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『キリスト教徒』ドナルド・トランプによる「世紀末的」聖書曲解

「熱心なキリスト教徒である為に、IRS(米国国税庁)によって不当に監査を受けている」と主張したドナルド・トランプ氏ですが、ご自身の人生や考えを反映させるような、一番好きな聖書の言葉、あるいは聖書物語を聞かれ、「目には目をです」と答えています。

 

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聖書には、ユダヤ教経典と呼ばれるモーセ五書を含む「旧約聖書」と呼ばれる39書と、イエス・キリストの福音から始まる「新約聖書」と呼ばれる27書があります。

有名な「目には目を、歯には歯を」の教えは、旧約聖書では出エジプト記21章23-25節とレビ記24章19-20節で言及されていますが、これはもともと当時のバビロニアを統治していたハムラビ王によって定められていた法典(ハムラビ法典)からの引用で、「目を傷つけた時には、目でもって償わなければならない」「目を傷つけられても、目以上のものを求めてはいけない」という趣旨の教えです。

決して、「目を傷つけられたら、目を傷つき返さなければならない」という教えではありません。

 

しかしながら「キリスト教徒」と主張するからには、新約聖書の教えのほうが重要となりますが、新約聖書のマタイによる福音書5章38-42節の教えに至っては、もっと簡潔に、「『目には目を、歯には歯を』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。 しかし、わたしはあなたがたに言う。悪人に手向かうな。もし、だれかがあなたの右の頬(ほお)を打つなら、ほかの頬をも向けてやりなさい。 あなたを訴えて、下着を取ろうとする者には、上着をも与えなさい。 もし、だれかが、あなたをしいて一マイル行かせようとするなら、その人と共に二マイル行きなさい。 求める者には与え、借りようとする者を断るな。」と書かれてあり、むしろ復讐をするな、という教えです。

 

トランプ氏は、「目には目を」が好きな教えだとして、以下のように説明をしています。

「そうですね。良い教えは色々とあります。聖書には多くの良いことが書いてあります。「目には目を」の教えが良いという人もいるでしょうね。あまり良いことではないかもしれませんが、この国に起こっていることを考えれば、我々の国に起こっていることに目を向ければ、他の人々がどのように我々を利用しているか、どんなふうに我々を馬鹿にして、笑っているか、我々に向かって笑い、我々の仕事を奪い、我々のお金を奪い、健康を奪っているか... 我々は堅固に、強くあるべきです。聖書から学ぶべきことはたくさんあると思いますよ。」

Pagan Trump's Favorite Bible Verse: 'An Eye For An Eye' | Daily Wire

 

トランプ氏の『被害者妄想』は病的だと言わざるを得ません。国連やNATOなどへのアメリカの負担金が高いのは、アメリカの経済力を含めた国力が世界で一番強いからです。

「アメリカを再び偉大な国とする」というスローガンを掲げつつ、アメリカの軍事力、経済力によってもたらされる「影響力」を、世界の指導的立場から撤退させていくならば、どうして偉大な国であり続けられるでしょう。

 

「利用されている」「馬鹿にされている」「笑われている」だけでなく、共和党指名選を争うトランプ氏は、ご自身が共和党エスタブリッシュメントやメディアから「不当に扱われている」と主張し、支持者による暴動や嫌がらせを容認する発言を繰り返しています。勿論トランプ氏の被害者妄想には、論理的根拠はありません。

 

仮にトランプ氏が、宗教的迫害を受けるほどの熱心なキリスト教徒ならば、

「『目には目を、歯には歯を』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。しかし、わたしはあなたがたに言う。(中略) もし、だれかがあなたの右の頬を打つなら、ほかの頬をも向けてやりなさい。 あなたを訴えて、下着を取ろうとする者には、上着をも与えなさい」

という真意が「キリストの教え」であると認めるべきです。

 

トランプ氏が真のキリスト教徒ならば、間違っても、「トランプ大学」という詐欺まがいのビジネスの為に、大金をだまし取られたとして集団訴訟を始めた被害者たちを、『名誉棄損』で逆告訴するようなことはしないでしょう。