トランプ氏の当選を好機と見る、『お花畑』極右と極左

ドナルド・トランプ氏の大統領当選は、ロシアや北朝鮮などの敵対国を喜ばせながら、アメリカの同盟国を困惑させていると言われています。実際プーチン大統領は、トランプ氏の当選を、クリミア侵攻とシリア情勢をキッカケとした米ロの緊張関係改善の糸口として祝福し、祝辞を述べています。

US election: Putin pleased as Trump win shocks world - CNNPolitics.com

 
また、フランスのマリー・ル・ペン国民戦線党首やイギリスのナイジェル・ファレージュ独立党党首などの、いわゆる欧州極右派のナショナリストらも、トランプ氏の当選に狂喜をしています。

 

f:id:HKennedy:20161116161011j:plain

           フランス極右政党、国民戦線党のマリー・ル・ペン党首(右)
 
ル・ペン党首は「フランスの希望のしるし(ル・ペン党首)」と呼び、トランプ氏の勝利によって、「フランス国民は、自らが立ち上がる時に、自らの望むものを手に入れる事が出来ると気付いただろう」と述べています。
 
一方、ナイジェル・ファラージュ党首はニューヨークのトランプ氏自宅を訪れ、当選を祝うプライベートな会談を行ない、アメリカの次期大統領が、イギリス首相との会談前に、野党党首と会談をするという前代未聞の前例を作っています。
これらの右派ナショナリストの党首らは、トランプ氏の当選を「極端なグローバリズムに対抗する人々、一部のエリートの行なう政治に耐えられない人々への希望」と位置付けています。ヨーロッパのナショナリズムの台頭は、ドイツのメルケル首相によるシリア難民受け入れ政策や、相次ぐイスラム教過激派によるテロ、または受け入れた難民による暴力犯罪、またオバマ大統領による過激イスラム教テロへの弱腰姿勢に対する反発の表れであり、極端なリベラル政治によって、極端な右派ナショナリズムが煽動されている表れであるとも言えるでしょう。

 

f:id:HKennedy:20161116161129p:plain

     トランプ氏自宅、金のエレベーター前のトランプ氏とナイジェル・ファラージュ党首
 
オバマ大統領による極端なリベラル極左政治によって、現実的中道右派路線を掲げたジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事やマルコ・ルビオ議員らが退けられ、声高に「アメリカは移民、外国人、同盟国から良いようにむしり取られてきた。これからはそうはいかない。私はアメリカを再び偉大な国とする」と叫んだトランプ氏が選ばれた事実は否定できません。
 
また、オバマ大統領による極端なリベラル政治が、普段は民主党に投票する民主党支持者らの足を投票から遠のかせた点も見逃せません。ワシントン・ポスト紙は、普段は民主党に投票する民主党支持者が、2016年の選挙で何故ヒラリー・クリントンに投票をしなかったかという理由を、インドからの女性イスラム教徒移民の抱える中東(シリア)の難民受け入れへの懸念、憂慮を通して分析しています。
 
トランプ氏の当選を喜ぶ方々は日本にもいらっしゃいますが、その中で、沖縄の翁長武志知事が、トランプ氏当選によって段階的な米軍撤退が期待できると喜んでおられるのが印象に残ります。また右派のナショナリストの間では、トランプ氏の公約実現によって米軍が撤退し、それによって核保有が現実味を増したと喜ぶ声も上がっているようです。このように極左と極右が一致してトランプ当選を喜び、米軍撤退を好機と受け取る傾向は、右回りにせよ、左回りにせよ、極右と極左が日本の安全保障を軽んじながら「米国憎し」というイデオロギーで一致している証拠です。

Okinawa governor guardedly hopeful Trump will reduce U.S. base presence | The Japan Times

 

トランプ氏の選挙期間中の公約がどんどん変更されてきている現在トランプ氏の真の考えを予測する事は不可能に近い作業と言えます。恐らく、トランプ氏自身も、どのような対日政策をとるか、決定的な考えを纏めてはいないでしょう。
 
トランプ氏が1987年に自費を出して日米安保条約に反対する広告を出されたことは知られた事実であり、トランプ氏が同盟国を防衛するアメリカの務めに対して、不満を持っている事は明らかです。
 

f:id:HKennedy:20161116162401j:plain

              トランプ氏の署名入り、日米同盟に反対する広告
 
それでも、条約となれば二カ国間で交わされた正式な取り決めであり、いくら大統領と言っても、好き勝手に反故する事は出来ません。『米軍撤退』に関しても二国間の法的な取り決めに従った上、議会の承認を得る必要が生じます。トランプ氏が法律違反を犯した、或いは大統領権限を乱用したと見られれば、弾劾される可能性も出てきます。つまり、いくらトランプ氏が撤退を願っても、日米同盟を重視する共和党が議会の大半を占める限り、撤退は容易には決められないというのが本当でしょう。アジア太平洋地区の安定や秩序を考えれば、米軍の戦略的視点から見ても、日韓からの撤退は好ましくはなく、トランプ政権は議会と軍からの反発に遭うでしょう。しかも、現在50%を日韓が負担していると言われる米軍基地から米軍を撤退させた場合、米国は100%の負担を自ら負うことになります。
 
また、トランプ氏の当選を以て、日本の憲法改正や、核兵器使用さえ可能となると期待する声が右派ナショナリストから上がっていますが、憲法改正に関する世論はともかく、核兵器や核開発に関する日本の世論は「核アレルギー」と呼ばれる拒否感が強く、「米軍が撤退するから、核開発を始めよう」と、容易には変化しないでしょう。例えどんなに中国からの脅威を強調しても、すでに核開発に賛成をしている人々以外を納得させる事は困難ですし、脅威を強調し過ぎれば、中国との外交関係が更に損なわれます。
 
