が何かという理解をする事から、そのレポートが慰安婦に対する日本の犯罪の証拠の無い事を示す報告書ではない事を認識した次第だ。『機密、諜報』といった事柄に詳しい人ならば、そもそもなぜ慰安婦に関する事柄が機密扱いされたと考えたのか、私の無知、非常識に呆れることだろう。


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私が『日本無謬説』から踵を返し、「(その非難に誇張があったとしても)戦前の日本は、確かに(…)悪い事を行なった」国には、まず中国がある。30万から40万の無辜の市民を組織的に虐殺した、という中国側の主張にはかなりの誇張があるが、中国に対して侵略戦争を行なったことは確かだ。それがどれ程アメリカによる経済封鎖の中での切羽詰まった状況での事情であったとしても、中国にとって侵略であった事は否定できない。日本が中国と同じ立場に立たされたら、必ずそう感じるだろう。南京での虐殺の有無に関して、私が最も史実に近いだろうと考えるのは、秦郁彦氏が説明する、南京戦の最中に行なわれた捕虜と市民への不法殺害を指す数万規模の虐殺である。南京戦において多くの捕虜の虐殺があった事は、さすがに「ゼロ虐殺説」を唱える学者方も認めている事だから、違いは捕虜や市民の処刑を以て虐殺と呼ぶか否かである。

たとえ南京大虐殺が嘘であり、それを捏造するところが単なる中国政府によるプロパガンダであったとしても、それでも『日本無謬説』には無理がある。また「日本はアジアの諸国を欧米の植民地主義から救った、アジアの解放者である」という『歴史観』は、単なる無知と嘘を土台としている。例えばシンガポールにおいて日本が行なった虐殺は日本とシンガポールの両国が認めているが、日本人には一般的知識として知られていないだけだ。以下は、日本軍が行なった『シンガポール華僑虐殺』についてである。

『シンガポール華僑虐殺事件』、或いは『シンガポール華僑粛清事件』とは、1942年2月から3月にかけて、日本軍の占領統治下にあったシンガポール で、日本軍(第25軍)が、中国系住民多数を掃討作戦により殺害した事件を指す。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%AB%E8%8F%AF%E5%83%91%E7%B2%9B%E6%B8%85%E4%BA%8B%E4%BB%B6 

あまり日本人には馴染みのない『シンガポール華僑虐殺事件』だが、勿論シンガポール人やマレーシア人は知っている事件である。中国系市民は、中国系である為に、中国に武器を購入する資金を送っているのではないかという疑いをかけられ、日本軍により組織的に殺害が計画され、実行された。その被害者数を日本政府は約5,000人と見積もり、シンガポール政府は5万から10万人と数えている。これらの虐殺された中国系市民は、誰一人として兵士やゲリラではない。そもそもシンガポールでは日本兵は中国系市民によって殺されてはいないのだから、自衛戦でもない。

リー・クワン・ユーは、シンガポールの初代首相となった人物だが、彼は19歳の時に、彼の外見が『中国に資金援助をしていそうな外見』の要点を備えていた為に、粛清リストに載り、危うく難を逃れた事を証言している。日本軍や日本の憲兵による地元の人々への虐殺や蛮行は他にも記録されており、シンガポールやマレーシアでは学校の歴史授業でも教えられている。日本政府もシンガポール政府も、虐殺の事実を認めている。1966年10月25日、日本政府はシンガポールとの間で、2,500万シンガポール・ドル相当の日本の生産物と役務を無償で供与する、という内容の戦後賠償協定を締結している。

このような虐殺があった事を知らないが為に「日本はアジアを欧米の植民地支配から解放して、アジアの人々に感謝をされている」と主張すれば、「日本人は歴史を知らず、作り変えている」と反発されて当然である。反発する側が『反日』で『中国の手先』なのではない。

日本の中のナショナリスト的な考えによれば、「中国や韓国以外のアジアの国々からは日本は感謝をされている」筈だが、頼みの綱のアジアの親日国も、「過去の日本の行ないを手放しで感謝」していたり、或いは日本の保守派の一部と「同じ歴史観を共有している」わけではない事が、各国800人以上のサンプルから得た意識調査の結果から理解出来る。 

http://www.pewresearch.org/fact-tank/2013/08/15/decades-after-wars-end-some-of-japans-neighbors-still-see-need-for-atonement/  

http://www.pewglobal.org/2013/07/11/survey-methods-54/http://www.pewresearch.org/fact-tank/2013/08/15/decades-after-wars-end-some-of-japans-neighbors-still-see-need-for-atonement/

 

具体的には、フィリピン人の47%が、日本は第二次世界大戦の行ないについて「充分に謝罪をしていない」と答え、29%の「充分に謝罪をした」、19%の「謝罪は必要ない」を上回っている。

インドネシアは同じ質問に40%が「充分に謝罪をしていない」と答え、29%が「充分に謝罪をした」、6%が「謝罪は必要ない。」マレーシアでは、30%が「充分に謝罪をしていない。」 22%が「充分に謝罪をした。」 また10%が「謝罪は必要ない」と答えている。

「充分に謝罪をした」にしても、「充分でない」にせよ、『アジアの解放者』であるなら、「謝罪は必要でない」が圧倒しなければおかしい。

ちなみに、同じ質問に対する日本人の回答は、28%が「充分に謝罪をしていない。」48%が「充分に謝罪をした。」10%が「謝罪は必要ない」と答えている。

第二次世界大戦中のアジアに於ける日本の行ないについて、日本が「日本はアジアの解放者」としての史観を主張しても、そうした史観は、アジア諸国を含めて日本のナショナリスト以外には受け入れられていない。

こうした調査結果に言及すると、「それは華僑(中国系)がアジア諸国に増えたからだ」と反発する声が一部ナショナリストから上がるが、彼らが「レイシスト(人種差別主義)」でない事を信じて欲しいならば、日本への非難の理由を全て『人種』に押し付けない方が良い。

私は慰安婦の問題についても同様に考える。ナショナリストであっても、保守派であっても、彼らが慰安婦問題について発言し、慰安婦が性奴隷であったと考える根底にセクシズム(女性差別主義)が無いと信じて欲しいならば、女性差別的な言動は一切控えるべきだ。韓国側による度重なる謝罪の要求をはね付け、日本に法的責任が無い事を主張する根底に韓国人への差別感は皆無であると主張するならば、一部日本人による韓国人に対する差別的言動を批判し、それ以上は一才関わりを持たない事だ。女性差別的言動や、人種差別意識をちらつかせながら日本を擁護すれば、擁護どころか、日本の主張の動機そのものを疑わせる事になる。今回の『主戦場』を観た観客のうち、立場を決めていないニュートラルな層があったとして、そのうちの何割が「否認者側」であっても「歴史修正主義主義者」であっても、『日本側』に共感を覚えただろう。これはデザキ監督による偏向や編集だけの責任ではない。語れば語るだけ日本の主張の動機を疑わせるような発言を繰り返す人々が、自分の発言がどう受け取られるかを考えずに多く語っている事が原因でもあるのだ。

