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「安倍晋三は果たして保守なのか」 中西氏への反論 ④

日本の歴史、政治 歴史通5月号、中西輝政著「さらば安倍晋三、もはやこれまで」への反論

中西氏の「日韓合意」に対するご不満や不支持はともかく、中西氏は安倍首相が「保守かリベラルか」という問いかけをされていますので、中西氏の記事を引用して、保守派とは何か考えたいと思います。 ④、

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 『ネット空間では、「安倍晋三は果たして保守なのか」という疑問がしばしば飛び交っているが、安倍氏と安倍政権を近くから縦横に取材してきた練達の政治 評論家・田崎史郎は、安倍氏の思想的立場や政治理念について、その著『安倍官邸の正体』(講談社現代新著、二〇一四年一二月)の中で端的に、安倍氏はいわ ゆる「保守」(田崎の用語では強硬保守)ではない、と規定する。一方、田崎は、安倍氏の強固な支持層は「保守」であるとし、この間の隠れたギャップの存在 に注目する。そのうえで田崎は、つねに「安倍が強調することは現実への対処である。安倍の本質は現実主義と思ったほうが良い」と喝破する(同著一六一頁)

 

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 私も、この田崎の見方に賛同する。今日、保守陣営の中には「憲法改正してくれるのは安倍さんだけだから……」という声がある。たしかに安倍首相はそれを追求するかもしれない。但し、その「現実的可能性」があれば、ということだ。

 

 安倍晋三という政治家の本質は、保守かリベラルか、という問いの以前に、まず何よりも、「徹底した現実主義者」だということを、しっかり踏まえておく必 要がある。歴史談話も慰安婦も拉致も、そして憲法も、全てここが安倍政治理解のキモなのである。全てはここから始まり、また、ここに帰着する。つまり「現 実主義」ということだ。だから、私のような理想主義的な傾向も併せもつウェットなタイプの学者が、安倍氏の「ブレーン」や「同志」になれるはずもないので ある。そもそも、政治家や組織を相手にそんな関わり方をすることは、知識人としての自由と独立を何より大切にしている私の生き方に反する。』 (歴史通5 月号112~113頁)

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中西氏は田崎史郎氏の書かれた『安倍官邸の正体』を引用して、何を仰ろうとしているのでしょう。実は田崎氏がその著書の中で端的に仰っているのは「安倍氏 はいわゆる強硬保守ではない」です。言い方を変えれば、田崎氏は「安倍氏は強硬ではないが、保守である」、或いは「安倍氏は穏健な保守である」と書かれて いるのです。

ところがどういう訳か、中西氏は田崎氏の書かれた文脈から『強硬』という言葉を省かれ、「安倍氏はいわゆる保守ではない」とした上で、「私は、この田崎の見方に賛同する」と仰っています。

 

これは恐らく、田崎氏の書かれたその他の『いわゆる強硬保守』と呼ばれる方々が、中西氏の歴史観に近い主張をされているからではないかと推測をしますが、勿論、真偽のほどは定かではありません。

 

田崎氏の安倍首相の分析は、「安倍が強調することは現実への対処である。安倍の本質は現実主義と思ったほうが良い」というものですが、この「現実主義」こそが「保守」を形成するものです。

そもそも「保守主義」とは、「理想」や「イデオロギー」を優先するリベラル主義に対峙する「現実主義」を意味します。

 

ブリタニカによれば「保守主義」には、「社会を災害的状態に陥れる」として「概念上の議論」や「理念による変革」から距離を置く特徴があります。

conservatism | political philosophy | Britannica.com

間違っても「名誉」や「歴史認識」という「概念上の議論」の為に、「社会を災害的状態に陥れる」事はしません。

ですから中西氏の主張とは裏腹に、国の名誉や歴史認識を犠牲にしても安全保障を優先させる(ような)安倍首相こそが「真の保守」であり、中西氏が「徹底した現実主義者」だと安倍首相を指される時には、安倍首相を「徹底した保守だ」と呼んでいる事と同義となります。

 

よくよく考えてみれば、中西氏は安倍首相を指して「徹底してドライな現実主義」(113頁)と書かれていますが、自らの身を守れない女、子供が敵に殺される事が無いように国の安全保障を優先されているのですから、血も涙もない冷血漢では無いことは明らかです。

一方、ご自分については「理想主義的な傾向も併せもつウェットなタイプの学者」書かれますが、ブリタニカの定義によれば、「理想主義」は「リベラル派」または「過激派」に共通する特徴です。

 

中西氏も含めて、「保守派」とは、ある歴史の出来事に対する一定の認識を共有すると誤解をされている方が多くいらっしゃいますが、例えば「南京の虐殺」や「東京裁判」について『保守派としての認識』があるというのは誤った考えです。

それでも敢えて指摘するならば、日本の人口の多くは保守派が占めていますが、そのうちの多くは南京に於いて虐殺があったことを認め、日本の侵略を認めた東京裁判を受け入れています。

 

それはさておき、自らの身を守れない女、子供の身の安全よりも、歴史認識を優先させなければならないと主張される「理想主義的な傾向を併せ持たれるウェットなタイプの学者」先生のウェットな面は、他人の身を思いやる気持ちとしてよりも、期待を裏切った安倍首相への恨みつらみとして表われているように思われ ます。