国家指導者として...英霊を祀る心(2)

3月23日、約一月ほど前のことですが、ブリュッセルのテロの後に発表されたイスラエルのベンジャミン・ネタヤフ首相の反テロリズムのメッセージを発しました。

 

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「私は、最近ブリュッセルで起きたテロ攻撃の犠牲となられた方々のご家族に、心からのお悔やみを申し上げます。

私たちはテロに反対する地球規模の戦いの中にあります。私は昨夜、ベルギーのシャルル・ミッシェル首相と、また何時間か前には、ヨーロッパ外交政策のフェデリカ・モゲリニ長官と電話会談しました。

私はテロリズムに対しての我々の共通の戦いの為にイスラエルの協力を申し出ました。私は、テロリズムに対する戦いは、まず、テロリズムに対するどのような正当化も許されないという認識から始まると考えています。何であってもテロを正当化することは許されません。

パリ、ブリュッセル、サン・バーナーディノ、あるいはテル・アヴィブやエルサレムであっても、テロは同じように非難され、同じように戦われるべきです。

イスラエルは、この大いなる戦いに協力して戦う用意があります。

これらのテロリストは崩壊を求めています。彼らは失敗するでしょう。しかしながら、我々がもし共闘をするならば、彼らの崩壊はすぐにやって来るのです。」

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イスラエルは、イスラム教国に囲まれた、中東で唯一の近代民主主義国家です。選挙によって民主主義議会政治が行なわれ、女性の権利は男性と同等であり、宗教や性的趣向、民族、市民権による差別はありません。

市民には言論、学問、宗教、報道、集会などの自由が認められていますが、どこの民主主義法治国家でもそうであるように、法に則った行動が市民には求められています。

 

国連人権理事会が、世界で最も人権蹂躙のされている国として非難をしているのは、北朝鮮やイラン、サウジアラビアや中国、カタールなどの国ではなく、イスラエルです。パレスチナ人に対する人権の侵害が行われているという理由のようですが、真相は勿論、パレスチナ人であっても、法に則って、暴力行為を行わない限り、イスラエル人と平等に、平和に共存することが出来ます。

 

それでも国連からは、非難決議だけでなくイスラエル製品のボイコット運動も奨励され、イスラエル企業やイスラエル企業と取引のある企業も名指しで非難されています。

 

イスラエルは、国の『名誉』だけではなく、『歴史』の認識も蹂躙されています。

イスラエルにある『嘆きの壁』と呼ばれる、ユダヤ教で最も神聖な建物であった、ヘロデ大王時代のエルサレム神殿の外壁のうち、現存する部分は、「イスラム教徒のものだ」という決議案が、ほぼ毎年、イスラム教国側から国連に提出され、辛うじて、採決の見送りされることを繰り返しています。

 

ところが『安全保障』が絶えず危機に晒されているイスラエルは、これ以上の敵を敢えて作るような、軽はずみな挑発行為からは距離を置いています。

 

イスラエルの訪問を計画していたドナルド・トランプ氏が、「全てのイスラム教徒の入国を拒否する」と発言した際には、ネタヤフ首相は直ちにこの発言を非難し、「イスラエル国は全ての宗教を全ての市民の権利として認めます。また同時に、イスラエルはイスラム教徒、キリスト教徒、ユダヤ人、また同じように世界中の人々に対しての攻撃を仕掛ける過激イスラム教との戦いを戦っています」と発表しています。

 

私たちは、ネタヤフ首相のこの慎重な姿勢から、学ぶことがあります。

 

実際に戦場に兵士を送る権限を持ち、国民の命を守る立場にある責任ある国家の指導者は、戦争のもたらす被害の大きさを何よりも考えなければなりません。責任ある指導者は、兵士や一般の国民の命の重みを知り尽くしている為に、新たな敵を増やすような挑発的な発言からは距離を置きます。

国の為に戦い、命を失なわれた英霊の方々を想えば想うほど、避けられる戦いは避け、敵対関係を改められる相手とは、和合の道を見出そうと努めるものです。

 

指導者によるこのような慎重さは、決して『弱腰』なのでも、国の『名誉』や『歴史』を軽んじているからでもありません。

 

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2013年の暮れの靖国神社参拝時に、英霊を前に不戦の誓いをされた安倍首相のお心は、戦場に国民を送る権限を国家の指導者として、深いものがあったのだろうと、今になって思い返されます。