トランプ・アメリカでは、対中国戦は勝てない。

挑発的で、『反中国』とも受け取れる発言をするトランプ氏の大統領就任をもって、トランプのアメリカは、南シナ海における中国の軍事拡張に真っ向から対決するのではないかと期待する声が、日本のメディアや言論人にはあるようだ。

 
期待や夢想、幻想、或いは『必要』がどうであっても、トランプ大統領の下のアメリカでは、中国相手の戦争は勝てない。軍事的な困難については、『中国との戦争を語る狂気のトランプ陣営』に書いたので、そちらをご一読されたい。
 
私には、トランプ大統領のような、外交や軍事作戦、経済関係の重要性を認識していない人物、また専門家より自らの意見を信じる人物の考えは予測できない。またスティーブン・バノンのように排他的イデオロギーを信じる人物が、どの程度の影響をトランプに持っているのかも未知数である。但し、彼らのような権力志向の人間が、実際に世界で一番強い国の指導者としてトップに立った時に、その権力の持つ毒をどのように制御し得るのかについては、悲観的な見方をしている。彼らは恐らく、自分の欲求や直感に逆らうような専門家の声など、軍事作戦についてであっても、諜報機関からの警告であっても、また経済にもたらす影響への懸念であっても、恐らく無視をするだろう。
 
であるから、専門家の声を無視してトランプのアメリカが対中国戦に巻き込まれる、或いはキッカケを作る可能性は無きにしも非ずだろう。しかしながら、なぜトランプのアメリカが対中国戦には勝てないか、トランプの性質とそれ以外の側面から説明をしたいと思う。
 
対中国戦の前に立ちはだかる最も大きな障害(?)は、『アメリカの世論』である。
 
中国は、どんな事があってもアメリカに対して意図的な先制攻撃を開始しないだろう。米国本土、ハワイ周辺に、中国が危害を加えることは無い。日本が期待するのは、南シナ海における中国の軍事拡張をアメリカが止める事だが、南シナ海の排他的経済水域上を飛ぶ米軍機に中国が威嚇射撃をし、仮に米軍機に命中してしまったとする。それでも、米国と中国が正式な開戦に至るとは考えにくい。
 
まず、米軍機を撃墜した中国側が、被害を受けた(?)米国側に宣戦布告をするだろうか。誰かが宣戦布告するとすれば、被害を被った側が行なうのが相応しいが、そもそもなぜ南シナ海に米軍機が飛行していたのかを、米国民は理解し、支持するだろうか? 

 

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中国領域と中国が主張する区域に米軍が飛行機や戦艦なりを派遣していた場合、アメリカ人の多くは、状況から鑑みて、アメリカの側が中国からの攻撃を挑発したと考える。これでは国民の多くは大統領の判断を猛烈に批判し、各地でベトナム戦争以来の大規模なデモ、あるいはそれ以上大きなデモが起こるだろう。
 
中国だけではなくロシアにしても、アメリカのような民主主義国家をいかに敗北させるか、承知している。アメリカのように選挙を控え、政府の失敗を報道するメディアの発達した民主主義国家は、大半の国民による支持無しに、戦争を始め、継続させることは出来ない。不支持率が8日目で既に過半数を超えたトランプ政権では、実際に戦争を継続する事はできない。

Gallup Daily: Trump Job Approval | Gallup

 
また、戦争を行なう場合、アメリカ大統領と言えども、勝手に宣戦布告をして良い訳ではない。これには必ず議会の承認が伴う。そして議会が承認するか否かは、国民(有権者)の支持が得られるかどうかによる。現在、中国との戦争を支持するアメリカ国民はいないに等しい。極東地域の情勢に詳しいアメリカ人はそもそも多くないのだが、それでも中国とのビジネスが盛んになっており、メード・イン・チャイナの製品が溢れ、中国が大きな市場である事は、どこか彼らの頭の片隅にはある。中国との戦争でアメリカのビジネスに支障が出ると知れば、戦争への大きな批判となるだろう。だからこそ中国やロシアのような国は、アメリカ世論を反戦に仕向ける方法を百も承知だろう。実際の戦力や戦果はともかく、世論が戦争の意義に疑問を持ち始めれば、アメリカとしては終結を急がなければならなくなるが、中国にはそうした足枷がない。終戦を急ぐアメリカは、中国の望む条件を呑むしかなくなるだろう。
 
