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慰安婦非難決議121号とトルコ反発に関する誤解、中西氏への反論 ③

日本の歴史、政治 歴史通5月号、中西輝政著「さらば安倍晋三、もはやこれまで」への反論

中西輝政氏の「さらば安倍晋三、もはやこれまで」の記事を、いくつかに分けて引用させて頂いた上で、事実誤認と思われる点を指摘したいと思います。 ③

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 『巷間、「アメリカの圧力」を云々する声がある。そこには「アメリカの声は天の声。だから仕方がないんだ」という論法が隠されているかもしれない。しかし、そうだとすれば、それは二〇〇七年の第一次安倍政権時代の失態のくり返しと言わなければならない。同年春、アメリカ議会で慰安婦問題を巡って、「二十万人性奴隷」説をもとにした対日批判決議が挙げられそうな情勢になった。しかも同時期に訪米した安倍首相はブッシュ大統領(当時)と会談し慰安婦問題で謝罪した、と共同記者会見でブッシュが明らかにした。この事実があったため、また①日本政府が何ら防止策をとらずに傍観したため、米議会の上下両院で対日批判決議が圧倒的多数で挙げられてしまった。

 しかし、同じ二〇〇七年、米議会はトルコに対しても歴史問題をめぐって非難決議を挙げようとしていた。第一次大戦においてアメリカの敵陣営たるドイツ=オーストリア側に立って参戦したオスマン帝国時代のトルコ軍が、キリスト教徒の多いアルメニア人を②大量虐殺したことをトルコ政府が今も認めようとしないのはけしからん、としてアメリカ議会が「対トルコ非難決議案」を推進し始めた。ここで、トルコ政府はどう対応したか。

 周知のようにトルコも日本同様、アメリカの同盟国である。しかしトルコは、日本と違い、世界中どこの国でもそうするであろう、国際常識に忠実に則って行動した。まず最初にアメリカ議会と米政府に対し強く抗議し、さらにその意思を明確に示すためワシントン駐在のトルコ大使を本国に召還する措置に出た。続いてトルコの首相が国を代表して、「もし米議会が対トルコ非難決議を挙げたら、トルコ国内にある米軍基地を閉鎖する」とくり返し声明した。時あたかもイラク戦争の余波は続いており、おまけにプーチンのロシアは北方から、シリアやイランの脅威は南方からトルコの安全保障に大きな影を投げかけていた。しかし、その中でもトルコは安全保障、いやまさに自国の存立をかけて、決然とアメリカに対峙した。そして、私の考えでは、これこそが世界のどの国でもそうするであろう、ごく当たり前の対応だといえるのである。つまり、どの国でも、その重要な歴史認識において祖国の大切な名誉を守るためには、たとえ国防・安全保障上の重大国益を賭してでも自己主張を貫こうとする。それがごく普通のことなのである。

 それゆえ、このトルコの行動は少しもめずらしいものではない。どこの国も、それほどに歴史を大切にするのである。でなければ、およそ国家の安全は保証されないことを、子供でもよく知っているからである。それ故にまた、アメリカ議会はトルコ側のメッセージを正しく受け止めて、対トルコ批判決議案を全てタナ上げにしたのである。』 (歴史通5月号99~100頁)

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中西氏は、続いて「くり返すが、トルコだけではなく、世界中どこの国でも…」と書かれていますが、例として挙げられているのはトルコだけです。どうやら「世界中どこの国でも」と仰りながら、その他の国々の例を挙げられなかったところを見ると、トルコに限った議論を続けるしかなかったのだと思われます。

 

先ず、①の事実誤認について述べさせていただきます。

対日非難決議を聞きつけた日本は、加藤良三日本大使によって、ナンシー・ペローシ下院民主党スピーカーに宛てて決議反対の文書を送っています。また日本大使館のホームページにも、この決議に反対する声明を発表しています。

 

Passage of H.Res. 121 on "Comfort Women", the US Congress and Historical Memory in Japan | The Asia-Pacific Journal: Japan Focus

 

日本政府が「日本国内にある米軍基地を閉鎖する」とくり返し脅していたとしたら、残念ながら、それはもともと極東の有事に介入したくない米国は困りませんが、日本はさらに大きな脅威に直面することになったでしょう。

北朝鮮のような国が、繰り返し「さらなる挑発を繰り返せば、後悔することになる」、「トーキョーを火の海にしてやる」などと脅すのはそのお国柄として、こうした口頭での脅しは、むしろ自国民に向けたジェスチャーのようなもので、外国の政策や方針に変更をもたらす事はありません。

