アレッポに聞く、ロシアは約束を守るか

プーチン大統領の訪日を機に、ロシアが果たして信頼に値するか、交渉での取り決めを守るかの議論がなされているようだ。今日も北方領土問題が解決しないのは、アメリカの責任であるという声も何故かある。

「ロシア国民の多くが北方領土返還に反対している中、日本に領土を返還する為には、プーチンのような強権な指導者が必要だ」という意見すらあるが、プーチンはその強大な権力を行使して、自国民の人権や他国との約束を守ってきたのだろうか。

視点を変えて、数日前に陥落したシリア・アレッポでの戦闘を考えたい。

2015年9月、ロシアはISIS掃討作戦としながら、シリアの空爆を開始した。当初から、欧米とイスラエルのメディアは、ロシア空軍のターゲットが西側の支援する反アサド派グループや一般市民であり、ISISではない事を報道していた。ロシア戦闘機が空爆を行なっている地域は、ISISが支配している地域ではなかったからだ。

Russia launches first airstrikes in Syria - CNNPolitics.com

2011年に中東で広がった民主化を求める大規模なデモ『アラブの春』に参加した一般市民に対する攻撃で、少なくとも147人が犠牲となった。アメリカ国務省とFBIは、シリアから持ち出された2万7千枚の写真の分析で、アサド政権に拘束されていたヨーロッパ国籍の10人を含む約1万1千人の市民に対する拷問や殺害が行なわれていたと判定し、アサド大統領を人道に対する犯罪人に定め、辞任を要求していた。

U.S. Says Europeans Tortured by Assad's Death Machine - Bloomberg View

2013年には反政府派を含む自国民に対して、サリンと思われる化学兵器で大量殺害している。この時の犠牲者数はまちまちだが、281人から1,729人が犠牲となったとされている。『超えてはいけないレッドライン』を設け、「アサド政権が自国民に対して化学兵器を使用する場合には、アメリカは軍事行動に出る」と約束していたにもかかわらず、オバマ政権はアメリカの軍事介入を議会にかけ、議会の反対により、アメリカの介入が見送られた。この時に仲介を名乗り出たのがロシアのプーチン大統領である。

ロシア政府監視の下、シリアによる大量破壊兵器(化学兵器)の武装解除が行なわれる筈だったが、その後2014年4月には、塩素ガスによる攻撃が、カフル・ジタなどの反体制派の支配する地域に対して使用され少なくとも200名の犠牲者を出している。国連特別委員会は2015年3月に、アサド政権に対して、塩素ガス爆弾の使用が再び行われた場合は、厳しい対抗処置がとられると警告した。2015年5月、ロイターの報道によれば、国連に対して報告されていないサリンやVXガスの製造跡が発見されている。8月には国連安全保障理事会は、決議2235号を採択し、いくつかの化学兵器を使用した攻撃の所在を調査する捜査委員会が設けられることになる。

その翌月、ロシアはシリアの反体制派の支配地域を空爆し始める。2016年10月には、ロシアは対空ミサイルシステムをシリアに配置する。勿論ISIS制圧を口実にするが、ISISに飛行機は無く、これは反アサド派を軍事支援しようとした西側に対する牽制であった。

Timeline of Syrian Chemical Weapons Activity, 2012-2016 | Arms Control Association

Russia deploys advanced anti-missile system to Syria for first time, US officials say | Fox News

ロシアによるアサド政権への軍事支援によって、人道に対する罪を犯したままのバシャール・アル・アサドは、未だ政権についている。それだけではなく、西側は同盟相手となり得た穏健派スンニ・イスラム教徒の反政権派の自由連合を失なってしまった。これから、穏健派スンニ・イスラム教徒が、アサド政権に対しての抵抗を続ける場合、彼らの行き着く先は恐らく過激派スンニ・イスラム教徒のISISしかないだろうと言われている。

西側には、自国民のうちにクルド人の独立問題を抱えるトルコに対する配慮から、クルド武装グループを支援したくないジレンマがある。

更に複雑化したシリアの問題を、ウォール・ストリート・ジャーナル紙の抜粋からも考えて見る。

Assad’s Choice: Fight Rebels but Give Way to ISIS - WSJ

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ここ数日で、シリア政府側とロシア、イランの同盟軍は大きな勝利を得、また極めて惨めな敗北となった。アレッポとパルミラという極めて重要な二つの戦闘の全く違う結果は、アサド政権とロシア、イラン同盟の優先順位を展示しているのだ。彼らの優先順位は、ISISと言った過激スンニ派との戦闘ではなく、穏健派スンニ・イスラム教徒の反政府派との戦闘である。

