愚を極める、社会封鎖への反対デモ

4月19日、ミシガン州のグレッチェン・ウィッティメア知事は、自宅待機命令に反対するデモ参加者が6フィートのソーシャル・ディスタンスを開けていない事を挙げ、自宅待機命令を延長する可能性がある事を示唆した。全米各地で起きているロックダウン措置に反対するデモでは、「我々は(従順に従う)ヒツジではない」というシュプレヒコールや、『反ワクチン派』まで参加して、社会を再開させるよう要求している。

社会の封鎖が続けば、個人経営のビジネスはとても連邦政府からの1200ドルだけの支援金ではやっていけない。現在既に失業者は全米で2200万人を超え、多くの個人経営のビジネスそのものが破たんしてしまっている。それでも経済への深刻な打撃は、未だ続いている状況である。

経済に与える打撃を考えれば、一刻も早く社会が通常運転に復帰する事が望ましい。この思いは多くの人が共有をしている。ところが治療やワクチンが開発されていない現状では、不特定多数同士の交流が再開すればウイルス感染は広がり、医療機関を機能不全に陥るまで圧迫させ兼ねない。「Flattering the Curve」とは、医療機関を圧迫させずに、ワクチンや治療開発、抗体検査を進める時間を稼ぐ為の、新たな感染を抑える試みを指す。ロックダウンは、その為の政策なのだ。

ところが全米各地では、ロックダウンに反対する人々がソーシャルディスタンスを取らず、マスクもせずに集まり、知事の辞任を求め、ロックダウン解除を求めている。ロックダウン中のデモに集まる人々に対し、付近の病院に勤務する看護師らが、彼らの道を防ぎ、「家に帰りなさい。私はあなた方をICUに迎えたくない」と制止する場面もある。こうしたデモ参加者の中には、立ちはだかる医療関係者に対して「中国のような共産圏に行ってしまえ」と暴言を吐く輩もいる。

 

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医療関係者と対立してまでデモに参加しようとする人々の懸念は、勿論、経済の被る打撃についての憂慮や、特にミシガン州知事の出した特別命令にあるような、住民の生活を不必要に圧迫する規律に反発する狙いもあるだろう。ロックダウンが、コロナウイルス感染拡大に全く関係のない行動まで規制する厳しい形で延長された事を鑑みれば、不満が高まるのは当然である。また『自由の国、アメリカ』では、特に保守派は自由を制限される事を極端に嫌がる。健康保険でさえ「持たない権利」が議論される国柄なのだ。(但し、その保守派が、プロのスポーツイベントにおいてアメリカ国旗掲揚時に規律せず、膝を屈めたままの姿勢をとるスポーツ選手に対しては、『反アメリカ』『非国民』と非難するところに、彼らの幼稚な二重基準が見られる。)ところがもう一つの見方として、こうしたデモに参加する人々の多くが、コロナウイルスに対して極めて薄い警戒心を持っている点も挙げられる。もし彼らの懸念が経済への懸念であり、コロナウイルスの脅威そのものは真剣に受け取っているならば、彼らはマスクをつけ、6フィートのソーシャル・ディスタンスをとっていただろう。ところが彼らは「自由を与えよ。さもなくば死を」などの看板を掲げ、むしろマスク着用も含め、行動の規範を設けられるくらいならば、死んだ方が良いと主張しているのだ。

既にアメリカの死因第一位となってしまったコロナウイルスに対して、なぜ彼らは自分の安全すら守らないのだろう。

デモに参加する人々は、概して保守派であり、その中でも熱心なトランプ支持者である場合が殆どだ。彼らは主に、共和党という政党よりもトランプ大統領個人を崇拝するFox Newsの視聴者であり、ラジオ・パーソナリティーのラッシュ・リンボ―を好む人々が多い。

