小池百合子氏によるオバマ大統領批判 (2014年記事)

2014年、現在の東京都知事である小池百合子氏が、オバマ大統領を「意図しないにせよ(Unwittingly)、世界の平和にとって脅威であるかもしれない」とされた記事を書かれています。

The Road to Slovyansk by Yuriko Koike - Project Syndicate

 
小池氏によるこの批判には同意致します。小池氏は、まずアメリカを世界の警察官として認め、その役割に期待しています。アメリカを世界の警察官と認める意識は、米国保守派に流れる意識です。そもそも、アメリカの役割へ期待が無ければ、ロシアによるウクライナ侵略に際して、当事国でないインドやパキスタン、ウガンダ、タイが責められないのと同じように、オバマ大統領やアメリカを批判する理由もありません。ですから小池氏の批判には、世界の秩序に対するアメリカの役割への期待が前提となっていると伺えます。
 
小池氏のこのような考えは、日本のナショナリストを支持母体とする自民党政治家とは一線を画します。ですからこれは、米国・欧米保守派と日本の政治家が、アメリカの役割について意見を合わせるという画期的な記事であると言えるでしょう。

 

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小池氏はアメリカを世界の警察官として認めた上で、世界の警察官としての役割を怠ったオバマ大統領の政策を厳しく批判し、オバマ大統領を「意図しないにせよ(Unwittingly)、世界の平和にとって脅威であるかもしれない」としています。ですので、オバマ大統領を「世界の平和に対する脅威」と呼びつつも、その『非』は、拡張主義独裁者のプーチン大統領の『非』とは、類を異にします。言ってみれば、ヤクザの横暴をのさばらせている警察官を批判するのと同じ論理なのですが、ヤクザの横暴と警察官の不介入(或いは不手際)が共に論じられる場合でさえ、「真に責められるべきはヤクザである」という常識は、やはり念頭に置くべきでしょう。
 
こうした前提への理解が無ければ、何故、ロシアのウクライナ侵略やクリミア不法占拠において、アメリカが責めを負うのか理解できず、アメリカが陰で策略を巡らせてロシアを操り、ウクライナへの侵略をさせた、という陰謀説に傾いてしまうキッカケとなります。

繰り返しますが、小池氏は、2014年のロシアによるウクライナ侵略の一義的な非を、当然ながら100% プーチン大統領に見出しています。そしてその批判は的を得ています。その上で、プーチン大統領のような拡張主義の独裁者に、つけ入るスキを与えたオバマ大統領を非難しています。
 
ロシアがウクライナに侵略し、クリミアを違法占拠するに至った経過ですが、ソヴィエト連邦解体後のウクライナは、1994年からNATO加盟に向けて申請を行ない、加盟国との協議を重ねます。アメリカ政府はこれを支持しますが、ウクライナの「開放度」を疑うフランスとドイツが難色を示したことによって「将来的な加盟国」として一時立場が留保されます。ウクライナの国民の意識は、1997年にはEU加盟賛成が37%、反対派が28%、「わからない」と答えた割合が34%でしたが、10年後の2007年2月に行なわれた調査では、EU加盟賛成派が57.8%、反対派が38.6%となっています。

Ukraine–NATO relations - Wikipedia, the free encyclopedia

 
NATOには、加盟国に対して軍事攻撃がなされた場合に、加盟国に集団的自衛の介入義務が生じる規約第五条が存在します。NATO加盟によって西側の一員となる道をウクライナ国民が選んだ背景には、1999年に起きたロシア・高層アパートメント爆破事件があります。プーチン大統領は、300人近い自国民が犠牲となったこの爆破事件を、チェチェン独立派によるテロと主張し、チェチェン再侵攻を開始し、この間に反対派を次々と殺害しますが、現在ではこの爆破事件そのものが、プーチンの命令によるロシア連邦保安庁の自作自演であったと解明されています。

http://tp://www.nationalreview.com/article/439060/vladimir-putin-1999-russian-apartment-house-bombings-was-putin-responsible

 
ウクライナの国民の多くが、西側ヨーロッパとの共存を選んだ背景には、首相から大統領の座に就いたウラジミール・プーチン大統領(当時)の下、旧共産主義国時代を思い起こさせるような恐怖政治へとロシアが逆戻りしたからでしょう。

 

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ソヴィエト連邦解体後、長期にわたる不正・腐敗政治、経済不況、海外投資の減少、貨幣価値の下落を経験したウクライナ政府は、2000年代にはEUとの近い関係を求め、EUとの間に「Ukraine–European Union Association Agreement(ウクライナ・EU連合協定」という条約を締結しようとしました。

The New Great Game: Why Ukraine Matters to So Many Other Nations - Bloomberg

この条約により、ウクライナ政府は、EUからの経済援助と引き換えに、自由化の改革を約束します。
 
ウクライナのヴィクトール・ヤヌコヴィッチ大統領は、親プーチン派として知られ、2010年の選挙期間中は、将来的NATO加盟への立場が変わらないことや、自由化への改革とEUとの連合協定の締結を公約として掲げましたが、当選後には立場を翻し、NATOの一員ではなく、西側とロシアとの間の中立的立場をとる事を主張し始め、2013年にはEUとの連合協定の締結を土壇場になって拒否しました。
 
