『アメリカよ、汝の選挙に不正はない』

「アメリカの選挙は不正操作されている」から始まって「FBIは不正をしている」と主張するドナルド・トランプ氏ですが、FBIのジェームズ・コーミィ長官が金曜日にヒラリー・クリントン元国務長官のe-mail捜査終了宣言を撤回した直後には、「FBIは思ったより不正ではなかったようだ」と一転してFBI称賛を始めましたが、再発見されたとされるe-mailが、クリントン元国務長官からのものでも、同氏に宛てたものでもなく、むしろ同氏の補佐官であるフマ・アベディンに関するものであると情報が流れるや、「FBIは腐敗している」とのバッシングに逆戻りをしています。

ドナルド・トランプ氏の罵倒しているのは、対抗候補者のヒラリー・クリントン元国務長官だけではなく、アメリカのメディア、民主主義、社会システムそのものです。「アメリカは第三国となっている」「アメリカの都心は、戦闘地域よりも危険だ」という全く事実に基づかない極論は、自分の境遇を悲観的に考える中流以下の支持者にとっては、何となく頷けるものであっても、それが世界に伝わった場合、本物の第三国や戦闘地域で人権侵害を繰り返す施政者側に都合の良い口実を与えるキッカケとなります。

民主主義や自由、平等、人権を擁護し、これらを広める使命を掲げる筈のアメリカの大統領候補者が、何の根拠もないまま、自国に於いてこれらが守られていないと宣言し、自国を第三国と同等に貶める事の危険性は、自分以外の益を考慮できないトランプ氏には理解できないようです。

アメリカの政治史において「選挙に於いて、不正操作が行なわれている」という主張は、『反アメリカ』的な共産主義者や、ナチス党(及びその賛同者)が共和党や中道左派の民主党が選挙に勝利をした際に口にしていた主張です。

近年では、ジョージ・W・ブッシュ前大統領がアル・ゴア候補に対し、不正選挙で勝利をした、という主張がくり返され、未だもってそれを信じる人々がいるのと同様に、「不正選挙」陰謀説は、「反アメリカ」「アメリカは諸悪の根源である」を説く極左の主張でした。2016年の選挙の奇異な点は、このような陰謀説を、「愛国者」であり、世界におけるアメリカの使命を貴いものと信じる筈の共和党候補者とその支持者が唱えている点です。

実際トランプ氏は、保守派の基本主張である連邦政府の役割の縮小や自由貿易の推進を支持していません。トランプ氏の外交政策における主張は、どちらかと言えば『リバタリアン』や一国平和主義に近く、リバタリアンが辛うじて保守の一端に連なる理由である「連邦政府の役割の縮小」すらトランプ氏が否定している点を考えれば、トランプ氏とその支持者がいかに従来の共和党や保守派の主張からかけ離れているか理解できます。

トランプ支持者には自分の境遇の不満を政治や社会システムの不正に見出す人々が多く、トランプ氏のくり返す「アメリカは不正操作があまりにも横行し、世界の第三国だ」という根拠のない『陰謀説』を信じる人々が多い事は、本当の第三国や不正がどんなものだか知っているチェス世界チャンピオンで民主化運動家のゲイリー・カスパロフ氏のような人物には、看過できない危険な愚論のようです。

 

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                アメリカの投票場


大統領候補者としての立場をわきまえないトランプ氏の無責任な「選挙の不正操作が行なわれている」という主張に対して、カスパロフ氏が、ニューヨーク・タイムズ紙に「アメリカよ、汝の選挙に不正はない」とする記事を書かれていますので、それを以下に訳しました。

http://www.nytimes.com/2016/10/30/opinion/sunday/america-your-election-is-not-rigged.html

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過去何週間にもわたって共和党からの大統領候補者であるドナルド・トランプは、来月8日の大統領選挙において彼に対する不正操作が行なわれていると語ってきた。事実、彼はこの選挙が一貫して、民主党からの候補者ヒラリー・クリントンの都合の良いように不正工作が行なわれていると言うのだ。このような主張は酷い告発であり、トランプ氏が自分の言っている事がどんなことだか、全く理解していない証拠だろう。

アメリカ政界の指導者の中では、誰もがトランプ氏によるビックリするような不正投票や、メディアによる陰謀を快く受け取ってはいない。なぜなら、彼らは民主主義社会のリーダーとしての信用をトランプ氏がいかに台無しにしているか承知しているからだ。この信用の失墜こそが、私の祖国の指導者であるヴラジミール・プーチンがトランプ氏を喜んで支持している理由だろう。

権力の座に16年ついて、プーチン氏は世界規模で民主主義がいかに混沌とした失策であり、ロシアをそれから守るのは英雄プーチンしかいないというプロパガンダを積極的に流している。ソーシャルメディアは、クレムリンによって資金援助を受けているトロールらがアメリカの選挙の正当性の欠如を叫び、暴力の可能性もあり得ると警告を発している。アメリカの主要政党からの大統領候補者が、このプロパガンダを繰り返しているとは、プーチン氏さえ見なかった最高の夢だろう。トランプ氏はプーチン氏の権威主義の弁解を真似し、自分こそがアメリカを救えると訴えている。

