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アンジェイ・コズロウスキー教授に聞く、対イスラエル非難決議とユダヤ人入植 (2)

AK: 次に、宗教的な面から見ていきますが、宗教的なユダヤ人にとっては、この地は神からユダヤ人に与えられた土地です。聖書の時代には、現在論争になっている「東エルサレム」や「ヨルダン川西岸地区」などが、当時の殆どのユダヤ人が住んでいた土地であり、ユダヤ教の聖地とされる多くの場所は、そこにあります。ですから、宗教的なユダヤ人らがそこに住みたがる事は理解できます。彼らにとって、それは神から与えられた義務なのです。

 

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現存するエルサレム神殿外壁、「嘆きの壁」に向かって祈る正統派ユダヤ教徒の男性たち (2016年、イスラエル政府によって、男女で祈りを捧げられる区域も、新たに設置されている。)
 
1947年のイスラエル建国は、宗教的な事案にはあまり興味を持たない世俗派のユダヤ人ナショナリスト達によって成されました。ユダヤ人指導者の多くは、長い間に渡って完全に世俗化、自由主義化していたのです。これらの世俗派ユダヤ人にとって、聖地や入植といった問題は重要ではなく、交渉の障害だと考えられていました。正統派のユダヤ教徒は、当時イスラエル国家の建設に反対しており、彼らの中の少数は、今でもイスラエル国家に反対する人々がいます。
 
現在はこれらの『世俗、自由主義派のユダヤ人指導者層は、影響力を失なっています。イスラエル内での力関係は変わっています。これには複雑な理由がいくつも存在します。一つは、イスラエルに暮らす大多数のユダヤ人が、もはやヨーロッパ出身者ではない事です。ヨーロッパ系ユダヤ人は世俗派であり、リベラル(自由主義)派です。建国当時イスラエル政府は彼らによって運営されていました。ところが現在のイスラエルで多数はを占めるのは、イランのようなアラブ社会出身のユダヤ人です。彼らは概して宗教的であり、アラブ社会で受けた迫害の為、アラブに対する反感があります。
 
それに伴い、多くの正統派ユダヤ教徒らの態度も変わりました。彼らはイスラエル建国当時にはユダヤ・ナショナリズムに反対し、ユダヤ人はイスラエルの国に戻る前に、まずメシヤの訪れを待つべきだと考えていました。(聖書の預言による) しかしながら、正統派ユダヤ教徒の間にもイスラエル国家を受け入れる割合が増え続け、イスラエルへの移住が始まりました。これら多くの正統派ユダヤ教徒は、聖書の時代のユダヤ人が住んだ地域、預言者が暮らし、彼らの墓がある土地に暮らしたいと願うのです。
 
 
HK: アメリカの報道から学んではおりましたが、ユダヤ人の中に世俗派と宗教右派があり、意見が大きく違う事は知りませんでした。
 
 
AK: 今日ある入植を支持する議論には、大きく分けて3つあります。一つはイスラエルの人口が増え続けている事にあり、住居の為の土地が必要だという点にあります。アラブ人の住んでいないヨルダン川西岸地区や、アラブ人から買い取った土地に住んでいけない法はありません。段階的な合意や二国間解決案を信じる人々は、これらの入植者らがアラブ側にも暮らせるようになるべきだと主張します。アラブ人らがイスラエルに住むのと同様にです。アラブ人がユダヤ人への憎悪を棄てれば、彼らの国家の中にユダヤ人が少数派として暮らす事は問題とはならない筈です。ユダヤ人は彼らの国にアラブ人少数派が暮らすことを問題とはしていないのですから。しかしながらパレスチナ人指導者らは、パレスチナの国に一人のユダヤ人が暮らすことも許さないとしています。ユダヤ人側が、パレスチナ側やユダヤ教徒が聖地と考える土に、一人のユダヤ人が暮らすのも許さないなどといった主張に長く甘んじる事は出来ません。
 
西岸の地区にパレスチナ国家を作り、イスラエルが国内へのアラブ人居住を認めているように、パレスチナ側も宗教的なユダヤ人が暮らすことも許可する案は、考えられる限り最も公平で、お互いへの配慮をした解決案ですが、アラブ側がこれを受け入れる事は近い将来期待できません。
 

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  右の頬を打たれて左の頬を差し出す事はしないと語るイスラエルのネタヤフ首相

 
HK: 入植を支持する議論の2番目に移る前に、教えて頂きたいのですが、先ほどから繰り返して仰っている「アラブ人」とは、「パレスチナ人」を指しますか? 例えばエジプト人もアラブ人ですが。
 
