日本の右派が抱える危機(1) ホロコースト否定論者と南京否定論者

二年前、私は独自のラジオ番組を持つジョシュア・ブレイクニーというジャーナリストから、フェイスブックの機能を通してメッセージを頂いた。


「こんにちは。私はカナダ在住のイギリス人ジャーナリストです。私は自分のラジオ番組を持っていて、あなたをゲストとしてお迎えしたいと思っています。第二次世界大戦の日本の真実について、興味を持っています。私は最近国立国会図書館で、現在執筆中のほんのリサーチをしました。敬具、ジョシュア・ブレイクニー」
 
私は「私の名前をどこでお聞きになりましたか?」と聞いた。
 
ブレイクニー氏は「ヤスクニのフェイスブックのページ(グループ)で、あなたの優れた投稿を読みました」と答えてくれた。
 
それが私とブレイクニー氏が交わした会話だ。
 
当時私は、日本なりの歴史観を世界に広める事が良いと考えていたので、願ってもいない申し出ではあった。そういった申し出が他の方からあったら、願ってもいない好機と考え、喜んで出演させて頂いただろう。ところが私は、それ以後、彼に返信する事はなかった。
 
彼がホロコースト否定論者であったからだ。
 
ホロコーストを否定する人々は、欧米にも僅かながらいるが、彼らが知的な人々として一般に説得力を持つことは無い。ホロコースト否定者は『ディナイヤー』と呼ばれ、反ユダヤ主義者やネオナチ、陰謀論者と捉えられている。当然だろう。
 
ホロコースト否定論者が『デナイヤー(否定論者)』と呼ばれる理由は、正統的な歴史学方法論に基づいて、既成の歴史認識に挑戦する『歴史修正主義』と区別をつける為である。ホロコースト否定論には、「ナチス・ドイツの最終目的は、ドイツ国家からユダヤ人を移送することにあり、ユダヤ人に対する民族浄化は行なわれなかった」、「ナチスはユダヤ人を大量虐殺する為の絶滅収容所やガス室を持っていなかった」或いは「虐殺されたユダヤ人の数は、通説となっている500万から600万よりはるかに少ない50万から60万人であった」などの説が含まれている。
彼らは自分たちを「否定論者」ではなく「歴史修正主義者」だと主張するが、彼らの主張は自ら既に出した結論に基づいたもので、多くの物的証拠を無視している。
 
殆どのホロコースト否定論者は、「ホロコーストは、ユダヤ人によって陰謀された、他者を陥れる事によってユダヤ人の利益の躍進を図る誇張やある」と示唆したり、公言する。この為に、ホロコースト否定論は、一般的に反ユダヤ主義の陰謀説として考えられており、国によっては違法となっている。
 
因みに、親しくさせて頂いているワルシャワ大学のポーランド人教授、アンジェイ・コズロウスキー博士の父方の親戚は、父親、叔父、大叔母を除いて、全てナチスの犠牲となっている。
 
「ナチスが私の父の生まれた町にやって来た時に、彼らは全てのユダヤ人を集め、銃殺をしました。私の祖父母や、逃げ出した叔父、大叔母を除く、父方の親戚全員をです。私の叔父は少年でしたが、ドイツ兵が彼に「ナチス親衛隊がここにやって来る。奴らはあんたたち全員を殺すだろう。逃げなさい」と教えてくれたそうです。叔父はすぐに姿を隠し、それから逃げてワルシャワに辿りつきました。こういった話は、数え切らない程あります。」
 
戦時中ドイツは上海からユダヤ人追放を望んだが、ユダヤ人の虐殺を公けに認めていた訳では無い。ユダヤ人への民族浄化の情報が初めて西側に知らされたのは、ポーランド人、ヤン・カルスキによる。彼はルーズベルトに会い、ユダヤ人虐殺が行なわれている事を知らせた。こうした事実を、自らアウシュヴィッツに赴いて調べたのが、ポーランド人のヴィトールト・ピレツキーである。彼は戦後、共産主義者によって暗殺されたが、アウシュヴィッツの目撃証人として最も重要な人物の一人だ。彼が詳細に記した138頁にも及ぶアウシュヴィッツのレポートは、ポーランド語から多言語に訳されているが、日本語には訳されておらず、日本語のウィキペディアにも彼について記していない。

 

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  ヴィトールト・ピレツキー。下記のリンクは、彼が詳細にまとめたアウシュヴィッツのレポートである。

 
因みにナチスは、オーストリアを併合した後の1933年、国内の共産主義者、社会主義者、ロマ人(ジプシー)、同性愛者やエホバの証人などを強制的に収容する施設を作っている。これはこれらの人々を反社会的集団だと判断した為であるが、この収容所は「絶滅収容所」ではない。また収容所には二種類あり、強制労働の為の強制収容所と、処刑の為の絶滅収容所がある。アウシュヴィッツには強制労働の為の収容所があったが、アウシュヴィッツ近くのブジェジンカには「絶滅収容所」であった。多くのユダヤ人が送られたガス室は、アウシュヴィッツには無く、アウシュヴィッツ第二収容所と呼ばれる「ブジェジンカ(ビルケナウ)収容所」にしかなかった。
 
