2016年大統領選挙、ドナルド・トランプ氏当選 (1)

『人間的なレベルでは、名誉、誠実さ、良識などの全ての人間の美徳の敗北である。ヒラリーがこれらを兼ね備えていたと言う訳ではない。事実、彼女もこれらを備えてはいなかった。しかしながら、ドナルド・トランプのような、人間として平均的アメリカ人より遥かに劣る人物が大統領となる事は、アメリカの歴史の中で忘れられる事のない恥辱である。(中略) アメリカ人にとって、無知で超繊細な道化師を代表として世界の舞台に送り出す事は恥だし、不快だろう。世界の指導者にとっても(自分自身が道化師でない限り)トランプが道化師であることに気づかない振りをする事も同様だ。トランプと同じくらい、勝利に値しない利己的なペテン師であるギングリッチのような人物が、政治の場で喜ぶ様子を見るのも不快だ。Alt-Right(異端右派)を占める多くの愚者が喜ぶのは鼻持ちならないが、これらの喜びはすぐに喜びでなくなるだろう』

       ワルシャワ大学教授アンジェイ・コズロウスキー

 

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2016年の大統領選挙では、共和党からの候補者であるドナルド・トランプ氏が当選を果たし、来年一月の就任式で第45代大統領に就任されます。「不正選挙が行なわれている」というトランプ支持者の流布した陰謀説とは裏腹に、不正は行なわれず、トランプ氏は正当的な民主主義選挙の結果、投票を果たしました。一時は急落したダウ平均株価も回復を見せています。

Wall Street welcomes Trump with a bang - Nov. 9, 2016

 

まず、一般投票ではトランプ氏より多くの票を獲得しながら、選挙人を通した州毎の投票によって敗北した民主党候補者のヒラリー・クリントン元国務長官が、トランプ氏とは違い、泣き言や不平を言わず、潔く認め、新しい大統領の下に一致して協力し、平和的な権力の移行を訴えた事は、トランプ支持者がどんなにクリントン候補を悪しざまに冒涜してきたとしても、トランプ氏には期待できない人格的な資質を見せたと評価できます。

 

アメリカの選挙は、州ごとの選挙人団を通した選挙であって、合計538人の選挙人団のうち、270人の選挙人を獲得した候補者が大統領として当選します。

 

各州に割り当てられている選挙人の数は州によってまちまちですが、連邦両議会に選出できる議席数と同数の選挙人が、各州に与えられています。選挙人数が一番多いのはカリフォルニア州の55人、次にテキサス州の38人、ニューヨーク州とフロリダ州の29人となっています。これは各州の人口に比例していますが、例外もあり、通常565,166人に一人の割合で与えられる選挙人ですが、人口532,668(2008年推計)のワイオミング州には3人の選挙人が割り当てられています。

 

一般投票による投票数ではなく、選挙人を通じた各州の選挙によって大統領が選出されるという方式は、ユナイテッド・ステイツ・オヴ・アメリカ(合州国)の国名通り、州の集合体による連邦政府を頂いているからです。また、人口の多いカリフォルニア州やニューヨーク州の決定にだけでなく、モンタナ州やノース・ダコタ州のような人口の少ない州の意見も反映させる為だと言われています。

 

今回の選挙結果を以て、トランプ氏の得票は5,910万人であり、ヒラリー・クリントンの得票した5,930万人を下回ります。前回2012年の大統領選挙ではオバマ大統領は6,590万票、オバマ大統領に敗北したミット・ロムニー候補は6,090票獲得しており、やや劣るものの、共和党票は殆ど変わらなかったものの、民主党支持者の投票率が大幅に下がった事が特筆され、660万人分の票は、その他となっています。

 

開票前にほぼ毎日発表されていた各社世論調査などでは、ヒラリー・クリントンのリードのみで、トランプ氏が全ての世論調査でリードをした事は一度もありませんが、これを以てメディアの嘘や陰謀を主張するのは、完全に間違っています。そもそも、一般投票数ではヒラリー・クリントン元国務長官がトランプ氏よりも多く得票していましたが、たとえそうでなくても、全国規模の世論調査が、大統領選の結果と結びつかない事が多く、結果を占うのに確かではないことは以前から指摘されていました。

 

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      選挙結果を踏まえ、支持者を前に敗北宣言を行なうヒラリー・クリントン元国務長官

 