 
万が一、世論が核開発や核所有に賛成をしても、日本が核開発をする間、中国や北朝鮮は黙って日本の核化を見守ってくれるでしょうか? 恐らく、疑惑の段階で、「自衛の為の手段」と称して、先制攻撃を仕掛けてくるでしょう。これはイスラエルのような民主主義国家でさえ、イランが核開発をしている疑惑が深刻化した1981年に『オペレーション・オペラ』と呼ばれる核施設を爆破した先例からも、理解できます。イスラエルは核施設の爆破後、速やかに自国へ引き上げましたが、果たして中国のような国が『自衛手段』として日本の核施設を爆破する場合、速やかに引き上げてくれるでしょうか?

f:id:HKennedy:20161116160446j:plain

 

例え、ある程度の核開発を、日本が成功させたとしても、それを兵器化をするのにあたって、核実験が必要となりますが、日本に核実験を行なう場所は存在するでしょうか。
 
これらの懸念や実際的な障害を考えた場合、日本という民主主義国家では、民意を無視して核開発は出来ません。大半の日本国民の世論は、撤退よりも基地負担増額を選ぶと思われますが、それでも米国との基地負担増額の問題は、右派と左派、両方からの反発が予想され、間違えば政情不安のキッカケとなりかねません。その上で、圧倒的な世論が反対している核開発に取り組めば、安倍政権は国民からの支持を失ない、政権交代に繋がります。ところが、そうして誕生する新政権は、ナショナリストの期待に反して、更に中国寄りとなり、アメリカとの協調よりも、中国との協調を優先させるようになるでしょう。
 
ナショナリストの間には、現実を直視できない左翼やリベラル派を「お花畑」と呼び、馬鹿にする風潮がありますが、彼らも左翼と同じように、自分たちだけの愛国イデオロギーに凝り固まりながら、圧倒的世論や政治の仕組みを無視した期待感に寄り縋っていると言えます。
 
私は、日米安保条約という同盟があっても、条約は半永久的な確証ではなく、条約の改定、破棄もあり得ることや、例えば中国が尖閣諸島を侵略した際に、米国が必ずしも日本の代わりに戦ってくれるとは限らないと、約一年半前から主張してきました。
 
それは米国の世論にある「一国平和主義」が根強い事を知り、日本人が考えている「アメリカは戦争好きな国、外国の戦争に介入をして軍事産業を繁栄させている国家」という主張が、いかに間違ったものだかを見たからです。アメリカを「戦争好きな国」「外国の戦争に介入する事で、利益を得ている国」と信じる事で、アメリカの介入が無い場合の、国家の安全保障に対する責任感を考えずに済んだのかもしれません
 
奇しくもトランプ氏の当選によって、アメリカの介入が無い可能性を垣間見るキッカケが生じた筈ですが、「お花畑・左翼」はともかく、何故かナショナリストも、単純で非現実的な彼らの理想論から抜け出せていません。
 
日本が真剣に考えていくべき、これからの外交・軍事戦略は、アメリカとの同盟関係を固守しつつ、特に同じ脅威に直面する韓国、インドとの軍事協力関係を深めることにあります。また英国とアメリカを軸とした、諜報共有の同盟を結ぶ、カナダ、ニュージーランド、オーストラリアから成る「ファイヴ・アイズ」と呼ばれる5カ国と、中東で唯一の民主主義国家であるイスラエルとの協力関係も重要となります。

Five Eyes - Wikipedia

 
私は、トランプ氏の当選に当たって、日本のメディアがトランプ氏の主張に迎合する必要は全く無いと考えています。むしろ日本のメディアは、トランプ氏の主張の誤りを厳しく指摘するべきです。
 
トランプ氏の組閣や他人に対する評価の仕方を考える際、トランプ氏が政治的主張や原則を持たず、トランプ氏自身が認めたように、自分に対して「どんな誉め言葉をかけてくれるか」に全ての関心を寄せている事は明らかです。トランプ氏は、あれほど選挙期間中罵り、冒涜の限りを尽くしていたクリントン夫妻に対しても、当選直後に夫妻からの祝福の電話があった事を嬉しそうに語り、「(ヒラリー・クリントン起訴について) 彼らは良い人々です。私は彼らを傷つけたくありません」と述べています。
 
無責任な助言かもしれませんし、その他の政治家にも適用できる例は殆どありませんが、トランプ氏の性格的特徴を知るならば、トランプ氏との直接交渉は、困難で手強いとは限りません。

『トランプ大統領』---我々は心配をするべきか

ドナルド・トランプ氏が第45代目の大統領に当選し、来年1月には大統領として就任をしますが、この事実を以て、我々はパニックに陥るべきでしょうか。デモによってトランプ氏大統領就任への反対を唱えるべきでしょうか。

 
どんな場合でも言えることですが、心配をしても、それだけで何かが解決するわけではありません。
 
私は今まで、トランプ氏が選挙期間中に掲げてきた公約が実現された場合の警告をして参りました。ところが、当選直前、直後のトランプ陣営からは、公約を反故するような発言が続いています。
 
トランプ氏が大統領となった際の最も懸念されていた政策は、彼の外交・軍事・移民政策でしたが、例えば移民に関して例えば、トランプ氏は「メキシコとの国境沿いに壁を建て、メキシコにそれを支払わせる」「1100万人にも上る不法滞在者を強制退去させる」と掲げて選挙キャンペーンを始めました。ところが当選直前には『国境沿いの壁はアメリカの納税者が支払い、メキシコがそれを後払いする」「強制送還は人道的な方法で行なわれ、ギャングのメンバーや麻薬密売人をターゲットにされる」と変えられ、大規模な強制送還については「決断は後々になされる」とし、将来的な市民権への道も、必ずしも閉ざさない考えに方向を転換しています。これらの移民政策は、トランプ氏があれだけ馬鹿にし、無能だと罵ってきたジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事や、マルコ・ルビオ議員らの現実的な移民政策と変わりはありません。

 