私はナショナリストらに阿るつもりもないが、左派への批判を控えるつもりは一切ない。私は韓国との慰安婦問題における基本的相違についての意見を変えてはいない。韓国人慰安婦たちが意思に反して強制されたと感じた事に異議を唱えるつもりは無いが、彼女たちが日本軍によって強制連行されたという証拠は無いし、日本軍や政府が当時の法律を犯していなかった事を鑑みれば、現在の日本政府に法的責任も無い。「可哀想だから」といった感情論を優先させ、一般的な「事後法」の解釈を曲げてまで日本政府に法的責任を求める左派の学者は、もはや学者ではない。慰安婦たちの境遇を考える際、他に戦地に赴いた看護婦、兵士、また東京吉原界隈で働いていた性産業の女性と比較するべきだが、それでもなお慰安婦たちは奴隷であったと主張する左派学者は、学者としての立場を悪用した単なる政治活動家である。また「可哀想なハルモニ」を慮る振りをしながら、彼女たちへの和解の道を閉ざし、彼女らを自分たちの反日運動の道具として扱うだけでなく、韓国人学者への自由な言論を阻む韓国人活動家らは、反日を看板とした醜悪な商売人である。

私はこれら左派学者らによる著書は読んでいない。デザキ氏によれば、左派学者らの著書を読まない限り、彼らに対する私の批判も的外れの事になるようだが、慰安婦問題に対する日本政府の対応を糾弾する為だけに作り出されたと思われる、他では通用しない非常識な珍定義を繰り返す左派学者の主張は、私には「地球は平らである」といった主張に等しく、「地球平坦説の主だった著書を読まなければ、その主張の誤りを指摘してはいけない」と言われているに等しい。

尤も、たとえかいつまんでであってもその全体要を知らなければ、その主張の本質を誤解する危険がある事は、左派に対する私の批判をドキュメンタリー中では全くと言って良いほど採用しなかったデザキ氏は、よく承知している事だろう。

 

(文中、日本側、韓国側、とした表現は、日本人の中に韓国政府の主張に共感している人がいない訳ではなく、その逆もあっての事だが、個々では敢えて、大まかに日本政府の主張と立場を同じくする人々、韓国政府の主張と立場を等しくする人々、とした意味で使用している。)

Feelings Don’t Care About Facts, But Neither Do Facts Care About Feelings

Anyone who claims that I have said “As I learned about Nanking, I came to believe the Comfort Women were sex slaves…” or anything similar in the essence in the documentary film, Shusenjo, or in the interview is wrong.  I have never thought they were sex slaves.  What I said was I had started to see things that the nationalists said more skeptically. 

Below is to clarify my thinking:

I used to think just the leftists spread propaganda and/or even lies.  But I learned that there are lies and propaganda on both sides. Crooks and mercenaries are on both sides.  Fanatics, demagogues, ideologists and enablers are everywhere.  But so are good-hearted, respectful, honest individuals.  In fact, the “side” does not determine whether or not one is decent as an individual at all. 

There are certain elements which make resolving political or historical disputes difficult.

I used to believe the only thing we, as individuals who “seek truth,” should do was to spread truth, and the people who hear the truth would always receive it with gratitude.  After all, wasn’t “the truth” what the nationalists claimed to be pursuing?  I now think that was naïve, wishful thinking on my part.  Now I believe truth is a hard medicine to swallow, especially when strong emotions or means of earning is involved.  Facts do not care about one’s feelings, but neither do feelings care about facts.  There is nothing more detestable and inconvenient than truth when it tries to stand in one’s way of meeting needs.  The reason why I’m saying this is based on my experience of

When I stated my changed views on Nanking on my Facebook account, I received, literally, hundreds of responses from my nationalistic Facebook friends, primarily in order to convince me to stay within “a zero massacre” theory.  I tried to explain the reasons of my changed understandings of the past event, quoting Dr. Hata’s book on Nanking.   Hata was and still is, considered as a notable historian who was famous for his thorough and unbiased investigations on the comfort women issues to the nationalists.

To my surprise, Hata’s researches meant nothing to the nationalists.  They suddenly started discrediting and some started even slandering the same historian whom they uphold as an authority on the comfort women issues.  Hata’s careful estimate of total unlawful death tolls, 20,000 to 40,000, was dismissed as a result of his “biased, poor, lazy job.” 

“How can it be?” I argued, “He is the same Dr. Hata whom we, the conservatives, respect as an authority on the comfort women issue.  How could his investigations on Nanking suddenly be a biased, poor, lazy job?  Hata’s reasoning and the estimate are more logical and persuasive than the zero-massacre theory.”  My words didn’t mean much to the nationalists.  Their focus was to discredit China’s 300,000 massacre propaganda, and Hata’s acknowledgement of some level of massacre took place was, they felt, standing in their way.  One even wrote: “In order to counter China’s propaganda, I think we should even state that there was negative 300,000 massacre.  It’s an eye for an eye.  A propaganda for a propaganda!”

This was the moment that I realized what the nationalists, at least some nationalists, are pursuing was, unlike what they claim, not necessarily the truth nor understanding.  Even some scholars are seriously claimng that admitting some wrongdoings will encourage China’s exaggerations, as if disputes of truths can be settled by negotiations.

The ridiculousness of this illogic is obvious to anyone who is not emotionally involved with Nanking disputes, even to the liberals.  But I can easily point out the liberals have fallen into the similar inconsistencies.  For example, the support groups for the comfort women which uphold the women’s words as indisputable truths have turned against those specific women who accepted money from Asia Women’s Funds.  The liberals who demanded official apology and compensations from the Japanese government criticized the bilateral agreement in 2015.  And imagine the reactions of the liberals if one of the comfort women comes forward to say they were not “sex slaves,” and gives details of their comparably better lifestyles than war zone nurses.  In fact, Dr. Hata gives examples of the women’s relatively luxurious lifestyles in comparisons to other women in warzones, soldiers, sex workers in Tokyo, and also from direct words from the women.  Will the liberals follow the reasoning and turnaround from their “sexual slavery” definition?   Or will they keep their attitudes and “not let the facts get in their way”?

I no longer share the belief of “people will come to know the truth once it’s given.”  I think that outcome is rather rare.  It’s more likely that people believe what they want to believe and disregard the rest, especially when strong emotions or methods of earnings are involved.   I, therefore, am not in the business of making myself popular or getting approvals.  I criticize what I find despicable, mostly bad behaviors or hurtful rhetoric.  I state my disagreement when I find something unreasonable.  But I also share my admiration or give credit where it’s due. 

I do recognize that there are personal attacks against me as well as admirations.  Those do not bother me nor flatter me.  What bothers me instead is that the words which I didn’t say are circulating as my words.  I have never said “the comfort women were sex slaves” or anything similar in the sense.  That is a fact.  Anyone who wants to take it, it’s there.  I ended up disappointing and angering the right side of the aisle.  I’m sure this will disappoint and anger the left too.  But so be it.

