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#ピザゲート---ヒラリー憎悪と陰謀説に煽動されたアメリカ右派の犯罪

以下は、先週日曜の午後、ワシントンDCで起きた発砲事件「ピザゲート」が、いかにインターネット上の無責任な噂から、発砲事件に発生していったのかを調べたワシントン・ポスト紙による詳細な記事を、3分の一程度抜粋した上で訳したものだ。(ワシントン・ポスト紙のジャーナリズム魂には敬服する。)

「専門家の声がその他諸々の情報にかき消される場が、インターネット上のニュースである」という警告も然ることながら、ヒラリー・クリントンへの憎しみと陰謀説に惹かれる「反ヒラリー右派」の起こしたこの事件から学ぶべき警告は多い。

Pizzagate: From rumor, to hashtag, to gunfire in D.C. - The Washington Post

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ノースカロライナ州に住むエドガー・ウェルチが、ワシントンDCのピザ・レストランに行ったのは、そこで性的に虐待されている子供たちがいると信じ、彼らを救おうと考えたからだ。

元消防隊員で、自らが子供を持つウェルチは、インターネットで見かける暗いミステリー事件に魅力を感じていたが、警察の発表によれば、彼が現場のピザ・レストラン『コメット・ピンポン』目にした現実は、彼の攻撃用ライフルの為に恐怖におののく客と従業員だけだった。

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  「コメット・ピンポン」ピザ店での発砲後、逮捕されるエドガー・ウェルチ

 

隠されている子供たちも、隠し部屋も、大統領選に落選した民主党候補者であるヒラリー・クリントンや、彼女の陣営責任者、またこのピザ・レストランが運営している筈の児童性的搾取組織の証拠は何一つ見つけられなかった。

世界中に広がり、ウェルチも読んでいた、奥の部屋にピンポン台があるチャーミングな小さなピザ屋の噂は、全くの嘘であった。ピザゲートと呼ばれるこの事件は、偽のニュースと真実を見せつけた事件だ。全く何でもない事を扇情的に書き立て、最近まで存在しなかった方法で恐怖感を広めた事件だ。

12月初旬の冷え込む日曜日午後、ウェルチを首都に導いたのは、噂と、政治紛争、情報技術の変化とミステリーを解明しようとする毒にまみれたスリルだ。

10月28日、ジェームス・コーミィFBI長官は議会に対して、当時国務長官であったヒラリー・クリントンの私的emailサーバー使用問題に対する捜査を再開する旨を伝えた。新たなemailが、クリントンの補佐官であるフマ・アベディンの別居中の夫のコンピューターから発見されたからだ。その2日後、@DavidGoldbergNY というハンドルネームの人物が、新たに発見されたemailに、ヒラリー・クリントンを中心人物とした児童売春組織について示すものがある、という情報をツイートで流した。このツイートは6,000回のリツイートをされている。

この情報は、4chanやReddit、その他のソーシャルメディアでも、アノニマス(匿名)やペンネームを使うユーザーによって投稿された。極右メディアのインフォウォーズでは、トークラジオ番組ホストのアレックス・ジョーンズが、ヒラリー・クリントンの悪魔児童性売春組織への関わりと、彼女の選挙キャンペーン責任者、ジョン・ポデスタによる悪魔礼拝儀式への傾倒を繰り返し示唆していた。

11月4日にジョーンズが掲載したユーチューブ・ビデオでは、彼は「ヒラリー・クリントンが自身で殺害し、首をはね、強姦した全ての子供たちの事を考えると、彼女に反対して立ち上がることなど怖くない。その通り、よく聞いてくれ。ヒラリー・クリントンは、自分の手で、子供たちを殺害したんだ。私は、これ以上真実を抑え込むことは出来ない。」と語っている。

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アメリカで最も有名な陰謀説論者、アレックス・ジョーンズ。独自のメディア「Infowar」から発信をしている。

ジョーンズは、最終的には自分のコメントはクリントンによるシリアにおけるアメリカの外交政策を意味すると説明したが、その間、彼のユーチューブ・ビデオは427,000回の再生がされている

それからの2日間、クリントンに対する野蛮な言い掛かりが、ウィキリークスによって流出されたポデスタのemailと共に始まった。これらのemailには、ポデスタがしばしばコメット・ピンポンで食事をしている事が書かれていた。

11月7日には、ツイッターで#pizzagateのハッシュタグが誕生する。その後の何週間、このハッシュタグをつけた噂のツイートは多くのリツイートを重ね、一日に何千回もツイートされていった。