しかも当選後には、トランプ陣営のトップ・アドバイザーであるニュート・ギングリッチ氏が、メキシコとの壁は「トランプ氏は恐らく、メキシコとの壁を建て、メキシコに支払わせる事はないだろう」としながら「それでも優れた選挙カラクリであった」と述べ、もともと実現するつもりすら無かったかのような発言をしています
国家安全保障については、「イスラム教徒のアメリカ入国の完全な禁止」を掲げてキャンペーンを始めましたが、キャンペーンの終わりにはこの案を破棄し、「一定の地域からの入国には、厳しい身元調査を行なう」とし、「意図的な何かがあるのではないか」と陰謀を示唆してきたオバマ大統領の政策と同様の政策に公約変更しています。
 
テロに対する戦略に関して言えば、トランプ氏は「イラクのオイルを奪いつつ、ISISが支配している地域を徹底的に爆破し、テロリストを拷問し、彼らの家族を殺害する戦争犯罪も厭わない政策を掲げていました。3月3日に行なわれた共和党候補者同士の討論会では、米軍は国際法違反であっても、大統領となった彼の命令に従うだろうと宣言さえしましたが、翌日には、彼は国際法違反の命令を下すことは無いと前言を撤回しています。

 

またISISや軍事戦略については、「(テレビを見ている為)どの将軍よりも詳しい知識がある」としながら、選挙キャンペーンの終わりには「大統領として当選した後には、将軍らに、30日以内にISIS打倒の戦略計画を提示してもらう。これは軍事戦略、サイバー戦略、資金戦略、イデオロギー戦略を含む」とし、実際にISIS打倒の戦略がトランプ氏自身には無い事を認めています。
 
また、海外に駐屯する米軍に関しては、NATO(北大西洋条約機構)を「もはや無用」と呼びつつ、「テロに対する戦いに於いて、もっと大きな活躍をするべきだ」とも述べています。

 

米国の同盟国がアメリカ軍によって与えられている保護に見合う見返りをしていないと不平を述べ、「喜んでではない」ものの、同盟国がもっと負担の増加をしない場合には、撤退もあり得ると語っていますが、後には交渉力を高める為の発言だとし、本心からではないと示唆しています。

 

しかも、韓国や日本が核保有しても仕方ないと発言しながら、発言の事実そのものを否定し、ニューヨーク・タイムズの誤報と責任転嫁していますが、これが誤報ではない事は、トランプ選挙本部のCEOでありトランプ政権の最高戦略責任者に抜擢されたスティーヴン・バノン氏が経営する「ブレイトバート誌」を含む、数多くのメディアが認めています。

 

国内問題においても、オバマケアを「完全撤廃」し、全く新しいものと変えると主張しながら、当選後にはオバマケアの「契約前の発病もカバーしなければならない」と「保護者による26歳までの子供の保険負担」は残す考えを示しています。

 

また中絶問題についても、「プロ・チョイス(中絶賛成派)」であると宣言をしながら、選挙中には「プロ・ライフ(中絶反対派)」に鞍替えし、中絶を行なう女性が何らかの罰を受けるべきだと述べましたが、現在は「中絶については州が決定するべきだ」と立場を変え、殆どの州での中絶合憲を支持する立場を表明しています。
 
トランプ氏は、アメリカの借金をどのように減らすのかについて聞かれた際に、「債権者との交渉を行ない、借金の返済額を負けてもらう」と語ったかと思えば、説明を求められ「紙幣をもっと多く印刷する」と答えています。

 

 
この『政策』についての変更は見られませんが、誰がどう考えても経済を悪化・崩壊させ、借金を更に増やすだけのこの政策を、共和党が多数を占める議会が通すとは考えられません。
 
この発言に見られるような、一般常識レベルの経済的知識さえトランプ氏が持ち合わせていないことを考えれば、トランプ氏を「成功したビジネスマン」である為に、一企業ではなく、国家の経済を立て直す事が出来ると期待する方が間違いです。
 
要は、トランプ政権の実際がどんな政策を掲げるかは、未だ誰にも分らず、恐らくトランプ氏自身も掌握していないのが本当でしょう。オバマ大統領とトランプ氏の間の会見について、ウォール・ストリート・ジャーナル紙は以下のように書いています。
 

f:id:HKennedy:20161115163505j:plain

 
「トランプ氏の勝利は、トランプ氏のトップ・アドバイザー達すら驚かせた。彼らは火曜日がやって来るまで、当選後から就任までの73日の間に行なわなければならない事が何であるか、ニューヨーク・ビジネスマンであるトランプ氏に考えさせる事すらできなかったようだ。トランプ氏自身、実際に当選しない内に当選後の計画を立てたくなかったと言う。木曜日に行なわれたオバマ大統領とのプライベートな会見で、オバマ大統領は彼の後継者に対して、国を治める大統領の義務についての大まかな説明をしたが、その会見を知る人々によれば、トランプ氏は大統領の職務内容に驚きを隠せなかったらしい。トランプ陣営は、新政権の誕生と共に、ホワイトハウス西翼部分のスタッフが入れ替えになる事を知らなかったようだ。政治や軍の経験なく大統領に就任する唯一の人物であるトランプ氏との会合後、オバマ大統領は、この共和党員が通常に無い助言を必要としている事に気付いたようだ。オバマ大統領は、通常の後継者とのバトンタッチに必要な時間以上の時間をトランプ氏と過ごすとしている。」
 
元共和党候補者の一人であるジョン・ケイシック、オハイオ州知事によれば、トランプ氏は彼に副大統領候補として声を掛け、国内、外交問題は彼に任せると提案したとされています。要はトランプ氏自身は実際の政治には関わらず、政務は副大統領に任せる、という提案ですが、ケイシック州知事はこれを辞退し、代わりにトランプ氏はマイク・ペンス、インディアナ州知事を選びました。
 
トランプ氏による政策変更の数々、外交問題や軍事戦略、経済についてトランプ氏が立候補後に多くを学んだという形跡はなく、政治的な発言は繰り返すものの、大統領としての施政についての関心はもともと薄く、ケイシック州知事に声をかけたのと同じ条件で、ペンス州知事に声をかけたのではないかとも見られています。

 