トランプはしきりに中国を非難しているが、トランプの中国批判は、主に中国の為替操作に対してである。中国の行なう『為替操作』の為に、核兵器を大量に所有する中国との戦争を決意するアメリカ人などいない。勿論、南シナ海だけにとどまらず、中国の軍事拡張は、フィリピンだけでなく、日本や韓国のような『同盟国にとっての大きな脅威』ではある。但し『アメリカの安全保障に対する直接的な脅威』ではない。しかも、日本や韓国のようなアメリカにとって重要な同盟国の為に戦うことを「損だ」と繰り返し強調していた人物は、他でもないトランプ氏本人である。
 
トランプがもし国民に対して、何らかの印象を与えたかとすれば、日本や韓国、NATOのような同盟国は、アメリカに対しての正当な代価を支払わずに安全保障の恩恵を受けてきた、という『安全保障タダ乗り説』であろう。特に日本は、大統領討論会においても、ISISと並んでトランプが批判した外国勢力である。日本のような同盟国の為に、中国との戦争を国民に納得させられる政権ではないのだ。
(因みに、こうした説に異論を唱え、同盟国の果たす役割を主張してきたのは、日本人保守派が目の敵にするニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストのような主要メディアである。)
 
しかも、トランプの挑発や冒涜は中国に対してだけではない。イランに対しては新たな経済制裁を設けるとしているし、メキシコとは、国境沿いの壁の支払いを巡って諍いや挑発が絶えない。日本に対しては、中国やメキシコと同様に、貿易不均衡がアメリカから職を奪っているとして、次回の安倍首相との会談には、麻生財務相を同行させるように要求している。オーストラリア首相に対しては先週末の電話会談中、11月の大統領選挙での圧勝を自慢したかと思えば、1,250人の難民受け入れの約束事を「馬鹿な約束だ」とし、「今日は他にも外国の首脳と電話会談したが、この電話会談が一番最悪だ」と、ターンブル首相に対して怒鳴った挙句、途中で電話を切っている。ドイツに関しては、メルケル首相とプーチン首相のどちらを信頼するか聞かれ、トランプは答えられていない。イギリスに対しては、与党と対立している独立党のナイジェル・ファラージュを駐米大使に勧め、テレサ・メイ首相との会談前にファラージュとの会合を行なっている。

Trump Administration Set to Impose New Sanctions on Iran Entities as Soon as Friday - WSJ 

Trump risks isolating critical neighbor with Mexico feud - POLITICO  

U.S. asks Aso to join Abe-Trump meeting - The Japan News  

‘This was the worst call by far’: Trump badgered, bragged and abruptly ended phone call with Australian leader - The Washington Post   

Donald Trump avoids saying who he trusts more — Vladimir Putin or Angela Merkel | The Independent 

Donald Trump Meets Nigel Farage Ahead of U.K.'s Theresa May | Time.com

 
外国との諍いばかり続けるトランプの外交に、既にどこかの国と戦争になっているかのように国民はウンザリしているのだ。今日発表されたギャロップ社の世論調査によれば、メキシコとの国境沿いの壁建設を賛成する声は38%だが、反対は60%だ。また、イスラム諸国からの90日間の入国禁止令に賛成する声は42%だが、反対は55%である。シリア難民受け入れ禁止令に賛成している割合は36%だが、反対する割合は58%だ。

About Half of Americans Say Trump Moving Too Fast | Gallup

 
トランプ政権の外交政策への反感が強い。誰かを非難すればするほど、自分こそ悪者に見えてしまうのがトランプ氏でもある。これでは、戦争をしたくても支持する国民は大多数になることは無く、あまりにも諍いが増えれば、大統領職務遂行不能と見做され、大統領職務から罷免されるかもしれない。
 
トランプ政治の2週間をもって、殆どの人は、「予想していたよりも遥かに酷い」と落胆している。くり返すが、世界の殆どの戦争は、予想していなかった突発的な出来事によって引き金を引かれるものだ。アメリカと中国との戦争が歩かないか、明言する事は出来ないが、もしあるとすれば、それは日本の一部言論人や産経新聞の期待するような、中国だけが大きな痛手を被るような類いとはならない。勿論、日本も巻沿いを食うだろうし、日本の被害は、地理的な条件から、アメリカのそれを上回るかもしれない。
 
自分の見たいようにしか見ない眼鏡を通してでなければ、トランプ外交の未来は決して明るくはない。
 
この点だけは確信をもって言う。