Feelings don’t care about facts, but neither do facts care about feelings.

 

"Facts don't care about your feelings" is a famous statement from an American conservative journalist, Ben Shapiro.

My Thoughts On Comfort Women Issue, 2019 May

 

My Thoughts on Comfort Women Issues, May 2019

 

I have read the article called, “The Anatomy of Neo-Nationalist Misogyny” by Nina Trige Andersen. https://www.moderntimes.review/the-anatomy-of-neo-nationalist-misogyny/?fbclid=IwAR0MhohkqJ6KO6MQ8knSRkRm6TiXvu1dctyltEe-rkZRxhloPzPFHcYhGnA   

This article is based on her reactions to watching the documentary titled, “Shusenjo” by Miki Dezaki.   (I should first note to clarify that I have not fully watched the film.  For me, the moment Hata refused to appear on the film, it lost its worth.  And that is why I'm writing this post to mainly refute what the article claims of my view.)

I’m not sure what Andersen meant by “The documentary maps the landscape of denialists, including interviews with Hisae Kennedy, a «defector» from the neo-nationalist movement, who explains how she came to realize that the revisionism she was involved in was unethical…”  Anderson calls me a “defector” from my past associations with people who do not feel the Japanese military committed war crimes by protecting comfort stations and who do feel the Japanese government did apologize many times for being part of the terrible suffering endured by the comfort women. 

First of all, what does Anderson mean by “denialists”?  When someone calls someone, for example, a “holocaust denialist,” it usually means that person is denying the existence of the holocaust.  Likewise, when someone is accused of being a “Nanking denialist,” that person denys the occurrence of the “Nanking massacre.”  In fact, she writes: “Though most of those who were put to work as comfort women for the Japanese soldiers have obviously passed away, some are still alive, and so is their demand for recognition and compensation. Japan refused for many years to even speak of the issue and denied that any such thing as a comfort women system had ever been put in place.” But in actuality none of those “nationalists” deny the existence or occurrence of the “comfort women.”   Of course, there are different categories of denials, for example, the denial of Japan’s legal and/or moral responsibilities, or the denial of the existence of evidence, so rounding them all up as “denialists” is rather an irresponsible labeling.  As far as denying the evidence of the Japanese military’s kidnapping of Korean comfort women, even the New York Times’ Martin Fakler writes, “There is little evidence that the Japanese military abducted or was directly involved in entrapping women in Korea, which had been a Japanese colony for decades when the war began…” (https://www.nytimes.com/2014/12/03/world/asia/japanese-right-attacks-newspaper-on-the-left-emboldening-war-revisionists.html)  Now, is he one of those “denialists?”

If she means by “denialists” the people who deny the Japanese government’s further responsibility on past issues, that would include several South Korean Presidents who assured others that “past issues have been solved between Japan and South Korea.” 

Second of all, I’m not sure how I explained during the interview why I stopped being involved with political activities such that she came to write “how she came to realize that the revisionism she was involved in was unethical.”  The reason for my “defection” was that I came to think Japan and South Korea must prioritize their national security concerns over historical disputes.  This realization is a result of listening to a Polish professor, Dr. Andrzej Kozlowski, whose writing was quoted by professor George Akita in Hawaii.

It is not because I came to think the “revisionism” itself “was unethical.”

There are, however, behaviors and rhetoric among some extreme nationalists that I find extremely unethical.  Those things include hateful discrimination against Koreans and/or Chinese people, willfully lying about facts in order to make political points, and making fun of or mocking the women.  On the other hand, I do not consider revising the conventional understanding of past events as unethical.  Everybody, conservatives or liberals, has the right to learn, relearn and change his or her opinions as he or she learns.  In any field of academia, where challenges are constant, not revising one’s opinion when credible, countering information (evidence) emerges is dishonest.  Of course, if one falls for obvious fraudulent “revising,” that is problematic.  The underlying factors in such cases are one’s intelligence and/or motives.

Andersen also wrote: “The revisionists are, according to Shusenjo: The Main Battleground of the Comfort Women Issue, connected through nationalist and fascist circles and associations in Japan and the US, whose main concern is to reinstall Japan as a military empire in the East. They are driven by their belief that the Japanese belong to a superior race. The ideology of the comfort women denialists is, as Hisae Kennedy says, both racist and sexist.“ I do not believe the ideology of the revisionists is racist and sexist. However, some revisionists do say extreme or even fanatical things, and, needless to say, anyone claiming the “Japanese belong to a superior race” should be called racist and probably idiots as well.  For sure, there are people whose insensitive rhetoric sounds sexist.  There may be overlapping populations among those racists, sexists and nationalists.  However, it is simply wrong to assume this issue is based on the racism and sexism among Japanese.  In fact, most Japanese who are now labeled as “nationalists” started speaking up as a reaction to the constant and repeated demands of apology after apology.  It is clear to anyone who lived, observed or objectively studied the rise of nationalism in Japan that its rise was reactionary.  

More importantly, one should realize the root of nationalism in Japan.  Most grassroot Japanese nationalists are exhausted, tired and sick of apologizing.  They are humiliated, rather than arrogant.  Liberal activists on Korea’s side dismiss Japan’s repeated apologies as insufficient.  However, that’s not how Japanese think.  One of the secrets of Tony Marano’s YouTube popularity (besides the fact that he is actually a good hearted, charming man) is, I believe, his “I love Japan” series works as an antidepressant or an energy pill to the nationalists’ exhausted souls.  In fact, the anti-Korea nationalists do not suggest “let’s annex them again,” but they do often suggest “let’s break off relations with South Korea.” Even from that ridiculous claim, we can hear their weary “leave us alone” cries.  This is not a cry of superiority but rather desperation.  Wittingly or unwittingly, rounding up those “denialists (whatever Anderson really means by the label) as “racists” and/or “sexists” is nothing more than a form of ad hominin.  Instead of dismissing Japan’s repeated apologies as “not enough,” and alleging racism and sexism as the root cause of Japanese nationalism, it would be wise for liberal activists to face the truth: the Japanese are sick and tired of apologizing.

This is not to deny there are racists and sexists among the nationalists.  There are terrible people on both sides, as there are good people on both sides. Racism and sexism must be condemned, especially if we wish our case to be taken seriously. Still, it should be noted that extreme hatred and the sense of one’s superiority exist among Korean nationalists as well.  If willing, anyone can easily find “Kill All Japs” types of Korean groups in social media.  Dismissing the Korean side of extremism is a hypocrisy in which no objectivity but only one’s narcissistic sense of moral superiority can be found.