私は、選挙中のトランプ氏の発言、公約を以て、トランプ大統領誕生に警告を発し、反対をしてきた事について後悔していません。これらの警告は、トランプ氏だから、という個人的な理由ではなく、あくまでもトランプ氏自身の発言や公約の結果予測をもとにしています。私には「誰が当選するか」の予報をする能力はありませんが、掲げる政策がどのような影響を与えるか、外交、軍事、経済専門家の警告から理解することは出来ます。
 
トランプ氏は選挙キャンペーンの終わりには、いくつもの主要政策を大きく変えましたが、それでも実際に何を行なっていくのかは未知数です。
 
トランプ氏が当選した現在、アメリカ国民にも、同盟国にも、出来ることは限られています。今にも地球がトランプ氏によって滅ぼされると心配するよりも、まず「過去に行なった公約の実現」という最悪の状況が齎す災害を弁え、現実的な対処を考えつつ、トランプ氏の主張の移り変わりを見据え、新政権の舵取りを見守る努力をするべきではないかと思われます。
 
私はオバマ大統領に対しても厳しい批判を書いて参りました。それでも、オバマ大統領が、トランプ氏当選に反対をする人々を含む全ての国民に対し、反対をするよりも、トランプ氏にまず執政の機会を与えるように促した点は、分断ではなく国民の一致を願う、民主主義国家の大統領として相応しい、高潔な姿勢であったと高く評価を致します。
 

370人の経済学者による『トランプ大統領』反対表明

トランプ支持を奨励している人々は、ヒラリー支持者を『グローバリスト』を呼び、批判しますが、『グローバリスト』が一体何を指すのかは定かではありません。『グローバリズム』陰謀説論者には、まるでヒラリーの政策が国境を撤廃する事のように吹聴していますが、そのような事実は、ヒラリー候補の政策にも民主党の政策にも無く、国境撤廃を主張している声は誰からも聞きません。
 
『自国の文化を固守す』ことが反グローバリズムであるとすれば、インターネットを通じて情報が交差され、旅行やビジネス、留学を通じて人々の交流がなされている今日、他国からの影響を全く受けずに自国文化を固守することなど不可能です。
 
「反グローバル主義」が「移民の排除」を指すならば「移民反対」と説けば良いものを、先月もトランプ氏やその支援者達は、わざわざ「ヒラリーがグローバリストVIPらと会合している」と批判しました。
 
実際には、ヒラリー・クリントン候補とユダヤ系資本家たちとの会合があっただけで、ユダヤ系資本家を『グローバリスト』と指し、「国際ユダヤのネットワークがアメリカを則ろうとしている」という『陰謀説』を流布して恐怖心と愛国心を煽動し、ユダヤ系への差別を行ないながら、トランプ支持を正当化しているだけです。

time.com

これから考えれば、『反グローバル主義』とは愛国心と恐怖心を煽動する『反ユダヤ主義』の一端である事が明らかです。
 
実際には、経済も安全保障も、他国との協調関係によるところが多く占めます。つまり、反グローバル主義を説き、海外からの投資や自由貿易を困難にすれば、経済を直撃します。アメリカの大統領選挙を語る上で、何故かトランプ支持者らの多くは陰謀説を信じ込む傾向がありますが、「グローバリズム」への恐怖心を煽りトランプ支持を訴えるような支持者は、(その中には陰謀説を流布する日本人も含まれていますが)、例えば「ユダヤ系資本家」を含む海外資本家とのビジネスを完全に撤廃した場合、アメリカの経済にどのような悪影響が出るか、考えた事はあるのでしょうか? そのような愚かな極論を実行して大不況に陥った場合、責められるべきは「ユダヤ人」を含む「海外資本家ら」でしょうか。果たして彼らが「陰謀を巡らせて経済悪化を招くように共謀した」となるのでしょうか。

 

f:id:HKennedy:20161103075407j:plain

 
経済について全く無知のトランプ氏は、19兆円にも上るアメリカの借金をどのように返済するか聞かれ、「債権者と交渉して、債務額を減らしてもらう」と答え、ニューヨーク・タイムズに酷評されました。

http://www.nytimes.com/2016/05/07/us/politics/donald-trumps-idea-to-cut-national-debt-get-creditors-to-accept-less.html?_r=0

真意を正されると、「紙幣をもっと印刷する」と答えています。

The Media Missed Donald Trump's Point About U.S. Debt

 
トランプ氏は、投資した全額が帰ってこないと投資家が見れば、投資そのものが減少し、紙幣を大量印刷すればインフレーションを招き貨幣価値が下がる常識を、全く理解していないようです。
 
ニューヨーク・タイムズは、初夏の時点で、トランプ大統領の誕生が現実化すれば、アメリカへの投資は減り、経済が悪化すると警告していました。トランプ氏は一国主義を説き、同盟国を含め、貿易相手は敵であるかのように吹聴しますが、実際に海外からの投資が減れば、株価は下がり、経済に悪影響が生じます。その責任は、投資を渋った海外投資家が負うべきなのでしょうか。
 
今日のウォール・ストリート・ジャーナル紙の報道によれば、8人のノーベル賞受賞者を含む370人の有名経済学者がトランプ氏の大統領当選が齎す経済的打撃を警戒し、トランプ氏投票への反対を訴えています。
専門家からの忠告を無視しながら何故か陰謀説を好み、その上でトランプ支持を正当化するような人々は、実際に経済が打撃を受けても、「グローバリストたちが陰謀を巡らせ、ウォール街と共謀してアメリカの経済を陥れている」と責任転嫁するのでしょうか。

「ヒラリー大統領誕生」よりも共和党が恐れるべき「トランプ大統領誕生」

大統領選挙を一週間後に控え、殆どのメディアは大統領選挙に関連するニュースを報道しています。
 
FBIのジェームズ・コーミィ長官によるヒラリー・クリントン候補のe-mail疑惑捜査終了宣言の撤回が、選挙結果に影響を与えない筈は無く、世論調査ではヒラリー・クリントン候補への支持率とドナルド・トランプ氏への支持率の差が縮まり、今日発表されたABCによる世論調査ではトランプ氏がクリントン元国務長官を1ポイント、リードしています。但し11月1日発表のその他12の世論調査では、クリントン元国務長官がリードを保っています。
 