ごく一般の常識的認識として、ホロコーストというユダヤ人への民族浄化を20世紀最大の人道に反する犯罪である。これに対する『否定論』は、反ユダヤ主義という人種差別に基づいた、議論し合う必要のない陰謀論である。この陰謀説論者との議論は、フランスの著名な歴史家であるピエール・ヴィダル・ケナが述べるように「月がロックフォール・チーズで出来ていると断定する研究者がいるとして、一人の天体物理学者がその研究者と対話する光景が想像できるだろうか。ホロコースト否定論者たちが位置しているのは、このようなレべルなのだ」と述べた通りだと思う。議論するだけ、彼らの陰謀に正当的な関心を払うという報酬を与えることになる。
 
勿論、虐殺の原因、経緯、及びおおよその犠牲者数には研究者の間で議論があり、それらの学術研究は法的に禁止されていないが、ロコーストにより数百万人規模の計画的な殺戮が行われたこと、ホロコーストが中央で計画されたこと、およびホロコーストの実行におけるナチ指導部の役割のあったことは、膨大な物証、証言および文献によって、既に裏付けられている。このため、欧米では公共空間におけるホロコーストへの否認は、歴史の真実への研究ではなく、政治的な意図を持った煽動として扱われている。
 
ホロコースト否定論者と、南京虐殺否定論者との共通点は、驚くほど多い。ホロコースト否定論者は「真理の研究」を口にするが、その裏には「ユダヤ人による歴史の捏造に対する非難」と連合国側によって貶められた「ナチスの名誉回復」という主張がある。ホロコースト否定論者は、自分たちの主張が受け入れられない理由を、歴史が戦勝国側によって作られる証拠としている。しかし実際には、否定論者は歴史学の検証姿勢を持っておらず、膨大な資料に対する反論が、政治的な目的無しにはできないからである。
 
中東研究家の滝川義人氏は、『否定論者の行動パターンを、あらかじめ決めていた結論に一部分の事実をはめ込み、逆にその結論と矛盾する事実はすべて無視し」「小さな誤認や食い違いを、歴史をひっくり返す大発見とはやし」「当時は不可能だった対応がなかったのはそれがなかった証拠とし」「相手には厳密な証明を求めるのに、自分の意見には因果関係を証明せず、ハーフトゥルーズの世界をつくりあげる」と指摘している。
滝川氏の指摘は、歴史家の秦郁彦氏が陰謀説論者について記しているのと同じ指摘である。
 

ホロコースト否定論者の論法について、『例えば、エルンスト・ツンデルなどの否認論者は、フレッド・ロイヒターがアウシュヴィッツのガス室跡地を調査したが、シアン化物の痕跡は見つからなかったとする「ロイヒター・レポート」を、「強制収容所にガス室は無かった」と主張する上で重視している。しかしロイヒターは化学の専門家でもなく、文献資料も無視しているため、ツンデル裁判においては証拠としての価値を認められなかった。一方で1994年にクラクフ医科大学のヤン・マルキェヴィチのチームが行なった調査では、ガス室の跡地からシアン化物が発見されたという報告があるが、否認論者がこの調査を重視することはない。また否認論者が行う主張においては、『アンネの日記』などの「定説派」の文献のみならず、ポール・ラッシニエといった「否認論の先駆」である著書の文脈無視、改竄などをおこなっていることも指摘されている』とある。

 

これは、南京の虐殺を否定する為の日本側の行なう論法と酷似している。むしろ南京虐殺への否定派が、ホロコースト否定論者の方便から学んだのではないかとさえ疑わせる。

 

正直に言えば、私は以前、南京での虐殺が起こらなかったと考えていた。これは私自身がナショナリスト的な歴史観に染まっていたからであるが、しかしながら、ホロコーストについては否定しない理性が残っていた。それは、ホロコーストに対してナチス・ドイツを庇い立てする義理や政治目的が無かったからである。南京について意見を変えたのは、「日本の名誉を復活させる」といった政治的な目票を捨て、客観的と言われる歴史家の調査結果を学んでからだ。

 

私がナショナリストやその歴史観、政治発言を批判するのは、その心情は理解しつつも、議論としての論理に無理があり、既に意見を共有している仲間内での議論はともかく、他者に対する説得力に欠けるからだ。説得力に欠けるだけでなく、これらの論理や論法は、ホロコースト否定論者の知性と動機に疑いが抱かせるように、現在の日本人の知性と動機を著しく疑わせている。

 

ホロコーストは、ユダヤ人への人種差別を基とした、20世紀最大の人道に対する犯罪の一つだ。ホロコースト否定は、多くの証拠に逆らう、人種差別や陰謀論に根差した政治運動である。

 

一部保守派の間では、ホロコーストと日系人への強制収容を同一に論じられているらしい。私は、韓国人の団体が元慰安婦たちをホロコースト生存者と同一に論じた時に感じた違和感を、日系人収容とユダヤ人への民族浄化とを並べて論じる論法に感じる。

 

私たちは、政治目的の為に歴史事実を歪曲するべきではない。自らの主張の為に、数多の物的証拠を無視してホロコースト等の人道に対する罪を矮小するべきではない。500万から600万人の市民に対する民族浄化を軽んじるほど、理性を無くしてはならない。

 

これらの歴史的事実を、その膨大な証拠と共に無視し、改竄しようとすれば、問われるのは知性と動機である。