国際法と国連憲章に違反する、安保理による『対イスラエル入植非難決議2334号』

先週末に可決された国連安全保障理事会におけるイスラエルに対する非難決議2334号は、1967年の6日間戦争でイスラエルが勝ち取った土地に対するイスラエル人の入植そのものが国際法違反であると主張している。更に、イスラエル側の入植が『二国間解決案』や『和平』への障害となっている」としているが、国際法や国連憲章を無視し、史実を完全に侮辱しているのは、この決議2334号であって、イスラエル人の入植ではない。

 

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そもそも、東エルサレムや西岸へのイスラエル人の入植は『占拠』や『植民地』ではないのだが、なぜ「入植しなければならないのか」という議論が起こること自体は自然なことかもしれない。ただし同時に「何故入植してはならないのか」という問題こそ提起されるべきだ。
 
もし今回の国連安全保障理事会の決議2334号に、実際には存在しない法的拘束力を認めるなら、それよりはるか以前の1922年、この『パレスチナ問題』について国際連盟によって初めて公式に定められた『イギリス・パレスチナ委任』が、東エルサレムやガザ地方などを含む現在のイスラエル領土全てをユダヤ人固有の国として認め「他国に割譲したり、貸与し足り、外国政府の支配下にしてはならない」と定め、ユダヤ人の入植を奨励していた事実には、更なる法的権威を認めるべきだ。
しかも『国連憲章』の第80条は、「第77条、第79条及び第81条に基いて締結され、各地域を信託統治制度の下におく個個の信託統治協定において協定されるところを除き、また、このような協定が締結される時まで、本章の規定は、いずれの国又はいずれの人民のいかなる権利をも、また、国際連合加盟国がそれぞれ当事国となっている現存の国際文書の条項をも、直接又は間接にどのようにも変更するものと解釈してはならない」と定め、過去の信託統治協定や国際文書の条項を国連等が変更したり、異なった解釈をしてはならないと禁じている。
 
だからこそ、1967年の6日間戦争の勝利後も、イスラエルは戦争によって獲得した新たな領地を放棄する事が求められただけで、現在の入植について取り沙汰されているガザや東エルサレムなどについてはイスラエル側の領地として認められ、入植も続けられていたのだ。今回の国連決議に対して、イスラエルのネタヤフ側は反発をしたが、イスラエル側の怒りは当然である。
 
また国連安全保障理事会は、ネタヤフ首相の任期に就いてから、イスラエル人の入植が控えられてきた事実を故意に無視している。イスラエル人の入植が熱心に勧められていたのは、PLOのアラファト議長とオスロ合意を結んだ故ラビン首相の時代である。現首相であるネタヤフ首相は、時としてイスラエル人入植を凍結させてきたが、イランから供給されたロケットをイスラエル市街に向けて発射させるパレスチナ側のテロ行為は収まる様子がなかった。パレスチナ側のテロ行為はパレスチナ政府によって奨励され、ジハーディストや遺族には給与や年金まで出ているのだから、パレスチナ政府が国家がらみでイスラエルに対するテロを奨励していると言って良い。しかも1948年と1967年にパレスチナ側から仕掛けられた戦争時には、入植は行なわれていなかった。パレスチナ側にとっては、イスラエルという国家の存在が我慢できないのであり、「入植」さえなければ、パレスチナ側の暴力が起こらないかのような非難決議には、真実の欠片もない。

 

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イスラエルが和平を妨げているという非難には、真実の欠片もない。再三に渡って二国間解決を拒んできたのは、他でもないパレスチナ側である。地球の地図上にイスラエルという国が存在する事を認められないパレスチナ政府は、イスラエル政府とパレスチナ政府、二国の共存や、イスラエルとの和平を実現するつもりはいないのだ。パレスチナ政府が望んでいるものがイスラエルというユダヤ人国家の抹消である限り、どんな共存が可能なのだろう。事実、イスラエルはパレスチナ側の要求を呑み、現実的な妥協案を提案してきた事は、ビル・クリントン元大統領も認めている。彼の仲介による和平の道筋が実現しなかった理由は、全てアラファト議長、パレスチナ側にある。クリントン元大統領は、和平の合意前にアラファト議長の求めていた和平への条件をイスラエルに呑ませたが、その和平を拒絶したのは他でもないアラファト議長である。自らが提案した妥協案すらパレスチナ側が拒絶し、「イスラエルの壊滅」以外の『妥協案』を拒絶する限り、パレスチナ側には和平に向けた交渉を行なう気がないと言って良い。
 