トランプ支持者は、保守派最高裁判事の任命や後期中絶認可問題を持ち出し、「トランプに投票しないならば、即ちヒラリー・クリントンに投票するのと同じだ」と主張しますが、いくら大統領の権限が強いアメリカとは言っても、三権分立の確立した法治国家であるのですから、独裁者を選ぶのとは違い、議会を共和党、民主党どちらが多数を占めるか、という重要な点も忘れるべきではありません。
 
このことは約一年前に既に指摘した事ですが、トランプ氏の掲げる政策の殆どは実現不可能であり、実現可能な政策は、従来の共和党が掲げている保守派の政治主張とは事なり、むしろリベラル派の主張です。トランプ氏は、経済がどのように機能しているかに関した常識的な知識さえ持ち合わせておらず、しかも陰謀説以外を学ぶつもりもなく、経済アドバイザーの殆どは経済の専門家ではなく、自身に献金をしたビジネスマンから成っている『トランプ政権』が公約を実現させれば、アメリカの経済は不況に陥る事は間違いありません。
 
そうなれば、『トランプ政権』に対する不満は上院、下院や地方議会に現れ、共和党の大敗を招きます。言ってみれば、共和党が従来掲げてきた政治と全く対極的なリベラル政治をトランプ氏が実現することによって、その失政の不満は共和党議員の落選に繋がり、上は大統領府から、下は地方議会に至るまで、保守政治や保守運動の徹底した排除に繋がります。
 
これとまったく同じ警告を、核戦争の専門家であるトム・ニコールズ氏が「トランプよりは、ヒラリー・クリントンを選ぶ」という記事に書いていますので、その一部を以下に引用します。
 
「保守派が、4年、或いは8年のヒラリー・クリントン政権から回復する事は出来る。その間、むしろ我々は繁栄するかもしれない。トランプの知恵の無いファンたちと大差のないオバマ大統領のカルト的性質が、900以上の民主党議席と多くの民主党州知事の座を犠牲にした点を考えて見よう。オバマ大統領は大統領として二期目の選挙にも勝利をしたが、民主党は党として何百もの大敗を経験している。トランプの勝利がこういった「勝利」であるならば、保守派はこれの一端に連なるべきではない。」
 
またニコールズ氏は、「ヒラリーは酷い、しかしトランプはそれよりも酷い」とした上で、以下のように警告しています。
 
「私の手は、これを文字に表す事を躊躇している。なぜなら、ヒラリー・クリントンはアメリカ政治の中で、最も酷い人間の一人であると考える。性的に病的な彼女の夫を容認し、擁護したとして、大統領執務室に就くのが相応しいとする確信を持っている他、彼女に原則などは殆どない。彼女は、最善の場合でも、怠惰によって、悪ければ腐敗を隠すため、国家の安全保障を犠牲にしていた。もし当選するならば、彼女はウォール街を豊かにし、アメリカの貧困層と労働者階級の不満をかわすためにアイデンティティー政治*の憎悪に満ちた教義を説きながら、公共の財源から略奪をするだろう。(*アイデンティティー政治とは、社会的不公正の犠牲になっているジェンダー、人種、民族、性的指向、障害などの特定のアイデンティティに基づく集団の利益を代弁して行う政治活動の事)
 
しかし、トランプは更に酷い。道徳的な信念が無く、情緒的には不安定であり、最悪の種類の資本主義を唱え、何年もに渡って語ってきた言葉を聞けば、ヒラリーとまったく同じか、或いは更に進んだリベラル派である。彼は反射的にも、本能的にも、ニューヨークの民主党員であり、公式の政党登録も、その他すべての懸案と同じように交渉次第ときている。彼は自分自身に関すること以外には全く関心が無く、彼の『交渉』といっても、保守派の主張や原則の益になる事は一つもない。」

f:id:HKennedy:20161102154003j:plain

     ポール・ライアン下院議長とレインス・プリーバス共和党全国委員会委員長
 
保守派や共和党は、数々のトランプ氏の眉を顰めるような言動によって、民主党員やリベラル派が共和党や保守派を批判する際に言い立ててきた全ての批判が的を得ていると証明してしまったようなものです。共和党に対する信頼の回復には、トランプ氏を批判し、彼との距離を置くこと以外あり得ません。ヒラリー・クリントンの大勝が予測されてきた際にも、議会における共和党の大敗が囁かれてきました。これは即ちトランプ氏と距離を置かない共和党議員に対する裁きでもあります。ところがトランプ氏がまかり間違って大統領となってしまえば、間違いなく、連邦議会から地方議会に至るまで、共和党に対する批判票が民主党議員への飛躍に繋がるでしょう。
 
プライマリー選挙で一番多くの得票をしたトランプ氏を、共和党として任命せざるを得なかったポール・ライアン下院議長の苦渋は理解できるとしても、ライアン議長と、トランプ支持を拒否する共和党議員には党からの懲罰もあり得ると警告した共和党全国委員会のレインス・プリーバス議長は、これから長く批判されると思われます。

ジェームズ・コーミィFBI長官による「ヒラリー・クリントン元国務長官イーメル捜査終了」撤回

FBIのジェームス・コーミィ長官は金曜、ヒラリー・クリントンのトップ補佐官であるヒュマ・アベディンの夫であるアンソニー・ウィーナー元下院議員のコンピューターから新たに見つかったe-mailを基に、ヒラリー・クリントン元国務長官に対する捜査が終了したという前言を撤回し、その書面を議会に宛てて発表しました。日曜夜には日曜夜、e-mailを捜査する為の正式な捜査令状の取得をしています。

FBI Obtains Warrant for Newly Discovered Emails in Clinton Probe — as Reid Accuses Comey of Hatch Act Violation