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実際、シリア政府軍が半年に渡って包囲し、徹底的な掃討作戦の後にその殆どを奪還したアレッポに、ISISはいない。同時にシリア政府軍は、殆ど戦うことなく、パルミラの歴史的地をISISに譲り渡している。

パルミラのあっけない敗北は、この内戦のもう一つの側面を示している。シリアのバシャール・アル・アサド大統領と彼の同盟相手の不安定さだ。5年以上も続いている戦争で、彼らの経済は限界を超えている。パルミラの敗北が示したように、政権側は自分たちの勝利を保持する事が出来ず、彼らの勝利も一晩で覆されるかもしれないのだ。

これらが意味する事は、木曜には最後の砦から市民や反政府軍が撤退しているアレッポの勝利を政権側が祝っていても、アサド大統領がシリア全土を掌中に納める事は不可能に近い。全国民の半数が非難を余儀なくされ、40万人以上が犠牲となった後でも、政府軍の完全勝利は、以前と同じように不可能なままである。

「これで内戦が終結したわけではない。アサドは勝利者ではない。彼は何らかの妥協をする必要がある」アラブ連合の事務総長であるアハムド・アバウル・ゲイト元エジプト外相が「アブ・ダビ」のインタビューで語った。

「いくつかの軍作戦に勝つことは出来る。戦車に対して戦車、大砲に対して大砲、というように。しかし政権側が反対派と交渉を行ない、適切な和解をしなければ、ゲリラ戦はシリア全土に広がるだろう。これが止むことは絶対に無い。正常な人物ならば、アサドが権力から退く事以外に道はないと気付く筈だ。」

全てのシリア反政府派はこの意見に同意している。シリア東部でクルド武装集団と共にISIS相手に戦っている、最も穏健派の反体制組織『タヤール・アル・ガド』の首脳であるモンゼル・アクビックは語る。「アサドは今勝利している。だが、どうやって彼が再び国を治めるのだ。彼に対する反乱は収まる事は絶対にない。」

シリア内戦についての議論でドナルド・トランプ次期大統領は、ワシントンはロシアとアサド政権をISISに対する共通の戦いの同盟相手として受け入れるべきだと示唆した。しかしながらアサド政権もロシアも過激派に対しての戦闘を行なっている形跡はない。彼らによる唯一の過激派に対する攻撃は、3月に、過激派が10か月間支配したパルミラを奪還した際の戦闘だけだ。

 

(中略)

今の間は、世界の目はアレッポによって行なわれた政府軍の非道に釘付けとなるだろうが、髭を生やし、覆面をつけたISIS兵士の突然の再出現を目にした時に、アサドの方がより良い悪として映るのだろう。湾岸協議会の政治問題副委員長のアブデラジズ・アルウェシェグは言う。「ダエーシュ(ISIS)は、シリア政府にとっては常に都合の良い恩恵でした。アサド政府はISISを使って、専制君主的なファシスト政府に対する戦いから、テロリストへの戦いに内容を変えてきたのです。」

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アサド政権は、西側の支援する自由連合を制圧し、むしろISISの台頭を許した。そのアサド政権の同盟相手であるロシアにとっての最大の敵は、ISISではなく西側である。

ISISに対する戦いの為に、西側がアレッポを忘れアサド政権と組む事になれば、シリアに人権は残らず、西側は自らの首をロシアに対して差し出す事となる。

くり返して書く。

プーチン大統領の訪日を機に、ロシアが果たして信頼に値するか、交渉での取り決めを守るかの議論がなされているようだ。ロシア国民の多くが北方領土返還に反対している中、日本に領土を返還する為には、プーチンのような強権な指導者が必要だという意見すらあるが、プーチンはその強大な権力を行使して、自国民の人権や他国との約束を守ってきたのだろうか。

更に絶望的な質問をしよう。軍事介入を約束したアメリカは、いざとなれば、いつでも自国軍を派遣してくれるだろうか。

アレッポの人々に聞いてみたら良い。

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