それでは「パレスチナ人」とは何なのか。
 
イスラエルの地に「イスラエル」という国家が存在する事が我慢できない「パレスチナ人」が、歴史上に於いてパレスチナ国家を建設した事は一度もない。そもそも「パレスチナ人」という人種や国民が存在した史実のない事は、アラブ、イスラム社会の歴史家として権威者である、レバノン系アメリカ人学者フィリップ・クーリ・ヒッティが1946年に英米調査委員会で、それより以前の1937年には、シリアの指導者であるアウニ・アブダル・ハニが英国王立パレスチナ調査委員会で証言している。

http://www.nysun.com/opinion/when-the-arabs-themselves-denied-there-was/87607/ https://en.wikipedia.org/wiki/Philip_Khuri_Hitti

 

 

ここで言うところのパレスチナ人とは、1967年6月にイスラエルとアメリカに対抗する組織として、KGBによって支援されたPLOの誕生に伴い、新たに作られた『人種』である。それまで彼らは、ヨルダン人、シリア人、レバノン人と自分たちを呼んでいたのだ。オスマン・トルコ帝国の一領土となった中東の該当地域をイギリスやフランスが独立させ、ヨルダン王国、シリア・アラブ王国、レバノンといった国家が誕生したが、イギリスの統治下におかれたパレスチナの土地は、イスラエル国家として1946年に建国された。ヨルダン人、シリア人、レバノン人らが一夜にして『パレスチナ人』として纏まり、イスラエルを自分たちの土地として主張する事は、些か甘えが過ぎていないか。(ただし、PLOの設立以前は、パレスチナ人とはユダヤ人を指していた。)
 
イスラエル政府は、彼らが少数民族として暮らすことに何の反対もしていないし、法さえ守れば、パレスチナ人もイスラエル人と同じ権利が与えられている。ヨルダン人やシリア人、レバノン人であった「パレスチナ人」が、ヨルダン王国やシリア、レバノンに「帰国」せず、パレスチナ人として纏まる事が出来るのならば、いっそ「イスラエル人」として纏まる事も出来る筈だが、彼らイスラム教徒の心情として、ユダヤ教であるイスラエルに対する強い差別感と、ユダヤ教徒によって支配される事への反発がある。国連がパレスチナ側の主張に配慮をすることで、反シオニズムが煽られていると指摘されるのは、その為だ。

 

現在のパレスチナ政府を牛耳るハマスは、イスラム教過激派のテロ組織であるが、そもそもPLOの故アラファト議長はKGBによって金銭的援助を受け、その指令に従って動いていたマルクス主義者、レーニン主義者の人物で、要人暗殺にも関わっていた人物だ。PLOそのものがKGBによって作られた反イスラエル、反米組織なのだから、これは秘密でない。ロシアは積極的にPLOやパレスチナ政府を使い、反イスラエルのプロパガンダをそれとわからない形で流布してきた。冷戦時代のKGBは、イスラエルを占領者、アメリカを帝国主義者、パレスチナ人を虐げられている先住民と描写することで、反米感情を高めてきた

The Arafat I Know - WSJ

The KGB's Man - WSJ

Soviet pro-Arab propaganda - Wikipedia

 
メイド・イン・ロシアの反米プロパガンダは、反米の欧米左翼らがシンパシーを見出したが、アメリカの政治史上最も極端な反米イデオロギーに凝り固まっているオバマ大統領が、反米キャンペーンの一貫である反イスラエル、親パレスチナの姿勢を示し、対イスラエル非難決議を率先して可決させた事実は、クレムリンを喜ばせているだろう。