「金正恩はかなり賢い人だと思う」トランプ発言に見る独裁政治への思慕

4月30日日曜朝、大統領就任100日目を記念する『Face the Nation』のインタビューに応える形で、トランプ氏は北朝鮮の金正恩について「かなり賢いやつだ」と発言している。

Donald Trump: N Korea's Kim Jong-un a 'smart cookie' - BBC News

[「人々は、『彼は正常な人物なんだろうか』と言っています。それはどうか知りませんが、彼の父親が死んだのは彼が26歳か、27歳の事だったでしょう。彼は明らかに困難な人間関係、特に将軍などに対処しています。彼はとても若い年齢で権力につきました。多くの人々が、彼からその権力を奪い取ろうとしたでしょう。彼の叔父やその他の人々など。それでも彼は権力を維持する事が出来たのです。明らかに賢い人なのでしょう。」]

この発言から理解できる通り、トランプ氏は北朝鮮の金正恩や、北朝鮮体制に対して、深い知識があるとは思われない。少ない情報をある一定のフィルター(偏見)を通して見ているのだ。北朝鮮で何逆万人もの一般市民が餓死している事も、多くの罪のない市民が強制収容所に入れられ、拷問や強姦をされ、強制労働についている事、北朝鮮が親兄弟、親族や友人を密告する社会である事すら鑑みていない。金正恩がいかに残酷で人間性の欠片も無い方法で自らの叔父や異母兄すら殺害したか、どれほどの猜疑心と憎悪に基づいた処刑を、側近らに対しても行なってきたか、全く考慮していない。トランプ氏には他者を理解する上で、恐ろしく幼稚な一定のフィルターしか存在しないのだ。

そのフィルターとは、自分自身である。トランプ氏は金正恩を理解し、評価する際にも、自分自身を通して見るしかないのだ。トランプ氏は、自身が27歳の時に父親の事業の一部を受け継いだ。金正恩が、権力闘争の中で、自分より経験あり、力もある将軍らを抑えて権力を維持している事と、トランプ氏自身が若年にして事業を受け継ぎ、現在も自分より経験や知識のある将軍や専門家を抑えて権力を維持している事を重ねて見ているのだ。トランプ氏が礼賛しているのは、自分自身なのだろう。トランプ氏が、金正恩が感じているだろうと主張する焦燥感は、実はトランプ氏自身が大統領としての務めの中で、毎日感じている焦りなのではないか。

トランプ氏は、就任100日を記念するロイターの取材で、「大統領としての職務がこれほど難しいとは思わなかった」と漏らし、「以前の生活は素晴らしかった」と嘆いているが、世界で一番大きな責務を負うアメリカ大統領の職務が、まさかニューヨークの不動産業者や、無責任なリアリティー番組のスターである事よりも簡単だと思っていたのだろうか。

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トランプ氏は、フィリピンのドゥテルテ大統領との電話会談で、ドゥテルテ氏の麻薬取締や関連犯罪に対する姿勢と成果を称えている。ドゥテルテ大統領就任の去年7月以来、約9,000人の市民が、法的裁判を受ける事なく処刑され、ドゥテルテ氏自身、自らの手で犯罪者を殺害した事を豪語しているが、ハーグ国際裁判所に『人道に対する犯罪』を犯したとして訴えがなされ、国際犯罪裁判所も、ドゥテルテ氏が長年に渡り、少なくとも9,400人の殺害に加担してきた事を指摘ている。

Extrajudicial Killings Prompt Suit Against Duterte at the International Criminal Court | Foreign Policy

https://www.nytimes.com/2017/04/30/us/politics/trump-duterte.html?hp&action=click&pgtype=Homepage&clickSource=story-heading&module=first-column-region&region=top-news&WT.nav=top-news

またトランプ氏は、憲法改正を問う国民投票に不正を指摘されながらも勝利し、更なる大統領権限を勝ち得たトルコのエルドアン大統領に対し、西側指導者で唯一祝辞を送っている。この国民投票は、何万人にも及ぶ反対派や、それと見られる人物などの一般国民を不正逮捕し、拷問してきたエルドアン大統領が更なる権力を得、議会、裁判所から権限を奪い、メディアや反対派、国民の権利や自由を奪う権限を与えるものだ。一定のトルコの国民が今回の国民投票に賛成票を投じた理由は、議会政治によって改革が妨げられていると感じている事にある。改革の必要性を感じている有権者は、改革の為にはエルドアンという独裁者が、反対者を抑える為に更なる権力を得る事が必要不可欠であると考えているようだ。

Why did Turkey hold a referendum? - BBC News

大統領就任100日目を迎えるトランプ氏は、自身の掲げた政策の多くが達成されず、大統領特別指令を発して行なおうとした改革が達成できなかった原因を議会と司法に見出し、憲法によって定められ、権力の集中・専制を防ぎ, 政治の健全な運営をはかるために工夫された『抑制』と『均衡』の三権分立の制度そのものが国家にとっての災害であると批判している。

Donald Trump blames constitution for chaos of his first 100 days | US news | The Guardian

トランプ氏にとって、ドゥテルテ大統領の行なったような法によらない裁きや、エルドアン大統領が新たに得た権力の集中こそが、正しい政治や国家を立て直す為の改革に不可欠なのだろう。恐らくトランプ氏は、国家にとって必要な正しい改革が何であるか、「賢い」自分として承知しているつもりなのだろう。もちろんビジネスマンとしては、反対者を退けるやり方も通用してきたと思われる。

勿論トランプ氏は、いま例えこうした権限が与えられたとしても、批判者を投獄したり、反対派を暗殺するとは考えていないだろう。正しいと思われる改革を、まず反対者による妨害やメディアや有権者による批判を恐れずまず断行できさえすれば、反対者は自らの誤りを認め恥じ入るだろうと考えているかもしれない。そしてある一定以上のトルコ国民が、エルドアンに対し更なる権力を付与する事を良しとしたように、多くのトランプ支持者も、『アメリカを再び偉大な国とする』為に、トランプ氏が司法や立法の上に立ち、良いと思われる改革を、リベラル派やメディアからの批判に妨害される事なく断行する事を支持するだろう。彼らにしてみれば、「トランプ氏のする事に、悪い事がある筈はない」のだ。

しかしながら、このような『権力の集中』や、法による支配ではなく、人による支配を認めれば、必ず腐敗が生じる。また、潮目が変わり、立場が変わる時は必ずやって来る。自分の礼賛する『偉大な指導者』に与える権力は、自分の忌み嫌う反対派の指導者に与える権力でもあるのだ。

私は、あまりにも多くの人々が、自らの信じる改革の為に、それを実行しようとする権力者に絶大な権力を与えようとする現象に大きな危惧を覚える。

ロシアの場合を見てもわかるように、かつての民主主義国家が、民主主義国家としての自殺を図った例は多くあるのだ。民主主義国家としての自殺は、選挙を通してやって来ることを我々は弁える必要がある。