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「保守派連邦裁判事任命の為のトランプ支持」という愚論と『アメリカン・エクセプショナリズム』

共和党から指名選を争い、全国大会に於いてトランプ支持を表明しなかったテキサス州選出のテッド・クルーズ議員が、先日、「連邦最高裁判事に保守派を任命する重要性」や、「オバマ大統領の政策の継続を防ぐ為に」として、ドナルド・トランプ氏への支持を表明しました。

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                テキサス州選出テッド・クルーズ議員

「保守派の連邦最高裁判官の任命の為に、トランプ政権の誕生が必要」という議論ほど、本末転倒と言える議論もあまりありません。これはトランプ氏が強調し、多くの支持者が強調する論点なのですが、まず「裁判官の務めや判断の基準は何か」という視点から、この論理の誤りを考えたいと思います。


全員で9人の判事から成る連邦最高裁判所の任務は、主に行政の行ないや法案が憲法に叶っているかどうかを判断する務めであり、その判断の基準は『合衆国憲法』です。つまり判断基準は、保守イデオロギーも、左派イデオロギーも関係なく、合衆国憲法であります。実際に、オバマ大統領のリベラル政治や政策の多くは、リベラル色の強い連邦裁判所によって憲法違反の判断を下されています。例えを挙げれば、オバマ大統領はグアンタナモ収容所に収監されているテロ容疑者のアメリカ本土への移送を考えていましたが、裁判所と司法庁はこれを違憲と判断しました。またオバマ大統領が掲げていた「500万人の不法滞在者に対して合法的就労を許可する」という移民政策についても、違憲判断を下しています。
 
連邦最高裁判官は保守派裁判官でなければならないと主張するには、「連邦最高裁判所の裁判官は、憲法という足枷を全く度外視して、自らのイデオロギーに従った判断をする」という偏見を信じる必要がありますが、多くの判例を鑑みれば、連邦裁がオバマ大統領の掲げるリベラル政策に呼応する形で判断を下した例はなく、憲法解釈の範囲内で、時代の流れやその要求に呼応する形で判断を下したと見る方が適切です。同性愛者同士の結婚に関しては、オバマ政権の意向そのものよりも、時代の流れとして、憲法の解釈で「合憲判断」がなされたと考えるべきでしょう。
 
尤も、それぞれの裁判官に保守傾向や、リベラル傾向が見られるのは事実ですが、それでも連邦最高裁判官に任せられているのは「法的判断」であって、政治の流れを作り出すことではありません。
 
法律を作る務めは議会にあり、作られた法律に基づいた政治を行なう務めは大統領府にあります。ですから、三権が独立してそれぞれ対等の権力を有すると言っても、合法的である限り、政治の流れを決めるのは大統領率いる行政であり、政治は大統領が保守派かリベラル派かどうかに大きく影響されます。また法を制定する務めを担う議会も、憲法と合致している限り、政治の流れを作る事が出来ます。ですから法学者などの専門家らは「保守派最高裁判事の任命の為にトランプ政権の誕生が必要」という論理について否定的見解を示し、「保守政治の為には、連邦最高裁判事よりも、議会の多数を保守派が占めるかどうかが重要なカギとなる」と主張しています。

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                    死去したアントニン・スカリア連邦最高裁判事
 
今年2月のアントニン・スカリア判事の死去に伴い最高裁判事の空席が1つありますが、オバマ大統領の任命し、議会の承認を待っているメリック・ガーランド判事は、リベラル派であるもののかなり保守派に近いと考えられる判事で、共和党側が承認を渋っている唯一の理由は銃規制に理解を示すのではないかという不安があったからですが、国中の黒人に対して、犯罪防止という名目で銃の規制を提案しているのは、ドナルド・トランプ氏自身です。
 
万が一、トランプ氏の政策に反対をしない判事を選ぼうとするならば、ドナルド・トランプ氏が任命するのは、憲法で定められている全ての人に対する「法の下の平等」を無視するような判事となるでしょう。
 
実際、トランプ氏が連邦最高裁判事候補者のリストに挙げたのは全部で21人に上りますが、生涯判事を務める9人の連邦裁判所の判事の何人が、トランプ氏の任期中に死亡すると考えているのでしょう。

Trump adds new names to SCOTUS list, includes Sen. Mike Lee

 
但し、トランプ氏が直接、判事に任命しようと声をかけたと言われる人物は、共和党全国大会でトランプ支持を訴えたシリコン・ヴァレーの起業家であり、今まで多額の献金を共和党に対して行なってきたピーター・シエル氏ですが、同氏は同性愛者です。同氏は法の学位を持ってはいても、判事としての経験はありません。

