フーバー回想録---『Freedom Betrayed』とマッカーサーの「歴史観」

第二次世界大戦当時のアメリカの政策に対する批判の声が、アメリカ側にも無いわけではありません。特に有名なのは、歴史家のチャールズ・ビヤードやハーバート・フーバー元大統領ら「Isolationist (一国平和主義)」などによる反ルーズベルト大統領を掲げる方々による政策批判です。

Herbert Hoover - Wikipedia, the free encyclopedia

 

アイソレーショニズムとは、「リベタリアン主義者」と同じく、アメリカの一国平和主義を指し、現在でも外国の戦争には関わりたくないというアメリカに根強い厭戦主義ですが、経済政策や政府の役割の観点から「保守派」の一翼と考えられています。

Isolationism | Define Isolationism at Dictionary.com

 

フーバーは実際、ヒトラーと戦うためにヨーロッパの戦争に参入することにも反対をしていました。また同時に、イギリスがポーランドに確約した独立にも反対をしています。アメリカがヒトラーと戦うのではなく、ソヴィエトに戦わせ、独ソの戦力(国力)を破壊させるべきであったという主張もしています。

 

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これらはすべて、典型的なアイソレーショニスト(リベタリアン主義)の主張で、今日のパット・ブキャナンやドナルド・トランプの主張にも通じます。実際にトランプ氏はISISへの戦略に関して「ロシアに戦わせる」と提案し、米軍の介入を否定しています。「困った時のロシア頼み」は、戦前からイデオロギストの間で主張されていたようです。

American Isolationism in the 1930s - 1937–1945 - Milestones - Office of the Historian

 

フーバーは真珠湾攻撃後に、ルーズベルトに対していつでも協力をしようと申し出ましたが、ルーズベルトはこれを拒否し、関係が悪化したようで、それ以降、反ルーズベルトの先鋒となります。

ともかく、フーバーの『アイソレーショニズム』はよく知られており、現在の国際政治でも当てはまりますが、『理想主義』ではありますが『非現実的』だと言えます。

フーバーがルーズベルトの政策に批判的だったことは当時から知られており、フーバー自身はその『アイソレーショニズム』と非現実的な経済政策の為に不況を招いたとして知られ、現実的な政治家とは考えられておりません。

 

残念ながら「フーバーが~語った」としても、フーバーの取った「非現実的政策」から、価値ある意見としては捉えられていないのが事実です。現実的に可能でなくても良いならば、どんな非現実的な「政策論」も「平和論」も唱えられます。また、いかに自分が「可能だ」と信じても、議会や世論を説得することが出来なければ、政策の実現は出来ません。

 

「Freedom Betrayed(フリーダム・ビトレイド)」は、反ルーズベルトを掲げるアイソレーショニストであったフーバー大統領の回想をもとに、ルーズベルト大統領の政策を批判する目的で書かれています。「歴史修正主義」による「第二次世界大戦史」「その後の冷戦」や「真珠湾攻撃以前のルーズベルトの外交政策の見直しの書」という位置づけです。

 

この中で、マッカーサーがトルーマン大統領によって解任された後、ルーズベルト大統領の政策にも批判的な発言を繰り返す記述があります。この会話の内容が実際にマッカーサーとフーバーの間になされた可能性はありますし、会話の内容が文脈を無視した引用がされている可能性もあります。

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マッカーサーの解任は、元帥でありながら公式の場で大統領批判をしたことによります。現在でも米軍の将軍が大統領を公式の場で批判することは許されません。これは、大統領こそが米軍の最高指揮官だからです。

 

この書には、フーバーによるマッカーサーの主張の回想が編集された形で記してありますが、その中に、トルーマンがマッカーサーの提案していた通りにしていれば、原子爆弾を落とす必要もなく、ロシアの占領も起こらなかったというマッカーサーの一方的な観測が主張されています。マッカーサーは「フィリピンでの戦線で敗れたのちは、日本も供給を絶たれて降伏するに違いない、トルーマンは自分の選挙のことばかりで、マッカーサーの持つ優れた戦略を採用しなかった」と批判もしています。

 

マッカーサーは、トルーマンが助言を無視して、沖縄戦での海軍の敗退とアメリカの世論を尊重する政策を取り続けたと語りますが、勿論、マッカーサーの言う通りにしていたら「近衛元首相が昭和天皇をして終戦の決断をさせただろう」という見方は、完全な楽観的観測であり、当時の日本陸軍に蔓延っていた「二つの原爆投下とロシアの占領の両方があってやっと降伏の方針を受け入れた」といった意識を無視しています。

 

いつであっても「自分の助言を聞いていれば間違いはなかった」と主張する政治家はいるものですが、そういった政治家、或いは指導者の「こうしていれば良かった」という主張を鵜呑みにすることは出来ません。

 

また「フーバー回想録」と呼ばれる「Freedom Betrayed」の中の、マッカーサーによるトルーマン批判、又はルーズベルト批判を以て、マッカーサーによる日本の戦争への認識を見出そうという試みもあるようですが、この書の中で、いくらトルーマンの政策批判やルーズベルトの外交批判を主張していても、「日本が自衛戦を戦った」とマッカーサーが考えていたと認められる記述はありません。

 

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これは以前も述べましたが、「1,000万から1,200万の失業者を出さないため、」「天然資源がないから」「経済制裁を受けているから」などの理由で、他国へ進出することを「自衛戦争」と呼ぶ認識が国際的にないことからも読み取れます。

 

しかも、誤訳によって有名なマッカーサー発言には続きがあります。

 The raw materials -- those countries which furnished raw materials for their manufacture -- such countries as Malaya, Indonesia, the Philippines, and so on -- they, with the advantage of preparedness and surprise, seized all those bases, and their general strategic concept was to hold those outlying bastions, the islands of the Pacific, so that we would bleed ourselves white in trying to reconquer them, and that the losses would be so tremendous that we would ultimately acquiesce in a treaty which would allow them to control the basic products of the places they had captured.

 

Web版「正論」・Seiron

 

「天然資源を提供するマレー、インドネシア、フィリピンなど、日本の製造に必要なこれらの原料を提供するこれらの国々を、日本は事前準備と奇襲の利点を生かして占領し、彼らの一般的な戦略概念は、これらの外郭、太平洋の島々を確保し、我々がこれらを奪還するのに多大な犠牲を払わなければならない為に、彼らが既に占領した地域の原料確保を認める条約を我々に結ばせることにあったのです。」

 

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この発言には、日本がこれらの地域を事前準備と奇襲の利点を生かして「占領し」たと述べられていますから、どちらかと言えば日本の侵略を述べています。

 

日本を戦争に駆り立てた動機は「Security」だとして、駆り立てられた戦争によって日本が行なった行動が原料確保を認める条約をアメリカに結ばせることだとすれば、日本が欲していたのは敵国からの脅威を防ぐ意味での「安全保障」というよりは、「国内の1,000万人から1,200万人の失業を防ぐこと」、言ってみれば「国内の治安維持」であり「安定」であるとマッカーサーが認識していたことが読み取れます。

 

私は、教えられたことを新たな資料や事実、又知識によって見直すこと自体を悪いことだとは考えておりません。様々な角度から物事を判断する試みは必要なことだと思われます。

 

それでも、「マッカーサーが日本の自衛戦争」を発言したとする訳は、誤訳であり、珍訳です。その珍訳にこだわり続けることは、日本の保守派の知的向上を妨げることだと言わざるを得ません