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まず、ラッシュ・リンボーだが、彼はトランプ氏が共和党大統領選候補者になった時から、熱心なトランプ支持者となっている。その彼に対してトランプ氏は2月、『大統領自由勲章』を与えたばかりだが、リンボーは2月24日、コロナウイルスについて「ドナルド・トランプを引きずり降ろそうとする新たな素子として兵器化している」と述べた上で、「コロナウイルスについて真実を述べるが、これはただの風邪だ」と断言している。そしてメディアがトランプに対する政治的攻撃の一つとして、その脅威を過大に誇張し恐怖を煽っているとして、主要メディアへの批判を繰り返しているのだ。https://www.washingtonpost.com/nation/2020/02/25/limbaugh-coronavirus-trump/

トランプ氏は毎朝のフォックス番組「Fox & Friends」を欠かさず視聴し、時にはそこから得た知識やフレーズのそのままをツイートする事も知られているが、3月8日、その司会者の一人であるピート・ヘグセスは「多くのヒステリックな反応があるが、コロナウイルスについて知れば知るほど、心配を感じなくなった」と語り、3月13日、同番組司会のアインスリー・イヤーハードも「今が一番飛行機を利用した旅行をするのに安全な時」と語り、トランプ氏に近く、全米最大のキリスト教大学の学長であり、同番組にゲスト出演したジェリ、ー・ファウエル・ジュニア、リバティー大学長は「コロナウイルスで多くの人々は大騒ぎしているが、これはトランプ氏を貶める為の新たな作戦である」と語っている。またそれより遡る2月28日には、同番組に於いて、トークショウ番組のホストであるジェラルド・リヴェラが、「コロナウイルスよりも致死率が高く、致命的な脅威となっているのは、毎年のインフルエンザだ。コロナウイルスではなく、私たちが知っているインフルエンザだ」と笑ってみせた。

https://www.mediamatters.org/coronavirus-covid-19/fox-news-pete-hegseth-coronavirus-i-feel-more-i-learn-about-less-there-worry  https://www.businessinsider.com/fox-news-hosts-urge-viewers-fly-despite-health-officials-warnings-2020-3  https://www.businessinsider.com/jerry-falwell-jr-suggests-coronavirus-is-plot-to-hurt-trump-2020-3    https://www.democracynow.org/2020/4/10/noam_chomsky_trump_us_coronavirus_response

また毎夜フォックス・ニュースで放映される『ルー・ドブスの夜』では、3月9日、司会のコメンテーター、ルー・ドブスが「国中の左翼メディアはコロナウイルスの恐怖を煽動している」と主要メディア批判をしてみせた。https://www.thedailybeast.com/fox-business-host-lou-dobbs-in-self-quarantine-after-downplaying-coronavirus-threat

それに引き続き、フォックス・ビジネスのメーガン・トリッシュは「コロナウイルス・弾劾詐欺」と呼び、「民主党による大統領への憎しみは頂点に達し、世界の裏側で始まったウイルスの責任をトランプ大統領に押し付けている。株式の損失も、彼らの政治的犠牲者でしかない。メディアも民主党も、大統領を悪魔化し、陥れる為にコロナウイルスを利用している」と切り捨ててみせた。https://www.thedailybeast.com/fox-business-host-trish-regan-unleashes-batshit-rant-about-coronavirus-impeachment-scam

フォックスに出演するコメンテーターのトミ・ローレンは3月10日、「クルーズ船に何十人かの感染者がいるからって、天が崩壊するかのように騒いでいるけれど、私は使用済みのヘロインの針を誤って踏んでしまう方が怖い」と一蹴している。

自身がニューヨーク州からの上院議員選に立候補した際にトランプ氏からの献金を受け取り、以来、トランプ氏の熱心な擁護者であり、支持者であるジャニン・ピロ元判事は、フォックス・ニュースで『ピロ判事との正義』を受け持つが、3月7日の自らの番組において、彼女は「コロナウイルスの致死率は、インフルエンザのそれよりも高いと言う。しかしながら インフルエンザに関して言えば、ワクチンがありながら、アメリカでは2019年に1万6,000人に物死者を出した。もしワクチンが無かったらインフルエンザこそ、世界的疫病となっていたはず。コロナウイルスは、インフルエンザと同じようなウイルスであり、それ以上の致死率があるかのような主張は、現実に即していない」と言い切っている。https://www.mediamatters.org/sean-hannity/foxs-dr-marc-siegel-says-worse-case-scenario-coronavirus-it-could-be-flu

