マイケル・オースリン:トランプTPP 脱退によって齎された《自由貿易の危機》

トランプ次期大統領によって、TPP不参加が主張されている。

日本でも、「TPPは、グローバリストと呼ばれる怪しげな国際的な秘密団体 -----おそらくユダヤ人かアメリカ人-----が、国境の無い世界に日本を組み込むために、日本の国内産業を破壊し、他国との貿易関係が無ければ成り立たない、自給自足の出来ない依存国に貶めようとする目的で、秘密裏に協議され、結ばれる協定」という陰謀説が流されている。

常識的な知識ではあるが、日本はたとえTPPに不参加であっても既に自給自足は出来ないし、自給自足、即ち食料から電化製品に至るまで、原材料を含め国産品で賄おうとすれば、殆ど全ての商品は中流階級には手の届かない高級品となるし、経済大国としての地位から急落する事は避けられない。

勿論、食料にせよ、原料にせよ、輸入率が高くなれば、相手国の如何によっては、これらが入手困難になる恐れがあるだろうが、だからこその協定である。また相手国もその不安を共有している為、例えば中国による領土拡張の野心が懸念されるが、日本の安定は中国の経済的安定の為に必要となってくる。それが、貿易という経済交流を通しての共同体という意味だろう。

但し、貿易や技術の進歩を通して、新しく生まれる産業もあれば、廃れる産業もでてくる。これはグローバリストの陰謀ではなく、消費者や経営者のニーズが変化するからだ。時代が変われば、必要が変わるのだ。

この変化に対応できないのは消費者ではなく労働者なのだが、ここに新たな職業訓練などの支援と工夫が政府に求められている。


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この点について、ウォールストリートジャーナル紙で日本関連の記事を書かれているマイケル•オースリン記者が、トランプ氏によるアメリカのTPP不参加に反対する意見を書かれているので、以下にご紹介する。

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https://www.google.com/amp/news.nationalpost.com/full-comment/michael-auslin-free-trade-under-fire/amp?client=ms-android-verizon

 

約25年前、冷戦の勝利に酔いしれながら、 アメリカはもはや鉄のカーテンで仕切られてはいない世界での、 アメリカの役割を再び考えようとしていた。ジョージ・H.W. ブッシュ政権も、ビル・ クリントン政権も新しい包括的戦略を打ち出す事はせず、 当時の討論はベルリンの壁崩壊とアメリカが世界で唯一の超大国と なった事によって溢れた楽観によって満々となっていた。
新たな政権が誕生しようとしている今日、全く同じ質問が、 更に緊急の課題として頭をもたげている。しかしながら今は、 何十年にもわたる和解しにくい敵との争いを勝利した喜びによる楽 観の代わりに、疲れ切って不安なアメリカは、 世界に対する約束と国益に関する基本的な疑問と格闘をしている。

米ロとの関係が冷戦終結以来最悪の状況に直面し、 南シナ海における中国の軍事施設建設を違法とする国際裁判所の判 決を中国が退け、シリア内戦の恐怖は続き、 ISISや国内産ローン・ ウルフ型のテロリストらの脅威が各所に転移し、 世界の安定は危機のレベルに達している。

今回の大統領選挙はドナルド・トランプによる、 世界におけるアメリカの役割を縮小させようという、 アイソレーショニスト(一国主義)とも呼べる信条によって、 これらの懸念の周りを旋回した。 アメリカと世界におけるポピュリズムの台頭は、 エリートらに対する一般市民の怒りをあらわにしただけでなく、 緊張している自由主義世界秩序を強化する為に必要な政策に関する 情報を複雑化してしまった。

最も懸念されるべきなのは、 第二次世界大戦後の秩序への支持を放棄しようとする動きだろう。 政治的に保守派であろうが、リベラル派であろうが、 インターナショナリストらは、貿易、 政治介入と秩序安定の為への積極的な維持の必要性を説く、 説得力のある議論に失敗してしまったようだ。

何十年にもわたる成功に飽きてしまったのか、 彼らはこのシステムを維持する機会を、 新しい世代に残す機会を指の間から逃している。

このシステムの中心にあるのが自由貿易だ。 国家間の経済的な同意とは言い難いが、 自由貿易は自由社会の生存に欠かせない基本である。 これは明確な法の支配への理解を前提に、 貿易相手国とのより近しい絆と国内発展を促進している。

時間をかけながら、自由貿易は、 第一義的に最も重要とされるミドルクラスの拡大を通して、 国内の自由化と発展を進め、地域によっても世界規模からみても、 国家間の関係強化を促進する。 これらの絆は政治的関係にも影響し、 利益を共有する不朽の仲間関係として鍛え、 自由社会の発展を前進させる。

この視点から考えれば、膠着化しているTPP参加問題は、 新政権が直面している外交政策の中で、 最も重要な選択肢の一つである筈だ。トランプもヒラリー・ クリントンも、 その他の議会委員会らと同じようにTPPに反対をした事は、 貿易というものへの長期的な利点について、 基本的誤解がある事を伺わせている。

自由主義システムを取り入れる政府と権威主義システムを取り入れ る政府の競争が続くアジアでは特に、TPPの戦略的包含は、 単純な経済的計算を超越する。

世界の人口の半分を有していると言われ、40% に近い世界経済が生産高のあるインド太平洋地域の成長は、主に、 安全保障の行き届いた環境に教唆された、 増え続ける貿易の機会の結果である。

アジアが見せているように、自由貿易は経済の交流だけではなく、 政治の交流でもある。 貿易そのものが妨害されるような場所での自由貿易はあり得ない。 同じように、しっかりした自由貿易が行なわれている圏では、 古い時代に見られたような領土拡張の競争も見られない。 


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実にその為に、 中国が南シナ海で軍事プレゼンスの拡張をさせようとしている事へ の懸念は急を要しているのだ。 航行の自由や国際公共財にアクセスする事への脅威は、 貿易と政治的絆に等しく向けて当てられている短剣だ。 アメリカにとってTPPを批准する事は、政治的、 経済的な益から考えても正当性のある判断である。恐らく、 最も重要なことに、 自由貿易に支えられた地域の自由主義秩序を生じさせる事は、 戦略的な計算でもある。

今まで以上に活性化された貿易の特権であるルールに則った秩序を 堅固する事は、政治的また経済的な関係に於いて、自由を認めない 要因が支配する事が無いようにする一番良いやり方だろう。 これは自由貿易から生じる短期、 また中期的な影響への懸念を無視するものではない。 継続して貿易の自由化を保証する事は、疑問の余地のない程、 消費者にとっての益となるのだ。しかしながら、アメリカ政府も、 その他の外国政府も、古い市場が廃れていく過程で、起業主義や、 労働者に対して新たな役割につくように奨励する務めを果たしてこ なかったのだろう。

余りにも多くの労働者が、政府支援のもと、 グローバル経済の中での適所を見つける代わりに、 政府支援の扶養者となってしまっている。この視点から見れば、 TPPは世界秩序の重要な柱であるのだが、 自国における継続的な経済の自由化は、 まず自由貿易によって役割転換される労働者に、 再び職業訓練を施すような意味のある取り組み支援と同時に行なわ れる必要がある。

より強固な自由秩序をアジアに建てる手段として、 TPP推進が戦略的に含意するものは、 自由を阻む運動からくる圧力が増し加わる世界で、 アメリカの価値観や利益の両方を反映させる、 不朽の優先順位である。