私は「不正選挙」というものがどのようなものか、いくつかの事を知っている。私は国が個人に対しての権力を増し、民主主義システムを冒涜する事がどんなことだか、知っている。私は自分の意見が検閲の対象となり、殆どのメディアによって私や同僚が悪しざまに中傷される事がどんなことを意味するか知っている。私は公共や個人の益が陰謀を巡らせ、力の独占を維持するために(反対者を)脅し、嫌がらせし、刑事告訴したり、時には抹殺する社会を知っている。

私はこれらの事をプーチン氏のロシアにおける反対派の指導者としての年月で、嫌というほど体験してきた。

プロのチェス選手を引退した2005年の後、私は独裁色を強めるプーチン氏に反対する為の「アザー・ロシア(別のロシア)」と呼ばれる反対派の創設に携わってきた。ロシアの憲法によれば、プーチン氏は2008年に大統領としての第二期目に立候補する事は許されていない。しかも一人の人物に権力が集中した際の力の構造がどのようなもの七日、明確にはされていない。もしプーチン氏が憲法を完全に無視し、あからさまに独裁者として君臨するならば、彼は彼が仲間の民主主義者であるかのように見て見ない振りをしてくれているG8の指導者たちを遠ざけてしまっている。

「ジ・アザー・ロシア反体制連合」には、クレムリン(ロシア連邦政府)の祝福を受けさえすれば良い公式の選挙には欠けている討論会があり、政策白書や演説があった。私にとっても驚いたことに、私は2007年には反体制連合から大統領候補者を選ぶ予備選に勝利をしたこともある。

非公式ではあっても本物の選挙によって選ばれて後、公式の「八百長選挙」に参加をする羽目になった。

これに参加する為に、私はクレムリンの承認の無い候補者を投票させない為に設けられた、公式、非公式の障害をいくつも超えなければならなかった。一か月以内にロシア中から200万人分の署名を集めなければならなかったが、これはロシアのサイズを考えれば非常に困難な作業である。党からの指名を受ける為には議会が開かれなければならず、このような単純な作業でさえ、(反体制派である)我々に場所を提供してくれるホテルが無い状況では不可能に近い事だった。アメリカ資本のホテル・チェーンでさえ、我々の予約を不可解な理由でキャンセルしてきたのだ。

選挙キャンペーンの為に国中を旅していた間、我々の通過しようとしている道路が突然、工事の為に閉鎖されたり、会合が警察によって閉鎖されたものだ。刑務所に入れられなかった訳でもない。モスクワで「認可されていないラリーに参加した」という罪状で、5日間刑務所に入れられたこともある。

選挙の不正というものは、投票箱に何かが入れられるだけの話ではない。ヨセフ・スターリンが語ったと俗に信じられている「投票する人々が選挙の結果を決めるのではなく。票を数える人々が決めるのだ」という言葉に限った事でもない。投票が行われる頃には、既に結果は決まっているのだ。体制に反対をする人々は、たとえそれが平和的な抗議者から国で一番裕福な人物に至るまで、攻撃の対象となるのだ。ロシアの実業家ミハイル・コドルコヴスキー氏は、プーチン一派でない政治グループを支持したかどで、十年間刑務所に入れられた。

投票日当日に行なわれる不正は、体裁を整える事で忠誠を示す手段として用いられる。公的な有権者を乗せた何台ものバスが投票所から別の投票所へ移動する様子は伝統となっており、それを「回転木馬」と我々は呼んでいる。票の束は投票所の職員が周りを囲む中投票箱に入れられる。時折行き過ぎて熱心な党職員は、チェチェンのような地方で見られるような100%以上の得票率を齎す。

今日に至るまで、私は「元ロシア大統領選候補者」という肩書を好まなかった。最初から正式な候補者とされる事はないと知っていたからだ。ミハイル・M・カシャノフ元首相は、2008年のインディペンデントからの立候補時には、自分よりもう一歩マシだった。但し彼も二か月後には候補者としての資格がないとされている。

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                 ロシアの投票所

プーチン氏の直接選んだ後継者であるにディミトリ・メドヴェージェヴに対抗して大統領選挙に立候補する事が許されたのは、ソヴィエト連邦解体時から毎回立候補を繰り返しているお馴染みの共産党員やナショナリストたちだ。

メドヴェージェヴ氏の得票率は71.2%で、何十パーセントか、2004年のプーチン氏の得票率よりも低い巧妙な加工がなされている。4年後メドヴェージェヴ氏は、首相となりながらも権力の座から一瞬たりとも下りなかったプーチン氏に大統領職を譲渡した。オバマ大統領はプーチン氏に電話をし、大統領選挙の勝利を祝っている。

これが今日の独裁者のやり方だ。自らの益になると判断すれば、自由社会で使われている言葉や技術を巧みに使いこなしている。自国における八百長選挙だけでは足りなければ、海外に向けて攻撃的なキャンペーンや偽情報を流出する。ロシアのニュースでは、連日トランプ氏がリードしていると伝え、ウィキリークスがアメリカの民主主義現実の腐敗を晒していると報道している。プーチン氏はもはや民主主義社会のリーダーのフリをすることは許されない。彼のゴールはロシア以外をロシアの不正腐敗と同レベルに引き下げ、トランプ氏がそれに活用されている。

民主主義は、人々がそれを信じる時に力を発揮する。外部から崩壊されることがなくても、内部から崩壊され得るのだ。