ノースカロライナ州エルトン大学のメディア分析のジョナサン・オルブライト助教授によれば、これらのピザゲート・ツイートの一定の割合が、不思議なことにチェコ共和国、キプロスやベトナムなどからなされたものだと分析されている。そのうちの最も熱心なリツイートは、特定のニュースや情報を量産する為のプログラムである「ボット」によってなされていた。

オルブライトによれば、ボットは、「これらのツイートや情報をツイッター上の『流行』とする事です。ボットはそれを数多く流すことによって、多くの人々が関心を持っている情報であると見せかけ、インターネットの情報に正当性を与える能力」があるとする。

インターネットでは、より多くの回数何かがリツイートされたり、シェアされれば、それが『トレンド』なニュースとなる。ピザゲートを広めた通常のツイッターの利用者とボットの協力により、ピザゲート関連の噂は瞬く間に山火事のように広がった。ピザゲートを広めるようにボットの設定を誰が行なったかについては、解明されていない。

投票前の金曜日、ワシントンDCのノースウエスト・ワシントン地区に『コメット・ピンポン」を含む二軒の店舗を持つジェームズ・アルファンティスは、彼のインスタグラムに多くのコメントが寄せられている不可思議な現象に気付いた。そのコメントの多くは、彼を児童性愛者と呼んでいるのだ。

アルファンティスは彼のインスタグラムに書き込まれた憎悪溢れるコメントについて、コメット・ピンポンの若い従業員らに話した。従業員らはインターネットを調べ、すぐにReddit、 4チャンネルとインスタグラムで、彼らの働くレストランで行なわれているとされる児童性犯罪組織についての急増する議論に出くわした。 

ワシントンDCの裕福な地域で育ったアルファンティスは、政治について知識が無い訳ではない。彼はクリントン陣営の為の寄付集めの集会をコメット・ピンポンで開催した事もある。彼はかつてクリントンの対抗馬でありつつ、後にはクリントン擁護者となったデイビッド・ブロックとも知り合いである。また民主党組織内に多くの友人や顧客を抱えている。

アルファンティスが10年前にコメット・ピンポンを開いた時に、歩行者通路にピンポン台を置いたことが気に入らなかった市会議員に出くわしたことがある。この市会議員はピンポン台を置くことが、殆ど犯罪とは無縁のこの近隣に、強姦や殺人などの犯罪を招くと警告してきた。その当時、ワシントン・ポスト紙によって報道されたその小さな記事は、10年経ち、コメット・ピンポンに関するどんな問題の記事でも探そうとする、何千もの貪欲なツイッター利用者によって流行記事となってしまった。

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 ピザ屋における児童性虐待と悪魔礼拝にヒラリーが関係しているとするイラストの一例

 

投票直前には、その並びの店主たちも、脅迫の電話や、不審なemailらを受け取るようになった。遠い地からの全くの他人が、彼らの店の窓に描かれているロゴサインや壁の写真の意味を聞こうとした。コメットの向かいのフランス料理店『トラソル』のオーナーであるサブリナ・ウスマールは、グーグルのレストラン評価で、自分のレストランに於いても、児童の性的虐待が行なわれていると言い掛かりをつけられている事に気付いた。

更にインターネットのコメントは、トラソルのウエブサイトに添付されている、ウスマールと彼女の娘が、彼女のレストランで食事をした時のヒラリー・クリントンと一緒に収まっている、何年か前の写真に熱中していた。またインターネットの自称探偵家らは、彼女のレストランンのウエブサイトにあるハートのロゴ(それは自身が元癌患者であったウスマールが、聖ジュード小児科研究病院への支援の一貫として、何年にも渡って使用していたものだが)について議論をしていた。

「これらの異常な人々は、このロゴが児童ポルノを暗示していると思ったようです」彼女の夫であり、ビジネス・パートナーであるアラン・モアンが話す。「狂っているでしょう。」

一家はこのロゴをウエブサイトから消去したが、するとインターネットのコメント者らは、「トラソルは何かを隠しているに違いない」と騒ぎ始め、更に多くの匿名の電話を受けるようになった。「どうしたら良いのでしょうね。地下室も無ければ、トンネルもありません。何のおかしなことも行なわれていませんが」

アルフォンティスと他の店主らは、気味が悪く思った。この噂は、どこからこれらが来るのだろう。これをどうやって止めたら良いのだろう。

彼らはフェイスブックとツイッターに連絡し、彼らの店に関する想像上のコメントを削除してくれるように頼んだが、彼らが得た回答は、これらの嫌がらせを行なうユーザーらを、個人的にブロックする事だけだった。

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 コメット・ピンポンのロゴと悪魔のイラストと比較し、両者の関連を説明しようとするイメージ

4チャンネルのオーナーである西村博之は、ワシントン・ポストの取材に対し、「ピザゲートは私に、ある国がイラクには多くの大量破壊兵器が遺棄されていると示唆し、多くの人々や国家が騙された事を思い出させます*」と答えている。

