ポールという医学生

始めてポールに会ったのは、去年の暮れ、付近10件の家で、毎年持ち回り開催されるクリスマス・パーティーでの場だ。それ以前から、ポールの両親、ベンとバーバラとは、家が斜め向かいにあるという事で、犬の散歩の途中、立ち話をしたり、年に何回か開催される近所の集まりで話をした事がある。私の二人の息子が高校ホッケーのチームで活躍していると知ると、自分の息子もホッケーをしていたという事で話題が弾んだ。また私の長男が医学関係に進みたいという希望を述べていたので、ミシガン大学病院に努める医師であったベンは、息子に対して色々とアドバイスをしてくれた。その流れで、ベンの息子であり、デトロイトの某大病院で実習する医大生のポールは、去年の秋、私の長男に会う為に、一度我が家を訪れたという。ところが、その時たまたま駐車場でホッケーのシュ―ティングを練習していた次男に会い、共にシュートの練習を行なって、何故かそのまま帰ったらしい。

私の次男は、フレンドリーだが気が利く性格ではない。ポールもどちらかと言えば、かなりシャイな方なようだ。二人は黙々とただホッケーのシューティングを行ない、話といった話は何もしなかったらしい。

クリスマス・パーティーの直前、バーバラからその話を始めて知らされた私は、次男に聞いた。「お向かいのポールが来たの?」

「その人、誰?」

「お向かいの、ドクターの人」

「うん。ドクターか知らないけど、たぶん来た」

「で?なんで教えてくれなかったの?」

次男は笑って肩をすくめた。アメリカでは「さあ、知らない」という意味のジェスチャーだ。

「だめじゃない」と呆れて笑うと、次男は「うん」とニッコリ笑って返した。

バーバラは、クリスマス・パーティーの最中、ポールが帰って来たという事で、私を脇に引き寄せ、紹介をしてくれた。ポールは大人しい、無口な青年だった。体格はがっしりしていて、背も高い。俳優になるようなハンサムではないが、青い目が優しい、誠実そうな青年だ。ただ、とても疲れているように見えた。賑やかな会話よりも、座って休みたそうな雰囲気のポールとは、挨拶程度の話をしただけで、いったん離れた。

1,2時間ほどして、私と夫はソファーに座って、ベンと一緒にデザートを頂いていた。ベンは何かのカクテルを飲んでいたが、私たち夫婦はお酒を飲まない。ベンは自分の意見をハッキリ述べる人物だが、お酒に酔った為か、いつもより静かだった。

するとポールが、先ほどより打ち解けた様子でやってきた。ベンの隣に座り、ホッケーの話をし始めた。ポールは高校時代ミシガン州を代表するセンターだったようだ。ポールは、毎年ミネソタ州で開催されるホッケーのサマーキャンプに私の次男が参加する事を勧めた。一応の話を聞いて、良いホッケーのキャンプなのだと理解できた。ところが次男本人はそこにいなかったので、ポールの説明に納得し同意しても、「はい、是非参加します」とは言えない。「そうですね。素晴らしいキャンプだと分かりました。是非、参加する方向で息子と話をします」と言うのが精一杯だ。ところがポールは、恐らく酔った為かもしれないが「このキャンプのすごさが、まだ充分に理解できてないでしょう」と引き下がらない。

私は仕方なく話題を変えようとした。「ポール、お仕事について聞かせてちょうだい。何科のドクターなの?」

ポールは自分の仕事について話し始めた。救急救命室で働く麻酔技術者でもあるポールのもとには、事故や事件で負傷、重傷を負った、或いは重体となった患者が次々と運ばれてくる。弾丸が頭蓋骨に撃たれたままであったり、足が切断されていたり、という患者だ。ポールのジレンマは、患者にとって最も良い方法が何かといった判断をし兼ねる事では無い。彼のジレンマは、患者にとって最良と思える方針と、患者の意向、経済能力だけではなく、病院側や、患者が加入している保険会社の勧める治療方針が一致しな場合が殆どであり、その為に患者にとって最善の治療ではない(と思われる)治療を行なう事、或いはその可能性にあるようだ。人の命を救うため、一人でも多くの人命を救う為に医学の道に進み、現場に赴く筈が、達成感どころか「患者にとっての最善の治療を行なっていない」という敗北感を味わう毎日らしい。毎朝起きると、その日に起き得る事を考え、ストレスから食欲もなく、緊張で吐き気がするそうだ。

