トランプ氏の選挙中の公約から始まって現在に至るまで、トランプ氏ほど、「既成の政治家とは違い、分かり易い言葉で、そのままをハッキリ語ってくれる」と評価を受けながら、実際には彼の真意が全くの不明である次期大統領もいない。メディアや批判者らは、彼の言葉を文脈と共に報道しても、トランプ氏自身や陣営からの発言の撤回、弁明、メディア批判が起こる。「トランプ氏の語った内容を歪曲して伝えている」という主張だが、ビデオ・インタビューをそのまま流したり、文字起こししたものにでさえ、「偏見に満ちたメディアが歪曲して報道している」と非難されてきた。トランプ氏の乱発するツイートでさえ、真意は理解されていないらしい。
「反対者はトランプ氏の言葉を正しく理解していない」という糾弾もあれば、「どう考えても他に意味はない」と思える公約を批判すれば、「選挙公約を文字通り受け取る方が間違っている」という批判もされる。
「選挙公約を文字通り受け取る側が間違っている」とは、トランプ氏の掲げた政策を批判する反対者に対して、支持者が主張する論理だが、実際には殆ど影響力も無いどこかの町長や市長ならともかく、トランプ氏はアメリカの二大政党からの大統領候補者であったのだし、今では次期大統領である。トランプ氏には、大統領としてその地位に相応しい期待がされるべきだし、彼にはそれに応える義務がある。そう考えれば、私はトランプ氏に対して、その立場に相応しい期待をかけ、その期待の基準に従って彼の公約や言動を批判してきたと言える。彼を支持しながらも、彼が「ヒラリーではない」こと以外には関心を寄せず、彼の公約や言動を気にも留めなかった支持者に比べれば、よほど私の方が、トランプ氏を真剣に受け捉えてきた筈だ。
世界最大を誇る米軍最高司令官である大統領の言葉が軽くなることを、支持者は容認するべきではない。
これについて、保守派メディアであるナショナル・レビュー誌の記者であり、「Liberal Fascism」の著者であるジョナ・ゴールドバーグ氏が書かれているので、以下にご紹介する。
Can we really take Trump seriously, not literally? - Baltimore Sun
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どんなトリックだろう? トランプ氏を真剣に受け取りつつ、文字通り受け取らないだけだそうだ。この方式はサリナ・ジトー記者がアトランティック誌の9月号の中で考え出したもののようだ。彼によれば、メディアはトランプ氏の奇異な宣言を文字通り受け取りつつ、彼を真剣には受け取ってこなかったようだ。ところが支持者は全く逆を行なっていた。
この方式は、トランプ次期大統領のチームも、トランプ発言解読方法として取り入れているようだ。
「これがメディアの問題だ」トランプの一人目のマネージャーであったコーリー・ルワンドウスキーが、トランプの当選後、ハーバード大学での会議で語った。「あなた方は、ドナルド・トランプの言ったことを文字通り受け取ったが、一般のアメリカ人は、文字通りは受け取らなかった。」
10月、全国記者クラブに於いて、トランプ擁護者であるピーター・シエルも同じことを語った。「メディアはいつもトランプ氏の言葉を文字通り受け取っている。その代り、彼を真剣に受け取る事はしない。トランプに投票する多くの有権者は、トランプ氏を真剣に受け取るが、文字通り受け取りはしないと思う。」
トランプ氏自身、このヒューリスティックが気に入ったと匂わせた事がある。先週、彼は「キャリアーの国外移転はさせない」と4月に語った発言について、文字通りの意味ではないと説明している。
「私が言ったのはこうです。『キャリアーが国外移転することは無い』」彼は認めた。「私は婉曲表現を使っていたんです。私が語っていたのは、これから先に出てくる他の全ての企業の一つとして、キャリアーについて語っていただけです。」
いくつかのトランプ発言の弁護をしよう。この区別は、そう悪くはない。メディアによる告発を考えれば、かなり良い比較だろう。メディアはトランプ氏を一つの冗談として扱った。多くの有権者にとって、メディアからの批判は名誉の称号である事実を、考慮していなかったのだろう。
勿論、トランプ氏だけが「その言葉を文字通り受け取ってはいけない」ステータスを享受している訳では無い。ジョー・バイデン副大統領は、この何年間に渡って、余りにも馬鹿げたとしか言いようのない発言をいくつかしてきた。彼はFDR(ルーズベルト大統領)が、1929年の株の大暴落を受けてテレビ出演したと語った。その当時、ルーズベルトは大統領ではなく、テレビも存在していなかったのにである。誰も、バイデン副大統領の語る言葉を文字通り受け取る事はしなかった。彼が、「自分の言葉を文字通り受け取ってほしい」と、文字通り頼んだ時も、誰も文字通り受け取る事はしなかった。彼は学生の群れに向かって「あなた方は東アフリカの要石(かなめいし)だ。比喩ではなく、文字通り、あなた方は要石なのだ。」2010年には、バイデン氏は「我々がホワイトハウスに就任するまで、ベーナー氏の党(共和党)によって、経済は文字通り、地に落ちてしまった。」
バイデン氏の言葉を文字通り受け取らないアプローチは、二つの理由によって安全だ。彼はワシントンの指導者として知られた存在であり、多かれ少なかれ、世間も彼から何を期待できるか知っている。また副大統領として、彼が為し得る損害は、限られている。(言葉を換えれば、彼の言う事を真剣に受け取る必要が無いのだ。)
トランプ氏は違う。自身も認める通り、彼は政治の世界ではアウトサイダーであり、政治のエリートたちは「馬鹿」か「邪悪」しかいないと主張する錯乱分子である。また彼は国内外の政策についての経験が皆無だ。彼の言う事、また言い方は、彼には公務に就いた経験が無いからこそ、文脈と共に解釈される重要性を持つのだ。
この『真剣には受け取るが、文字通りには受け取らない』は、当時候補者であったトランプ氏と支持者とのコミュニケーションの方法への優れた分析的才知だ。しかしながら、実際のアメリカ大統領、或いは次期大統領に対する為の処方箋としては、かなりくだらないナンセンスだ。
トランプ氏が「何百万人の人々が不法投票をした」と言う時、メディアはこうした弁解の余地が無い主張を報道するべきだろう。「真剣に受け止めながら、文字通りではなく」とは、どういう事だろう。報道関係者は、「何百万人ではなく、何人か、不法に投票をした人がいる」という憶測を報道するべきだろうか。それとも、「何百万人が投票をしたが、そのすべてが違法ではない」という憶測だろうか。
トランプ氏が台湾の総督と電話会談をした、と語った時、中国は、外交上の慣例が大きく破られた事に関して、「真剣に、しかしながら文字通りではなく」受け止めるべきだろうか? しかし、一体それは何を意味するのだろう。
恐らく我々は、この『真剣に受け止めるべきか、文字通り受け止めるべきか』の区別を、文字通り受け止める必要はない。恐らくトランプ支持者が意味するところは、トランプ氏の発言が問題を生じさせた時には、トランプ氏がいつでも許されるフリーパスを求めているだけだ。
かつてトランプ氏は言ったことがある。「私は言葉を知っている。最高の言葉だ。」また彼は、アブラハム・リンカーンには劣るかもしれないが、その他の誰よりも、大統領らしく振る舞えるとも語った。彼は自分自身の言葉によって「文字通りでなければ真剣に」アドバイスされるべきだ。
大統領の語る言葉は影響力がある。また国民、同盟国、敵国や市場からの信頼には限りがある。発する言葉の責任を取るつもりが無いと受け取られれば、信頼を失うのは容易い。