また、この選挙結果を以てトランプ旋風の勢いを強調する事も誤っています。得票数から見れば、トランプ氏は2012年の選挙でオバマ大統領に敗退したミット・ロムニー候補よりもやや劣りますが、ヒラリー・クリントン候補に投票した民主党支持者の割合が、2012年にオバマ大統領に投票した数から激減しています。実は、共和党員でありつつ、昨日ヒラリー候補に投票した割合が7%あったと言われています。ですからこの選挙結果は、どの面から見ても、トランプ氏への支持の大きさを示すものではなく、民主党支持者によるヒラリー・クリントン候補への支持が民主党支持者内で思ったより伸びなかったこと、またヒラリー・クリントンへの支持が大都市に於いてはトランプ氏を大きく引き離したものの、中小規模の都市に於いてトランプ氏にリードされたままであったため、選挙人団を通した選挙で不利に働いた事を示しているだけです。

 

トランプ氏が大統領に選出されたと言っても、国民の52%がトランプ氏への反対票を投じており、トランプ氏への反対を表明していたジョン・マケイン上院議員や、消極的なトランプ支持を表明しながら、政策の殆どを反対していたマルコ・ルビオ議員が、地元フロリダ州で大勝した事を考えれば、これら「反トランプ派」議員の協力なしにトランプ氏としても政治を行なう事が出来ず、トランプ氏が掲げてきた政策と議会との間に、大幅な譲歩や協力が必要となります。

 

さて、今まではトランプ氏が公約を実現するという視点で批判をして参りましたが、共和党が両議会の多数を占め、反トランプ派議員との協力をせざるを得ない現在の状況を鑑みた上で、トランプ次期大統領の与える影響を見たいと思います。

 

トランプ氏に極右的な政策が実現できるか、という問題ですが、これはトランプ支持者の中には、KKKのような人種差別主義者や、白人至上主義者、移民や外国人嫌いが多く含まれているにも拘らず、これらの差別主義者の望むような排他的な政策を掲げる事は不可能だと思われます。

まず、トランプ支持者がトランプ氏に実現を求めているトップ5つの政策は、

 

メキシコとの国境壁建設(メキシコにそれを支払わせる)

イスラム教徒の入国禁止

オバマケア撤廃

保守派連邦最高裁判事

ヒラリー・クリントン起訴

 

とされています。

 

これらが果たして実現するかという点について、説明を致します。

 

①メキシコ国境沿いの壁---これは何度も言及しましたが、メキシコとの国境沿いの壁建設、しかも費用をメキシコに支払わせる政策は実現しません。メキシコとの1,951マイル (3,141km)に及ぶ国境沿いの約1,000マイル(1,600キロ)に、人が登れない高さ、約9メートルから12メートルのを建設するのには、材料費だけで2兆円掛かります。

アメリカとメキシコの国境の約3分の一の距離は、すでにフェンスが建てられており、最新技術によるセキュリティー・システムの導入や、国境パトロール隊が警備をしています。この1,600キロの距離の3分の2には、アリゾナ州の砂漠やニューメキシコ州の山や、川岸などが含まれており、勿論個人所有の土地もあります。
 
また、トランプ氏はアメリカ内の1,100万人にも上る不法滞在者の徹底した強制送還を掲げています。また、状況が落ち着くまでとしながら、「合法移民」の受け入れも中断するとしています。
 
アメリカの建設業界で働く労働者の15%は不法滞在者だと言われており、彼らが「すべて」強制送還されることを考えれば、建設業界の「現場労働者」そのものが不足することになります。トランプ氏は、資格保有者や技術者の移民も一時中断することを掲げていますので、この不足を補うのは一般のアメリカ人だけとなりますが、メキシコ政府が壁建設の支払いを拒否している事を抜きにしても、壁建設は不可能でしょう。

 

トランプ支持者の多くが壁の建設に狂喜する理由は、不法滞在者の問題があげられますが、不法滞在者の問題に関しては、現存する法の適用を徹底させる方が実現的です。

 

②イスラム教徒の入国全面禁止---宗教による差別をすることは合衆国憲法の違反であり、この点は共和党から大統領選に出馬をしていたルビオ議員も言及しており、共和党からの協力も得られないでしょう。但し、ヒラリー・クリントン候補が提案していたシリアからの緊急難民受け入れの人数を減少させる事は可能です。テロの歴史のある国々からの入国禁止も定義が曖昧で、ヨーロッパで起きているテロを考えれば、ヨーロッパからの入国を禁止させる事となり、これが実現する筈はありません。

 

③オバマケアの撤廃---ヒラリー・クリントン元国務長官の提案していた「改正」ではなく、「撤廃」を叫んでいたトランプ氏ですが、実際にはオバマケアのようなナショナル・ヘルスケアを支持しています。完全撤廃を行なえば、いくら欠陥の多いオバマケアであっても国民の間に大規模な混乱が生じ、オバマケアのような「現存する病気があっても加入できる」健康保険で、但し独身男性が妊娠の為の保障はつかない別の健康案を考える必要が生じます。撤廃を叫んだだけで代替え案の無いトランプ氏には、共和党やアメリカン・エンタープライズ・インスティテュート(AEI)の協力が欠かせず、特に詳細な代替え案を考えているAEIに丸投げすると思われます。