これに憤った市民が11月、ユーロマイダンと呼ばれる抗議運動を開始し、12月には運動の参加者が100万人を超えますが、ヤヌコヴィッチ大統領は2014年1月16日、国内での抗議運動を違法行為として取り締まる「反抗議法」を制定し、事態はエスカレートします。
 
ヤヌコヴィッチ大統領は、警察権を行使してデモの弾圧を行ない、2月18日には20人のデモ参加者、7人の警察官、1人の通行人が死亡し、335人が負傷したと言われています。(2013年の11月から翌年の2月までの死者の総数は110人から123人に上り、負傷者は1100人を超すと言われています。) 辞任を求める動きを抑えきれなくなったと判断したヤヌコヴィッチ大統領はロシアに亡命します。
 
ロシアはこのデモを「革命」と呼び、この騒乱に乗じてウクライナに侵攻します。ロシアはクリミアを侵略した後、住民投票を行ない、「99%のクリミア住民がロシアの一部となることを望んでいる」と発表しますが、この住民投票は強要されたものであり、ロシアによる併合に反対した住民は迫害されています。(ちなみに、併合前の住民投票では、ロシアによる併合を望む割合は3%でした。)現在も、特に少数民族や併合反対派に対するロシア当局の弾圧によって、国連の発表によれば、クリミアでは今までにおよそ9500人が、殺害されています。

Opponents of Russian annexation persecuted in Crimea: Europe rights body | Reuters

http://Putin Accuses Ukraine of Terror as Crimea Tensions Escalate - Bloomberg

 
 
ヤヌコヴィッチ政権の後に選出された現在のウクライナ政府は、EUとの連合協議の条約を締結し、法の公正や政治システムの改革に同意しています。
 
NATOの軍事力の要であるアメリカは、NATOの正式加盟国ではなかったものの「将来的加盟国」と見做されていたウクライナを、ロシアによる侵攻時に見捨て、ロシアに対する経済制裁は発動するだけにとどめています。

 

プーチン大統領がなぜ、アメリカの不介入を見越していたかという疑問が生じますが、これはオバマ政権による「イラク戦争終結」「中東からの撤退」に見える「米軍による軍事介入の徹底的否定の姿勢」と考えることが自然でしょう。

 

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この姿勢が顕著に現れたのが、2012年の「シリア不介入」です。
 
オバマ大統領、又ケリー国務長官は、シリアのアサド政権が自国民に対して化学兵器を使用した弾圧を行なった場合、アメリカは軍事介入によってアサド政権を打倒すると公言します。絶対に超えてはならない線として「自国民に対する化学兵器使用」を『レッドライン』と呼んだ筈ですが、アサド政権は、3000人にも上る反対派住人を、サリンなどの化学兵器を使用して虐殺しました。ところがオバマ政権は「議会の承認が得られない」として軍事介入を拒否し、ロシアの仲介によって「アサド政権が残りの化学兵器を譲渡する」という条件の下、軍事介入が見送られます。ところがアサド政権が全ての化学兵器を引き渡さず、相変わらず反政府派の自国民に対して使用している事は、その後の報道に見られる通りです。

Obama 'red line' erased as Bashar Assad's chemical weapons use goes unchecked by U.S. military - Washington Times

 
オバマ大統領の米軍投入に対する拒否姿勢によって、ロシアや中国だけでなく、トルコ、シリアなどの強権独裁国家や過激イスラム教テロリストらは、警察のいない街に暮らすヤクザ集団のように横暴さを増しています。これらの国家やテロリストらの横暴を目の当たりにすれば、「アメリカは何をしているのか」という疑問が生じて当然です。
 
米国民主党システムへのハッキングを通してロシアが米大統領選への介入を行なった際にも、オバマ大統領はロシアへの処罰を行なわないと明言しています。オバマ大統領は違う名前で呼ぶでしょうが、アメリカのこのような『弱腰姿勢』が世界の秩序に対してどれ程の脅威となるか、小池氏は危機感をもって訴え、批判しています。
 
アメリカ批判と言えば、その軍事介入を批判する声が日本には殆どを占めますが、実際には、世界の秩序や平和は、アメリカの軍事介入によって維持されています。アメリカが悪の国家であるかのように考え、アメリカの軍事介入を批判する方々は、知らずのうちに、実はオバマ大統領と考えを等しくされています。オバマ大統領こそが、アメリカによる他国への軍事介入を批判し、悪として考えられている大統領です。但しその政権下に於いて、世界の平和や秩序は、ならず者国家やテロリストらによって、一層破壊されていないでしょうか?
 
アメリカへの厳しい批判は、まずその役割を正確に認め、評価した上で、なされるべきです。小池氏のオバマ大統領批判は、オバマ政権に対する正当的な批判であり、日本から聞こえるアメリカ批判のうちで、最も的を得たものであると評価できます。