Talking about the Nanking Massacre for a moment, it is a fact that I used to think no type of massacre took place in Nanking. I used to be a Nanking “denialist.” Although I still do not believe the systematic massacre of three hundred thousand civilians took place, I now believe around twenty to forty thousand Chinese prisoners of war were unlawfully killed.  In terms of the “Nanking Massacre,” my former views are considered “denialism,” since credible historians such as Dr. Ikuhiko Hata, Dr. David Kennedy, and Dr. David Askew agree that some level of massacre did take place.

However, I have not changed nor revised my overall understanding of the comfort women issues.  Below is what I posted to one of my Facebook friends on my Facebook account in March, 2017:

[Dear R.,

You are a genuinely kind and principled American conservative who likes Japan. But you are understandably puzzled by some of the claims that were made by Japanese extremists on the right.  This is a good lesson for all Japanese who wish to defend "the honor" of Japan. Their crazy propaganda is summarized as, "the Japanese can do no wrong," and will just help the opposing propaganda, which is summarized as, "If it's Japan, it must be bad," sound more truthful.

The Japanese need to know that every one of their attempts to deny Japan's aggressive war against China, its role in the “Nanking Massacre,” its sneak attack on Pearl Harbor, and its mistreatment of POWs is seen as either a whitewash of historical truths or hollow justification of Japan's deeds. In my opinion, reasonable evidence exists that Japan in some manner violated international standards of behavior in those areas.

However, as far as the comfort women issue is concerned, there is no objective evidence of Japanese war crimes, except for a few cases where Japanese soldiers kidnapped some Dutch women and forced them to serve in a newly set-up comfort station. When this incident was found out, the Japanese military officials immediately closed the brothel and punished the soldiers who were involved in kidnapping those women.  Also, there is no hard evidence of comfort women being abused. On the contrary, an Australian POW recorded his encounter with many Korean, Japanese, Taiwanese and Chinese comfort women and concluded that those women certainly would have been in a worse situation if they had been brought to private brothels, instead of the military-operated comfort stations.

When I talk about a lack of objective evidence, let me give you an example of what I personally encountered. A former Japanese military medic who served in China has been used as a witness of Japanese atrocity against comfort women. I read about him on BBC news, where he claimed that the Japanese terribly abused comfort women. However, I had a chance to interview him personally, and he said that he had treated women carefully for medical problems and had given them STD tests. And he told me he had never seen any violence nor war crimes against those women. When I asked him where he had heard about mistreatment of comfort women, he said he had read about those stories in books.

I do not disagree with the comfort women's memories of sufferings. It must have been horrible. I am not surprised that they describe their experiences as "rapes." My sympathy for each one of them is genuine. However, in order to find the responsible party, we have to depend on objective historical research.

During the war, and even before the war, prostitution was legal in Japan, the Korean peninsula, and most of Asia. It was common practice for poor peasants to sell their daughters to brothels, shops, or wealthier families to be used as servants. Poor peasants also sent their sons to shops or wealthier families, too. Technically, I should not use the term "sell," because it implies that the buyers own them forever. Those daughters and sons were free to leave once they had earned enough money to pay back the debts of their parents.

If you have watched Stephen Spielberg's "Memoir of a Geisha," the situations of the comfort women were not much different from the main character in the film. Many comfort women were "sold" to the "comfort stations," while the film's heroine, Chiyo, was "sold" to be a geisha.
https://en.wikipedia.org/wiki/Memoirs_of_a_Geisha

Along with those comfort women who were "sold" by their parents, there were also women who were tricked or deceived into thinking that they were going to work at cafes or factories. The deceivers should be condemned, but who were they? They were civilian brokers or middlemen, as the article written by Peipei Qiu admits. There is no evidence that the Japanese military was involved in the deceitful recruitment. There were also other comfort women who "volunteered," meaning they were not sold nor deceived but were willing to work at the comfort stations for pay (they were all paid, by the individual soldiers). Compared to private brothels, military operated comfort stations were much better operated for the protection of the women. Therefore, it is not surprising that there were volunteer women who decided to work at the comfort stations, although, if you were to ask whether or not those "voluntary workers" desired to work as comfort women, I assume their answers would be "no," since I have never heard a small girl ever say she would like to be a sex worker when she grows up.

So, who then is responsible for the terrible "rapes" which repeatedly happened to those women?

If the Japanese military was not responsible for recruiting those women, what do you think the soldiers should have done to those women at the comfort stations? Rescue them? They didn't. In fact, they slept with those women. For some soldiers, it was their first experience, and for some soldiers, it was their very last experience. While the "horror" side of the narratives have been emphasized, it is also a fact that there were natural, emotional bonds developed between the soldiers and those women. There were cases of marriage after the war, and there used to be "reunions" of former soldiers and former comfort women after the war. This is not to take away from the terrible sufferings the comfort women endured and for which the Japanese government apologized multiple times.

I do not want to discuss Peipei Qiu's accusations of alleged murders of women, since there was no evidence to back up her claims.

During and after the war, the comfort woman system was not seen as a violation of women's rights by the U.S. and its allies. In fact, U.S. Report No.49 "Japanese Prisoners of War Interrogation of Prostitution" says, "they were nothing more than highly paid prostitutes." If the U.S. had seen or found evidence of mass killings of the women, it would certainly have publicized it and brought it up during the Tokyo trials. It is almost impossible to imagine any reason to hide this kind of information.

http://www.exordio.com/1939-1945/codex/Documentos/report-49-USA-orig.html

The fact is the comfort system was considered to be a way to stop rapes of local women by soldiers, and it is a fact that troops such as the Russians, which didn't have a similar system, raped a great number of local women wherever they invaded. The U.S. troops had a similar brothel system in Hawaii, called "Honolulu Harlots." Those women were brought from San Francisco, and the conditions of the prostitutes in Honolulu were, in comparison, even slightly worse than those of the Korean comfort women. This was not made known to the general public, whose Christian values consider prostitution immoral, because of the fear that this would dishonor the dignity of the military. 
https://maggiemcneill.wordpress.com/2011/07/05/honolulu-harlots/

In a perfect world, soldiers would not rape women nor have sex with local prostitutes. But unfortunately we are not living in a perfect world, and the only choices were to either rape local women or use unsupervised brothels or military operated brothels. Similar systems to Japan's comfort women system were used during the Korean war and the Vietnam war. As you are probably aware, former Korean comfort women are now suing the Korean government for their psychological damage caused by being coerced to serve the U.S. military.
https://www.nytimes.com/2017/01/20/world/asia/south-korea-court-comfort-women.html?_r=0

The comfort women issue emerged in the late 1980s due to two factors: the Korean military dictatorship ended, and a novel "My War Crimes," was published. It was written by a former Japanese soldier, Seiji Yoshida. Even though this book has no historical evidence to back up its claims, the crimes of kidnapping Korean women from house to house were treated by the readers as something that had actually happened. A notable historian, Ikuhiko Hata, whom I have met multiple times, visited the area where the author “confessed” his "crimes" had taken place and found no locals remembered such things ever happening. Also, Yoshida himself has publicly admitted he fabricated the kidnappings.