 
AK: そうです。私が使うところの「アラブ人」とは、「パレスチナ人」を指します。アラブという言葉を使うのは、「パレスチナ人」と言われている人々の殆どはシリア人、エジプト人、ヨルダン人、レバノン人だからです。しかも「パレスチナ人」という言葉は、以前はユダヤ人を指していたのです。パレスチナという言葉を始めに使ったのはローマ皇帝ハドリアヌス(在位西暦117年~138年)でした。彼はユダヤ人反乱軍を収め、ユダヤ人をエルサレムから追放する事に失敗した後、それまで「ユダヤの地」と呼ばれていた一体をパレスチナと名付けました。パレスチナという名前は、ユダヤ人に対する罰の一つとして、ユダヤという名称を歴史から消そうとしてつけられました。
 
HK: しかしながら、人種、或いは国民としての「パレスチナ人」とは、ソビエトによってPLOが作られた時に、創作されたのでは?
 

AK: そうです。19世紀まで、パレスチナの土地に住んでいたアラブ人のうち、自らを「パレスチナ人」と呼ぶ人間はいませんでした。その当時まで、「パレスチナ人」と言えば、パレスチナに住むユダヤ人を、それ以外の土地に住むユダヤ人と区別して呼んでいただけです。

 

HK: 入植への議論の2番目は何ですか?

 
AK: 入植を支持する2番目の論理は、少し違った論理です。イスラエルは今まで、(パレスチナ側に対して)多くの譲歩を行なってきました。それに対しての見返りは何もありません。このことは彼ら(パレスチナ側)の方針です。パレスチナ側はこの方針に従って、イスラエルに対して入植を止め、入植者の撤退を求めてきました。多くの世俗派のユダヤ人は、パレスチナ側から何かの妥協を引き出せるなら、喜んで入植を止めるでしょう。ところがパレスチナ側は、ユダヤ人に対して代わりに与える条件は何もなく、ただユダヤ人側が入植を止めなけらばならないと主張しています。ネタヤフ首相の言っている「我々はもはや、何の見返りも無しに、ただ譲歩だけをすることは無い」とは、こういう状況を指してのことです。彼がユダヤ教の保守派から懸念されている理由は、ここにあります。彼らはネタヤフ首相が「和平の為」として、入植を止めるのではないかと疑っているのです。勿論、和平の道筋など立ってはいないままで、です。
 
最後に、宗教的な論理があります。これは比較的単純な論理です。聖書によれば、この地はユダヤ人に与えられています。この地が神によってユダヤ人に与えられた事は、キリスト教徒も認めていますし、コーランですら繰り返し述べています。ですから信者にとっては、ユダヤ人らは自分たちに与えられた土地に住むだけなのですから、何の問題もないと考えています。そして、宗教論争に於いて常にそうであるように、宗教上の信念を不信者の為に妥協させる事はあり得ません。

 

HK: それでもイスラム教徒と国連は、エルサレムはイスラム教徒の聖地であると主張していますね。
 
AK: エルサレムがイスラム教徒にとっての聖地だとする主張は、最近創作された発明品です。勿論、これに関する全てを説明する事は複雑なのですが、簡単に言えば、エルサレムという言葉はコーランの中では一度も言及されておらず、何世紀にも渡ってエルサレムが聖なる土地であるといった主張は、イスラム教にとっては異端の教えとされてきました。それだけでなく、コーランはこの地域全域にわたって神によってユダヤ人に与えられたと明確に記されているのです。
 

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   エルサレムのイスラム教寺院、「岩のドーム」に背を向け、メッカに向かって祈るイスラム教徒
 
HK: 仰る通り、イスラム教の聖地はエルサレムではなく、サウジアラビアにあるメッカとメディナです。では、宗教的なイスラム教徒が、神がその地をユダヤ人に与えたと知っているならば、なぜ彼らはエルサレムの地を奪おうとしているのでしょう。
 
AK: その問題は、多くのイスラム教徒が、コーランの定めたユダヤ人の土地に住む権利がないと信じているからです。彼らは、全ての「良いユダヤ人」は既にイスラム教に改宗してあり、イスラム教に改宗しなかった「悪いユダヤ教徒」は、神の敵であり、神は一度ユダヤ人に対して与えた特権の全てを、イスラム教徒に与えられたと教えられています。
 