日本人インターネット起業家の西村に言わせれば、コメット・ピンポンの噂は真実ではないかもしれないとしつつ、「自分たちが良い事をしていると信じている人々でも、もしかすれば、偽の情報によって騙されている場合があります。しかし、彼らの動機は良いものです。子供たちを救おうとしたのです。」

コネチカット・アベニュー(通り)の店は、憎悪に満ちた電話や脅迫を受け続けていた。それでも、これらの店主らは、選挙さえ終われば、こうした異常事態も一段落つくと考えていた。

投票日、右派のインターネットをベースとした活動家であるブリタニー・ペティボーンはSF小説を双子の妹と書いているが、『性的虐待を受けている子供たち、児童虐待、ビリヤード台、手錠』というタイトルの付けられた漫画をツイートした。彼女はこのイメージは「ヒラリー・クリントンの友人であるトニー・ポデスタの家の中」だと書いた。トニー・ポデスタとは、ワシントンを拠点としたロビイストで、ジョン・ポデスタの兄弟である。ペティボーンはこれにピザゲートのハッシュタグをつけた。また「この事件について、解明しなければならない」とも書いている。何十人もが、これにすぐに反応し、「どうしたら、これが広められるだろう?」と書いている。ピザゲートの噂を広めた著名ユーザーらは、この陰謀説について、ペティボーンの投稿によって、まず学んだことを証言している。

「私は、最初にこれを広めた人々の中の一人であるだけです」火曜日、ペディボーンは短く語る。「私は主要メディアのインタビューを受けたくありません。選挙期間中、主要メディアは、ヒラリー・クリントンの健康問題を取り上げた私たち右派をバカにしました。ですが、彼女の健康問題は本当にあったではありませんか」

何日か経ち、ドナルド・トランプが選挙に勝利をし、コメット・ピンポン・ピザにも平穏が訪れたかに思えた。しかし並びの店に対する不審な電話が鳴らなかった日はない。ベスタ・ピザを経営するアブデル・ハマッドは、彼のウエブサイトを運営する会社から、緊急の連絡を受けた。彼の店のウエブサイトに、「店のロゴである一切れのピザには、児童ポルノという意味が含まれている」というカスタマー・レビューがついたのだ。エジプトからの移民で、自身がトランプに投票したハマッドは驚いた。「ただのピザですよ!」

ハマッドはウエブサイトからピザのロゴを削除したが、店に別の看板をつける2千ドル(約21万円)は出せなかった。

「ウエブサイトのロゴをなぜ替えたんだ!」匿名の電話の主が怒鳴る。「お前の頭に銃弾をお見舞いする」と脅す電話も鳴った。

(中略) 

近隣のレストラン等のオーナーらは地元警察に話し、FBIにも通報をしたが、FBIはこれを「ローカルな事件」と受け流す。

選挙が終わり、ピザゲートの噂も消去するかと思われたが、選挙の話題が終わった為に、却ってこの事件の真相を明らかにしようとする人々が現れた。そのうちの一人であるジャック・ポソビエックは語る。「選挙の投票前は、選挙キャンペーンへの協力で、ピザゲートなどに関心は無かった。選挙前に、誰がピザについて話したい?」

トランプが選出された事で、ポソビエックはこの事件について関心を持ち始めた。クリントンやジョン・ポデスタ、ジェームズ・ブロックの『非道さ』を糾弾するようなどんな話でも、調査するべきだと考えるようになったのだ。彼は、クリントン陣営が多くの秘密と陰謀でまみれていると信じていた。

ポソビエックにとって、ヒラリー・クリントン陣営の選挙責任者であるジョン・ポデスタと、支援者であるジェームズ・ブロックが共謀して組織的性犯罪を行なっていると信じる事は容易だった。

しかし実際には、ポデスタがコメット・ピンポンでピザを食べる事が事実であるだけで、コメットやその他のレストランに描かれている蝶やリボンなどが児童性愛を象徴する、というのは明らかな嘘である。

ポソビエックは好奇心と猜疑心から、友人と一緒にコメット・ピンポンへ行くことを思いついた。彼らは選挙後8日経った日にコメットへ出かけ、注文をして腰かけた。ポソビエックはガーリック・ノッツを注文し、友人はビールを頼んだ。彼らはそこで食事をしただけではない。彼は自分の携帯電話についているペリスコープ機能を使って、店の実態をライブ中継しようとした。

「2016年を生きている中での不思議な一点は、実際のカメラで、現場をライブ中継することにある。人々はすっかり政府や主要メディアに対する信頼や権威を感じなくなってしまったんだ。イラク戦争や、ベンガジ事件の後、人々は他の方法から情報を集めるようになった。もし私がペリスコープで自分の目で見ているものを報道出来たら、それが一番正確じゃないかと思う。」