フォックス・ニュースのローラ・イングラハムは、3月9日「コロナウイルスに関する事実は、むしろ心強いものと言えるのに、主要メディアを見ている限り、そういう事はわからない」とし、メディアを「パニック扇動者」と呼び、民主党がトランプ大統領を政治的に貶め、攻撃する為に、コロナウイルスの脅威を誇張しているのだと結論付けている。https://www.youtube.com/watch?v=ILvrzIWDdRQ

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ジェシー・ワッターズは3月3日、共に番組司会者であるフアン・ウイリアムズに向かって「僕がコロナウイルスについて、どう考えているか、本当の事を言えば、もし僕がそれに感染をしたならば、それから回復するさ。僕はコロナウイルスなんか怖くないし、誰もコロナウイルスの事を怖がるべきではない」と啖呵を切って見せた。https://www.theguardian.com/media/2020/apr/10/fox-news-donald-trump-coronavirus

オピニオンピニオン部分のアンカーであるショーン・ハニティーは、トランプ氏本人とも個人的に親しく、政策においてアドバイスをする間柄であるが、彼の番組において、3月6日、医療関連の専門家として意見を述べる医師のマーク・シーゲルは、「最悪の場合、コロナウイルスはインフルエンザと同じだ」と、”専門家としての意見”として述べている。https://www.mediamatters.org/sean-hannity/foxs-dr-marc-siegel-says-worse-case-scenario-coronavirus-it-could-be-flu 

またハニティーは3月9日「年をとっていなかったり、潜在的病状が無ければ、コロナウイルスによって死亡する確率は99%ない。むしろトランプを叩く為に、彼ら(反トランプ派)が新たなでっち上げによって人々を恐怖に陥れているのではないか」と、コロナウイルスの脅威を、ロシア疑惑、ウクライナ疑惑に並ぶ、政治的策略、でっち上げと呼んでみせ、3月12日には、自身のラジオ番組の中で「ディープ・ステートが、経済を台無しにさせ、新たな薬を承認させる為に、パンデミックを利用しているのかもしれない」との陰謀説を主張している。https://www.mediamatters.org/sean-hannity/sean-hannity-claims-people-are-faking-concern-about-coronavirus-bludgeon-trump-new https://www.theguardian.com/media/2020/apr/10/fox-news-donald-trump-coronavirus

また3月11日には、政治活動家のマット・シラップが「コロナウイルスに感染するのは難しい」と断言している。https://www.businessinsider.com/fox-news-matt-schlapp-claims-coronavirus-is-hard-to-get-2020-3

このように、フォックス・ニュースやトランプ支持の政治活動家によるコロナウイルスの脅威過小評価の例は、上げればキリがない。これらは全て、トランプ氏本人による「これ(コロナウイルス)は、インフルエンザだ。インフルエンザのようだ(2月26日の記者会見)」「(コロナウイルスは)ある日、突然なくなっているだろう(2月27日)」「これ(コロナウイルス)」は新たなでっち上げだ(2月28日)」等、トランプ氏の姿勢への支持から来ている。https://www.youtube.com/watch?v=fUNrXN9XC2k&feature=youtu.be&t=4435

さすがにトランプ氏も、コロナウイルスによる感染者が急増し、死者が増えた頃から、「自分は最初から、コロナウイルスの脅威を認識し、真剣に取り組んできた(!)」と態度を一変させた。しかし社会の封鎖により経済状況が悪化すれば、政権への批判に繋がり、11月にある大統領選挙の再選は難しいとアドバイスされているともある。再三、「国を再開させる」とツイートし、主張してきたトランプ氏は、自ら編成したコロナウイルス対策委員会でウイルス専門家として発言するアンソニー・ファウシ博士の再開警戒論に不満を持っており、「ファウシを首にしろ」というリツイートも行ない、その為にホワイト・ハウスが「大統領はファウシ博士を解雇する意志は無い」と公式声明を出すに至っている。

