対北朝鮮カール・ヴィンソン母艦派遣騒動---盟国を困惑させるトランプ政権外交軍事政策

トランプ政権の外交軍事戦略は、シリア空爆後、再び危険な迷走をし始めたと言える。

 

シリア空爆の際には、米国務省や議会に空爆の旨を通知するよりも前に、アサド政権と同盟を組むロシア政府にそれを通告し、ロシア政府は当然の事、それをシリア政府に伝えている。通告から実際の攻撃までの1時間半の間、アサド政権は主要な軍用機を避難させ、殆ど被害を被っていない。翌日には、爆撃を受けた基地の滑走路から再び自国民を空爆する為の軍機が離陸された。
これらの事から考えても、ロシアやシリア・アサド政権に対し、本格的軍事対決する意思の全く無い事を示している。

まずアフガニスタン空爆は、ISISの資金源となる原油トンネルの一部破壊と36人のISIS戦闘員が殺害されたという点では、成功を収めたと考えられる。しかしながら、トランプ大統領がその挑発的な豪言壮語やいくつかの空爆によって、アフガニスタンにおけるISISやタリバンを制圧できる筈はない。例え2万千ポンド(約9,52トン)の爆弾が落とされたとしても、大規模の地上軍を長期的に置く事なしに、治安の回復や過激派の活動を止める事は不可能である。空爆に全く意味が無いとは言わないが、『米国が何かを行なっている』というジェスチャー以上の意味を齎さなかった点は、これまでに何度も指摘されている。むしろアフガニスタンへの空爆は、トランプ政権は、これまでのオバマ政権とは違うというジェスチャーを示す目的があったようだが、実質的な戦略の面で見れば、アフガニスタンにおける軍事作戦の行き詰まりを露見させただけだ。
シリア空爆やアフガニスタン空爆にせよ、これらの軍事行動が正しかったとしても、こうした強硬姿勢を補助する外交戦略が伺えない限り、地域の平和や同盟国の安全保障への貢献とは決してならない
 
アフガニスタン攻撃後のトランプ政権の外交軍事行動は、一貫した方針に従っているとは到底思われない。まずトランプ氏は、「最も美しいチョコレートケーキを食べながら」シリア空爆について中国の習近平主席に説明をしたとフォックス・テレビのインタビューで答えていたが、習主席については非常に良い好感を感じたようで、「我々の相性はとても素晴らしい」と絶賛し、選挙戦以来一貫して中国を通貨操作しているとする批判を一変させ、「中国は通貨操作をしていない」と180度立場を変換させた。
 
一変して「中国は通貨操作をしていない」という主張に変えた事に関して、トランプ氏は「北朝鮮問題で中国の協力が必要な時に、通貨操作をしていると言う事が益になる筈がない」と説明しているが、中国のみならず、ある国が通貨操作をしているかどうかは、協力を必要とする状況によって変わる主観ではなく、客観的事実が問われているのである。しかも蛇足ながら、中国は会談前と会談直後に貨幣政策を変えたわけではない。今日中国が通貨操作を行なっていないならば、中国は半年前も、あるいは一年前も通貨操作を行なっていないのだ。習主席との会談後のトランプ氏が主張した通り、中国からの協力を得る為に批判を控える事が重要な点は、トランプ氏が選挙公約として中国との対決を訴えていた半年前も、あるいは10年前も全く同様である。
 
トランプ氏はまた、北朝鮮のミサイル発射、また核開発問題における協力を習主席に求めたが、首席から中国と北朝鮮の関係の歴史と、北朝鮮との関わりの困難を説明され「人々が考えているよりもずっと複雑である事が、15分のうちに理解できた」と妙な理解を示している。そうかと言えば、ウォール・ストリート・ジャーナル紙の取材に対し、中国と朝鮮半島の複雑な歴史に言及する形で「かつて朝鮮半島は中国の一部であった」と誤った歴史観を述べ、多くのメディアにその誤った認識を批判され、韓国には「まともに反論する価値が無い」と一蹴されている。
 
トランプ氏は予測不可能な外交をなぜか良いものだと勘違いしているのか、ロシアやトルコの専制独裁者を称え続ける傍ら、アメリカにとって最も重要な同盟相手であるNATO(北大西洋条約機構)を指して「廃れている」と批判しているが、トランプ氏によって何度も繰り返されている、NATO加盟国がアメリカに対し負債を負っているかのような批判は、100%トランプ氏の無知によるものだ。NATO加盟国の軍事費2%の負担目標は、それぞれの加盟国が自国のGDPの2%を防衛費に使うという指針であり、ヨーロッパのどこかに中央銀行があり、NATO加盟国がアメリカに対して防衛費を振り込む意味ではない。であるから、特にロシアとの国境を接しない西ヨーロッパの国々がGDP2%を現在軍事費に充てていない事実があっても、アメリカに借金を負っている意味とは全く異なる。
 
予測不可能である事が最良であるかのような勘違いによる外交軍事上の信用失墜は、カール・ヴィンソン海軍航空母艦を北朝鮮に向けて航海させたという偽情報を流した事件に顕著に表れた。
 