Still, I do agree that Japan has a moral responsibility. As politics change over time, it is common for a government to bear moral responsibility for past deeds which were seen legal and acceptable at the time of the event, such as slavery or unfair treatment of people based on gender, race, religion or ethnicity. However, one additional note is that when Japan and South Korea were negotiating the conditions of the normalization treaty in 1965 the Japanese government offered to compensate individual victims. But the Korean government refused, demanding that the entire money be paid to the government. The individual comfort women received nothing because those women were not considered by the Korean government to be uncompensated victims. Japan’s condition for the agreement was that there should never again be any legal claims. All of this is documented and can be easily checked. 
https://en.wikipedia.org/wiki/Treaty_on_Basic_Relations_between_Japan_and the_Republic_of_Korea

I was glad that in 2015 the Japanese government took a step to again make an agreement with the Korean government, which was opposed in both countries. South Korea's anti-Japan nationalism has its roots in their efforts to counter North Korea. It has been the case that South Korea has a tiger by the tail, of which they can't let go. But it also seems that Japan also has a tiger by the tail which they can't let go of either. http://nationalinterest.org/blog/why-south-korea-so-obsessed-japan-13065

My emphasis could be seen to favor the side of Japan, but the fundamental reason I am writing this to you is to shed light on the side which Peipei Qiu did not cover. However, I genuinely want the wounds of those women to be healed, and often I find myself in their grief. Still, when evaluating the historical facts and the present diplomacy, I have to separate my emotions from what I want those women to have in their lives, and focus on what Korea and Japan should do. I believe I would do so even if I were one of them.

What I wrote here echoes many of the Japanese nationalists' talking points. In fact, the nationalists say many things that are true. It is just that they refuse to consider anything that does not fit their narrative. They always discredit the assertions of others by saying, "That's what leftists and liberals say." In this respect, they completely mirror the leftists and liberals.

To learn about this matter, there is only one complete, respectable source in English, and that is Sarah Soh's book. Nothing else even comes close. In Japanese, there is Ikuhiko Hata's book. (Hata published in English his research on Comfort Women issues in 2018.)  Without reading either of these, one becomes vulnerable to propaganda and rumors.

This is a very complicated matter which both sides refuse to settle, and they both bring up new propaganda or ridiculous claims again and again. Determining what really happened should be in the hands of real historians who specialize in military history in Asia.

 

As this long post shows, this issue has become a complicated and an emotional matter which I have come to conclude both sides need to leave to the discussions of historians.  Politically, both the Japanese and South Korean governments reached an agreement in 2015, and I believe any move to breach the agreement should be considered irresponsible and a political manipulation.  Both Japan and South Korea, indeed, face far more serious national security issues, such as North Korea’s nuclear development and China’s military expansionism.

I have repeatedly criticized the persecution of Korean scholars who supported some of the Japanese arguments, which are, in fact, exactly the same as mine.  For example, according to BBC, Park Yu-Ha, a professor at Sejoing University and the author of the 2013 book, The Comfort Women of the Empire, was fined $8,900 due to her work on comfort women issues, where she has suggested that not all comfort women were coerced and that some developed emotional connections with Japanese soldiers. 
https://www.bbc.com/news/world-asia-41777396  

She was found “guilty of defamation for questioning accepted views on so-called comfort women.”  In fact, a left-wing feminist American scholar Sarah C. Soh, wrote in her book “The Comfort Women” that she could not possibly have written her book in Korea, because of the possible persecution she knew she would face.  It is not only some scholars who faced social and legal persecutions; some comfort women themselves faced persecution for not adhering to the “accepted views.”  Yes, even former comfort women who do not align with the demands of Korean hardliners face criticisms too.  According to The Diplomat, “A majority of living survivors (34 of 46) accepted the 2015 Japanese compensation, but the media only publicized the rejectionist minority (12). Moreover, the 61 women who accepted Japanese compensation two decades ago (the 1994 Asian Women’s Fund) were vilified as traitors and denied South Korean government subsidies.” https://thediplomat.com/2018/01/confronting-koreas-censored-discourse-on-comfort-women/ It also quotes Park Yu-Ha’s report (the Korean professor), “The late [survivor] Bae Chun-Hee said she had not been taken by force, and that she wanted to forgive Japan but could not say so.”

We have to question the legitimacy of Korea’s solidarity on this issue, since there is a social and legal pressure or even persecution against anyone who voices opinions similar to what Japanese nationalists claim.  The loudest voices we hear from Korea may be manufactured anti-Japan propaganda which indeed exploits the comfort women.  Anyone who supports human rights and free speech should speak against the persecution of the above-mentioned Korean scholars and those surviving women who accepted Japan’s apology.  However, my impression of this documentary is that it fails to acknowledge how Korea persecutes the contrary views and the possibilities that the loudest voices from Korea are not necessarily truthful.

The film’s director, Dezaki, well knows my views on this matter.  He knows my criticisms of Korea’s side.  Of course, he, as the director of the film, had the right to choose the questions he wanted to ask me.  However, it felt to me, even during the interview, that he put most of the emphasis on my criticisms against the extremists on Japan’s side.  Probably that is what he wished to hear from me.  I appreciate Dezaki’s giving me a chance to criticize the extreme and hateful rhetoric from some of the extreme Japanese fanatics.  However, as I wrote earlier, there are extremists and haters on both sides.  There are voices on both sides that need to be condemned. 

We all have a tendency to become morally outraged by the other side while turning a blind eye to our own side.  When it comes to the consequences of our selective outrage, it is probably wise to listen to what the former U.S. president, George W. Bush warned: “Too often, we judge other groups by their worst examples - while judging ourselves by our best intentions. And this has strained our bonds of understanding and common purpose.”  

https://www.dailymail.co.uk/news/article-3687974/Too-judge-groups-worst-examples-judging-best-intentions-Moving-quote-George-W-Bush-Dallas-police-memorial-inspires-America.html  

 

Japan has often been criticized for not apologizing.  The Korean side says the apology was not sincere enough and the women do not feel apologized to.  However, as an American journalist Ben Shapiro famously said, “Facts don’t care about your feelings.”  Facts are there whether you like them or not.  Factually, Japan has apologized several times, and there have been times when Korea said the apology was accepted and both countries should move on.  Today’s disputes might be a result of some of our “feelings not caring about facts.” 

I heard Dezaki tried to include information and opinions from both sides in the film. However, I do not think he is completely able to evaluate the importance of each opinion and each piece of information.  Also, I heard that by always giving Korean arguments after Japanese ones, he gives the impression that the latter refute the former.

Not all opinions are equally important. Opinions of military historians, who understand the conditions and the attitudes of the times when these events took place, should be given more weight than those of people who only express their own emotions or try to score political and ideological points.

In my opinion, the latter are either politics or propaganda.