但し、新たに発見されたというe-mailは、ヒラリー・クリントン元国務長官のe-mailサーバーからのものではなく、またクリントン元国務長官に宛てたものでもないと言われています。

 

f:id:HKennedy:20161031160613j:plain

 

コーミィ長官は、新たに発見されたe-mailの内容を把握しておらず、捜査は投票日までに終了しないとしていますが、内容がわからないe-mailによって、クリントン元国務長官に対する捜査の終了宣言撤回をFBIが行なう筈がないという常識的疑念が生じる一方、2016年にインディペンデントに変わるまで共和党員であったコーミィ長官によるヒラリー・クリントン大統領誕生に対する選挙妨害行為ではないかという憶測もあり、それぞれが自分の信じたい真実を信じているのが本当です。

 

コーミィ長官をはじめFBIとすれば、不正がありながらそれを公にしなければ、ヒラリー・クリントン元国務長官の選挙を支援していると見られ、大統領選挙投票日を目前とした、この期に及ぶ公表によってドナルド・トランプ氏の選挙擁護をしているとも批判されています。司法庁はコーミィ長官の行動を、「権威の乱用を行なった」「法律違反を行なった」と批判をしていますが、コーミィ長官を批判するにしても、FBIというシステムの自浄作用と見るにしても、この全容は投票日前には判明されず、有権者はそれぞれが既に決めた候補者に投票するだろうと言われています。

トランプ現象を生み出した公民教育の衰退

安全保障の専門家であるマックス・ブート氏がフォーリン・ポリシー(外交)誌に掲載した記事を、ニューズ・ウィーク日本版が和訳しています。
 
原文のタイトルを訳すと、「アメリカは劣等生の国になってしまっている」です。
 
これは、一般有権者の公民教育の著しい劣化をトランプ支持の背景の一つにしていますが、同時に社会主義が何であるかしらないまま、社会主義国家が何であるか全く知らないまま、完全な社会主義者であるバーニー・サンダース議員を支持していた若い世代の無知や、空爆によって多くの犠牲者を出しているシリアの都市、アレッポが何であるか、北朝鮮の指導者の名前がわからないリベタリアン党のゲイリー・ジョンソン支持者などにも言及しています。

 

f:id:HKennedy:20161013062447j:plain

MSNBCに出演中、シリア問題への政策を聞かれ、「アレッポとは何ですか?」と聞き返したリベタリアン党のゲイリー・ジョンソン
 
行政、立法、司法などの三権分裂の仕組みや、憲法が何であるかなどの基本的公民教育から得る知識への欠如は、トランプ氏のようなデマゴーグやアルターネイティブ・メディアの流す「政府がシステムを悪用している」という類の陰謀説によって煽動され、「我々はこの曲がった政治システムを壊し、建て直さなければならない」という誤った愛国心を鼓舞します。
 
民主主義という政治形態では、一人の専門家による意見よりも100人の「劣等生」の意見が採用される結果となりますが、トランプ現象はやがて、大衆自らの支持によって、ファシズムを選択し兼ねない危険性を明らかにしています。
 
以下、ニューズウィーク日本版から、マックス・ブート氏の書かれた記事をご紹介します。
 
 

America Is Turning Into a Confederacy of Dunces | Foreign Policy (英語原文)

トランプにここまで粘られるアメリカはバカの連合国 | ワールド | 最新記事 | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト

 

<なぜドナルド・トランプのような無知な男がさっさと米大統領選から姿を消さないのか。その理由を考えていて気付いた。アメリカでは立派な社会人でも、国務省や大使の存在さえ知らないのが当たり前。選挙で賢明な選択をするための基礎知識、民主主義の土台が浸食されている>

 ドナルド・トランプほど無知で大統領にふさわしくない男が、今年の米大統領選であと一歩のところまで粘っているのはなぜなのか。そう考えるたびにいつも思い出すのは、友人がマンハッタンの高級スポーツジムで会った女性トレーナーの話だ。知的で感じが良い女性だったが、民主党の大統領候補ヒラリー・クリントンが国務長官だった2012年に起きたリビア・ベンガジの米領事館襲撃事件の話題に触れると、困惑されてしまった。彼女はベンガジ事件を知らないだけでなく、国務長官や国務省、大使という存在自体が初耳だったからだ。

 彼女は高校を中退したわけでも、最近アメリカに移民したわけでもない。アメリカで生まれ、名の通った4年制大学を卒業したアメリカ人だ。彼女は16年間この国で教育を受けてきたにも関わらず、政府に関する最も初歩的な事実さえ知らなかった。

 私は長年、アメリカの教育制度を楽観視してきた。国際学力調査でアメリカの子供の学力が諸外国にどんどん追い抜かれ、なかでも数学と科学は散々だというのは知っている。それでも、IT革命で世界を牽引してきたアメリカで、学校教育がお粗末なはずはないと思った。

三権分立わかりません  今になって思い違いに気付いた。大統領選が進むほどに、アメリカ人が無知になり、そのせいで社会が大きな代償を支払わされているのがわかってきたのだ。

 米シンクタンク・マンハッタン政策研究所のソル・スターンは、米メディアサイト「デイリー・ビースト」で次のように指摘した。1990年代の終わりまでに、高校4年生の3人に2人が、南北戦争のあった年代を正しく選ぶことが出来なかった。2人に1人は第一次大戦があった年代も知らなかった。半数以上が「三権分立」の三権(立法権、司法権、行政権)を挙げることができなかった。大多数はエイブラハム・リンカーン大統領が行った『ゲティスバーグ演説』の内容が何だったか見当もつかず、「ドイツ、イタリア、日本」の3カ国が第二次大戦中に同盟国だったと答えた割合は52%に上った。

 21世紀に入るとさらにひどいと、スターンは言う。数年前、米ニューズウィークが1000人の米有権者を対象に、アメリカの市民権を申請する移民が受けるのと同じ試験を受けてもらった。すると3人中1人は米副大統領の名前が分からず、半数はアメリカ合衆国憲法の修正第1条から第10条までを『権利章典』と呼ぶことを知らなかった。合衆国憲法がアメリカにおける最高の法であることを知るのは3人に1人だけだった。

