ドナルド•トランプとロシアによる西側自由諸国への戦略

チェスの世界選手権の元チャンピオンで、ロシアの民主化を求める人権活動家であるゲイリー’カスパロフ氏が、ロシアのクレムリンによる米国民主党コンピューター・ハッキング事件とプーチン大統領の欧米への戦略について書かれた記事をご紹介します。

カスパロフ氏は、プーチン政権下に於いて、拷問や投獄を経験されています。

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ロシアによって民主党のe-mailがハッキングされ、ウィキリークスに流出された事がニュースとして伝わってきた時に、ウラジミール・プーチン政権がそのようなことをする事に疑問を感じる人は殆どいなかった。プーチンは、軍、プロパガンダと諜報戦に対して莫大な投資をしてきたし、それらを積極的に使ってきた。

すると、これまでにもプーチンとの密接な関係やクレムリンとのコネクションが強いスタッフを抱えている事を問題視されてきた共和党候補者であるドナルド・トランプの声明が伝わってきた。トランプは彼の「友人」が民主党へのハッキングに関わっていると陽気に自慢し、ヒラリー・クリントンのe-mailサーバーへ関心を向けるように促した。

これに非難が高まると、この国家反逆とも言える要求を冗談だとした上で、最も熱心な支持者を納得させた。冗談では済まされないのは、トランプがプーチンへの称賛を繰り返し、ロシアに対する制裁解除や、クリミアの違法併合の認証といった、クレムリンの願い事リストに入っているであろう政策を維持した。


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メディアはまた、トランプのロシアとの経済的関わりを追跡して熱くなっているようだ。トランプはロシアに対する投資は無いと発表してダメージ・コントロールを図ろうとしたが、勿論、そんなことが問題なのではない。問題は、トランプとその独裁仲間がトランプに対してどんな投資を行ない、見返りに何を期待しているかだ。

2014年に行なわれたロシアによるウクライナ侵攻は、プーチンの通常のやり方から考えれば例外だと言える。プーチンはKGBの男だ。有名な格言があるように、「一度KGBならば、ずっとKGBなのだ」。プーチンは軍人ではなく、秘密の行動を行なうグレー・ゾーンで、脅しやゆすり、たかりで活動する事を好む。エネルギーや経済的ブラックメールから、政治干渉と大規模な世界的プロパガンダ・ネットワークを駆使して、クレムリンは影の戦争を戦っている。

どんな観察者にも明らかなのは、共和党指名選からクリントンに対抗する今に至るまで、トランプの立候補の為に、莫大な資金が投入されているということだ。ロシア・トゥデイに代表されるロシアの国際メディアは極めて悪いアメリカへのビジョンを持ち、トランプ支持は彼らにとって自然な事だろう。ロシアのトロール隊たちは、インターネット上で通常プーチンに対してのみ捧げらていた熱心さをもってトランプを支持し、反対者をこき下ろしている。

しかし、プーチンのトランプ支持はイデオロギーに基づいたものではなく、実質的なものだ。ここが、ロシアの干渉に対して洗練された動機を見出そうとする多くのコメンテーターらの間違っている点だ。

プーチンは自身が既に敵と見做した西側自由諸国連盟の中に混沌と不一致を齎すことを望んでいる。NATOやEU、 WTO、何よりましてアメリカに、だ。トランプがプーチンの傀儡であっても、なくても、彼が異常なほど破壊的で予測不可能である事に疑いの余地はない。彼はすでに世界中のアメリカの同盟国を彼がもし当選したらどうしたら良いか、不安な思いで対策を立てさせている。

ハッキリ言うが、私はヒラリーの、また彼女が国務長官であった時のロシアに対する弱腰政策のファンではない。しかし、トランプは全く別のカテゴリーの脅威だ。彼のプーチン賛美は、彼自身の独裁者的な性格と判断力の無さを示している。

民主党へのハッキングは、次にプーチンが何を行なってくるかを予測させる国家の安全保障への深刻な脅威として考えられるべきである。彼のプロパガンダによって英国のEU離脱を煽動し、極右政党を支持するヨーロッパへの介入は、一つの作戦だ。しかしながら、もしトランプをホワイト・ハウスに就かせる事が出来るなら、これは一番優れた彼のクーデターとなろう。何故、アメリカから何の処罰も受けないのに、ハッキング作戦を中止する必要があるだろうか。

プーチンは選挙に勝つためには何でもするということを既に2000年の自身の選挙で示している。当時一般のロシア人は、なぜ多くの人命と資金がチェチェンでの残酷な内乱の為に失われているのか理解出来なかった。しかし1999年のいくつものアパートメントが爆撃を受け、300人近い人が命を落としたことで、当時首相であったプーチンは、始めて人々からの絶大な人気を受ける人物に成り上がった。彼はトランプが行なうような不遜な怒鳴り文句のスピーチで人々の感情を高揚させ、チェチェンに報復を誓った。

数々の物的証拠から、私を含めて多くの人々は、この事件にロシアの連邦安全保障隊が関与をしていた疑いを持っている。殆どの人々にとって、広範囲にわたるチェチェンの領土を爆撃し、その首都を瓦礫の山と化し、何千ものロシア市民をその過程で殺害してきた政権にとっても、政治的利益の為に、そのような事を行なうとは、残虐が過ぎて理解できない。アメリカの政治の汚い不正はウォーターゲート事件がせいぜいだろうが、私が語っているのは全く違うレベルだ。

プーチンのロシアでは、政治は有名無実であり、人々が政権批判をすれば、いつでも投獄され、拷問を受け、殺されている。私の友人で政府に反対していたボリス・ネムツォフは、ボリス・エリツィンの政権下では第一副首相であったが、去年クレムリンによって殺害された。国際的には、プーチンによる東ウクライナでの戦争は沸騰寸前で、シリアの殺人的アサド政権を補佐するロシア軍は、アメリカの支援する部隊とアメリカ軍とイギリス軍が訓練をする基地を爆撃している。

「レームダック」となっているオバマ大統領は、クリントンの選挙キャンペーンに出かけ熱心にヒラリー支援を行なっているが、大統領選の行方は彼の目下で行なわれる。彼による撤退と縮小の政策は、アメリカの影響力を低下させ、その権威と諜報収集能力がここまで低下した事は私の記憶にはない。独裁者らと極悪人たちは、アメリカの受け身姿勢によって生じた空白を埋めようと、力を誇示し始めている。オバマは今まで以上に警戒をしなければならない。

プーチンをまるで同労者のように語るトランプを批判する事は政治的に重要である。忘れてはならないのは、民主党へのハッキングを行なった犯人らに対して、これ以上の介入には、深刻な懲罰が与えられるとメッセージで示すことだ。勿論、プーチンはこれからもトランプを当選させようと努力するだろう。良い知らせは、アメリカにおいては、プーチンの票は加算されないということだ。