『南京大虐殺』 月刊『正論』記事への反論

月刊『正論』の記事だそうですが、抜粋した上で、特に秦郁彦先生に関する記述について、いくつか反論をさせて頂きます。

「南京」と墜ちたユネスコ・国連 登録資料・中国版「アンネの日記」自体が「大虐殺」不在の証拠だ | Web「正論」|Seiron

        

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[1980年代は30万、20万など荒唐無稽な数字が乱舞する「大虐殺派」の天下であったが、ともかく事件があったのだということを広く認知させる役割を果たしたのは、秦郁彦氏の『南京事件』(中公新書、1986年)だった。①同書では4万人説が唱えられ、当時は30万人説などと比べて良識的な研究として読まれたが、今では全く時代遅れの本となった。②なぜなら、同書で公平な第三者としてあつかわれ、事件のイメージをつくるベースとなっている欧米のジャーナリストが、③その後の研究で国民党から金を受け取ってプロパガンダ本を書いたエージェントであったことがわかったからだ。④秦氏が中公新書を絶版としなかったので、同書は未だに影響力をもっている。しかし、研究は進歩するものであることを読者は知っていただきたい。秦氏は慰安婦問題では第一人者だが、南京事件の概説書を書くのが早すぎたのかも知れない。]


 
①、『全く時代遅れの本となった』としても、『流行に乗る』ことが真実ではありません。需要によってどんどん悪書が増えることはあり、メディアや出版社は、真実を報道して記事にする傍ら、需要に合わせた流行的記事を載せる傾向も多々あります。ただ、こうした「需要に合わせた流行書」は、必ずしも事実に対して忠実ではありません。

 

②、ここではティンパリーについて書かれていると思いますが、ティンパリ―が『公平な第三者』として扱われていたとしても、秦氏は『南京事件』の初版から、ティンパリーの唱える30万人の虐殺を否定されています。『公平な第三者』として人格を評価したとしても、その主張を否定されているのですから、意見の違いが『個人的な好き嫌い』やイメージではなく、学者としての研究に基づいた主張の違いである事が鮮明となっています。主張の違いを指摘する場合、人格の攻撃をされる方もいらっしゃいますが、そうした行為は却って主張に対する信用を失わせますから、秦氏の落ち着いた記述に問題はありません。読者はイメージのみで判断はしません。

 

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③、ここで言う、『その後の研究』をされた人物は、秦氏その人です。ただ秦氏は、ティンパリーが国民党と接触を持っていたジャーナリストであるとは認められていますが、『スパイ』ではないと仰っています。『エージェント』が何を指すのか、幅の広い言葉ですが、ティンパリーについて調べられた秦氏が『スパイ』でないと仰っています。秦氏による「スパイではない」という説明を覆すには、秦氏以上の調査をする必要がありますが、そのような調査を誰も行なっておらず、いずれにせよ、秦氏はティンパリーの30万人説は否定されています。

 

④、『南京事件』の9ページに記述されているティンパリーへの言及の為だけに『秦氏が中公新書を絶版としなかった』のは、正しい判断です。絶版しなければならない…という考えは極論です。

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[1990年代の後半から、教科書問題とも関連して、虐殺の存在を前提として仮定しない研究潮流が生まれた。2000年から12年間、日本「南京」学会が 旺盛な研究活動を展開し、南京事件が戦時プロパガンダとして仕組まれたものであり、⑤事件そのものが存在しなかったことを立証した。]

 

⑤、残念ながら、『事件そのものが存在しなかった』ことは立証されていません。

 

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[なお、歴史学界はこれを認めていないという説があるが、⑥近現代史は歴史評価の上で、専門家とシロウトの間の能力的落差はほとんど認められない分野である。歴史の専門学会に所属するギルド集団に歴史解釈についてご判断を仰ぐことにあまり意味がないのである。]

 

⑥、『近現代史は歴史評価の上で、専門家とシロウトの間の能力的落差はほとんど認められない分野である。』という主張には、根拠がありません。シロウトが自分の意見に合わせた情報を選り好みして『研究の成果』を発表しても、このような『研究の成果』は、歴史の真実ではなく、『名誉』の為に論争をされる方以外に説得力を持ち得ません。

インターネットの普及によって真偽の怪しい記事が氾濫する現在は、特に、専門家とシロウトの違いに敬意が払われるべきです。歴史事実は『多数決』の民主主義とは関係ありません。『あまり意味がない』のは、シロウトの判断です。

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[これは、⑦憲法学界が現行憲法を擁護する憲法御用学者の集団であり、彼等のイデオロギーに楯をつく弟子は就職すらできないのだから、憲法学界に安全保障問題の判断についてお伺いを立てるのが筋違いなのとやや似たことだといえる。]

 

⑦、全ての憲法学者が現行憲法を擁護しようとしている集団ではありませんが、確かに多くの憲法学者ののイデオロギーに基づいた主張の為に、憲法改正議論が、神学論争のようになりがちなのは本当です。ですからそれに対抗する為に、『シロウト』の集団の意見ではなく、別の意見を持つ、専門的な憲法学者の意見が貴ばれたのです。

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[現在、南京事件に関する日本政府の公式見解は、「非戦闘員の殺害や略奪行為などがあったことは否定できないが、被害者の具体的人数は諸説あり、正しい数 を認定することは困難」(外務省ホームページ)というものだ。今回、中国は資料の一つとして南京軍事法廷の判決を入れている。この中に「30万人」と書か れているので、それに反論するという筋立ては成り立つとは言え、⑧南京事件の存在自体は認めるという立場に立つ限り、反論の足場が弱くなることは否定でき ない。なぜなら、小規模といえども、事件があったとすれば、それに関する資料を提出することは形式的には正当化されるからである。従って、公式見解を、少 なくとも「事件の存在自体を否定する説も含めて諸説ある」というふうに変えていただきたいと思う。]

 

⑧、中国の主張通りのユネスコ登録に反論する為に、中国だけでなく、欧米の公平な視点を持った学者も認める『明らかに起こった虐殺』を否定する説がある事を「公式見解」に入れて、日本だけが『世界の非常識』として信頼を失うよりは、秦氏や欧米の良識ある歴史学者らが認める4万人説を日本も主張する方が、中国への一致した反論となると考えます。

ただ、だからと言って、ユネスコや国連という組織の性質を考えれば、これらの組織は中国側に味方すると考えられますが、「日本は歴史の改ざんをしていない」と伝わる事は、別の機会に意味を持つと思われます。

 

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