ポソビエックは決して店の運営を妨害しようとしていた訳では無いと言う。しかし店のマネージャーは、彼が電話のカメラ機能を持って録画しながら、子供の誕生日会が開かれていた貸し切りルームにも入って行こうとしているのを見た。子供の誕生日会が、全くの他人のペリスコープによって報道される事は適切とは思われなかった。マネージャーはちょうど道の反対側にいた警察官二人の助けによって、ポソビエックらに退去を願った。ポソビエックは、注文した食事については支払うと申し出たが、店側が拒否した。ポソビエックは大袈裟にするつもりは無かったと語る。「前もって何かの結論を出していた訳ではない。良くわからなかった。ただのピザ屋だと見せれば良いと思ったんだ。」

コメット・ピンポンから退去を願われたその夜、ペティボーンは「あなたは私のヒーローね、ジャック。諦めちゃダメね」とツイートをしている。ポソビエックのビデオが掲載された数時間、ピザゲートのハッシュタグは、最高記録を更新した。

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この事件は、ライフル発射の犯行現場となったピザ・レストラン、「コメット・ピンポン」だけではなく、記事にあった通り、別のレストランに対する妨害や脅迫にも発展している。

勿論、コメット・ピンポンに於いて、児童セックス組織による児童性的虐待も、悪魔礼拝の儀式も行なわれてはいない。証拠が皆無なのだ。いい加減な、社会的責任を負わないインターネット・ユーザーらによる裏付けのない陰謀説によって煽動された、「運動家」らによる犯罪事件である。CNNのジェイク・タッパーが警告しているように「誰かが殺されていたかもしれない」のだ。

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     ヒラリー・クリントンを魔女に準え、陰謀や犯罪を示唆するイメージ

アメリカには、ヒラリー・クリントンに関係する事ならば、どんな裏付けのない情報でも鵜呑みにする自称『保守派』がいるが、彼らの『無知と悪意をベースにした正義感』は、却って害悪を齎している。

当然のことながら、こうした『憎悪錯乱症候群』の兆候は、日本人一部保守派にも見られる。中国人や韓国人に関する噂ならば、どんな裏付けのない情報でも鵜呑みにして広める人々がいる。

どんな無責任な噂を流しても、「愛国心」や「正義感」という隠れ蓑があるので、4チャンネルの西村博之の述べた通り、「動機は良いものだ」で済ます傾向にある。動機が良ければ影響がどうでも良い訳では無い。特に影響力のある発信者が情報を流す際には、影響力の大きさを考えるべきだ。

こうまでも「良い動機を持った人々」が無責任な情報や陰謀説に煽動される原因は、ポソビエックが語った通り、政府や主要メディアに対する信頼感が薄れ、権威を見出せなくなったことがあげられる。「政府は嘘をつく」「メディアは嘘をつく」とは、しばしば保守派から聞かれる不満であるが、これほど無責任で悪質な『陰謀説』も無いだろう。アレックス・ジョーンズは今日、信頼のおけないメディアのリストを公表し、ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポスト、CNN、NBC、BBCやポリティコ、ニューズウィークなどの主要メディアの名をあげたが、繰り返すが、ジョーンズは911テロを自作自演とし、サンディーフック小学校の虐殺が無かったと否定し、アポロによる月面着陸も起こらなかったと主張する人物である。主要メディアを否定しながら、自らの扇情的な陰謀説を信じる層を作っているのかとすら疑われる。

一つの物事に対していくつもの見方があって当然だが、これらは嘘とは異なる。反対者の意見は必ずしも嘘ではない。自分の論理を鑑みる材料だ。

私たちは、保守派が正義の愛国者で、リベラル派が嘘つき売国奴の塊であるかのような、単純な思考から解放されるべきではないか。嘘は両サイドにある。正しさも両サイドにある。一つ一つの問題に対して、さまざまな意見を吟味する事は重要である。真理は自分の側にあると決して考えない方が良いだろう。むしろ真理の側に自分を置くことを、謙虚に願うべきだ。

己の善を信じ切った時に、人間は最も醜悪な犯罪を犯し得るものかもしれない。

(*ちなみに西村氏がこの事件と関連付けた、「イラクに於いて大量破壊兵器は見つからなかった」説は、事実関係と異なる。委員会の捜査や議会の審議を経たイラク戦争の是非を持ってきたところで、却って己の運営している4チャンネルの責任をうやむやにしようとしている感が伺える。イラク戦争の是非 (2) 「大量破壊兵器はあったか」 - HKennedyの見た世界