4月9日、米太平洋艦隊はハリー・ハリス長官の指揮の下、カール・ヴィンソン母艦を8日、シンガポールから北に向けて出航させたと発表する。米太平洋艦隊のデイブ・べナム報道官は、ヴィンソン母艦の行動は「無責任で地域の不安定材料となっているミサイル発射実験や核兵器開発による北朝鮮の動向」が背景にあると説明している。

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4月10日、北朝鮮に向けてカール・ヴィンソンが運航されたという理解の上での記者団の質問に対し、ジェームズ・マティス国防長官はこれを否定せず、「現地に向って運航している最中」であると答え、ショーン・スパイサー大統領府報道官、又ホワイトハウス高官も4月11日、12日両日、この質問に答えている。トランプ大統領も11日、フォックス・ニュースのマリア・バーティロモのインタビューに答える際、「我々は最強の艦隊を(北朝鮮に向けて)派遣させている」と発言している。その後も12日、13日と、ホワイトハウス側は北朝鮮のミサイル発射実験や核開発によって高まる緊張に呼応する形でカール・ヴィンソン母艦派遣を示唆し続けたが、15日になり、米海軍の発表した写真により、ヴィンソン母艦の位置がシンガポールから南下している事が確認されている。それでも17日にはマイク・ペンス副大統領が「北朝鮮に対する戦略的寛容の時期は終わった」と宣言し、「過去二週間にわたり、世界はシリアとアフガニスタンに対する米国大統領の行動を見た。北朝鮮は、極東地域にある米国の戦力を試さない方が賢明だろう」と発言している。
 
同日、副大統領の発言後、ディフェンス・ニュースというメディアにより、カール・ヴィンソン母艦がシンガポールからオーストラリアに向けて運航している事が確認された。太平洋艦隊のクレイトン・ドス指揮官も、ヴィンソン母艦が朝鮮半島付近、及び日本海付近にはない事を認めている。

http://www.defensenews.com/articles/us-carrier-still-thousands-of-miles-from-korea

 

これにより、その他のメディアも続々とこれを報道したが、大きな疑問に上がったのは、なぜ政権側が意図的にカール・ヴィンソン母艦の位置を実際の位置とは違えて発表したか、という点だ。この疑問に対して、一部の無知なトランプ支持者らは「敵に正確な軍事行動を知らせるべきではない」と主張するが、彼らは本当に北朝鮮が米国メディアの報道によって米軍の行動を把握していると考えているのだろうか。実際には、戦艦等の位置を把握する事はそれほど困難ではなく、ロシアや中国の所有する最先端技術を誇るスパイ衛星によってカール・ヴィンソン母艦の位置が知られ、北朝鮮に伝えられていた事を疑う軍事専門家はいない。だからこそ、北朝鮮は15日にも、失敗したとは言え、新たなミサイル発射実験を実施できたのだろう。専門家でなくても常識的にわかる事だが、米軍や米国政府の発表によって騙せたのは、敵である北朝鮮ではなく、米国政府発表に頼った米メディアであり、韓国であり、また日本なのだ。
 
敵に対し、正確な軍事情報を伝える「愚かさ」を説くならば、トランプ陣営は、シリア空爆の二時間前にロシアを通し、シリアのアサド政権にイドリブ基地空爆の意図を伝えた「愚かさ」をまず反省するべきだろう。ところが、繰り返すがトランプ政権がかく乱させ、全く不必要な緊張を齎したのは味方である韓国、日本という同盟国だけである。同盟国に対しては、綿密な連携の下正確な情報を共有するのが当然ではないか。韓国の保守派大統領候補者である洪準杓氏は、こうしたトランプ政権の行動に、「トランプ大統領の発言は韓国の安全保障に非常に重要である。もしあの一連の発言が嘘であるならば、韓国はこれから、トランプ政権の主張を何でも信用することは無い」と厳しい声明を発表している。軍事政策専門家のマックス・ブート氏は、トランプ政権の流した偽情報に関して「敵を騙すなど不可能であり、ただ同盟国をかく乱させるというダメージだけは既に為された」と酷評している。
こうしたトランプ氏の勘違い、あるいは思い込みによる失敗は、思わぬ災害をこれから齎していくだろう。紛争や戦争が勃発する原因の殆どは、当事者が思っていなかった偶発的出来事による。予測不可能という外交政策、軍事戦略を目指す限り、被害を被るのは同盟国であり、一般市民である。アサド政権や北朝鮮、またロシアのような敵対国家は、トランプ政権の『レッドライン』、どこまでが許容範囲なのかを探る為に、軍事挑発を繰り返すだろう。その際に起こる失敗や偶然の出来事によっていつ紛争が拡大するか、戦争となるか、わからないのだ。
 
トランプ政権は、一貫した外交軍事政策を掲げ、無意味な挑発的発言により同盟国からの信頼を台無しにしない責任ある政治の舵切りをする必要に迫られている。アメリカ大統領の発言が信用を失う事は、世界の平和や秩序にとって計り知れない災害を齎すだろう。