度を越した文政権の要求と、ドイツの戦後補償

日韓の関係が拗れに拗れ、それが日韓の貿易関係や GSOMIA破棄によって 日米韓の安全保障同盟関係にまで影響を及ぼしている。 https://www.reuters.com/article/us-southkorea-japan-usa/scrapped-intelligence-pact-draws-united-states-into-deepening-south-korea-japan-dispute-idUSKCN1VJ0J6?fbclid=IwAR0-pQJo43x6TizrmRsHEgqTJsxZ0E1nM0O_-vBrDPIFayxHgp_obtwNHtw  

それを以て国際秩序が崩壊しつつある事の現象と見る記事を目にした。https://www.cnbc.com/2019/08/30/japan-south-korea-trade-war-a-sign-of-collapsing-world-order-expert.html  この記事は、そもそもGSOMIAが破棄に至った発端は、日本によるホワイト国リストからの韓国外しにあると書いてあるが、よほど事情に精通して居ないのだろう。日本がホワイト国待遇リストから韓国を外したのは、徴用工問題をめぐる韓国司法からの日本企業資産差し押さえという、これまでの韓国政府による賠償責任への理解のみならず、日韓基本条約そのものを覆す司法判定による。

英語では「Forced Laborer」と訳される「徴用工」だが、日本政府の立場では、彼らを「旧朝鮮半島出身労働者」と呼んでいるだけだ。原告が、日本企業の募集に応じて労働に従事した人々だからだ。個々の原告に、補償を受けるのに相応しい悲惨な体験や賃金の未払い等があったとして、それがなぜ、日韓基本条約締結時に韓国政府が個人補償の肩代わりを約束し、日本政府から無償で受け取った3億ドルにも上る個人補償の枠に含まれないのか、両政府は見解を異にしている。とは言うものの、日韓記事本条約の一方の署名者である韓国政府でさえ、元徴用工による対日請求は出来ないと2012年までは日本側と立場を同じくしてきたのだから、「日韓基本条約への解釈に関する言い分は日本政府の方にある」という言い方は、少なくとも誤りではないと思われる。日本側の毅然とした姿勢からも、自分たちの言い分に法的根拠があるという自信が窺えるのは、その為だろう。

この問題に関して私は決して詳しくないので、色々な人の書いたものを読みつつ学んでいるところに過ぎないのだが、併合や植民地支配に関する、日本側左派の意見や韓国人学者の方々の主張を聞くと、個々人の体験の悲惨さと国家の責任というものについて、改めて考えざるを得ない。私は右派のナショナリストでは無いし、「日本の韓国併合は、搾取型であった欧米の植民地支配とは違い、韓国の為を思った支配であった」という歴史観は、無知をベースにしたものだと考える。植民地支配や併合についての是非にかかわらず、ただ史実だけを述べるとすれば、日本の韓国支配こそ、当時貴重な同盟国であった英国の植民地主義から学び、真似たものである。日本人右派やナショナリストらが、欧米の植民地主義を十把一からげに「搾取の一方」と決めつけながら、日本の支配のみが現地の事を慮ったものであるという主張に、日本人右派の主張が他国から全く受け入れられず、孤軍奮闘する要因は、こうした無知にあるのではないかと思えるのだ。

それでも、韓国側の主張する、植民地支配や併合は絶対的な悪であり、醜悪な人権侵害であるという意見に同意している訳でもない。これは勿論、個々の体験の中には、人権侵害と呼べる類もあっただろうし、現在の感覚からすれば、植民地支配や併合などは、国家の主権侵害である事を認めた上での見解だ。それにはまず、当時の感覚では、日本の併合や植民地化を、列強国らは違法なる侵害と見做していなかった点と、最も重要な点として、当時から現在に至るまでの世界の歴史の中で起こった、また今でも起こり続けている絶対的な人権侵害と比較した上で、日本の併合政策が、70年後の今日の日韓関係や日米韓同盟を破損する程の非道な支配だったとは、どうしても考えられないのだ。

現在韓国側は、日本には道徳的責任だけでなく、当時の国際法に合わせ、法的責任すらあると主張している。韓国側は、自らの犯罪を謝罪し、生存者に対して補償を行なった例としてドイツを挙げる一方、日本については、第二次世界大戦時に於ける不法行為を認めようとしない特殊なケースとして国際社会に訴えるが、果たして実際は韓国側の主張の通りなのだろうか。

私は日本政府、及び日本企業が、これ以上の補償を支払うべきか否かについては、議論するつもりは無い。むしろ私が述べたいのは、全ての人々が知るべき歴史的、政治的事実である。この点はBBCの記事に詳しく記してあるが、ここでは要点だけを纏めて述べる。

1939年9月1より、第二次世界大戦中のヨーロッパで、ドイツはポーランドを侵略した。この為に500万人以上のポーランド人市民が殺害され、300万人以上のポーランド人がドイツにより強制労働に従事させられ、ポーランド経済は完全に崩壊する。しかしながらドイツはポーランドに対して、殆ど補償を行なっていない。

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ドイツがポーランドに対する賠償を拒否している理由は、ソヴィエト連邦が、ポーランドの共産主義政府に対して東ドイツとの間に結ばせた、賠償請求権を放棄する事を謳った条約にある。また、日本国民と比較し「過去を反省している」と考えられがちなドイツ国民の過半数は、ポーランドに対する補償を支払う事に反対し、また国際社会はポーランドの要求に耳を傾けていないのだ。(ドイツはポーランドに対して賠償を行なって然りだという意見を、果たして聞いた事があるだろうか。) ドイツ国民とすれば、ポーランドの要求には道義的に認めるところがありながら、その要求には政治的目的を感じざるを得ないらしい。

https://www.bbc.com/news/amp/world-europe-49523932?__twitter_impression=true&fbclid=IwAR16TF_v_VJt8NFf-10yeWCL27jS_mKTnswzx6ndUr2EBUzBZ3tuOBM3WKE

「ドイツを見習え」と批判され続ける日本だが、ドイツが補償を行なっていない事実を踏まえ、それでも「日本は模範を示せ」と主張を変えるかもしれない。しかしながら、日本という国家は、「上着を求める人には、下着まで与えなさい」というような、宗教的模範を示す為に存在しているのではない。現実の政治というものは、国民感情や国民の支持があって成り立つものだ。日本国民の多くが、日韓基本条約下のもとで支払われた賠償金によって、既に過去の問題が解決していると考えており、しかも、どのような謝罪を行ない、どのような条約や合意に辿りついても、韓国の国民感情にとって充分という事は無く、文政権でなければ次期政権によって、どのような約束も覆されるだろうと、過去ではなく現実の経験から学んでしまっているのだ。文政権は、日本側からの妥協や歩み寄りを期待するべきだろうか。GSOMIAまで破棄し、自国の安全保障を担う米国との同盟関係を損ねてまで歴史問題を引きずる韓国に対して、アメリカを含めた国際社会の同情は長続きしないだろう。