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『9/11テロ遺族によるサウジアラビア訴訟』を巡る、米国議会とオバマ大統領の対立

2001年に起きた9・11テロに関して、ワシントンに駐在するサウジアラビアの大使や王室の一員が、飛行機をハイジャックしたアルカイダのメンバーへの資金援助をしていた疑惑が7月に議会によって纏められました。28ページに及ぶ議会報告書は、サウジアラビアが9・11テロへの支援をしていた決定的な証拠提示とはならないまでも、テロ以前、アルカイダを制圧しようとしていたアメリカの努力をサウジアラビアが妨害していた事を強く示唆しています。

http://www.nytimes.com/2016/07/16/us/28-pages-saudi-arabia-september-11.html

 
上院はこの法案を5月に通過させましたが、報告書が7月にまとめられた事によって、9・11の被害者や遺族らがサウジアラビアを法的に訴えることを可能にする議会の立法化に拍車がかかり、9月初めに下院もこれを可決しました。
 
バラク・オバマ大統領は、9月23日大統領拒否権を行使させ、この立法化を阻止しようとしましたが、上下両議院は昨日、オバマ大統領の拒否権を、共和党、民主党両議員からの圧倒的投票によって無効としました。
 
大統領の拒否権が無効となったのは、8年間に渡るオバマ政権にとって初めとなっています。拒否権を行使するにあたって、オバマ大統領は「私は9・11被害者家族が味わった苦しみは、何によっても消える事がないと理解しています。ですから私の政権では、これらの遺族の正義への追及を支持する断固たる姿勢を固持し、アメリカに対する攻撃を防ぐ為にあらゆる努力をしてきました。しかしながら、これを立法化して、アメリカ人をテロ攻撃から守る事は出来ず、またテロ攻撃に対する我々の戦いの効率を上げる事も出来ません」としたメッセージを議会に向けて発しました。

 

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大統領拒否権が両議院によって無効とされた事に対して、オバマ大統領は「これは、時に於いて為されなければならない厳しい決断の例だと思います。正直に言えば、議会がその困難な決断をしてくれたことを願います。9・11家族の気持ちに逆らったと選挙の直前に見られる事は、誰もしたくない事でしょう。これはそういった政治的投票であったと思います。」とCNNのジェイク・タッパー氏に語りました。オバマ大統領はこの議会の決断を「誤りだ」としながらも、以下のように答えています。
「何故この訴訟問題が起こったかという点について、これがなぜ起きたか、理解する事は容易にできます。明らかに我々の全ては9・11の傷とトラウマを抱えています。この9・11世代以上にテロの為に戦った世代はありません。この犠牲者は、支援と補償を受けるべきです。ですから政権として、犠牲者の補償基金を立てあげました。しかしながらサウジアラビアを訴える事は、アメリカの将来にとって有益とはなりません。この法が定めたのは、テロの犠牲者である個人が、外国が自国の国民がテロを起こすことを未然に防がなかったからといって、外国を相手に裁判に訴えられる、という前例ですが、この問題点は『国家主権による免責特権』という概念を無視すれば、相互法律に従う義務が世界各国にある我が軍の兵士らにも生じる点です。」
サウジアラビアは、米国議会による大統領拒否権無効を受けて態度を硬化させ、アメリカとの同盟の見直しに言及しています。オバマ大統領の述べられた『国家主権による免責特権 (国際民事訴訟において、被告が国または下部の行政組織の場合、外国の裁判権から免除されるという国際慣習法)』といった概念もさることながら、対テロ作戦や中東におけるアメリカの発言権や指導力を鑑みれば、サウジアラビアは米国にとって欠かせない同盟国です。
 
サウジアラビアという国家がアメリカの対アルカイダ戦略を意図的に妨害していたとなれば、遺族とすれば感情的に許せないものがあるのは容易に理解できます。但し、サウジアラビアという同盟国との関係を膠着させれば、これからの対テロ戦略が躓いてしまうことは事実であり、この点はアッシュ・カーター国防長官も指摘している通りです。

Congress’s Passage of 9/11 Lawsuit Bill Marks New Blow to U.S.-Saudi Relations - WSJ

 
感情的にも、道徳的にも、サウジアラビアに対する怒りは理解できますし、一見正しくも見えます。しかしながら、正しく見えても致命的な失敗となり得る点が、外交の難しさです。9・11テロ以降、サウジアラビアは国際テロ組織の拡大を受けて、過激イスラム組織とは距離を置き始めています。対してイランは、中東におけるサウジアラビアとアメリカの敵国家であり、9・11に関わったテロリストらをはじめ、国家ぐるみで過激イスラム組織を支援しています。

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アメリカは、国家の安全保障やテロ対策を考えれば、最大の敵国の一つであるイランを視野に入れ、アメリカはサウジアラビアと友好関係を保ち、協調路線を貫く必要があります。
米国という同盟国を無くせば、サウジアラビアもいずれかの国と近しい友好関係を築かなければなりませんが、その新たな友好国によっては、アメリカは更に窮地に立たされる事となります。
 
議会というものは、有権者の意向や世論の動向に敏感になるものですが、この問題においては、オバマ大統領こそが難しい決断を下し国益を守ろうとしていると言えるでしょう。
 
白黒ハッキリ出来ず、一方が常に正しいとは限らない政治や外交判断の難しさは、ここにも見られます。