しかも、当時トルコが主張していたのは、「トルコの基地から発着陸をしていた米軍機に対して基地の使用を認めない」というもので、トルコの安全保障を犠牲にしても構わないという覚悟の主張ではありません。

 

また、対日批判決議は「両院」で可決されたのではなく、反対尋問や法的拘束力のない下院のみにおいて可決されました。

「圧倒的多数で挙げられてしまった」のでもなく、10人程度の出席者が『アーイ』と声をあげて賛成の意を表す簡易方式がとられています。この非難決議は、その他の「太陽は役に立つものだから感謝をする日」や「国際パイの日」などの下院決議と同様、宣言や談話のようなものです。

 

②、また、アメリカ議会がトルコに対する非難決議を取りやめた事についてですが、実は、アメリカ議会が採択しようとしていたのは、トルコによるアルメニア人に対する大量虐殺を『民族浄化』と定義をすることでした。

中西氏のご高説とは違い、トルコ側が認めなかったのは、トルコによるアルメニア人の『大量虐殺』があった事ではなく、その『大量虐殺』が『民族浄化』であったかという点です。トルコはアルメニア人に対する『大量虐殺』がなされたことは認めているのです。但しその大量虐殺が、アルメニア人という「民族の壊滅、滅亡を意図した恣意的なもの」つまり『民族浄化』であったかどうかという定義が争点となっていたのです。

Turkey threatens 'serious consequences' after US vote on Armenian genocide | World news | The Guardian

そして米国議会は、トルコによるアルメニア人に対する大量虐殺を「民族浄化」と定義する決議を取りやめたのですが、実はこの決議を取りやめるキッカケとなったのは、アメリカの歴史学者たちと、ホロコーストという『民族浄化』の犠牲となったユダヤ系アメリカ人の団体による反対です。

現在でも、世界中で起こっている大量虐殺に対して、それを「虐殺」と定義するか、「民族浄化」と定義するかには、議論のもととなります。「民族浄化という言葉が軽々しく使われるべきでない」とする主張は、ロビー活動や圧力というよりも、学問上の定義にこだわる姿勢と言えるでしょう。

米国議会によるトルコ非難決議を止めたのは、定義にこだわるアメリカの歴史学者やユダヤ人団体からの反発であって、中西氏の仰る通りのトルコ政府による「国の名誉をかけての反対」は意味を持ちませんでした。それでも、2016年の現在では、殆どの国々がトルコによるアルメニア人大量虐殺を「民族浄化」と呼んでいます。

Armenian Genocide recognition - Wikipedia, the free encyclopedia

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中西氏に限ったことではなく、日本の犯した戦争犯罪を全く認めようとしない右派に見られる意見ですが、自国が犯した戦争犯罪を認めたために不名誉な歴史観が世界に広まるというのは、誤った考えです。

戦争中、或いは戦争中以外の歴史を見ても、大抵起こったとされることは、当事国が認めようと認めまいと、歴史学者の間で、また一般的にも認められています。そのような、歴史学者や一般にも認められているような歴史問題は、当事国の国民が「祖国の名誉のため」に否定したとしても、他者の見解を変える事はできません。

 

例えば、イギリスはインドを植民地支配しました。これを「インドの発展や近代化の役に立ったから」と理屈をつけて「植民地支配ではなかった」と主張するイギリス人は殆どいません。インド支配が植民地支配であったことを認めた上で、それが果たして良いものであったか、悪いものであったか議論されることはあります。

 

ちなみに、たとえインドへの植民地支配の『良い面』が取り沙汰されず、悪い面だけが強調されるとしても、何十年も前に終わった過去の歴史の為に、現在のイギリスやイギリス人の名誉が汚されると考える人はいません。

 

またホロコーストを体験し、他国による『民族浄化』という定義の乱用に警戒するイスラエルでさえ、「イスラエルは敵対する多くの勢力に囲まれている国であり、アルメニア人大量虐殺を民族浄化と呼ぶかどうかの問題に介入をして、トルコとの関係悪化を招きたくはない」と、『安全保障』に重きを置いていることは注視されるべきです。

 

「どの国でも、その重要な歴史認識において祖国の大切な名誉を守るためには、たとえ国防・安全保障上の重大国益を賭してでも自己主張を貫こうとする。それがごく普通のことなのである」とは、まさに中西氏だけが仰っていることで、実は当然ながら、どの国も安全保障を名誉や歴史問題よりも重要視しています。