④保守派連邦裁判事任命---連邦裁判事任命には民主党を含む議会の承認が必要となり、いくら大統領であっても、どんな人物でも任命できる訳ではありません。

 

⑤ヒラリー・クリントン元国務長官起訴---トランプ政権に於ける司法長官が彼女を処分するとしても、新しい証拠をFBIが発見し、起訴されるのに相応しいと判断する必要がありますが、FBIは既に逆の意見を表明しています。FBIに依るe-mail疑惑再捜査は、確かにクリントン元国務長官への支持率を下げましたが、再捜査が「起訴に値しないという結論には変わらない」という長官の説明で、日曜日に一応終了した事を考えれば、クリントン元国務長官への起訴の可能性は、新政権の下でも更に少なくなったと思われます。

 

いくら大統領であっても、トランプ氏自身が他者を起訴することは出来ません。むしろ、熱心な反ヒラリー派の支持者の関心を集めないように、ヒラリー・クリントン起訴への言及を避けると思われます。

 

要は、これらの政策スローガンを信じてトランプ氏に投票した支持者は、今は喜んでいても、後にその期待は裏切られることになります。

 

私は、トランプ氏の国内政策にはあまり危機感を抱えておりません。大統領となれば、議会との協力が不可欠となりますが、反トランプを掲げる共和党員が多数当選した事を考えれば、トランプ氏と言えども彼らの存在や影響力を無視できません。和党が議会の多数派を占めた事で、ポール・ライアン下院議長はトランプ氏にもっと影響力を発揮出来ると思われます。

 

逆に、リベラル派は、トランプ氏の当選をもって女性や少数派の権利が侵害されると悲壮感を募らせていますが、こうした心配は無用でしょう。

 

早くもある小学校では、トランプ氏当選の報を受けて、児童に「We Shall Overcome (私たちはこの困難に打ち勝つ)」を歌わせていた学校がありましたし、教師が涙目で子供たちに大統領選の結果報告をした学校もあるようですが、支持していた候補者が選挙に負けただけであって、国家が戦争に負けた訳でもないのですから、こうした行為は行き過ぎです。

 

このように子供に精神的負担をかける事よりも、過去の共和党候補者を指して世界が滅びるかのように「オオカミが来た」を連発し、本当に人格破たん者と呼ばれる候補者がやって来た時には、すっかり保守派の中に免疫を作ってしまっていた失敗から学ぶ必要があります。

 

例えば、どんなにKKKがトランプ支持を表明していても、又支持者の中に本当の人種差別主義者がいても、トランプ氏自身は『人種によって他者を差別する』という、人種差別イデオロギーを所持していません。また、支持者の中にどんな多くの反ユダヤ主義者がいたとしても、トランプ氏自身はヒトラーではありません。トランプ氏自身が客観的事実と信じる「人種偏見」は存在しても、それに基づいた差別をするようなイデオロギーは抱えていないと思われます。

 

トランプ政権と言えども、全てが誤っているとは考えられません。

 

それより一番に懸念されるのは、多くの国民が関心を持たない「外交政策」です。外交政策は国民の関心が薄いため、共和党議員と言っても国民の批判を気にして大統領の政策に反対するか、未知数のままです。トランプ氏が選挙中に語った政策を守るとすれば、トランプ政権の外交政策は、何よりも日本や韓国のような同盟国との関係を悪化させます。

 

ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、トランプ氏の当選によって早くも中国がアジアからの米軍引き上げを期待していると報道しましたが、日本は新たな防衛協定の条件を協議する必要に迫られるかもしれません。

In Trump Win, China Hopes for U.S. Retreat - WSJ


今後は「公約」と「公約反故」のいずれをトランプ政権がとるかのよりますが、「公約反故」の割合が大きければ大きいほど、外交・経済は安定します。ISISなどを含む過激イスラム教テロを防ぐには、トランプ氏は外交・軍事政策の公約を、大幅に変更する必要があります。


日本をはじめとする同盟国の憂慮は当然ですが、人格破綻者であるトランプ氏の今までの発言の殆どが嘘、デマであったように、掲げた公約の殆ども嘘、デマであった事を願うばかりです。

 

加えて、決定的でないとは言うものの、世論調査や各種メディア、専門家による分析によって、トランプ氏の「歴史的敗退」を予測していた事が誤っていた通り、ドナルド・トランプという人物に対する私の評価も誤っている事を願っています。