 呆然とするほどアメリカ人から知識が失われた結果、一体何が起きているのだろうか。最も顕著な現象といえば、共和党大統領候補でファシストのトランプと、民主党候補指名をクリントンと争った自称社会主義者バーニー・サンダースが、絵空事でしかない政策を掲げながらも、有権者の心を捉えたことだ。

 

f:id:HKennedy:20161013063042j:plain

               社会主義を説く民主党バーニー・サンダース議員

 外交政策では、両者とも孤立主義を説いている。それは、過去にアメリカが内に閉じこもったときに、アメリカと世界が被った苦痛を知らないからだろう。また両者は、自由貿易にも背を向ける。しかし大半の経済学者たちは、自由貿易が有益だという点で一致している。

 トランプはさらに踏み込んで、ISIS(自称イスラム国、別ISIL)を滅ぼし、テロリズムを終結させ、失われた製造業の雇用を取り戻し、メキシコのお金で国境に壁を築いて違法入国を阻止し、1100万人の不法移民を国外退去させ、貿易赤字に終止符を打ち、アメリカにあるすべての街路の治安を維持し、ほかにも多くの奇跡を実現できると約束した。彼がこれらの公約を果たすための手段や財源を具体的に示すことができなくても、選挙運動の障害にさえならなかった。

 驚くほど多くの人々が、トランプが掲げる大げさで信じ難い公約を鵜呑みにしている。

 そのトランプも、第3の党であるリバタリアン党の大統領候補、ゲーリー・ジョンソンと比較すればまだましに見える。ジョンソンは、シリア北部の都市アレッポを知らなかったし、テレビのインタビューでは自身が敬愛する世界の指導者を1人も挙げることができなかった。無知であることは強みだとさえ豪語している。

 ジョンソンは現在、ミレニアル世代のかなりの支持を獲得している。こうした世代の有権者の多くは、彼らがクリントンではなくジョンソンに投票することによって、間接的にトランプを大統領にしてしまいかねない危険性に気づいていない。

(注:トランプの支持層は高卒以下の白人で、大学生や大卒者は含まれていない。したがって、トランプ支持者はおそらく、ジョンソンへ投票すると思われるこの大学生よりもさらに知識に乏しいだろう。)

 11月8日に何が起ころうとも、現在の状況は、公民教育を緊急に再生しなければならないことを物語っている。現在および将来の有権者が、行政や歴史、地理、国際情勢、経済などに関する基本的な知識を獲得し、十分な情報に基づいて選択できるよう教育を施さなければならない。

 

 公民教育に対する連邦政府の補助金は2011年に打ち切られた。2015年に「Every Student Succeeds Act(ESSA:全児童・ 生徒学業達成法)」が制定され、財政支援がいくらか回復したが、その額は年間わずか660万ドル。連邦政府がSTEM(科学・技術・工学・数学)教育の支援に充てている1億7000万ドルには遠く及ばない。数学や科学に精通した学生を養成することはたしかに重要だが、市民としての義務を果たせる若者の育成はさらに重要なはずだ。

扇動者の餌食  基礎的な知識の欠如は、民主主義の将来を危険にさらす。選挙制度は、異なる選択肢間の違いを区別する知的能力が有権者にあることが前提に成り立っている。それがあてはまらないとなれば、アメリカの民主主義はトランプかトランプのような扇動家の餌食になってしまう。それこそ、合衆国憲法の起草者たちが恐れたことだ。

 公民教育を再生しなければ、アメリカは三権分立の三権が何かさえわからない人々に将来を託すことになる。最近の調査では、正しく答えられたのは3人に1人だ。この驚くべき無知も、ジムのトレーナーや他の多くの仕事をこなすうえでは障害にはならない。だが、投票所で賢明な選択をすることはできない。

 このまま行けば、近い将来、バーニー・サンダースか、あろうことかドナルド・トランプが、大統領候補ではなく大統領になる日が来てしまう。

 

  •  

サウジアラビア訴訟とテロとの戦い

水曜日、9/11テロリストらを支援したとして、犠牲者家族らがサウジアラビアを法的に訴えられるように立法化した米国議会は、オバマ大統領の『大統領拒否権』を大多数の投票によって無効としましたが、一日が過ぎ、サウジアラビアからの反発やオバマ大統領の危惧を受け、共和党のポール・ライアン下院議長らは、オバマ大統領の懸念に理解を示し、この法案によって、「犠牲者家族の権利に理解を示しつつ、これからの対テロ作戦や米軍の行動の足枷とならないよう、新たな改正案を考えなければならない」と、後悔とも受け取れる声明を発表しています。
 

f:id:HKennedy:20161001160159j:plain

                          ポール・ライアン下院議長
 
911テロ犠牲者家族らによるサウジアラビアに対する訴訟は今までにも試みられましたが、ハイジャッカーらテロリストとサウジアラビアという国家を直接的に結び付ける根拠が乏しいとして、ことごとく退けられてきました。ところが今年7月にまとめられた議会調査報告書によって、全容解明ではないものの、サウジ王室の一員やワシントン駐在のサウジ人外交官がハイジャッカーらに金銭援助をしていた事実があり、被害者家族らによる訴訟を可能とした法案が可決され、オバマ大統領による拒否権を議会は無効とした上での「改正案」の言及となっています。
 
この法案に限らず、ブッシュ元大統領から現在のオバマ大統領に至るまで、イスラム教過激派のテロに対する軍事・外交政策や失敗を巡って多くの憶測や陰謀説、強硬案から懐柔案など、様々な言説が流れています。
 