Report: Trump wants Thiel on Supreme Court | TheHill

 
トランプ氏の掲げる多くの政策を考えれば、トランプ氏が保守政治とは何かを理解しているとは考えられません
 
トランプ氏のリストには、トランプ不支持を表明しているドン・ウィレット、テキサス州最高裁判事や、マイク・リー上院議員が含まれ(リー議員は反トランプ議員として有名であり、選考辞退を表明しています)、シエル氏は共和党への多額献金者でありながら、何故かトランプ氏に対しては献金を行なっていません。トランプ氏の行動パターンから考えれば、連邦最高裁判事という地位と名誉職をちらつかせて自らへの支持を期待しているとも考えられます。
 
因みに、ドナルド・トランプ氏は、実姉であるマリアン・トランプ・バリー連邦裁判事について、「法案に署名をする連邦最高裁判事として、非常に稀有な判事となるだろう」と称賛していますが、勿論、連邦裁判所判事の任務は、法案や行政の合法性を判断するもので、法案に署名をする権限を与えられているのは、トランプ氏が選挙戦を争い、当選を果たそうとしている「大統領」です。連邦裁判所判事が法案に署名などすれば、三権分立も理解していない判事として、稀有な存在となることは間違いなさそうです。

Trump on the Separation of Powers: Judges Sign Bills | The Weekly Standard

 
何が保守政治か、何がリベラル政治かを考えれば、アメリカの伝統的価値観であり、保守政治の背骨と呼ばれる「アメリカン・エクセプショナリズム」という最も基本的なイデオロギーを鑑みる必要があります。アメリカン・エクセプショナリズムとは、要約すれば「アメリカは世界の民主主義や自由、人権の擁護に対して特別な使命を負った特別な国家である」という考えです。アメリカは世界で唯一、普遍的人権や自由といった価値を、その外交政策の一端に反映させてきた国家であり、今までの歴代共和党大統領が外国の戦争や人権侵害などに介入をしてきたのも、この特別な使命感に基づいた考えによります。
この特別な使命感を基づき、世界の民主主義、自由、人権、治安を守っているという自負によって、アメリカは自らを国連より高く位置付けてきました。アメリカン・エクセプショナリズムこそ、アメリカを「丘の上の(希望の)町」と位置づけ、良きにつけ、悪しきにつけ「世界の警察官」と呼ばしめた伝統的イデオロギーであり、保守派のバックボーン(背骨)です。

 

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左派色が強く、欧米自虐史観そのものに凝り固まったオバマ大統領は、アメリカの優位性を認めず、アメリカン・エクセプショナリズムを否定してきました。「アメリカは世界の警察官ではない」という発言にも、それが見て取れます。ドナルド・トランプ氏は、アメリカを優れた国とするものの、優れた国としての使命に伴う義務を否定する為に、アメリカン・エクセプショナリズムを否定していますが、逆に、ヒラリー・クリントン元国務長官はアメリカン・エクセプショナリズムを擁護しています。
 
また、保守派が重要視してきた同盟国としての協力関係を否定し、いずれの国が友好国で、いずれが敵国かわからないような発言を繰り返し足り、自由貿易を否定しているのはトランプ氏であり、クリントン元国務長官がNATO撤退や貿易戦争を匂わせた事はありません。
 
クルーズ議員は、「オバマ路線の継承を防ぐ為にもドナルド・トランプ氏の支持する」と表明しましたが、オバマ大統領のシリア政策とトランプ氏のシリア政策は、アメリカがISISなどの過激イスラム教テログループ制圧への主導的役割を果たさないという点で一致していますが、トランプ氏はそこから更に進んで「ISISを含むイスラム教過激派制圧はロシアに任せる」としています。勿論、ロシアがISISを制圧する意図は無く、ロシア軍による空爆はアメリカの支援している反アサド武装集団を対象としています。
 
つまり、オバマ大統領の路線とトランプ氏の政策は酷似しており、違う点は、トランプ氏がNATOや同盟国からの撤退に言及したり恫喝を繰り返すことによって、戦争を勃発させる可能性が高いこと、また強権独裁国家へのあからさまな称賛を表明し従来の外交政策からの方向転換を唱えている点でしょう。ここから考えても、保守政治の基本を否定しているのはドナルド・トランプ氏であって、ヒラリー・クリントン元国務長官では無い事が明らかです。
 
原則に則った保守政治をヒラリー・クリントン元国務長官が行なうと考えるのは非現実的ですが、両者の発言と掲げる政策を見る限り、少なくともヒラリー・クリントン政権は、トランプ氏のようにアメリカン・エクセプショナリズムを根底から覆す政治ではなく、その原則内に留まるリベラル政治と言えるでしょう。
 
生涯判事である9人の連邦最高裁に欠員が出る際、新たな保守派判事を任命する重要性を強調し、その為にと言って伝統的保守政治を否定する人物を大統領として支持する論理は、筋が通らないだけでなく滑稽ですらあります。