「全ての良いユダヤ人は、イスラム教に改宗した」という教えは、近代のイスラム主義者の間では標準的な教えとなっています。この教えは、あるハディース(モハメッドの語ったとされる教え)に基づいています。もともとモハメッドはユダヤ教徒に対して、彼の教えを受け入れると期待していた為、友好的でした。ところがユダヤ人らがイスラム教徒に改宗しなかった為、モハメッドは冷淡になりました。ですから初期に書かれたとされるコーランの部分は、ユダヤ人に対して友好的ですが、後期に書かれたとされる部分はユダヤ人を非常に敵視しています。勿論、キリスト教に改宗したユダヤ人がいたように、イスラム教に改宗したユダヤ人がいなかった訳ではありません。イスラム教に改宗したユダヤ人の中には、イスラム教に影響を与えた人々もいます。ところがこれらのユダヤ人らは、イスラム教を「ユダヤ教化」していると、絶えず疑われていました。彼らがイスラム教の教えへの解釈を変え、ユダヤ教に似たものにするのではないか、という疑いです。ですから、エルサレムを聖なる都と言うようなイスラム教徒は、「ユダヤ教化されている」という疑いが掛けられました。19世紀後半に『シオニズム運動』が起こり、ユダヤ人らが彼らの国を建国し、首都をエルサレムに置くと言いだしてから、イスラム教徒らはエルサレムが彼らにとっての聖地であると主張し始めたのです。
 
HK: レバノン系アメリカ人学者のフィリップ・ヒッティがパレスチナについて言ったことを読みました。パレスチナという国が地球に存在した事は一度もない、という歴史的見解です。
 
AK:  実際には、コーランの教えに厳格に従って、エルサレムを含める聖地の全てがユダヤ人に属すると主張するイスラム教学者もいます。かなりの少数派になりますが、ハディースにはよらず、コーランの教えでもって解釈しているのです。
 
HK: これらの教えが国連で無視される理由は何ですか? 多数派を占めるイスラム教国に対する配慮でしょうか。
 
AK: この教えはアラブ諸国にとって、政治的不利益であり、コーランだけでなくハディースの教えを信じる全てのイスラム主義者によって反対をされているからです。エルサレムを含むパレスチナの地はユダヤ人に与えられているという教えは、コーランだけを忠実に解釈した場合の教義です。
 
 
HK: 最後に、ヨルダン人、エジプト人、シリア人、レバノン人らが「パレスチナ人」として纏まり、ユダヤ人によるイスラエルに反対をするのは何故でしょう。それ程ユダヤ人との共存が嫌ならば、例えばヨルダン人であったら、ヨルダン王国に帰る事も出来ませんか? ヨルダン人にしても、エジプト人にしても、彼らは既に別にヨルダンという独立国、エジプトという独立国を持っています。 オットーマン・トルコ帝国の時代にも、彼らはトルコ人によるトルコ帝国における少数民族であった筈ですが、ユダヤ人によるイスラエルにおける少数民族の立場を拒絶し、パレスチナ人という新しい「民族」となり、ユダヤ人によるイスラエルイスラエルの地からユダヤ人を追い出して「パレスチナ」という国を作ろうとする理由は、何故でしょう。
 
 
AK: ローマ帝国がユダヤの地からユダヤ人を追放した後、ローマはこの地を『シリア・パレスチナ地方』と名付けました。実際シリア共和国が建国されて以来、アサド政権を含むシリア政府は、この地がシリアの一部であったと主張しています。ヨルダンになると話は違います。ヨルダンの人口の大多数は「ヨルダン系パレスチナ人」と同じ(?)ですが、王室や支配階級、軍などはベドウィンに起源を持っており、自分たちをパレスチナ人と考えてはいません。ヨルダン王国は、パレスチナ系が増える事を避ける為に、パレスチナ人がヨルダン国籍を取得する事を非常に困難にしました。ベドウィン系と違い、王室への忠誠を感じない「パレスチナ系」は、ヨルダン王家にとって脅威であるからです。
 
また多くのイスラム教徒にとって、非イスラム教徒の下に暮らすことは非常な屈辱です。イスラム教の方が、優越であると信じているからです。しかもイスラム教徒にとって、ユダヤ教は最も侮蔑されるべき人種だと考えられています。長年にわたり、ユダヤ人はイスラム教社会で差別されてきたからです。

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       ヨルダン川西岸の入植地に向かってパレスチナの旗を掲げるパレスチナ人男性

 

HK: それは恐らく、ユダヤ人に対するキリスト教世界からの差別も関係しているのでしょうね。他者に侮蔑されている人々を更に侮蔑する事で、自らの優位性を高めたいのでしょう。
 
本日は、いろいろ教えて頂き、有難うございました。