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植民地支配について考える (3) イギリス連邦の場合

ここでまた問題となるのが、民族の自決、或いは民族主義(ナショナリズム)と呼ばれるものです。

 

何度か以前も書きましたが、実は、ナショナリズムというものは、19世紀のヨーロッパで誕生した概念であって、それまではヨーロッパの国々でさえも、支配者(支配層)と被支配者が別の民族である事がほとんどでした。

 

例えばイギリスを取り上げてみますが、民族という観点から言えば、イギリスには紀元前1800年ほど前からウェールズ人(ケルト人)が住み始め、5~6世紀ごろゲルマン人(ドイツ人)の大移動が始まり、現在のイギリス人の元となります。

 

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現在のイギリスの王室はドイツ人ですが、王国の歴史は1066年のノルマンディー公(フランス)であったウィリアム一世が、主にゲルマン民族から成っていたイングランドを征服し、ヨーロッパ大陸の進んだ封建制を導入して、王国の体制を整えていった事に始まります。民族という観点から言えば、イギリスには紀元前1800年ほど前からケルト人が住み始め、5~6世紀ごろゲルマン人(ドイツ人)の大移動が始まり、イギリス人の元となります。

 

その後、人口、経済力に勝るイングランドが1282年にイングランドの州制度をウェールズに敷き、1536年に完全に併合されました。この辺りからウェールズ人はウェールズ語よりも英語を話し始め、現在ではウェールズに於いて話されている言葉は英語のみであり、ウェールズ語が話されているのはウェールズの北部のみです。ウェールズ人ナショナリスト達はウェールズの独立とウェールズ語が話される事を要求しますが、大多数のウェールズ人らは独立を望んでいない為、彼らが選挙に勝つ事はありません。

 

また1603年には、イングランドとスコットランドが同君連合を形成し、1707年、スコットランド合併法(1707年連合法)によってグレートブリテン王国となりました。ウェールズの場合とは違い、貧しい独立国であったスコットランドは、征服されたのではなく豊かで発達した国へ合併されたのですが、スコットランド人ナショナリスト達は独立を問う住民投票を行ないますが、圧倒的多数のスコットランド人は独立よりも英国の一部である事を求め否決されています。スコットランドの独立を問う住民投票は、2014年9月にも実施されましたが、住民によって独立が否決されました。

 

その後1801年には、アイルランド合併法(1800年連合法)によって、グレートブリテン王国がアイルランド王国と連合し、グレートブリテン及びアイルランド連合王国となりました。

 

この間、王朝はいくつも変わり、ハノーヴァー朝や現在のウィンザー朝は、ドイツ人から成る王家です。ウィンザー朝のジョージ5世の1922年に、北部6州(北アイルランド、アルスター9州の中の6州)を除く26州がアイルランド自由国(現アイルランド共和国)として独立します。

 

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独立を果たしたアイルランドですが、アイルランド人ナショナリストの何十年にも渡る願いに空しく、殆どのアイルランド人は英語を話すことを選び、アイルランド語を話せるのは半数以下となっています。

 

ヨーロッパにも少数民族は多く存在しますが、彼らは殆どの場合、国を持たず、また独立も願っていません。勿論こうした少数民族の中にもナショナリストは存在するのですが、殆どの人々は独立に対して反対をしています。彼らは民族の自決よりも、安全で発達した豊かな生活を選びます。『安全で』と申し上げるのは、少数民族が独立を果たして国家となった場合、困難になるのが安全保障問題だからであり、独立を果たした後に『発達』し『豊かであり続ける』保証は無いからです。ですから殆どの少数民族は、独立する事よりも他民族の支配による繁栄している国家の一員である事を選んでいます。

 

こういった傾向は、韓国においても言えるかもしれません。第二次世界大戦前には韓国のナショナリストは少数派であったと言われています。もし戦争が起こらなかったな ら、殆どの韓国人も、日本の一部として残る事を選んだと思われます。実際、現在北朝鮮に暮らす人々にとっては、日本の一部として残った方が、北朝鮮民主主義人民共和国として独立を果たした場合よりもずっと幸福であっただろうことは、想像に難しくありません。