中東の国々やイスラム教徒の宗派同士の争いは、誰もが皆どこかで繋がっていながら、それぞれが敵対関係にあり、昨日の同盟相手と今日は敵同士であり、今日の敵が明日の同盟相手になる事がしばしばです。ですから2008年に大統領として就任したオバマ大統領や、オバマ政権第一期で国務長官を務めたヒラリー・クリントン元国務長官が、2008年から2012年、2013年に支援していたイスラム教武装グループが、米軍からの武器提供や軍事訓練などを受けた後、グループ内の分裂や、その他の力関係の変動によって、反米武装グループに合併されたり、反旗を翻すことがあります。現在のISISのメンバーの中には、もともと友軍のメンバーであったグループが存在し、米軍から受けた訓練や武器を利用して、米軍をはじめとする西側同盟軍に戦いを仕掛けたりイラクやシリアの国民を虐殺していますが、それはこうした事情によります。
 
ですから、これらを理解せずに、ISISの使用している武器の中に米国務省の許可を得て米軍から支給された武器が含まれてあるからと言って、「オバマ大統領やヒラリー・クリントン元国務長官がISISを支援している」と主張する「陰謀説」もありますが、これは明らかな誤りです。
 
サウジアラビアの加担についても、スンニ派イスラム教徒が多数を占めるサウジアラビアは、その宿敵であるシーア派イスラム教徒に対する弾圧や攻撃の一環として、スンニ派イスラム教徒の過激派を支援しますが、この中にはスンニ派過激イスラム教徒のアルカイダに加担したり、アルカイダから枝分かれした後、現在アルカイダと敵対している同じスンニ派イスラム教過激派、ISISとの関わりを持つグループもあるでしょう。
 
また、サウジアラビアだけでなくヨルダンのような国家では、王家や政府はイスラム教に対する裏切り者だと考えられています。これらの国家の王制や政府は、西側の協力がなければ、イスラム教諸宗派や諸部族による反乱によって制度廃止の危機に陥ります。だからと言って西側との協調関係を強調すれば、異教徒との敵対を奨励し、聖戦を訴える伝統的イスラム教徒からの反発が強まります。これらの国家に於いて王室や政府は、制度維持に欠かせない欧米との協力関係を保ちつつ、不安材料となる敵対グループへの弾圧や、敵対グループに敵対する別のグループを支援し続けているのが現実です。

f:id:HKennedy:20161001162516j:plain

 
サウジアラビアという国の王族や外交官が、9/11テロの実行犯であるハイジャッカーやテロリストと関わりがあったとしても、「これらのハイジャッカーがアメリカ本土を攻撃しようとしていたと承知の上で支援していた」という決定的な証拠はなく、9/11テロ以前のアルカイダに向けた米国の制圧作戦を妨害していた疑惑に関しても、当時のサウジアラビアがアルカイダをどのように認識していたか、という点が解明されていません。もしテロ以前のサウジアラビアが、同盟国であるアメリカの敵とアルカイダを認識する以上に、自らの敵を攻撃してくれるグループと考えていた場合、現在、シリアのアサド政権がISISを制圧せずに、却ってISISに敵対する米軍の友軍グループへの攻撃を繰り返すことと全く同じ理屈となります。
 
当時のサウジアラビアの王室関係者や外交官の考えを解明するには、かなり込み入った捜査が必要となりますが、たとえ幾人かの王室関係者や外交官の責任を追及できても、この為にサウジアラビアという国家の責任を問う事はほぼ不可能であると思われます。これはオバマ大統領が言及された通り、主権免除という国際法上の概念によって、国家や行政機関は、外国の裁判権に服することは無い」と定められているからです。

Sovereign immunity - Wikipedia, the free encyclopedia

この国際法の慣習をアメリカ側が破れば、「アメリカン・エクセプショナリズム」の基に、人道や自由、民主主義の擁護者として特別な使命が与えられている事を確信するアメリカの外交政策の足枷になるとオバマ大統領が危惧を示したのは尤もなことです。
 
9/11のテロ後、国際過激イスラム教テロ組織はその攻撃の範囲を戦闘地域以外の欧米やアジアにも広めましたが、この戦いには、彼らと対立関係にあるイスラム教武装グループや、穏健派イスラム教徒らの協力が欠かせないのが現実のようです。

 

f:id:HKennedy:20161001161717j:plain

 
但し、先ほども述べました通り、中東のイスラム教宗派やグループの場合、誰もが皆何らかの形で関わりを持ちつつ、相互に敵対しながら流動的な敵対関係や友好関係を結んでいる事を考慮しなければなりません。
 
法治国家である米国が、中東におけるその同盟相手とも流動的な友好関係を結ばざるを得ない主な原因は、余りにも複雑に絡み合ったイスラム教諸宗派や部族間の争いが、ある意図しない出来事によって思わぬ結果へ導かれる場合が多々あるからです。因みに、これらの『予期しない出来事』が生み出す『意図しない結果』が多々ある事を忘れる場合、ありとあらゆる陰謀説が幅を利かせることになるようです。
 
また、9/11テロ以降、アルカイダやISISだけでなく、ヘジボラやアルヌスラなどの国際過激イスラム教テログループなどによるテロが多発していますが、ISISよりも米国にとって脅威となっているのは、もともとのアルカイダから枝分かれしたAQAP(アラビア半島のアルカイダ)やAQIY(イエメンのアルカイダ)、シリアに於いてアルカイダから枝分かれしたコラサン・グループだと言われています。

Ex-CIA head: Other terror groups more dangerous than ISIS | TheHill


これらのグループが米国をターゲットにする理由は、「十字軍への報復」「米国の外交政策、及び米国文化への反発」などが囁かれますが、最も基本的な理由として、他の国際過激イスラム教テロ組織らを意識した、力、及び正当性の誇示だと考える方が真実に近いでしょう。これらのテロ組織は米国や異教徒への攻撃を、アラーの命令への従順と考えています。力の強い異教徒に大打撃を与えれば、それだけアラーから与えられている使命を全うしている事となります。テロ行為の後に彼らが出す犯行声明は、我々の感覚から見る「犯人による犯行の自供」ではなく、ライバルイスラム教徒グループを意識した成果の誇示だと見るべきです。