「金正恩はかなり賢い人だと思う」トランプ発言に見る独裁政治への思慕

4月30日日曜朝、大統領就任100日目を記念する『Face the Nation』のインタビューに応える形で、トランプ氏は北朝鮮の金正恩について「かなり賢いやつだ」と発言している。

Donald Trump: N Korea's Kim Jong-un a 'smart cookie' - BBC News

[「人々は、『彼は正常な人物なんだろうか』と言っています。それはどうか知りませんが、彼の父親が死んだのは彼が26歳か、27歳の事だったでしょう。彼は明らかに困難な人間関係、特に将軍などに対処しています。彼はとても若い年齢で権力につきました。多くの人々が、彼からその権力を奪い取ろうとしたでしょう。彼の叔父やその他の人々など。それでも彼は権力を維持する事が出来たのです。明らかに賢い人なのでしょう。」]

この発言から理解できる通り、トランプ氏は北朝鮮の金正恩や、北朝鮮体制に対して、深い知識があるとは思われない。少ない情報をある一定のフィルター(偏見)を通して見ているのだ。北朝鮮で何逆万人もの一般市民が餓死している事も、多くの罪のない市民が強制収容所に入れられ、拷問や強姦をされ、強制労働についている事、北朝鮮が親兄弟、親族や友人を密告する社会である事すら鑑みていない。金正恩がいかに残酷で人間性の欠片も無い方法で自らの叔父や異母兄すら殺害したか、どれほどの猜疑心と憎悪に基づいた処刑を、側近らに対しても行なってきたか、全く考慮していない。トランプ氏には他者を理解する上で、恐ろしく幼稚な一定のフィルターしか存在しないのだ。

そのフィルターとは、自分自身である。トランプ氏は金正恩を理解し、評価する際にも、自分自身を通して見るしかないのだ。トランプ氏は、自身が27歳の時に父親の事業の一部を受け継いだ。金正恩が、権力闘争の中で、自分より経験あり、力もある将軍らを抑えて権力を維持している事と、トランプ氏自身が若年にして事業を受け継ぎ、現在も自分より経験や知識のある将軍や専門家を抑えて権力を維持している事を重ねて見ているのだ。トランプ氏が礼賛しているのは、自分自身なのだろう。トランプ氏が、金正恩が感じているだろうと主張する焦燥感は、実はトランプ氏自身が大統領としての務めの中で、毎日感じている焦りなのではないか。

トランプ氏は、就任100日を記念するロイターの取材で、「大統領としての職務がこれほど難しいとは思わなかった」と漏らし、「以前の生活は素晴らしかった」と嘆いているが、世界で一番大きな責務を負うアメリカ大統領の職務が、まさかニューヨークの不動産業者や、無責任なリアリティー番組のスターである事よりも簡単だと思っていたのだろうか。

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トランプ氏は、フィリピンのドゥテルテ大統領との電話会談で、ドゥテルテ氏の麻薬取締や関連犯罪に対する姿勢と成果を称えている。ドゥテルテ大統領就任の去年7月以来、約9,000人の市民が、法的裁判を受ける事なく処刑され、ドゥテルテ氏自身、自らの手で犯罪者を殺害した事を豪語しているが、ハーグ国際裁判所に『人道に対する犯罪』を犯したとして訴えがなされ、国際犯罪裁判所も、ドゥテルテ氏が長年に渡り、少なくとも9,400人の殺害に加担してきた事を指摘ている。

Extrajudicial Killings Prompt Suit Against Duterte at the International Criminal Court | Foreign Policy

https://www.nytimes.com/2017/04/30/us/politics/trump-duterte.html?hp&action=click&pgtype=Homepage&clickSource=story-heading&module=first-column-region&region=top-news&WT.nav=top-news

またトランプ氏は、憲法改正を問う国民投票に不正を指摘されながらも勝利し、更なる大統領権限を勝ち得たトルコのエルドアン大統領に対し、西側指導者で唯一祝辞を送っている。この国民投票は、何万人にも及ぶ反対派や、それと見られる人物などの一般国民を不正逮捕し、拷問してきたエルドアン大統領が更なる権力を得、議会、裁判所から権限を奪い、メディアや反対派、国民の権利や自由を奪う権限を与えるものだ。一定のトルコの国民が今回の国民投票に賛成票を投じた理由は、議会政治によって改革が妨げられていると感じている事にある。改革の必要性を感じている有権者は、改革の為にはエルドアンという独裁者が、反対者を抑える為に更なる権力を得る事が必要不可欠であると考えているようだ。

Why did Turkey hold a referendum? - BBC News

大統領就任100日目を迎えるトランプ氏は、自身の掲げた政策の多くが達成されず、大統領特別指令を発して行なおうとした改革が達成できなかった原因を議会と司法に見出し、憲法によって定められ、権力の集中・専制を防ぎ, 政治の健全な運営をはかるために工夫された『抑制』と『均衡』の三権分立の制度そのものが国家にとっての災害であると批判している。

Donald Trump blames constitution for chaos of his first 100 days | US news | The Guardian

トランプ氏にとって、ドゥテルテ大統領の行なったような法によらない裁きや、エルドアン大統領が新たに得た権力の集中こそが、正しい政治や国家を立て直す為の改革に不可欠なのだろう。恐らくトランプ氏は、国家にとって必要な正しい改革が何であるか、「賢い」自分として承知しているつもりなのだろう。もちろんビジネスマンとしては、反対者を退けるやり方も通用してきたと思われる。

勿論トランプ氏は、いま例えこうした権限が与えられたとしても、批判者を投獄したり、反対派を暗殺するとは考えていないだろう。正しいと思われる改革を、まず反対者による妨害やメディアや有権者による批判を恐れずまず断行できさえすれば、反対者は自らの誤りを認め恥じ入るだろうと考えているかもしれない。そしてある一定以上のトルコ国民が、エルドアンに対し更なる権力を付与する事を良しとしたように、多くのトランプ支持者も、『アメリカを再び偉大な国とする』為に、トランプ氏が司法や立法の上に立ち、良いと思われる改革を、リベラル派やメディアからの批判に妨害される事なく断行する事を支持するだろう。彼らにしてみれば、「トランプ氏のする事に、悪い事がある筈はない」のだ。

しかしながら、このような『権力の集中』や、法による支配ではなく、人による支配を認めれば、必ず腐敗が生じる。また、潮目が変わり、立場が変わる時は必ずやって来る。自分の礼賛する『偉大な指導者』に与える権力は、自分の忌み嫌う反対派の指導者に与える権力でもあるのだ。

私は、あまりにも多くの人々が、自らの信じる改革の為に、それを実行しようとする権力者に絶大な権力を与えようとする現象に大きな危惧を覚える。

ロシアの場合を見てもわかるように、かつての民主主義国家が、民主主義国家としての自殺を図った例は多くあるのだ。民主主義国家としての自殺は、選挙を通してやって来ることを我々は弁える必要がある。