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不正、腐敗や、人格的欠陥を抱えながら、トランプ氏が共和党内での支持を固めている背景には、強い景気が要因にある。社会封鎖によって経済を悪化させれば、トランプ大統領の再選は難しい。それを避ける為にも社会封鎖は解除されなければならない、という焦りがトランプ氏周辺にはある。https://www.vox.com/2020/3/23/21191289/trump-social-distancing-tweets-coronavirus  https://www.washingtonpost.com/politics/trump-signals-growing-weariness-with-social-distancing-and-other-steps-advocated-by-health-officials/2020/03/23/0920ea0a-6cfc-11ea-a3ec-70d7479d83f0_story.html 

ところがアメリカはThe United STATES of Americaとの正式名にある通り、州による自治を認める統合国である。州による社会封鎖、ロックダウンは、州知事の権限内にあり、連邦政府による行政を司る大統領には、どうすることも出来ないのだ。トランプ氏やその支持者にとっては、コロラドやミシガンのような民主党州知事によるロックダウンであっても、テキサスやニューハンプシャーのような共和党州知事によるロックダウンであっても、トランプ氏の再選を脅かす政治工作と思われるのだろう。感染者が81万人、死者が4万5,000人を超えた現在、トランプ政権によるコロナウイルス対策は、明らかに後手となった感が否めない。メディアだけではなく、トランプ政権の対応については、州内にある病院の設備に危機感を持つ州知事らによる批判が厳しい。トランプ氏にしてみれば、自分の再選の可能性が批判的なメディアだけではなく、州知事らによっても台無しにされているという不満があるようだ。トランプ氏はツイッターを通して州知事らを批判し、フォックス・ニュースやラッシュ・リンボーなどは、トランプ再選を阻止するために民主党やディープ・ステート、主要メディアが封鎖する必要のない社会を封鎖していると陰謀説を流す理由は此処にあると言える。

コロナウイルスについて、その起源についてだけではなく、多くの不明な点がある。コロナウイルスは変異性が無いというレポートもあれば、変異するというレポートもある。その感染性については気温と湿度が関係するという発表もあれば、その逆を主張する報告もある。抗体を調べるにつれ、感染者数が大幅に増加する事も考えられ、その場合は重症率と致死率が下がるとも思われる。特に抗体検査によって判明していく無症状の感染者の多さを鑑みれば、この脅威は、もしかすれば、トランプ支持者の言う通り、誇張されているかもしれない。しかしながら、現在の全体像が掴めていない段階において、マスクも着用せず、他者との距離も取らないといった、自らの健康だけではなく他者の生命も脅かし兼ねない軽率な行動は、責任ある大人のとるべき行動ではない。https://www.livescience.com/coronavirus-mutation-rate.html   https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2020.04.09.034942v1.full.pdf https://www.foxnews.com/science/significant-coronavirus-mutation-discovered-could-make-vaccine-search-futile    https://www.nature.com/articles/d41586-020-01095-0  

国民の健康や生命よりも、トランプ氏の再選が気になるとすれば、早すぎる社会再会や軽率な行動によって感染第二の波が起こり、死者が大幅に増えれば、これも再選の障害となる事を、トランプ氏や支持者は弁えるべきだろう。https://www.bbc.com/news/world-us-canada-52009108  https://www.cnbc.com/2020/03/19/coronavirus-crisis-trumps-argument-for-reelection-is-collapsing.html 

 

トランプ氏やその支持者の思惑は別として、コロナウイルスの前線で戦う医療関係者、家族や友人、健康や仕事を失った人々の苛立ち、無念は測り切れない。私は、自分たちの政治的思惑の為に、世界的パンデミックを利用する人々を、右派であれ、左派であれ、軽蔑する。しかしながら、実際にアメリカが他の先進国を圧倒的に抜いて最多の感染者数、死者数を記録するならば、左派の懸念の方に理があると思う。しかもロックダウンは、永遠に続くわけではない。

国を愛していると言いつつ、前線で戦う医療関係者を踏みにじるようなデモ参加者は、いくらライフルを携帯していようと、「さもなくば死を与えよ」と気取って見せても、勇敢なのではない。彼らは自らの欲望や恐れを抑えられない幼稚な臆病者であり、トランプ氏の思惑やフォックス・ニュースに操られているヒツジなのだ。

 

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