私の目の前でボツボツと語るポールは、決して医学生としてのサクセス・ストーリーを語る幸せな人物ではなかった。医学生としての自分の毎日を語りながら、時には茶色の睫毛に涙を瞬かせる不幸な若者だった。

ポールは、そうした自分の生活をしばらく語ると、またホッケーの話題に話を戻す。ホッケーが余程好きなのだろう。私の次男についてのローカルニュースも追って読んでいたらしい。「彼には才能があるから、絶対にミネソタのキャンプに行くべきだ。そうしたら、本当にすごい選手になるから」と熱心に勧める。同じくほろ酔いの母親、バーバラが途中から入って、「そう勧めても、何もホッケーで食べていけるわけじゃないでしょうに」と助け船にならない助け舟を出す。

ポールは自分の母親に対して「マム、彼(私の次男)は、本当に才能があるんだ。一緒にシュートをしたから僕にはわかってるんだ」と説得を試みる。我が家の次男がミネソタ州のホッケーキャンプに行くべきか否か、どちらも自分の意見を曲げない。私も夫も、どちらの意見に賛成して良いかわからない、奇妙な時間が過ぎた。

最終的には母親のバーバラが意見を曲げた。ポールは、世界で一番達成感があり、素晴らしい出来事であるかのようにホッケーを語る。恐らくポールには、州を代表するセンターとしてホッケーを楽しんだ日々が、輝いて思い出されるのだろう。そして私の次男に対して、最高の機会を与えられながら、ホッケーを存分に楽しんで欲しいのだ。

ポールについては、「誠実なのだろうけれど、あまり幸せそうではない、気の毒な青年だな」という印象を受け、その夜は別れた。ポールの抱える悲壮感はどこから来るのだろう。果たして医者となる事は、本当にポールの進みたかった道なのだろうか。そう考えたものの、ポールについては、その後、何週間も思い出さなかった。

 

さて今年に入った1月の時点で、米国でもコロナウイルス感染者が確認された。そうこうするうちに、店頭からアルコールジェルやマスクなどが消えてしまった。何故かトイレット・ペーパーすら無い。今年に入ってからの日本のニュースに触れていた為、私は1月の時点でアルコール・ジェル、ワイプ、マスク等を購入していた。コロナウイルスが広まりつつあるというニュースにより、私は親戚や友人、知人、近所の一人暮らしをする老人らに、手元に残ったアルコールジェルやワイプ、トイレット・ペーパーなどを分け始めた。一人の人が『大量』を確保するよりも、多くの人々が『充分』を確保する方が良い筈だ。そうこうしているうちに、ワシントン州で確認されたコロナウィルス感染は、カリフォルニア州、ニューヨーク州、オハイオ州等にも広まり、3月10日には、コロナウィルスの感染者がミシガン州でも確認された。
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米国中の病院で、消毒用アルコール・ジェルやアルコール・ワイプ、マスクなどが病院でも不足し始めた。医師や看護師らは手作りのマスクをしながら感染者の治療に当たっているという。そうした事を聞き、ふと我が家のクローゼットには、まだ使い捨て用マスクが40枚程残っている事に気付いた。小さなアルコール・ジェルのボトルやワイプもたくさんある。これらをお向かいのバーバラに届けたら、病院で使ってもらえるだろうかと考え、翌日バーバラの家を訪ねた。

玄関の呼び鈴を鳴らすと、バーバラが出てきた。何か急いでいるようだったので、立ち話をするつもりもなかったのだが、「いくつかマスクやアルコールジェルが出てきたのだけれど、これ、お使いになる?」と聞くと、バーバラは私の手から奪うようにマスクを取り、涙を見せた。