トランプ大統領の今日の敵

昨日トランプは、バスをチャーターして、民主党、共和党両党から成る全ての上院議員をホワイト・ハウスに招き、北朝鮮問題についてのブリーフィングを行なった。ところが、ブリーフィングを終えた上院議員らがワシントン・ポストに語ったところによれば、このブリーフィングにおいて、政策や対策、トランプ政権が何をしようとしているのかも含め、何ら新しい情報は無かったようだ。ワシントン・ポストは以下のように書く。

Trump administration talks tough on North Korea, but frustrated lawmakers want details - The Washington Post

 

『ブリーフィングを終えた上院議員らは、政権が現在の北朝鮮政策について、また北が進める核兵器開発計画にどのように対処するかの計画が知らされない事に不満を表した。「政権側は、正しい事をしようとしている筈だ」或る共和党議員は言う。しかし両党の議員は「従来の方針とどのように違うのか」全く聞かされなかった事について不満を漏らした。ブリーフィングは北朝鮮に対して、また北朝鮮の大陸間弾道ミサイル実験についてのごく簡単な質問への解答さえ提供しなかったようだ。何人もの上院議員は端的に「どんな政策なのか」と聞いたが、説明を行なった係員から、「具体的には殆ど何も聞かされなかった」という。』

北朝鮮問題に関するブリーフィングが急きょ上院議員らに対して行なわれたという事は、むしろトランプ氏が今まで知らなかった何かを学んだ為の反応、或いはトランプ氏が感情的に高揚した為ではないだろうか。ところがトランプ氏が驚いただけで、上院議員らはこれらの情報については既に熟知していたのだろう。

ロイターのインタビューに答えたトランプ氏の発言を読むと、トランプ氏は北朝鮮情勢についていくばかりかを学んだようで、過去の挑発的発言から後ずさりしている事が伺える。本格的な軍事紛争の可能性は未だあるものの、トランプ氏は「外交的解決」を希望しているようだ。

しかも何故か、中国の習近平主席について絶賛をしている。「習主席はとても努力をされています。彼は混乱や死などを望まれていない事は確かです。彼はとても良い人物で、私は彼についてよく知る事が出来ました。」

金正恩については、「彼はまだ27歳です。彼の父親が死に、政権を受け継ぎました。言いたい事は色々とあるでしょうが、難しい事です。特にあれだけの若さでは、難しい事です。彼について良い評価をしているのでも、していないのでもありません。ただ、難しい事を金正恩が行なっているのだと言っているのです。彼が正常な判断を行なう人物かどうかは、私は意見を持っていませんが、正常な判断を行なう人物であると望んでいます。

 

また、ロイター記事は続く。「しかしながらトランプは、韓国に対し、およそ10億ドルかかると思われるTHAAD(戦域高高度防空ミサイル)システムの費用負担を望み、またソウルとの貿易不均衡を解消する為に、韓国との自由貿易協定を解消するか、再交渉したいと語る。」韓国はこの要求に対し、「10億ドルも払えない」

北朝鮮問題が深刻となり、挑発的発言から一転したトランプ大統領だが、この期に韓国に対する『軍事費負担要求』と『貿易不均衡解消』を要求している。韓国がこれらの要求を呑まなければ、「米朝の防衛協定を破棄する」とでも脅迫するのだろうか。勿論、北朝鮮関係の緊張が高まっている最中、米朝貿易不均衡是正の要求に言及すれば、安全保障と引き換えに経済交渉を行なおうとしていると理解されても仕方がない。韓国はこの要求に対し、「10億ドルも払えない」と猛反発をしているが、韓国にしてみれば、意図的に北朝鮮との関係の緊張を高めるだけ高めておいて、安全保障の防衛を、揺すりたかりの手段に用いられていると感じても不思議はない。

なるほど、トランプ大統領にとって今日の敵国は、中国や北朝鮮よりも、韓国となったようだ。

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因みにトランプは昨日、一昨日と、何とカナダとの間に貿易戦争を始めようとNAFTAの解消を提案した。米国とカナダとの間に貿易不均衡は殆ど無い。今まで中国を相手に行なってきた批判を、そのままカナダに入れ替えた形だ。カナダからの材木に20%の関税を課すと主張したが、昨日はNAFTAの解消を訴えた。トランプ大統領はNAFTA(北米自由貿易協定)を解消すると発言しているが、NAFTAを解消すればFTA(自由貿易協定)が自動的に入れ替わる事を知らないようだ。80年代に結ばれた「自由貿易協定」が発動されれば、米国内の多くの製造業がカナダに移転すると考えられる。NAFTAに否定的なカナダ人が主張している不公平を、米国が体験する形となる。

 
NAFTAとFTA共に破棄されれば、農産物の輸出入が著しく阻害され、これらの貿易そのものが成り立たなくなる。
 

NAFTA(北米自由貿易協定)を解消すると宣言してから一夜明けた今日、トランプ大統領は以下のように宣言している。「私は今から2,3日の内にNAFTAを解消しようとしていました。メキシコの大統領、私は彼と良好な関係を築いていますが、彼が電話をくれました。またカナダの首相、彼とも良い関係を築いていますが、彼も電話をくれました。そして私はこの紳士らがとても大好きです。彼らから電話を貰いました。彼らは『NAFTAを解消するのではなく、再交渉をして頂けますか?』と言いました。私は彼らが大好きですし、彼らの国も非常に尊敬しています。彼らとの関係はとても特別なものです。ですので言いました。「解消は保留としましょう。もう少しフェアな取引ができるか、見てみましょう。」

 

トランプが、選挙期間中何度も不満を漏らしていた通り、日本と韓国との防衛協定を解消すると宣言する事は、決して想像に難しくない。そして次の日には言うかもしれない。「私は今から2,3日の内に防衛協定を解消しようとしていました。韓国の大統領、私は彼と良好な関係を築いていますが、彼が電話をくれました。また日本の首相、彼とも良い関係を築いていますが、彼も電話をくれました。そして私はこの紳士らがとても大好きです。彼らから電話を貰いました。彼らは『防衛協定を解消するのではなく、再交渉をして頂けますか?』と言いました。私は彼らが大好きですし、彼らの国も非常に尊敬しています。彼らとの関係はとても特別なものです。ですので言いました。『解消は保留としましょう。もう少しフェアな取引ができるか、見てみましょう。』」

要は、苛められる相手を「少し苛めてみたかった」のだろう。苛めた後は、丁寧に「交渉をしてみませんか」と勧められ、いかにも自分が上位であるかのように感じたのかもしれない。

諜報の専門家であるジョン・シンドラー氏は書く。「もしトランプがこの『F*** You! いや、ふざけてみただけ』の宣言を平壌に対して試したら、北東アジア付近やハワイには近づくな。」

 

どのヒラリー・クリントンのemailよりも国家安全保障と世界平和にとって深刻な脅威である、この無責任でナルシシズムの激しい、無知な苛めっ子に、よくよくの注意を払うことなく投票したのは、一体誰なのだろう。

核兵器保有国としての北朝鮮は、我慢ができないものか

ジョシュア・ポラックと言えば、「この人をおいて、北朝鮮について語ってはいけない」北東アジア地域の軍事情勢やミサイル拡散問題の専門家である。彼は米国が北朝鮮に対して先制攻撃を行なうか、否かの是非を、それぞれの利点と失点をあげて考えている点からも彼が専門家として誠実である事がわかる。

Skin in the Game: Why Worry about North Korean ICBMs?

