いかに国連が虐殺を可能にしているか

5年に及ぶシリアでの内戦のため、200万人のシリア人が飲料水を得る事が出来ない中、国連は、アサド大統領率いるシリア政府との間に、支援金と救援物資の受け取りに関する合意に達しました。しかしながら、反アサド派住民をサリン・ガスなどの化学兵器や爆弾によって虐殺するシリア政府が唯一の媒体となる合意は、悲劇の解決を却って遠のかせています。

現在のシリアと国連との関係は、サダム・フセインが国連からの救援を自分や親族、友人、側近の為に用いながら、最も貧しい自国民を飢えさせ、プロパガンダの手段として利用した例と酷似しています。

これについて、コメンタリー誌が記事にしていますので、以下に訳しました。

How the UN Enables Massacres - Commentary Magazine

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"シリア・キャンペーン"と呼ばれる支援グループは、国連がシリア政府の主張通りの条件と、シリア政府を通した支援金と救援物資の受け取りに同意するという妥協について、詳細にわたる報告書を纏めている。

この支援グループの纏めは、言葉を飾ることがない。

『シリア政府との協力を優先させることによって、国連は何千億円にも上る国際援助を内戦の原因である一方だけに譲渡をするようだ。ところがこの決断により、何千にも及ぶシリア国民が飢餓、栄養失調に基づく病気や、医療へのアクセスが受けられずに死亡する結果となっている。しかも国連のこうした失敗は、シリアの内戦そのものが延長される原因となっているのだ。』

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ああ、これは誤りのない事実である。しかも、悲劇的であるのは、国連の決断や妥協が著しく予見できた点だ。潘基文事務総長は彼の前任者であるコフィ・アナンとブトロス・ブトロス・ガーリのイラクとの交渉の前例に倣っているだけだ。しかもその結果は同じではないか。

国連がどのようにイラク人を裏切ったかは、アメリカの主導した多国籍軍によるクウェート解放をキッカケに始まったと言える。国連安全保障理事会687決議は、クウェート解放後もイラクに対する制裁を継続させた傍ら、イラクが食料、医薬品や人道上の必需品を購入する事を許可していた。1991年の5月には、国連IAHP(インター・エージェンシー・人道支援プログラム)は、最も弱い立場のイラク国民の必要を満たそうと設立され、1991年から1996年の間には約1千2百億円にも上る支援が送られた。

また1991年8月15日には、安全保障理事会は決議705号と706号を可決させ、イラクの石油を売ることによって人道上の必需品を購入する事を可能にした。サダム・フセインは、アサドが行なっているように自国民を人質にして、彼らの苦しみを利用して国連決議を拒否した。飢えや病に苦しむ子供たちの写真は、イラク政府が食料や人道上支援物資の供給を差し押さえた結果であっても、貴重なプロパガンダとして重宝された。

くり返すが、国際社会は、イラクに食料や救援物資を供給する道を探っていたのだが、イラクがそれを拒否していたのだ。1995年4月14日、国連安全保障理事会は、俗に「オイル・フォー・フード」プログラムと呼ばれる決議986号を可決した。この決議は「イラク人口の全てのグループに対する人道支援物資の公平な分配の必要」を謳い、イラクの石油を購入国が代金を入金できるように預託口座を作り、国連がそこから必要物資を購入し分配される様子を監視できるように決めた。ところがサダム・フセインは、このプログラムとの協調を拒否した。

国連は、イラク政府の姿勢に対して不支持を表明し、このプログラムの為の維持費や給与など、何千億円にも上る予算の打ち切りを宣言する事をしなかった。ブトロス・ブトロス・ガーリ事務総長はサダム・フセインの政府との交渉を許可し、事務局は「了解覚書(*1)」に同意し、安全保障理事会決議986号の実施をイラク政府に一任した。その他の妥協農地の一つとして、覚書は、イラク政府が供給者に直接交渉を行ない、物資を要求できる唯一の媒体と定めた事が挙げられる。その代りとして、イラク政府は国連職員イラク国内を自由に移動出来ることを保証した。これはイラク政府が約束した唯一の協力であったが、実行には移されなかった。イラク政府は平均して55人の国連職員のヴィザを否認し、職務に忠実であろうとしたり、サダム・フセインの政治的利害に便宜を図る事を拒否する国連側請負業者は解雇された。

最終的にイラク政府がオイル・フォー・フードプログラムから得た収入で、人道の為に使われた割合は25%以下に過ぎない。イラクは制裁のもとに苦しんだが、苦しんだイラク人は、サダムが苦しませたかったイラク人だけだ。国連監視の下、サダム・フセインは、シーア派イラク人への食料や医薬品の供給を禁じ、イラク政府はベビー・フードを海外に輸出する事さえやってのけた。またサダム・フセインの政府は、何千億円もの融資を、自分の宮殿資金や家族、友人、腐敗した国連職員の為に流用していた。

今日、アレッポで起きている事は悲劇である。メディアはあまり報道をしないが、この状況を観察している人々の言うところによれば、アレッポで起こっている事や、包囲網の中で苦しむ人々への国連による裏切りは、スレブレニツァで起きた事よりもひどく、流血や混乱は22年前のルワンダ虐殺よりも酷いと言われている。

国連が新たな事務総長を選出するうち、国連事務総長の務めを、単なる外交官の一端であったり、牛にたかるアブのようなコメンテーターとして考えるのではなく、国連官僚を鞭をもって改革し、国連が悲劇の共犯となる事を防ぐ人物を選出した方がよいだろう。

簡単に言えば、国連は独裁者との妥協を行なうべきではない。独裁者が、国際支援を必要とする人々への救援に同意しないならば、国連は撤退し、包囲網を打破し、虐げられている人々への安全を保障し、救援物資を供給する為の、国連のやり方とは別の軍事介入を容認するべきだ。

さもなければ、サダム・フセインやバシャール・アル・アサドのような虐殺者は、彼らの政権の汚れた行ないの為に、国連を盾やブタの貯金箱として悪用するだけだろう。

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現在までに、約40万人のシリア人が虐殺されました。22年前のルワンダの虐殺が比較として取り上げられていますが、シリアの内戦には終わりが見えません。

この記事は、「国連内の抜本的改革が望めないなら、国連は撤退するべきで、国連機構以外の軍事介入を止めるべきではない」としています。

残念ながら現在アメリカは、オバマ大統領にしても、ドナルド・トランプ候補にしても、『一国主義路線』の真っただ中にあり、正義感や人道主義に基づく外交政策に立ち返るには、時間がかかりそうです。