「有難う。これ、息子が使えるわ。有難う。息子の病院にもマスクがなくて、みんなバンダナで代用してるのよ。私たちがどれ程のリスクを負っているか、あまり知られていないの。有難う。これだけあったら、同僚にも分けてあげられる。」

私は、母親として息子を心配するバーバラの心境を思った。気丈な彼女が、使い捨てマスクを宝物のように胸に当て、涙を滲ませている。バーバラも夫のベンも、医者として大学病院で働く。高齢となっている二人は、コロナウイルスに感染すれば命の危険を伴う。私が差し出したマスクは手術用マスクであり、ウィルス対応ではない。それでも彼女はマスクを見た瞬間、息子を思い、息子の安全が保障されたかのように喜んでいる。

現在ミシガンでは、医師らが家族に宛てた遺書を書きながら、感染者の治療に当たっている。https://www.nationalreview.com/corner/last-night-we-had-a-bizarre-conversation-over-dinner/

昨日のニュースでは、コロナウイルスに感染したヘンリー・フォード病院の看護婦が、検査も受けられないまま、一人、自宅で亡くなったとある。https://www.foxnews.com/us/detroit-er-nurse-dies-alone-at-home-from-coronavirus

医師も看護師も、医学生も、感情ある普通の人間だ。私は、それでなくとも治療に携わる緊張とストレスから食欲を失い、吐き気を催しながら毎朝を過ごすポールを思い出した。繊細なポールが、快復の見込みが無いと見做された患者から人口呼吸器を外す場面、通常であったら救えた命が失われる場面において、どれほど苦しむだろう。自分や同僚がウイルスに感染するかもしれない状況に、どれほど苦しんでいるだろう。

私は、ポールの為にも、マスクなど物資の寄付は、彼の勤務する病院を優先させようと考えた。あらゆる病院では、現在使い捨て手袋も不足していると聞き、近くにあるペンキ専門店を訪れた。案の定、使い捨て手袋の在庫が1,200枚あり、そのうちの600枚を購入する事が出来た。病院で使用する種類ではないかもしれないが、様々な病院が、ペンキ専門店や大工らから使い捨て手袋の寄付を募っているほどの緊急事態である。バーバラの家を訪ねてから何日か過ぎた頃、日本に住む従妹に宛てて2月の時点で送っていた使い捨てマスクなどが、なぜか税関を通らず結局手元に返却されてきた。そうして1,000枚ほどの使い捨てマスクを再びバーバラのもとに届ける事が出来た。これで少しでも役に立てれば、と考えた。すると物資を受け取ったポールからメールが来た。

『ポールです。マスクやアルコールワイプなど、色々と有難う。病院のスタッフ一同、みんな感謝をして受け取りました。現在では、どんなに小さな援助でも、役に立ちます。ご家族皆さん健康で。息子さんたちに、ホッケーのシュートをまた一緒にしようと伝えて下さい。』

私は、ポールの活躍と無事を祈る。彼は大人しく、繊細で誠実な青年である。自問を繰り返し、迷い、弱さを吐露する医学生だが、彼とて地球規模のパンデミックに勇敢に立ち向かっている医療従事者の一人なのだ。

 

現在アメリカでは、多くの人々が医療従事者に対してのサポートをし、感謝を伝えている。自分の持っている範囲に従って、彼らをサポートしているのだ。マスクもアルコールジェルも無い人々は、できる限り家に引き籠る事で、医療現場に負担をかけない協力をする。祈りの中に医師や看護師らを覚える人々もいる。今日のアメリカを支えているのは、ポールのような医療従事者であり、彼らを支えるのは多くの名も無い人々だ。

https://www.amny.com/coronavirus/police-unions-bring-food-to-hospital-in-queens-during-covid-19-crisis/amp/?__twitter_impression=true

やがてこのパンデミックも終局する。快復した人々が増えるに従い抗体が作られ、ワクチンが生まれ、治療薬も開発される筈だ。そしてポールは、充分迷い、自問し、悩んだ医学生として、立派な医師へと変わってゆくだろう。その時まで彼が無事であることを、また彼の幸福を祈らずにはいられない。

  *文中の人名等は、すべて仮名を使っています。