彼の北朝鮮核開発に関する意見は、まずリンゼイ・グラハム上院議員のような強硬派による「今、北朝鮮を制止しなければ、北が核兵器所有国となった際には、北の軍事暴発を抑える為の被害は更に大きくなる」という意見も充分に理解している。また、北朝鮮との戦争となれば、米軍に多少の被害が出たとしても、米国まで届く遠距離ミサイルの発射実験が未だ成功を収めていない現状を考えて、米国本土が攻撃される可能性は、殆ど無いだろうと考えているようだ。この点は強調するところに差が出ても、殆どの軍事問題専門家が同意している。恐らく、米朝の戦争が今行なわれるとすれば、数週間以内に米国側の圧倒的勝利で終わるだろう。
 
しかしながら彼は、米国の同盟国である韓国と日本への多大な被害が、既に現段階で免れない点を重視し、『北が核兵器を所有する目的は、金体制の維持にある。金体制維持を目的とした北朝鮮の核兵器保有は、日韓の被る犠牲を引き換えにしても、我慢の出来ないものか』という疑問を投げ掛けている。この疑問は、リンゼイ・グラハム議員も認めている通り、「米国は必ず勝利する。しかし日本と韓国という同盟国、また貿易相手が被る被害は大きい」点に注目をしているのだ。これは日本国政府だけではなく、日本国民も真剣に考えなければならない問いではないだろうか。
 

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実際に、安倍政権はトランプ政権に対して、米国による北朝鮮への先制攻撃に対しての否定的見解を伝えている。
 
くり返すが、米朝の戦争は数週間以内に米国側の圧倒的勝利で終わると考えられている。勿論、中ロの出方は判らず、勃発的な事故や失敗によって、それまで予期しなかった結果をが生じる可能性はあるが、それでも世界最貧国の北朝鮮が米国に対する戦争に勝利をするとは考えにくい。それでも、日本と韓国に必ず生じる北の軍事攻撃による被害に引き換えても、北朝鮮が核兵器保有国となる事は我慢がならないだろうか。
 
ポラック氏の同僚、ジェフリー・ルイス氏は、国内に強制収容所を置き、国民を飢えさせ、世界一の人権侵害国である北朝鮮が核を保有し、金体制が続く事への道徳的不快感を述べつつ、それでも「日韓の犠牲を引き換えにしても、それは我慢が出来ない事か」、同様に問いかけている。
 

シリアの化学兵器はどこから来たのか

シリアのアサド政権が自国民に対して化学兵器を用いて虐殺を行なったことは、世界が認めている。これらの化学兵器は恐らく、イラク戦争が起こる前に、フセイン政権によりシリアに運ばれたものだ。

Inside the Ring: Syria, Iraq and weapons of mass destruction - Washington Times

2014年の秋、ニューヨーク・タイムズは「The Secret Casualties of Iraq’s Abandoned Chemical Weapons」とするイラクに遺棄された大量の化学兵器処理の為に、米軍関係者に多くの被害者が出ている事を報道した。これにより、イラク戦争のキッカケとなった大量破壊兵器の存在が再確認されるべきだったが、既に米国内には「イラクに大量破壊兵器は無かった」「イラク戦争は失敗だった」という見解が定着しており、オバマ大統領はイラク戦争を終わらせる事を自身功績として数えてあり、イラクやシリアにおける過激イスラム教テロ組織の台頭と共に、「実はイラク、シリアには未だ大量の化学兵器が遺棄されている」などと宣言すれば、これらの兵器が過激派の手に渡る危険が増す。

https://www.nytimes.com/interactive/2014/10/14/world/middleeast/us-casualties-of-iraq-chemical-weapons.html?hp&action=click&pgtype=Homepage&version=Banner&module=span-ab-top-region&region=top-news&WT.nav=top-news&utm_source=huffingtonpost.com&utm_medium=referral&utm_campaign=pubexchange_article&_r=0

そもそもヒラリー・クリントン元国務長官の経歴の汚点となった『ベンガジ事件』は、イラク撤退の正当性を訴える為、イスラム教過激派組織の台頭等の脅威を軽視し、現地の情勢不安定を示唆する米大使館セキュリティー補充への要求を退け、「アルカイダは敗走している」と宣言した最中に起こっている。

New report claims al-Qaeda-Benghazi link known day after attack

イラクやシリアでの大量破壊兵器遺棄の事実も論じられないのも、イラク撤退の正当性を訴える延長線上にあるからだ。

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こうしたオバマ大統領の政治判断の是非は、勿論歴史が下すだろう。しかしながら、政権が民主党政権から共和党政権へと移行した後にも、トランプ大統領は『大量破壊兵器は無かった』という主張を繰り返している。トランプという人物は、自身の便宜の為にはどんな嘘や、矛盾する主張、はたまた陰謀説までも繰り返す事で有名である。であるからトランプ氏の発言をもって真実を知ろうとする人は、アメリカには殆どいない。しかしながら、彼がアメリカの大統領という立場から『大量破壊兵器は無かった」などと主張する時に、それがこれからの軍事政策や外交政策にもたらす影響は計り知れない。

トランプ氏が自身の都合の良いようにNATOを厄介者と繰り返したかと思うと、NATOを厄介者と呼んだのはNATOについて知らなかったからだと述べている。中国が通貨操作を行なっているとも繰り返していたが、習近平主席との直接会談の後には「中国は通貨操作を行なっていない」と180度の方向転換を行なった。それでも自分が間違っている事を認めたことは無い。イラク戦争に於けるブッシュ大統領やCIA機関等の情報が全て正しかったとは言わない。しかしながら、イラクからの撤退を優先させる為に実際にある脅威を無視し続けたオバマ政権の非は更に大きい。また、2014年の報道以降も『大量破壊兵器は無かった」と繰り返すトランプ大統領の厚顔無恥は、オバマ大統領を更に上回る。

Transcript of AP interview with Trump

 
イラクから、またシリアの至る所でサダム・フセイン政権から運ばれ、隠されたと見られる大量の化学兵器が見つかっている点は、疑いようのない事実である。これはオバマ政権の諜報機関ですら認めていた事実である。こうした事実すら認められない人々と、事実に関する議論をするつもりは無い。しかしながら、これからの米国の軍事戦略を考える為にも、イラクにおける大量破壊兵器の存在を認めた上で、イラク戦争の是非を考え直す事は必要だと思われる。

Are Syria's Chemical Weapons Iraq's Missing WMD? Obama's Director of Intelligence Thought So. | The Weekly Standard